バル恋と季節イベント 2月
あるかもしれない話としてお読みください。
本編とは関係ありません。
時期はカーラのデビュー後
今回は褐色の肌の従者、クラウドがメインです。
イメージ壊したくない方は要注意。
下ネタ注意。
「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称「バル恋」は乙女ゲームである。つまり攻略対象との恋愛を楽しむゲームであり、その恋愛を発展させるにあたって、季節イベントというものは非常に重要な通過点となりうる。
何が言いたいのかというと、このバル恋には「バレンタイン」が存在するということである。
ただ転生したカーラの前世とは異なり、この世界の「バレンタイン」は恋人たちのイベントであると共に、お歳暮的な意味合いも含んでいる。そしてその場で互いに送り合うため「ホワイトデー」は存在しない。
さらに自ら手渡すのではなく、他者の手を介することは不誠実とされるため、配達されることもない。
そして戦争の噂がある南の国境、テトラディル領にいるカーラの元へ、わざわざそれを届けに来るものはいない。
「チョコレートが食べたい」
小さくつぶやかれた主の言葉を、クラウドは聞き逃さなかった。
午後の鍛錬を終え、その日の勉学も終えた後。それから夕食までの時間を、主である侯爵令嬢、カーラ・テトラディルは自室のソファに背を預けてゆったりと過ごすことが多い。
クラウドはそうしてくつろいでいる美しい主を、こっそり眺めているのが好きだ。主はまだ少女という年齢ではあるが、その容姿は愛らしいというより、美しいと表現する方が相応しい。
シミひとつなくきめ細かやな肌に、腰まである漆黒の艶やかな髪と、同じ色の弓なりの眉。その下のややきつく大きな紫紺の瞳は、宝石のように煌めき、緩く反った長い睫毛に縁取られている。すっと通った鼻筋に続く、程よい高さの鼻。そしてぽってりと魅惑的な唇は紅をさしたように朱く、肌の白さを際立たせていた。
それから少女というには成熟しかかっている体は・・・と、これ以上考えると、少々、不味いことになりそうなので自粛する。
例によって例のごとく主の膝の上には、彼女の精霊である黒い犬が頭を乗せており、気持ちよさそうに撫でられていた。そして時折、優越感に満ちた視線をクラウドへ向けてくる。
主に膝枕をさせた挙句に、撫でてもらうなんて極めて不敬なことだ。当然、うらやましいなんて事を思うはずがない・・・わけでもなく。苛立たしくなってきたので、先日の出来事を反芻して、気を紛らわせることにする。
主が自分を好いていると言ってくれたあの日。主の膝は柔らかくいい匂いで、髪を梳く手は優しく心地よかった。心が晴れやかになると同時に苛立ちが消え、やや悶々としてきたがそれはぐっと抑え込んで潰す。
この一連の心境を欠片も顔に出すことはなく、クラウドは先ほどの主の発言に思考を持って行った。
「チョコレート」とは褐色の甘味だったはずだ。その原材料はここモノクロード国の西南西にある、森がほとんどを占める小国で栽培されていると聞いた。だが知識としては知っていても、溶けやすいその甘味を南国ガンガーラ出身の自分が目にする機会はなく、ここテトラディル領も温かい気候のため、流通してはいない。
妹はどうだったかとそちらに視線を向ければ、小さく頷いた。どうやら入手手段に心当たりがあるらしい。彼女はくつろいでいる主の気をひかないよう、気配を消してこちらへ寄ってきた。
「兄さん、精霊を貸してください」
「わかった」
自分の足元に視線を向ければ、小さな黒い犬の姿をした精霊がこちらを見上げる。精霊は言葉にしなくても契約者が言わんとすることがわかるらしい。ふさふさした尾を振りながら立ち上がった。
『了解っす』
妹の後について、控えの間へ向かう姿を見送る。
侍女と精霊が消えたことに、主の精霊は気付いたようだが、主は気付いていないようだ。その「チョコレート」とやらを思い浮かべているのか、ぼそぼそと呪文のような何かをつぶやいている。
