第十話 王子様の計略。
「まずはこの店にするか」
人ごみに流されながら、松原くんはカジュアルウェアの店に入っていった。安価かつシンプルなデザインで人気を集めているところだ。
手を繋がれているため、私も引っ張られるようにして店内に入る。
松原くんの買い物に付き添うことが今日のデートの目的なのか、と思っていたら、いつの間にか私がフィッティングルームに押し込まれていた。何着かの衣服と一緒に。
「とりあえず、それ着てみて」
カーテンを引きながら軽い調子で彼はいった。
文句を言おうとカーテンを開けたら、松原くんはいなくなっていた。
彼の考えていることが全く読めない。
文句の言葉をため息で流して、私はしぶしぶ着替え始めた。
――意外と似合ってる?
偶然なのか、それとも、松原くんのセンスが良いのかはわからないけれど、少なくとも違和感はない。
ドレープタックというらしい白色のTブラウスに、ダークグリーンのパンツ。これはガウチョというのか。ファッションなんて全くわからないけれど、大人の女性、みたいな感じがして嫌いじゃない。
「おお! やっぱり素が良いと、どんな服でもこなれて見えるな」
姿見で全身を眺めていると、買い物かごを持った松原くんが戻ってきた。かごには様々な衣服が入っていて、中には男物のシャツやズボンもあった。
松原くんはかごを置くと、突然、
「気を付けっ!」
と、鋭く発した。
普段、私は体育の授業を見学している。中学生のある時期から、過呼吸に陥るようになったのである。精神的なことが原因なので、運動ができないというわけではない。けれど、いつ発症するのかがわからない恐怖から、体育を避けるようになっていた。
つまり、何を言いたいのかというと、中学生以来まともに気を付けの姿勢をとったことのない私でさえ、直立不動になってしまうほどの威圧感が、松原くんの号令にはあったのだ。
ぱしゃりとシャッター音がする。
気付けば、松原くんがスマートフォンを向けていた。
「よし、次はこれを着てくれ」
渡されたのは、サイズの大きな男物でドクロがプリントされたTシャツと、ダメージジーンズ。私より、松原くんみたいに派手な男の人が似合いそうな組み合わせだと思う。
が、そんなことはどうでもいい。
「今、写真撮ったでしょ。何で撮ったの。店内での撮影ってダメなんじゃないの」
予告なしに撮られたのも気に障るし、私は写真に撮られるのが嫌いなのだ。今の顔でも、マスクをつけていても。それに、彼のしたことで私も注意を受けるのは腹が立つ。
「大丈夫大丈夫。店員さんにちゃんと理由を伝えたら、快く許してくれたから」
松原くんは、カウンターにいる女性を指差した。女子大生くらいに見えるその店員は、明らかに接客用ではない卑しい笑みを浮かべている。
声を落として彼に訊ねる。
「ねえ、何て言ったの?」
「『彼女との初デートの記録を写真に残したいので、撮影してもいいですか』って。あの店員さん、あっさり許してくれたわ」
「はあ!? 何が『初デートの記録』よ。どうせ本音は別にあるんでしょうね」
「藍澤……、お前、俺のこと誤解してるだろ。今撮った写真も、これから撮るのも、全部記録用だって」
心底失望したとでも言いたげな冷ややかな視線が向けられる。
全く信じられない。一体どの口がそんなことを言っているのだか。私を恋人にするために、写真を撮って脅してきたくせに。
「とっ、とにかく、次はそれ。まだまだ服はあるから、早く着替えてくれよ」
「私、着せ替え人形じゃないんだけど。この服も私の趣味じゃないし。松原くんが着ればいいでしょ」
「俺はそこまで派手な服は着ない。それより、いいのか? もし言う通りにしなかったら、さっき撮った写真がSNSの波に流されることになるぞ」
さっきとは真逆のことを言っている。何が記録用なのよ。脅す気しか感じられない。
結局、私に拒否権はない。
松原くんの持ってくる服に着替え、写真を撮られ、また着替える。
九着目の写真が撮られてようやく、次の店に行くぞと彼は言った。
松原くんは、一着も服を買わなかった。
こんにちは、白木 一です。
ようやくデートらしいことを始めましたね。
手汗べたべたなだけの一話目(第二章)に、メイクしただけのニ話目、抱き締められ続けただけの三話目。
今回はお着替えするだけの四話目です。
予告としては、次回もお着替えするだけの話です。しかも、少し長めに。
〇〇だけ、って付けたら、その話を全否定しているみたいですね。
『モミジ、色づく。』は、脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%な私が書いたというだけの恋愛小説です。
藍澤紅葉という少女が、松原亮介というイケメンに引きずりまわされるだけの物語です。
そういえば、ツイッターにて『意外と似合ってる?』な服装の紅葉のイメージ画像を貼っています。
「@shilaki_hazime #白木一オリキャラ #藍澤紅葉 #モミジ色づく」
で見つけられると思います。
これからも、白木 一をよろしくお願いいたします。
それだけです。