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Last Roid  作者: 古河かいね
5/5

number:2.0<me<mashiro

更新遅れました……。

 私達は難なく敵の動きを止めていった。主に二人が慣れた手つきで大きな金属の塊を振り回してくれたおかげだろう。

「もう大丈夫でしょうかね」

「そうだな」

 二人がそのように言葉を交わしているのを聞いて、私は戦闘の緊張感から一気に解放された。そして手にあるこの小銃を今にも投げ飛ばしてやりたいほどの退屈を覚えた。初めてこのような状況に置かれたものだから、本当はもう少し楽しみたかった。でもこれからまたこのような感覚、またはそれ以上のものをもっと深く味わえるような気がしていたので今回はもうこれで終わって良かったのだと思う。

「お疲れ様。後方支援ありがとう。初めてだったでしょ?」

 私が二人に近づくと、青年は直ぐにこちらに声をかけてくれた。私たちの周りには機能を失った正規軍の兵士たちが無様に転がっている。

「はい。初めてです。でも楽しかったです」

「俺達がいなかったら解体されてガラクタになっていたな」

 鋭い目の男は、初めて会った時よりもなんだか優しそうに見えた。

「いやいや違いますって。俺達がいなかったら今頃村でのんびりですよぉ、ねぇ?俺達がこんな目に合わせちゃったんです」

「そうか……」

 いいえ違います。私があなたに頼んだのがいけなかったのです。なんて言葉は出すことができなかった。ただ彼らの前で自分の気が小さくなってしまい、申し訳ない気分だった。

「そういえば名前聞いていなかったね。教えてくれるかい」

 不意に考えてもいなかったことを聞かれてしまい、私は青年の顔を見つめてしまった。こうしてみると、アンドロイドだということを忘れてしまうほどだった。青年の顔は実に精巧にできている。と言っても私も同じなのだが、この時代のアンドロイド技術と人工皮膚はもうここまで発達しているのか。

 私は迷った。わからなかった。自分の名前が。名前とは自分を表すもの。つまり自分の象徴。アイデンティティー。私にはそれはあるとアルファは言っていた。しかし私がそれを知らない時点で私が私であることを知ることは困難であろうかと見えて実に単純。私はその単純な方法を知らない。今は彼女がいなくてはどうすることもできないのだ。

「俺はマシロ。この人は俺の先輩のテセラさん。遺体回収屋ってのを・・・・・・」

「そこまで言う必要はないだろう。俺たちの名前を聞いても役には立たないだろうしな」

 この男、テセラは少しいらだっているように見えた。青年マシロは彼の言葉を聞いて微かに怖気づいていた気がした。

「ね、君は」

 私がいつまでたっても答えないから彼らから名乗ってくれたというわけなのだろう。ここは適当に自分に名前を付けてしまうべきだろうか。ここで適当に名乗っても大都市に着いた後に彼らと交流する気はないのでなにも悪いことはないはずだ。

 私はアルファに助けを求めたかったが彼女は今ガラクタの山と一緒に眠っている。

「私は・・・・・・」

 そう言いかけたとき、私はその場に漂う不穏な空気を察知した。そして目の前の二人が私の背後を目でしっかりと捉えているのに気が付く。私はすぐさま振り返らずにはいられなかった。

 私の背後に一体、先ほど動きを止めたはずの兵が銃口をこちらに向けて忍び寄ってきていた。その兵がもつ銃のようなものは、マシロが持っていたものよりも小さいが、他の兵が持っていたものとは少しだけ違っていた。

「離れろ!」

 テセラはそう叫んでくれたおかげで、私は戸惑いから抜け出して銃口の先から素早く移動することができた。

兵は撃たず、目の前にいたマシロに襲い掛かる。一度私達の攻撃を食らっていたので様子がおかしかった兵は、何かを叫びながらひたすらマシロを消そうともがく。

「おっと、危ないねぇ」

 マシロは襲い掛かってくる兵の腕をつかんでうまく相手を転倒させた。あまりにもマシロのその技が綺麗に決まり、兵が無様だったので笑ってしまいそうなほどそれが滑稽に見えた。

 マシロは直ぐにその場を離れようとしたが、無様に転倒した兵は立ち上がる。再びマシロに襲い掛かろうとして、ふらふらしながら両腕を必死に動かしている姿はもう耐えきれなかった。笑うのに。

