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モミジ、色づく。  作者: 白木 一
第二章 赤色の過去と紅色の未来。
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第十一話 天使のドレスと止まない雷。

「ねえ、これ、どう考えてもデートじゃないでしょ。松原くんは何を考えているの、何がしたいの?」


「だからデートだって。こんなに人がいるのは誤算だったけど、まあ首尾よくいってるから、藍澤あいざわは気にするな」


 人波をかきわけながら進む彼は、質問をはぐらかしてばかりだった。

 時折スマートフォンを取り出してはどこかにメールを送っている。そんなに友達のことが気になるのなら、デートなんてやめて、そっちへ行ってしまえばいいのに。

 繋がれている手に力がこめられ、引っ張られた。


「次は――っていうか、ここで最後だ。着せ替えは」


 着せ替え? やっぱり、私に服を着せることが目的だったの? そんなことに何の意味があると言うのよ、わざわざ時間もお金もかけて遠くにまで来たというのに。

 ため息を飲み込みながら顔を上げると、彼への不満はどこかへ飛んで行ってしまった。

 松原くんが示した『ANエヌ=ZERA(ゼーラ)』は、衣服を滅多に買わない私でさえ聞いたことのある有名ブランド。少女趣味的な雰囲気をかもしながら、清楚な美しさをも引き出すことで話題となっている、高級アパレルショップだった。

 雑誌やテレビで見かけると、かわいいと感じたり、着てみたいと思ったりするけれど、それはただの憧れにすぎない。私なんかが着てもかわいくはならないし、着ようと思うだけですらおこがましい。

 所詮、手の届かないものだ。高校生の貯金で買えるような値段ではなく、私には似合うべくもない。おそらくは男子の憧れな清楚系とやらをコスプレまがいに試着でもさせて、私に投射しようとでも企んでいるのだろう。そして、写真に収めるつもりなのだ。きっとそうに違いない。

 私を置いて先に入店した松原くんは、美人な店員さんと談笑していた。宣伝やディスプレーを兼ねているのであろう、全身をブランドで統一した淑やかな女性ひと

 プライスレスの笑みを浮かべるお姉さんを見ていると、この人のように何でも持っていそうな人が、おしゃれをして、かわいくなることを許されるのだと思ってしまう。私には縁遠いものなのだと突き付けられているみたいで、ますます気が滅入る。

 松原くんの人差し指と視線が、私に向けられていた。美人な店員さんの顔も私に向いていた。

 そこまで二人と離れてはいないけれど、周りが騒々しいために話の内容がわからない。少なくとも、私が話題に上っているようではある。

 何を話しているのか気になって近付くと、松原くんは、私をお姉さんの前に突き出した。


「え!? いや、ちょっと! 何なのっ!?」


 戸惑う私の背後から、松原くんが店員さんに告げた。


「値段は気にしないので、こいつに一番似合う服を着せてください」


 かしこまりましたと返したお姉さんは、やんわりと、しかし抗えない力加減で、私をフィッティングルームに押し込んだ。

 さっきの店のよりも一回りほど広い室内に、私は一人取り残された。微かにクラシックが聞こえる。

 一分と経たないうちにお姉さんは戻ってきた。その細い腕には、水色のワンピースとロゴの入った箱が抱えられていた。ワンピースの肩口や裾にはフリルが、胸元にはリボンがあしらわれており、いいところのお嬢様が着ていそうなドレスみたいだ。

 近くで見れば見るほど、着てみたいと思ってしまう。でも私には華やかすぎて恐れ多い。

 胸の奥から湧き出してくるどろどろを必死に抑え込む。流されないように。飲み込まれないように。

 いつだってそうだ。憧れを一歩超えてしまうと、私は必ず不幸になる。結局私が傷付けられる。このどろどろは最後の一線。とどめることができなければ、私の心が焦がされる。文字通り、憧れに心が焼き尽くされる。

