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モミジ、色づく。  作者: 白木 一
第二章 赤色の過去と紅色の未来。
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第十六話 北風と太陽と紅葉。

 肩に触れている松原くんの手の温かさが心地いい……。

 さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけていく……。



「それで? お前、誰? 俺の彼女に何の用だ」


 今まで私に見せたことのない表情を、松原くんは彼女に向けていた。敵意を剥き出しにしていた。

 彼女はしばらく松原くんを眺めて、私に視線を戻す。

 不思議と緊張しなくなっていた。じんわりと染み込んでくる彼の体温で、松原くんがそばにいるのだとわかる。松原くんの優しさを感じられる。


「嘘つき」


 彼女の言葉からは、既に甘さが消えていた。

 口元を歪ませながらも、無情の無味乾燥な声色で、彼女は続ける。


「紅葉は自分がどれだけひどい過ちを犯したのか忘れたんだね。わたしが身体を張って教えてあげたのにさ。紅葉を想ってしたことなのに。わたしの気持ちは伝わらなかったんだね。残念だよ。こりずに男を惑わせて。彼氏をつくって。どうせまた前と同じようにたぶらかしたんでしょ。そんなことしても紅葉は幸せになれ――」


「おい」


 黙れ、と松原くんがうなった。

 お前に藍澤あいざわの何がわかる、と。


「あなたこそ紅葉の何を知っているというの。紅葉との仲はわたしの方が長いでしょうに。何も知らない男子Aが彼氏面しないでくれる?」


 松原くんの顔つきが、すうっと柔らかくなった。

 いつもの松原くんが帰ってきた。


「お前、可哀想だな」


「何で。かわいいのは可哀想なのは紅葉でしょ。初対面のくせに見知ったように評価下して何様のつもりなの。気持ち悪いんだけど」


「藍澤も俺も、そしてお前も、弱い人間なんだ。だから俺たちは消えないように、自分を守ろうとしてんだよ。藍澤は仮面を被って強い自分を演じて、俺は人気者になることで目立って自分を守ってる。

 でも、お前は誰かを傷付けて自分を守ってんだ。誰かを犠牲にしないと自分を保てないんだよ。だからお前は、可哀想なんだ」


「だから、気持ち悪いって言ってるでしょっ! そんなの当たり前じゃないっ!」


 初めて彼女が感情をあらわにした。フードコートに彼女の声が響き渡る。

 松原くんは黒いキャップを取り出し、私にそっと被せた。私を立ち上がらせながら彼は言う。


「誰だって、わが身が一番かわいいさ。自分を傷付けたくないことくらい理解できる。だけど、そんな方法じゃ守るどころか、かえって傷付いてしまうだけなんだ。そんなんじゃ、一生変われない」


「紅葉は……、そうよ、紅葉はどうなのっ! あのときから、全く変わってないじゃないっ! わたしが時間を止めたから、何も変わってないじゃないっ!」


「紅葉は変わったさ! 過去に何があったのかは知らない。けど、去年初めて出逢ってからは、確実に変わってる。それに、俺たちも紅葉を変えるための助けになる」


 知らなかった。

 松原くんが、そんなにも私を見てくれていたなんて。

 私のことを想ってくれていたなんて。


『俺が藍澤を変えてやる』


 ただの殺し文句とばかりに思っていたのに、その実、彼の本心だった。

 初めから松原くんは本気だったのに、私が勝手にひがんで、卑屈になって。

 私、最低だ。


「いい加減にしてよっ! わたしが悪いって言うの!? 悪いのは紅葉でしょっ! わたしが好きだった人を誘惑して、そのくせ告白はね付けたじゃないっ! 挙句の果てに彼はわたしに合わないなんて、いけしゃあしゃあとアドバイスなんかしちゃってさぁ!」


「誤解なのっ」


 彼女はきっと気付いていなかったのだ。全てはボタンの掛け違いが、私たちの誤解が生んだ、悲劇だった。

 おそらく彼女は、今も気付いていないだろう。

 松原くんがそばにいるおかげで、過去と向き合う恐怖がほんの少しだけ薄れていた。

 今なら過去と決別できるかもしれないというほのかな期待が、胸を揺さぶる彼の想いが、私に勇気を与えてくれた。


「違うの。あれは、かえでのために言ったことなの。楓が――」


「不幸にならないために、でしょ?」


 どうしてその言葉を覚えているの?

 忘れていたから、気付いていなかったから、あの事件が起きた。少なくとも私はそう考えていた。


「あれぇ? ひょっとして、忘れてると思ったぁ? 気付いてないとでも思ったのぉ?」


 彼女の声に甘さが戻った。

 松原くんがそばにいるのに、再び身体が強張り始める。


「わたしぃ、そこまで馬鹿じゃないよ? 紅葉の忠告は覚えているしぃ、意味もちゃあんと理解してたんだよ?」


「じゃあ……どうして」


「誤解しているのは紅葉だってこーと。わたしがあんなことをしたのは紅葉が彼を奪ったからじゃなくてぇ、彼が紅葉を選んだから。でもぉ、恨んだのはぁ、恨んでいるのはぁ、彼じゃなくてぇ、紅葉のかわいさに、だよ? 羨ましかったのよぅ、紅葉のことが、ね?」


 彼女の言葉が様々な疑問を生んでいく。

 どうして気付いていない振りをしたの?

 どうしてあんな人間を想っていられたの?

 あんな人間をかばって、私も自身も傷付けて、あなたは何を得られたの?


「ただの逆恨みだろ」


 違う。そうじゃないんだよ、松原くん。そんな言葉で表現できるほど簡単な問題じゃないの。

 もっと深くて、複雑に絡み合っていて、ほどき方を間違えれば、ほぐすことがより困難になってしまう。

 楓は暗い瞳を松原くんに向けて言った。


「あなたみたいな男には一生かかっても理解できないだろうね。ちやほやされて持てはやされてさぞかし毎日が楽しいことだろうね。あなたみたいな人は本当に爆発してしまえばいいんだよ」


「確かに楽しかったよ、お前に遭うまではな。あーあ、人生初デートが台無しだ。てなわけで帰る」


 いくぞ、と私の手を引く。


「ねぇ、紅葉。わたしから逃げられると思ってる? 放さないわよぅ、絶対に。次はぁ、紅葉が立ち直れなくなるほどぉ、ずたずたにしてあげるっ」


「やれるもんならやってみな。ただし、俺をずたずたとやらにした後だ。紅葉は俺が守るから」


「その言葉忘れないでね」


「ああ、もちろんだ。それと、俺たちのデートを邪魔した罰に、そのトレー片付けとけよな」


 松原くんは早足で、でも私が付いていける速さで歩きだした。

 私は松原くんと離れないように、彼の熱を感じられるように、彼の手をぎゅっと握りしめた。

こんにちは、白木 一です。


もうそろそろデート編完結です。

あと3つか4つほど章は残っておりますので、

もうしばらくお付き合い願います。


『白木 一の黒歴史が、今、始まる。』

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