いまや当たり前の推薦入試
三年一学期の終わり、つまり夏休み前、高校の進路指導室で、指定校推薦の応募条件票に目を通している基典がいた。
彼は経済学部志望となった。私立経済学部志望である。
各大学の評定平均ボーダー基準とパンフレット、先輩たちの合格体験記がワンセットになっていた。
基典は迷わず、私立J大学経済学部に推薦出願すると決めた。評定基準は基典をもってしても、ギリギリの高いハードルだった。五科目平均4.0以上主要三科目(英国数)4.3以上。なんとかクリアしていた。
そうと決めたら動きは早い。担任の先生に進路相談時にその旨を伝え、夏休み前に、J大学経済学部に提出する、原稿用紙4枚分ほどの自由自己PR用紙と、それより先に六谷に提出する、内部推薦PR用紙をもらった。
国語の得意だった横田は、内部PR用紙の内容はすぐ、完成し、7月10日には、高校進路指導部に提出した。
数日後、J大学経済学部指定校推薦枠には、基典しか希望を出していない、という噂を聞いた。しかし、高校内部審査は一人の志望でも、厳粛厳格に行われる。
結論は、夏休み明け、今年の場合、9月2日に担任から教えられる…
さて、夏休みとなった。推薦を出さなかった組にとっては、迷いなく勝負の三年夏休み40日だ。が、横田は、受験勉強に身が入らず、しかし、不安で、なんとも辛い夏休みとなった。
40日間、「あー、今頃内部審査は通過、合格してるかもなー」「推薦ダメだった時を想定して一般入試に向けて頑張らないと」
この二律背反する思い、思惑が40日の長きにわたり、よぎっては消え、消えてはよぎった。
さて、この物語も終盤となった。が、あまりにも、横田基典を取り巻く人間関係の描写が疎ではないか、と思われた読者も多いであろう。しかし、進学校の生徒の心理描写をしようと試みれば、人間関係のいかに乏しい高校生活かを、語りべは、伝えたいと考える。
高校自体が予備校的とでも言おうか、変に都会的と言おうか、知的と言おうか…彼らの同窓生たちが、真の絆を深めるのは、なんとも30代以降の同窓会の再会時、といった事情もよくあるのである。
基典の心理は、参考書とテストの点、偏差値。それに内申点にむけられているのである。よしきあしきにつけ、基典の心境は六谷高校全体の雰囲気となってきたのだった。なんとも直線的な高校生活ではあるが…