「ゴディ・・・ロイ・・・モロゾ・・・ゴンチャ・・・」
前世のチョコレートメーカーを思い出しながら、カーラはその味を記憶から掘り起こしていく。
もちろん前世では非リアであった自分に、チョコレートを渡すような相手がいるはずもなく。この時期は自分用にいろいろ買って、食べることを楽しみにしていた。
おしゃれなチョコ、苦いチョコ、変わったチョコ、難解な味の高級チョコ・・・。どれもおいしかった。
「クラウド、チョコレートって知っていますか?」
カーラはこの世界に転生してから10年間、見たことがないそれの存在を、扉横に控えている従者に聞いてみる。問われたクラウドは軽く頷いてから、口を開いた。
「はい。私も実際に目にしたことはございませんが」
「おや。あるんですね」
侍女のチェリならどこで手に入るのか知っているかもと、カーラが部屋を見渡すが、いつもそばに控えている彼女の姿が見えない。再びクラウドに問いかけた。
「チェリは?」
「こちらでございます。カーラ様」
タイミングよく控えの間から出てきたチェリの手には、一口大の褐色の塊がいくつか並んだ皿があった。
カーラはそれを見て、目を輝かせる。
「チョコレートですか?!」
「はい。どうぞお召し上がりください」
期待に満ちた表情でテーブルの上へ置かれるのを待ち、胸の前で手を合わせてかるく頭を下げた、カーラ。その目は皿の上を何度も往復し、やがてフォークを手にすると褐色の塊の一つを突き刺した。そしてそれをゆっくりと口に運ぶ。
「ふふっ。美味しい」
カーラは満面の笑みを浮かべながら、自分の頬を両掌で包んだ。
よほど美味しかったのか、頬が桃色に色づき、紫紺の瞳がやや潤んでいる。その主の様子に、侍女と従者の兄妹は互いを見て、満足げに頷いた。
夜、主であるカーラが眠ってから、控えの間で兄妹はその日の反省会をする。今日の話題は当然「チョコレート」の事だ。
「チェリ、あれはどこで手に入れたんだ?」
「兄さんの精霊に王都まで連れて行ってもらいました。寒い時期のみチョコレートを扱うという店を、耳にしたことがありましたので」
クラウドの精霊であるモリオンは、一度行ったことのある場所へなら転移することができる。どうやらチェリは王都まで転移で連れて行ってもらい、その店で購入して戻ってきたようだ。
「残りは兄さんの精霊が保存できるという事なので任せました。良かったですか?」
『大丈夫っす!』
「問題ない」
クラウドは椅子に腰かけている自分の横で、誇らしげに胸を張るモリオンの頭を撫でる。すると嬉しそうにモリオンの黒い尾が揺れた。
チェリは見えない何かを愛でる兄を羨ましそうに見たが、自分は精霊と契約できなかったのだから仕方がないと切り替える。軽く息を吐いて立ち上がった。
「おやすみなさい。兄さん」
「ああ。おやすみ」
チェリが自分の部屋へ入るのを見送り、クラウドは寝る前に体を動かそうと控えの間を出た。まだ起きている侍女に見つかったりして話し込まれると面倒なので、人の気配がする場所を避けて歩く。月明かりのみが周囲を照らす、誰の気配もない庭まで来てほっと息を吐いた。
自分は場所や物を目印にできなくて、見知った人の気配がある場所へしか転移することができない。だからここまで転移してくることもできないのだ。
モリオンはそれができるが、控えの間から庭へ出るだけのことに力を借りるなんて、情けないことをしたくはない。
社交シーズンの終わりである現在、季節は冬である。しかし南の国境であるテトラディル領は温かく、夜でも薄手の上着一枚を羽織れば寒さを感じることはない。
ましてこれから運動するのだから上着など必要ない。クラウドは半袖のシャツに、ゆったりとしたズボンという姿で、重しを付けた剣を振り始めた。
屋敷の人間は夜警を除き、眠りにつこうという時間だ。周囲は静かで、自分の息遣いしか聞こえない。そのまま集中しようとして、旧知の、忌々しい気配が出現したことに気付く。不快げに歪む顔をそのままに、気配のする方へ体を向けた。
「何の用ですか?」