「まだ抗うのかい」

「油断するなよ。まあこの時点で正規軍に俺たちの情報はいったからな。遊ぶのもほどほどにしておけよ」

 テセラはマシロと滑稽に動く兵をしばらく眺めた後、向こうにいたときに見えていた巨大な影の方に歩いて行った。それが移動用の機械の箱であることと、正規軍はこれに乗って来たということがすぐにわかった。私達が乗っていた改良自動車とは全く違った乗り物のようだった。装甲には奇妙なシンボルが描かれている。これは正規軍の兵士にも描かれていた。

 テセラはその機械の箱の周りをじっと見つめながら一周し、何かを探しているように見えた。

 私はいつまでここにいればいいのか少しだけ不安になった。さっきは楽しかったけれど、戦った兵の動きを止めただけであって破壊はしていない。また動き出すかもしれないし、兵の転がる先には機能停止したアルファがいる。ここから爆風で転倒した自動車までは少し距離がある。アルファが心配だ。私とこんなに離れて大丈夫だろうか。もし正規軍の兵士たちが一斉に動き出してアルファに向かって行ってしまったら私はどうすることもできない。それでアルファが回収されたり破壊されたりしたら本当にどうすることもできなくなってしまう。

 私はアンドロイドのくせに、心配しすぎだ。まるで人間みたいだ。嫌だな。

 でも今の私にはアルファが一番必要であることはわかっているので、このように思考が働くことは生き延びるように作られた人間として自然のことである。

 でもまあ、大丈夫だろう。彼らもそうなったらひとたまりもないだろうから。

「うおっ⁉」

 マシロの声で私は自分の思考の中から離脱した。マシロの方を見ると、さっきまで彼に遊ばれていた兵が完全に優位に立っている。私はそれが興味深くてとっさにマシロを助ける行動をとることができなかった。

「助けて!早く助けてくれよ!」

 この兵に油断して遊んでいた罰だと思えば助けようとする気も失せるが、そうすることは私の善の心が許さない。とにかく今はマシロを助けなければ。

 そうは思ったものの、何をすればいいのかわからなかった。そうじゃない。救わなくてはいけないのはどちらなのか。どちらをどう救えばいいのか。どちらかを救えば一方はどうなるのか。わからない。早く手を下さなければいけないのに。

 優位になった兵が、マシロの腕をぐっとつかみ、懸命に捻り始めた。ぎしぎしと鈍い音が頭に響いてくる。

「おい!早く!」

「何をしている!早くしろ!」

 マシロの叫び声に加えて、テセラの低くて太い声が私の頭を貫く。

 私はその時は自分で判断をしなかった。全てシステムに任せた。自分すなわち自分を構成しているシステムだから自分で判断したのと違いはないかもしれない。しかし、そのシステムこそ自分の意志と同期しているもう一つの意志であり、私の意志は他にあるのではという勝手な憶測をして無理やり自分の意識の存在に気づこうとしていた。

 私の体は直ぐに動いた。マシロの腕を今にも追ってしまいそうなほどに捻りあげている兵の背後に回って、自分の右脚を斜め後方に上げ、膝を曲げ、体を捻り、兵体に狙いを定め、思いっきり対象を蹴り飛ばす。

 勝手にそうなったのだ。だから私の脚はちゃんと相手に当たった。そして相手の体は真っ二つになり、私の右脚は私から切り離されてしまった。

 機械のぶつかる重い音が響く。私はバランスが取れなくなってしまい、そのまま倒れてしまった。マシロを襲っていた兵はどうやら完全に機能を失ってしまったようで、ガラクタと化した。

私の右脚はどこに行ったのだろうか。そのことだけが不意に頭に浮かぶ。この時代のアンドロイドよりも私はずっと進んでいるのになんと脆いことだろう。脚が無くては立つことも歩くこともできない。

「おいおいまずいぞこれぇ」

マシロが怯えたような声で言う。そして時間的には一瞬かも知れなかったが少し間が開いて、私はテセラに雑に抱え上げられた。私は何も声を発することができなかった。テセラはものすごい勢いで自分たちの乗って来たあの自動車に向かって走っていた。少し身を起こすと、私の右脚を持って慌てた顔をしたマシロが後から来ている。二人は何かから逃げているように思えた。