 しかし、頭では理解しているつもりでも、その一線を超えてしまう。昔からの、悪い癖だった。



 流されるままに、心のままに、私は水色のドレスを纏った。箱に入っていたのは白いミュールで、今は私の足を包んでいる。

 姿見に映る少女は、私ではなかった。さっきまでの私とも、仮面を被った私とも違う。私の知らない少女が……、目の前にいた。

 まじまじと少女を眺めていると、店員さんがカーテンを少し開けて覗き、私に語りかけた。


「お連れ様が、タフタで淡い色合いのものをとおっしゃっていたので、シックなカクテルドレス風のワンピースをご用意いたしました」


 やっぱりドレスだったのか。今まで一度も触れたことのない滑らかな生地で、照明を反射して輝く様子はとても艶やか。『タフタ』とか『カクテルドレス』とか知らない言葉が出てきたけれど、この服が高価なものだということだけはよくわかった。

 身の程をわきまえなければならないのは理解している。それでも、一秒でも長く、あと少しだけで構わないから、着ていたい。このドレスを纏っていたいと思ってしまう。

 お連れ様もどうぞ、と、お姉さんがカーテンを開けた。

 何がどうぞなのか、変なことを言う店員さんだと思いながら振り返った。

 松原くんと目が合った。が、すぐ逸らされる。彼はスマートフォンを取り出し、長い間画面を見つめ、急にシャッターを切り始めた。無言だった。……連写だった。

 似合っていると褒められたら嬉しいだろうし、似合っていないのならはっきりそう言ってほしい……。否定された方が、潔く諦められるのに。憧れるだけ無駄だと、割り切ることもできるはずなのに。

 それでも自分からは切り出せない。ドレスを手放したくなかったから。……ところで、いつまで連写続けるのよ。

 スマートフォンの画面から顔を上げた松原くんが、ようやく言葉を発した。しかし、私に対してのものではなかった。……シャッター音も鳴り止まない。


「その服は着たまま持ち帰らせるので、着てきた服を入れられる袋をいただけませんか? あと、タグを切るのもお願いします」


 店員さんは失礼しますと、ドレスの襟に触れた。どこから取り出したのか、右手の小さな鋏でタグを外す。

 お姉さんがかいがいしく私の服を畳んでいるのに、私は上の空だった。松原くんの言葉の意味を、ひたすら、繰り返し、考える。

 ここはディスカウントストアでもアウトレットストアでもない。ハンカチ一枚でさえ五千円は下らない、それほどまでに上流で一流な高級アパレルショップなのだ。普通の高校生がぽんと支払える金額のドレスを販売しているわけがない。母の趣味で何着も着させられたプリンセスのなりきりドレスとは、次元が違う。

 それを、松原くんは買うつもりなの? 一体どこから、どうやって、そんなお金を工面したのだろう。

 松原くんはレジにいた。


「これで、お願いします」


 彼は、真っ黒なカードを店員さんに渡す。

 まさか、松原くんは、親のクレジットカードを使う気なの!? だからドレスの値段を気にはしないのか。

 欲しくないと言ったら嘘になるけれど、それでも、不当な手段で手に入れたであろうお金で買ってもらったとしても、全く嬉しくない。むしろ、いらない。

 口を開こうとしたら、松原くんに遮られた。


「このカードは持ち出したものじゃないし、お金のことも気にしなくていいから。藍澤にかわいくなってほしいって思ってる人が、出資してくれたんだよ。初デート祝いにって」


「誰よ、それ」


「面倒だから、今は教えられない」


 釈然としない。


「まあ、ドレスとミュールは、その人からのプレゼントってことだな。ありがたく頂戴しろよな」


 半信半疑ではあったけれど、私は松原くんの言葉を受け入れることにした。彼の堂々とした態度と、まだこのドレスを着ていられるのが嬉しかった……、から。

 いつか出資してくれたという人に会って、ちゃんとお礼を言いたい。

 おそらくは初対面のその人に、私なんかのために、プレゼントを贈ってくれた理由を訊ねたい。

こんにちは、白木 一です。


今回のお話、半分で割っても良かったのですが、流れ的に、繋げたいなあと。

マンガみたいにあっさり読める、痛い恋愛小説を(勝手に)売りにしているのに……。

ストーリーの連載が11話ゾロ目記念、ページ増量号!

だと思って、読んでください。


いつまでも少女漫画を引っ張る、白木 一でした。

これからもよろしくお願いいたします。

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