月明かりの届いていない暗闇から、大きな黒い犬が現れた。クラウドの表情を気にも留めず、主であるカーラの精霊、オニキスが訊ねてくる。
『クラウド。この世界に「ばなな」は存在するか?』
「バナナですか? 現物を見たことはありませんが・・・この大陸よりずっと南東にある、島国にあると聞いたことがあります」
『そうか』
オニキスはクラウドから視線を外し、遠くを見つめていたが、暫くして深く頷いた。
『確かに島があるな。カーラが言った通りの黄色い果実もあるようだ』
「カーラ様がどうされたのですか?」
クラウドは主の名に反応して、食い気味に問いかける。
オニキスは一瞬、眉間にしわを寄せたが、くいっと顎を上げると、いつもの優越感に満ちた視線をクラウドに向けた。
『知りたいか?』
「ぐっ・・・お、教えてください」
主に関することならば、己の自尊心など無きに等しいクラウド。躊躇なく跪いて、オニキスに頭を垂れた。
それを見て満足げにふんすと鼻を鳴らしてから、オニキスは話し出す。
『今日の「こうきゅうちょこ」もいいが、「ちぃぷなちょこばなな」も捨てがたいそうだ』
「ちぃぷ?な・・・チョコバナナ・・・ですか」
『「ばなな」を「ちょこれぇと」で包んだ食べ物だな』
なるほど。主はそれをご所望らしい。それでこの精霊はバナナの存在を確かめに来たのだ。
クラウドは黒い尾がゆったりと揺れる様子から、この精霊は手に入れるつもりだと確信した。大方、存在を伝えた時の主が喜ぶ様を想像して、悦に入っているのだろう。
「今から行かれるつもりですか?」
『いや。我はカーラから離れる気はない。明日、目覚めてから話すつもりだ。邪魔をして悪かったな』
微塵も悪く思ってる様子はなく、クラウドに背を向けながら言うオニキス。
再び暗闇へ向かうその背に、クラウドは話しかけた。
「オニキス様、提案があります」
『・・・なんだ?』
「私をその島まで転移していただけませんか? 朝食にそれをお出しできれば、カーラ様はきっと喜ばれると思うのです」
クラウドの呼びかけに目線だけそちらへ向けていたオニキスが、少しの間の後に体ごと向き直った。
『いいだろう。ただし少々距離があるからな。お前とモリオンでは無理そうだ。帰りも我が転移させる必要がある』
あっさりと提案に乗ったことに驚くクラウドは、オニキスの中で「カーラとその従者であるクラウドと共にそこへ出かけること」に時間を割くより、眠っている間に入手させて「機嫌のいいカーラの膝の上でくつろぐこと」に時間を費やす方へ天秤が傾いたことを知らない。
機嫌がいい時のカーラは警戒心が緩くなる。すり寄れば額にキスを落としてくれるかもしれないと考えたのだ。
「お願いします」
『終わったら呼べ』
奇妙な浮遊感は一瞬で、気付けば目の前にいたはずのオニキスの姿はなく、鬱蒼とした森があった。振り返ればそちらも森。
先ほどまで夜だった空には太陽が煌々と輝き、木々の間から差すような日差しを落としてくる。空気がねっとりと絡みつくような感覚は、湿度が高いからだろう。少々の息苦しさを感じたが、体を動かすための簡素な服装でもちょうどいい気温なことにほっとした。
まさか準備をする間を与えられず、すぐさま飛ばされるとは思わなかったのだ。
『主、大丈夫っすか?』
「ああ。とりあえず、人の気配がする方へ行ってみよう」
ずっと握りしめたままだった重しを付けた剣を片手に、人の気配を探しながら森の中を進む。
剣の重しは歩きながら外して捨てた。重し程度なら土魔法で作り出すことができるし、練習剣といえど知らない土地で丸腰でいるよりもいい。
魔法で剣を作り出すこともできるが、それは必要になった時にしようと考えながら、当たりを付けた気配を目指して進んだ。
「大丈夫か?!」
気配の主にクラウドは慌てて走り寄る。
突然開けた視界の先に、頼りに歩いてきた気配の人物が倒れているのを発見したからだ。その周りには黄色い何かが散乱し、仰向けに横たわっている中年の男は荒い呼吸を繰り返している。
