第十八話 紅葉色のそら。
夕焼け色に染まる道を、亮介くんと手を繋いで歩く。
赤い顔を隠すように、私は駅からずっと下を向いていた。
私から始めたことなのに、恥ずかしさが込み上げて抑えられない。意気地のなさに泣きたくなる。
亮介くんはすごい。言いたいことを声にだせて、行動を起こせて。
私はまだ、恐怖も緊張も捨てきれていない。勇気や気概がちゃんと持ててはいない。どうすれば亮介くんみたいに、自分の想いを素直に届けられるのだろう。
私の胸中など露も知らない亮介くんは、突然私に問いかけた。
「ひょっとしてさ、紅葉がコンビニに来なくなったのって、俺のせい?」
ふと顔を上げると、亮介くんに初めて会ったコンビニが視界に入った。あれ以来ずっと避けていたために、無性に懐かしさを感じる。
私はその日のことを思い出しながら、ゆっくりと質問に答える。
「確かに……、亮介くんの言葉がきっかけだったけれど、一番は……私の弱さ、かな。亮介くんに図星を指されて、誰かにわかってもらえたことが嬉しくて、恥ずかしくて、勝手に泣いて……。過去と向き合えない私の弱さが情けなくて、弱さを隠せた気になっていた私がばかばかしくて。弱い私がさらけだされてしまう気がして……」
「つまりは俺が悪いってことだよなあ。まさか泣かせてたなんて、全然気づかなかった。いまさらだけど、本当にごめん」
「だから、亮介くんは悪くないって」
「いや、それじゃあ俺の気がすまねえ。俺が悪かった。偉そうなこと言って、ごめん」
亮介くんはやっぱり頑固だ。でも、嬉しい。誰も知らない彼の一面を、私は見ている。
弱い私のことは嫌いだけれど、大嫌いだけれど、もし弱さがなかったら、亮介くんのそばにはいられなかった。私の弱さが亮介くんと繋がるきっかけになったのだから、少しは弱さを大切にして、受け入れるのもいいかもしれない。
また、あのコンビニに行こうかな。
「そういえば、亮介くんは私と会ったときのこと、覚えていたの?」
「覚えていたんじゃなくて、忘れられないんだよ。綺麗な顔を隠してるのが気になって観察してたら、昔の俺みたいに見えてきてさ。後悔してほしくなかったから声をかけたんだ。紅葉は、身内を除けば俺の初恋の人なんだぜ」
私が、亮介くんの初恋の人!?
気分がふわふわして、どこかへ飛んでいってしまいそう――うん? 文章がおかしい。飛ばしている。
「身内って、どういうこと?」
「えーっと、言ってもいいけど……、俺のこと嫌いにならない?」
「内容による」
亮介くんは困ったふうに頬をかいた。
「実は俺、シスコンなんだよ……。姉ちゃんよりいい人がいなかったから、今までずっと彼女つくれなくて……つくらなかった。だから、紅葉は俺の初恋で、初めての彼女なんだ」
その言葉は嬉しいけれど、素直には喜べない。
亮介くんはお姉さんが好きだったから、他の女子には興味を持たず、これまで彼女をつくらなかった、と。私が亮介くんの初めてになれたのも、ひとえにそのお姉さんのおかげということになる。複雑だ……。
とりあえず、私がお姉さんよりもいい人だったから、亮介くんの彼女になれた。今はそう思っておこう。
「その……、今でもお姉さんにべったり、なの?」
「それがさ、紅葉と付き合うようになってから、姉ちゃんへの気持ちと紅葉への気持ちは全くの別物なのかなって。姉ちゃんのことは今でも好きなんだけど、恋愛対象とはちょっと違うというか」
「どういうこと?」
「母子家庭のせいで、母さんが家にほとんどいなくて、母親の代わりを姉ちゃんがやってくれてさ。俺はずっと姉ちゃんだけを頼りにしてきたんだ。要するに、姉ちゃんは俺の姉で、母親でもある、みたいな。普通の姉弟関係と比べて、繋がりが深いってわけ。まあ、紅葉の恋敵ってわけじゃないから、心配しなくてもいいよ」
なぜか、私が亮介くんのことを好きだという前提で話している気がする。その……、否定はしないけれど。
亮介くんは立ち止まった。
いつのまにか私の家に着いていた。
「今日は、ありがとう」
自然と口が開いた。
「楓――、あの子と遭遇するなんて想像もしてなかったけれど、亮介くんのおかげで堪えられたんだと思う。色々なこと引っくるめて、今日は楽しかった。ありがとう」
いつも買い物をするときは、誰かの視線を気にしている。
髪の毛を染めず、マスクをつけず、仮面を脱いだ私はただの弱虫。誰にも見つからないよう気配を隠しながら、必要なものだけを手早く買って帰る。
私服で外出することは滅多にないから、おしゃれにこだわる必要もない。地味でも派手でもない、人目につかない程度で飾ればいい。
でも、今日は違った。
最初の方は視線が気になって落ち着かなかった。けれど、人ごみに流され、亮介くんに引っ張られているうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。
誰も、買い物に来た二人の高校生に興味などない。
気付いてしまえば、周りの景色が見えるようになっていた。たくさんの人や物、そして、隣を歩く亮介くん。
彼と一緒にいたからかもしれないけれど、何もかもが新鮮に思えた。着せ替え人形になるのも、思い返せば意外と悪くはなかった。
「こっちこそ、俺のわがままに付き合ってくれて、ありがと。次はさ、紅葉の行きたいところに行こう。明日はバイトがあるから、来週にでも」
「うん、考えとく」
「月曜日の朝、いつも通り迎えに行くから」
またな、という亮介くんに、じゃあねと返す。気恥ずかしいけれど、何気ない挨拶でさえ嬉しくなる。
扉を開けかけて、ふと思い出した。
「亮介くん。帽子、忘れてる」
被ったままだった黒のキャップを、亮介くんに手渡した。
「ごめんごめん。俺たち、フードコートでかなり目立ってたから、変装用に被せたんだ。邪魔だったかもだけど、ないよりはましかなって。悪かったな」
「そんなことない。わざわざ私なんかのために……」
「そう思うんなら、紅葉はもう少し、自分に自信を持てよ? 紅葉はマスクがなくたって、充分強い。俺が保証する」
「……うん」
最初の頃のような反感を、今は抱かなかった。
亮介くんが心にもないお世辞を言わないと、わかっているから。
「また月曜日な」
亮介くんはキャップを被ると、薄暗くなった道を歩きだした。
私は彼の背中に向けて小さく手を振る。
亮介くんの姿が見えなくなるまで、私はじっと立っていた。
こんにちは、白木 一です。
今回の話でデート編はお終いです。
次話からは、松原姉編となります。
まだまだ続きますが、脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%の私の書いた恋愛小説『モミジ、色づく。』
ぜひともよろしくお願いいたします。