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モミジ、色づく。  作者: 白木 一
第二章 赤色の過去と紅色の未来。
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第十三話 おしゃべりなピエロ。

「絶対そうだぁ! 何年振りだろぉ!」


 あのときと同じ、耳にまとわりつくような甘ったるい声。今でもありありと思い出すことができる。

 声だけじゃない。

 ライトブラウンの髪も笑わない目も片耳だけのイヤリングも血の滴りも、あのときの何もかも全てを記憶している。記憶と違うのは、制服と、左手のリストバンドだけ。


「今日も独り……ってわけじゃないんだぁ」


 彼女は二つのパスタを眺めていた。

 さっきまで松原くんのいた席に座ると、私の瞳を覗いて言った。


「友達? それともぉ、彼氏?」


 感情のない、それでいて、吸い込まれそうな黒目が私を見つめる。感情を面に出さない彼女が何を考えているのかは、彼女以外誰も知らない。

 まるでピエロみたいな喜色のない笑みで、彼女は答えを待っていた。彼女の右耳で、緑色のイヤリングが揺れる。


「答えづらいってことはぁ、もしかして彼氏、かなぁ?」


「……友達」


 答えるつもりも会話するつもりもなかったけれど、松原くんのことを知られたくはなかった。彼との関係を知られる羞恥心も多少はある。しかし何より、あのときの二の舞いを演じるのだけは避けたかった。

 それにしてもぉ、と彼女はリストバンドに目を落とした。

 周囲の空気が薄くなった気がする。息をするのが少し苦しい。

 どこかへ去ってほしいと思う私などお構いなしに、彼女は独り言を続ける。


「紅葉は全然変わってないね。肌は白くてつやつやで、そういうかわいい服が似合って。紅葉が転校する前に会って以来、紅葉の時間が止まっちゃったみたい。それとも、もう少し前からかもね。どっちでもいいや。ずるいね、わたしもかわいくなりたいよ」


 真綿で首を絞められるように、じわじわと酸素が奪われる。心臓は早鐘を打ち、あのときと同じ閉塞感にさいなまれる。

 松原くんを彼女に会わせてはいけない。

 そんな直観があったけれど、それでも、松原くんに早く帰ってきてほしいと思っている私がいる。

 写真を撮られるのも触れられるのも褒められるのも好きじゃないし、うざったいとさえ感じる。

 でも……、今だけは、そばにいてほしい。この言い知れない苦しみから、閉塞感から、助けだしてほしい。矛盾しているとはわかっていても、何かにすがりつかないと私が壊れてしまいそうだった。

 彼女の真綿は緩むことなく食い込み続け、なおも私を苦しめる。


「紅葉をいじめたことには後悔してるけど、わたしも痛い思いしたんだから、許してね? でも、紅葉も悪いんだよ? わたしの好きな人を盗ったんだから。かわいいって罪なんだね。とっても嫉妬したんだよ。そういえば、あのときの紅葉の顔には笑っちゃった。ほっぺたに血がついたまま固まって、まあ、わたしがつけたんだけど、石になったのかなって思ったよ? でも、そんな顔してた紅葉も綺麗だと思えるんだから、ほんとずるいよね」


 もうやめて。何も言わないで。

 思い出したくないのに、胸の奥に閉じ込めた記憶が、あふれて、こぼれて、溺れてしまいそうだ。

 これ以上、彼女の言葉を聞いてはいけない。それなのに、蛇に睨まれた蛙さながら、耳をふさぐことさえできない。恐怖が身体の自由を奪っている。


「最後にわたしの言ったこと、覚えてる? 血がたくさん出たせいで意識はぼんやりだったんだけど、紅葉のことはなぜか忘れられないんだよね。あのときの会話は一言一句、はっきりと覚えているよ? 紅葉の腕を握って、わたし、言ったよね」


 記憶の濁流に押し流される。あのときの感覚が、時間を超えて呼び起こされる。



 濡れた手が左の頬を触れた。湿っているのに冷たさはなく、むしろ、熱い。

 言葉を持たない多数派は傍観者に徹し、静かに珍事を眺めている。止めようとする者も、悲鳴を上げる者も、教師を呼びに行く者も、いない。

 沈黙が人を傷つける武器となりうることを、私はこのとき初めて知った。

 頬から手を離した彼女は、私の右腕をつかみ、呪文を唱えて気絶した。



 呪文は私に絡みつき、今でもその呪いは解けていない。


「『紅葉は……もう、死ぬまでに、恋に……恋することしか……許されない、よ。……でもね――』」


 呼吸ができない。

 私の意思と身体が切り離されてしまったかのように、身体が言うことを聞かない。

 もう、限界だった。

こんにちは、白木 一です。


予告しておきます。

ものっそい短い次回の次に、紅葉と松原くんの出逢いの話、書きます。

お楽しみに、お待ちください。


脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%な私が書いた恋愛小説ですが、

これからもよろしくお願いいたします。


『白木 一の黒歴史が、今、始まる。』

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