ざっと見て怪我をしている様子はないが、頭を打っているならば不用意に起こしたりしない方がいい。そのまま横に跪き、男の顔を覗き込むと、男は呻きながら目を開けた。
「く・・・苦しい・・・もう食えない・・・」
「は?」
どうやら男は満腹で動けないだけのようだ。その口の周りには、茶色がかった何かがべったりと付着している。よく見ると手にも同じものが付着していた。
「き・・・気を付けろ・・・」
そう言って再び目を閉じる男。辺りを警戒していたモリオンが毛を逆立てた。
『主! 近くに魔物がいるっす!!』
クラウドはモリオンの警告に、立ち上がって剣を構える。
風は全くなく、停滞した空気が肌に重苦しく感じた。鳥の鳴き声もしない不気味な静寂のなか、クラウドは気を尖らせて辺りを探る。
すると近くの木の上に妙な気配を感じた。
「なんだ?」
生き物ではない・・・と思う。目の前の木にたわわに実っている黄色く細長い果実が、風もないのに蠢いているのだ。
始めはピクピクする程度だったのが、次第に大きく揺れ始め、やがて一本落ちてきた。
それは小さく震えると、やや膨らんだ後、にょっきりと細い手足を生やす。そして2本の足で危なげ無く立ち上がった。
予想外の出来事に固まる、クラウドとモリオン。
「バナァナ」
彼らの主であるカーラがこの場にいたなら、「ネイティブですか?!」と突っ込んだ事だろう。カーラの前世で言うところの「英語」を母国語とする人がするような発音で、黄色い果実がしゃべったのだ。
だが残念ながらいないので、クラウドとモリオンは凍りついたまま、動けない。
その間にも一本、また一本と落ちてきた果実が立ち上がり、口々に「バナァナ」と話し出した。そして集まった黄色い果実たちは円陣を組んで、ピコピコと体を上下に揺らしている。
「なにを・・・」
しているんだ、と続けようとして、クラウドは口をつぐんだ。果実たちが突然、動きを止めたからだ。
そしてしゃべるのも止めて静かになると、クルリと黄色い体を反転させた。やや湾曲した果実の窪んだ方が、一斉にクラウドの方を向く。
その上方には青くつぶらな瞳と、小さな切れ目のような口らしきものが付いていた。どうやらこちらが、体の前面らしい。
「バナァナ?」
先頭の一本が呟いた。
冷たい汗がゆっくりと背を伝っていくのを感じる、クラウド。張り詰めた空気の中、毛を逆立てて一歩後ろへ下がったモリオンが、散乱していた黄色い何かを踏んづけた。
『ひいっぁてっ』
滑ってべチャリと地面に伏せてしまったモリオンに、黄色い果実たちが一斉に視線を向ける。そして叫んだ。
「バナァナァァァァァァ!!!!!!!!」
『ひいいぃぃぃぃぃ!!!!!!!』
焦って何度も滑り、なかなか立ち上がれないモリオンに向かって、黄色い果実たちが殺到する。
クラウドはその間に割り込むと、腰を落として剣を一閃させた。だが練習剣のため切れ味は悪く、切るというより押し退ける感じだ。しかも次々に押し寄せてくるため、きりがない。
徐々に押されるなか、切羽詰まったモリオンが魔法で拳大の火球を形成した。
「森ノ中デ不用意ニ火ヲ使ウナ。タワケ」
やや甲高い声と共に、突然降ってきた大量の水が火球を消し、クラウドとモリオンをずぶ濡れにする。そして黄色い果実たちを押し流した。
「モリオン、大丈夫か?」
『申し訳ないっす』
未だ伏せたままだったモリオンを、クラウドは腹の下に手を差し入れて立たせる。耳を寝かせたモリオンが尾をひと振りすると、二人の体が瞬く間に乾いた。
「脅シテ悪カッタナ。少々、悪戯ガ過ギタヨウダ。火ヲ使ウノハ勘弁シテクレ」
甲高い声の主は、先ほどの黄色い果実が落ちてきた木の上にいた。それは赤い頭に青い体、緑の翼と黄色の長い尾を持つ、派手で、人の上半身ほどもある大きな鳥だった。
手足の生えた黄色い果実たちはというと、押し流された位置で跪き、鳥に向かって体を倒している。おそらく頭を下げているのだと思われた。
その様子からして、この異常な状況を作り出したのは、この鳥なのだろう。
と、いうことは、あちらに倒れている男も、この鳥にやられたのだろうか?
