骸骨とフライドチキン17
---バー・ルインズ---
あれから、二週間が過ぎた。
カーネリアファミリー自体は色々忙しいみたいだが今のところこちらに依頼が回ってくることはなかった。
「よう、ネズミ。遅かったじゃねぇか」
ルインズに入るなりカウンターに座る骸骨の旦那に声を掛けられる。何故かフライドチキンを齧っている。
「銀行が混んでたんですよ。ほら、今回の依頼料の六割です。明細みます?」
今日、ルインズに集まったのは報酬の受け渡しのためだ。仕事の時と報酬を渡す時はいつもこのバーで落ち合う。
「あれから、あのアマ何か言ってきたか?」
あのアマとはリーザの事だろう。
「いや、音沙汰無しです。仕事が忙しいんじゃないですか?ほら…何でしたっけ、孤児向けの医療事業を始めるとかって噂聞きましたし」
「なんだそりゃ?」
知らないのか。地元の新聞に載るくらいには結構話題になっていたんだが。
「何でもスラムの近くに医療施設、って言っても診療所くらいの小さな物なんですが、それを何個か作ってそこで孤児を受け入れているみたいですね。孤児に仕事と住む場所を与えて社会に出やすいようにしてるみたいです」
「なんたってそんな慈善事業みてぇなことしてんだ?利益なんて出ねぇだろ」
確かに利益は出ないだろう。下手をすると桐生が経営していた診療所より赤字かもしれない。
「でも、前からやりたかったらしいですよリーザさん。そのために昔、わざわざ看護師の資格を取ったみたいで。そこで桐生と知り合ったみたいです」
「なんでそんな事知ってんだ?お前」
「これでも情報屋なんで。相手が旦那じゃなかったら料金取るところですよ」
まぁ、この情報は全部桐生から聞いたのだが。
あれから何度か桐生に話を聞く機会があった。酒が入っていた所為か大半はのろけ話だったがその中に、もともと桐生はそこそこ大きな病院で働いていてそこでリーザに出会った事、その時に意気投合して彼女の孤児たちに救いの手を差し出す姿勢に惚れた事、それに影響されて儲け度外視の診療所をスラム街近くの路地裏に開いた事など結構有益なネタが含まれていた。
「で、結局その事業にリーザさんの父親のコールが感銘を受けたみたいで二人の仲を認めて婚約にまでいったみたいです。事業も全面的に協力してくれてるみたいで」
コール・カーネリアはスラム出身の孤児だ。まっとうな仕事に在りつけず道を踏み外しているうちにマフィアにまでなってしまった人生を多少後悔している面もあったらしい。だから少しでもそういった子供が減るかもしれないこの事業には肯定的なようだ。これも桐生から聞いた。
「なんでもいいが俺に子守を依頼するようなら断っておいてくれよ。殺しより難易度高い」
「多分そんな依頼は来ないと思いますよ…。それで?何でそんなもん喰ってんですか?」
「これか?お前も喰うか?ケンタッキー」
この店のじゃなくて持ち込みかよ。いいのかそれ。
「カーネリアって聞くとフライドチキンが喰いたくなるんだよな。ほら、カーネルっぽいだろ」
「まだそのネタ引きずってたんですか。あんまりリーザさんたちの前で言わない方がいいですよ、それ」
少なくとも良い顔はしないだろう。個人的には貴重な取引先になるかもしれない連中に変なことを言って敵に回すのは御免だ。
「へいへい、わかったよ。で、ホントに喰わねぇか?これ、飽きたわ」
「なんでバーレル買ったんだよ、あんた。まぁ貰いますけど」
一口齧ると肉汁がジュワッと衣から飛び出す。うん、冷めていても美味い。
「そう言えば、この前から聴きたかった事があるんですけど聴いてもいいですかね」
「あん?何だ?」
旦那の残したフライドチキンを平らげ――結局、半分以上俺が食べる羽目になった――人心地ついた俺は本題を切り出す事にした。いや、今回集まった目的は報酬の受け渡しなのだがそれとは別に骸骨の旦那にどうしても確かめたかった事があったのだ。
正直、聴くべきではないのかもしれない。旦那は秘密にしているみたいだし、誰がどこで聞き耳を立てているか分からない。この間の桐生診療所の時みたいに人払いをしているわけでもない。
下手をしたらその場で縁を切られるかもしれない。それどころか口封じに殺されるかもしれない。
聴くべきではないのだ。旦那には深入りせずにこれからもただのビジネスパートナーとしてやっていくべきなのだ。
それでも、俺は聴かずにはいられない。知識への渇望ともいうべき感情。その度を越えた好奇心こそが旦那に近づいたそもそもの目的であり俺の生きる意味そのものだからだ。
だからこそ、俺は不安や恐れを抑え込み、意を決して口を開くのだ。
「ぶっちゃけ、旦那って女の子ですよね?」