鳥から敵意は感じないので、クラウドは構えを解きつつ、ちらりと男の様子を確認する。するといつの間に起き上がったのか、男は鳥に向かって土下座していた。
「ソコノ親父ハ、約束ヲ破ッタカラ、オ仕置キニ吐キソウナクライ食ベサセタダケ。素直ニ頼メバ、アゲタノニ」
鳥は笑うようにクックッと鳴いて、男の頭の上へ降りてくる。想像通りの重みがあるのだろう。乗られた男の頭が地に着き、さらに小さく呻いた。
「病気ノ嫁ノタメニ、ばななヲ分ケテクレト頼ムコトノ、何ガ恥ズカシインダ?」
鳥はひょいと男の頭から飛び降り、長い尾を引き摺らないようにしながらテクテクと歩いてクラウドの方へ近づいてくる。少しの沈黙の後、鳥の様子を伺いながらゆっくりと顔を上げた男が、恥ずかしそうに頭をかいた。
「そりゃ、カムイ様。祭り以外でカムイ様が創りだされたバナナ欲しがるなんて、欲求不満だと言いふらしているようなもんだからでさぁ」
「下ラナイぷらいどダナ。確カニソウイウ用途モアルガ、長引ク病ニハウッテツケネノ栄養価ガアルノダゾ?女ノ恨ミハ一生モノダ。熟年離婚サレナイヨウ、気ヲ付ケナ。マッタク・・・繁殖期ハ体ヲ返ス契約ダトイウノニ。番ノ機嫌ヲトルノモ大変ナンダゾ。何ノタメニ祭リヲ作ッタト思ッテルンダ」
クラウドの足元までやって来た「カムイ」と呼ばれた鳥は、一旦こちらを見上げてから、やや翼を広げた状態で頭を下げた。
「悪カッタナ。ソコノ男ニ便乗シテ来タ、馬鹿カト思ッタンダヨ」
そして頭をあげると、未だ頭を下げたままの黄色い果実たちを片翼で指す。
「侵入者ハ、アイツラガ歓迎スル慣ワシダ。トイッテモ奴ラハ腹一杯ばななヲ食ワセテクルダケダガナ。オ詫ビニばななヲアゲヨウ。好キナダケ持ッテ行クトイイ」
よく分からない展開に首をかしげる、モリオン。クラウドも鳥の真意を探るように見下ろしている。
鳥は再び笑うようにクックッと鳴いた。
「契約シタ精霊ガ主ヲ守ロウトシタ。ダカラオ前ハ信用ニ足ルト判断シタノダ。勝手ニばななヲ採ロウトシテハイナイシナ。ドウセオ前タチモ、ばななガ欲シクテコンナ森ノ奥マデヤッテキタンダロウ?」
「はい。その通りです」
素直に頷けば、鳥が手足の生えたバナナたちに指示を出す。
「オイ。ばななヲ一抱エ持ッテコイ」
「バナァナ!」
先頭の黄色い果実が返事をして木に登り、他の果実たちがわらわらと集る木の下へ、バナナを総ごと落とした。そして皆で担いで持ってくる。
「・・・ありがとうございます」
クラウドは少し警戒しながら、ずっしりと重いバナナを受け取った。そこへすすっと男が寄ってくる。
「あんた、その抑圧された感じからして、欲求不満そうだな。女に食わせる時は気を付けろよ」
何を言うのかと眉をひそめたが、それを気にする様子もなく男は続けた。
「こう、咥えるさまがな、ナニを連想させるんだよ」
「・・・は?何?」
クラウドは眉間にしわを寄せたまま男を見る。鳥がやれやれと言うように頭を軽く振って、ため息をついた。
「ああ? 何ってそりゃナニさ。俺も若い頃はつい想像しちまって、前かがみになったもんさぁ」
「オ前ハ・・・ソンナダカラ、欲求不満ダト言ワレルンダヨ」
まさか・・・と、この男が言いたい事に思い当たって、絶句する。目を見開いて固まるクラウドの肩をぽんと叩き、男は晴れやかに言った。
「なあに、ちゃんと切り分けて出してやれば大丈夫だ」
「・・・マァ、頑張レ」
用は済んだとばかりに飛び去る鳥と、背を向ける男。クラウドが我に返ったのは、男の姿が見えなくなってからだった。
さて、朝食に間に合うよう帰って来たものの、チョコレートの加工方法が分からなかったため、残念ながら朝食に出すことは叶わなかった。
再び王都へ出向いたチェリが、製品に加工する前のチョコレートと、加工方法を手に入れ、試行錯誤の後に完成したのは、ちょうど午後のお茶の時間だった。
「チョコバナナ!!」
皿の上に鎮座する褐色のそれに、カーラは手を叩いて喜んだ。
そして膝の上にいたオニキスをぎゅっと抱き締めて顔中にキスを落とし、次いで皿をテーブルへ置き終えたチェリの腰にしがみつく。それからクラウドの足元にいたモリオンを抱き上げて頬をスリスリして、最後に膝を付いて待っていたクラウドの胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます!」
カーラがその存在を尋ねたのはオニキスにだが、彼はずっと側にいた。作ってくれたのは間違いなくチェリで、きっと苦労して手に入れたのは、いつもより少々くたびれた感じのクラウドに違いないと、カーラは予測したのだ。
抱き締め返しても逃げる様子もなく、頬をすり寄せてくる主の様子から、クラウドは満足感に満たされた。これ程までに喜ばれれば、本望である。
「いただきます!」
喜びを表現し終えたカーラは、再びソファへ腰かけると、両手を合わせた。軽く頭を下げた後、フォークとナイフを手に・・・取らず、魔法で何やら作り出した。
そして作り出した細い木の棒を、チョコバナナへ縦に突き刺して持ち上げ、そのまま口へ・・・。
「っ!!」
チョコレートの味を確かめようとしたのだろう。主は嚙り付かず、ぺろりと舌を出した。
その魅惑的な朱い唇から現れたぬらりとした舌が、細く長い褐色のものを舐め上げる様に、クラウドは息を飲む。そして煩悩に負けて、つい見てしまったことを後悔した。
「・・・くそ・・・おやじ!!」
言われなければ連想することもなかっただろうに!!
思わず悪態が漏れたが、体の反応は精神力で抑えき・・・れなかった。直ぐ様、鼻を押さえてその場に蹲る。
『主・・・』
耳が垂れたモリオンと、ふんすと鼻を鳴らしたオニキス、軽蔑の色が混じった妹のチェリの視線が痛い。
だが幸いなことに、チョコバナナに夢中な主は気付いていないようだ。
とりあえず深呼吸をしてみる。・・・だめだ。
兵法を思い返して煩悩を遠ざけようにも、褐色のそれを咥えたり、ぺろりと舐め上げたりする主の姿が、視界の端にちらついて儘ならない。
クラウドは諦めた。
「・・・申し訳ございません。ちょっと・・・」
チョコバナナを皿に戻したカーラが振り返る。相変わらず、彼女以外の視線は刺さるように痛い。
「具合が悪いのですか?」
「いいえ!!その・・・生理現象で・・・」
嘘は言いたくなかったので、別の意味でとってもらえるよう、祈りながら答えた。祈りが届いたのか、主は微笑む。
「お手洗いですか?どうぞ」
「はい!」
悟られないように跪いたまま頭を下げ、背を向けて立ち上がる。開けた扉の隙間へ体を滑り込ませるようにして、クラウドは素早く廊下へ出た。そして可能な限り早く走る。走りにくいが、とにかく走る。
その様子を見ていたカーラは、小さく声を出して笑った。
「ふふ。クラウドでも慌てることがあるんですね」
カーラ以外の三者が、揃ってため息をついた。
やっぱりバレンタイン関係ない(笑)