 転倒した自動車の所に着いて、テセラがマシロから私の脚を強引に奪い取る。するとマシロは何かを察したかのように迷いなく転倒した自動車と地面の接触面に手を入れた。

 まさかとは思ったが、やはりマシロはその転倒した自動車を持ち上げて元に戻した。驚く間もなくその瞬間に私はアルファのいる中に放り込まれた。体中に衝撃が走った。

「急ぎましょ!」

 マシロは直ぐに助手席に乗って言うと、自動車は今まで感じたことがないほど急に速く走りだした。衝撃を受けたせいか、あの鈍い音は轟音に代わり、車内は物凄くうるさかった。

「とにかく今は早くあそこから離れなければなりませんけど、一度何処かに止めた方がよさそうですね」

 マシロは少し速い口調で運転席に座るテセラにそう言った。

「ここからだと研究所が最適だと思うんですけど。あの子の足も直してもらえるかもですし」

「そうだな。そういえばお前の乗ってきたのはどうした」

「今日は偶然俺とクオンが同じ担当だったので彼に任せましたよ。テセラさんを置いていけるわけないじゃないですか」

 クオンというのは、あの時車に荷物を運んでいたアンドロイド達の中の1人であろう。

テセラが焦っている様子は全く見えていなかったが、マシロがまだ焦っているのが会話を聞いてよくわかる。

「急がないともう稼げなくなるな」

「まぁったくですよぅ。あんな大胆なことしちゃってぇ・・・・・・」

 それまで感情を押し殺してきていたように見えていたテセラが、見えていなかった不満を言ったように聞こえたので私は少し居心地が悪くなってしまった。それが、彼らがたった今話している事柄の原因が私である、つまり彼らが困っているのが私のせいであるということが勝手に私の中に示しだしているように感じた。

「私、何かしましたか」

 私は轟音の中できるだけ大きな声で彼らに話しかけた。

「ああ、いや、あのね、助けてくれたのは本当にありがとう」

 私は彼が今言ったような喋り方に拒否反応を示してしまいそうなほどの苛立ちを覚えた。そして敵を蹴り 飛ばしたこの脚も見事に取れてしまったという、微かに内から湧き出る恥が私の思考の中心でぐるぐる回って時間の流れを遅くする。私はこの後の言葉に何が続くのか聞きたくないという思いに駆られながらも、仕方なく彼の言葉を聞いた。

「でも君ね、大変なことしちゃったんだよ?」

「助けるのが遅れたせいであなたの腕に何か不都合が起きましたか?そうだったらごめんなさい」

 私は声を強くして言い放った。この轟音の中だから自然とそうなってしまった、という訳ではない。

「いや、そのことはいいんだけど」

「正規軍兵に破壊攻撃をした」

 マシロの言葉に苛立っていたが、テセラがそう言ってくれてマシロへの敵対心が少し収まった。轟音の隙間に、マシロがそうそうと頷いている音が隠れて聞こえていた。

「どういうことですか」

「新型さんは社会のこと知らないのね」

「本当に知らないのか」

 私はほとんどマシロを無視して、テセラの問いに答えようと少し時間を費やした。その間マシロが何やらテセラに話していたのだが、音しか聞こえなかった。もはや私は彼を認識しようともしないぐらいに嫌っているのかもしれない。

「知りません」

 そう単純に答えて、私はやっとこれでいいのかと自分の心に言い聞かせることができた。

アルファが機能停止中で自分が忠告をされないのに気づかず、物事を行ってはいけない方向に進めてしまっているのではないだろうか。

考えても私がどうにかできるようなことではないので、今はただ彼女が目覚めて私を導いてくれることに期待するしかないのだろう。

「ならば目的地に着いたときに教えてやるから、その小さいのが放り出されないようにしっかり掴んでおけ」

 テセラは相変わらず落ち着いた様子だが、内に秘めている気持ちが何なのか大体わかった。

「君も放り出されないようにね、あとこれも」

 前の席から私の大事な右脚が飛んでくる。粗末に扱われたのが気になったが、彼らにとっては車に積むガラクタ同様なのだろう。

私はそれを片手で受け取って、アルファと一緒に抱きかかえるようにして彼らの言葉通りにしようとした。

次回は四月中に。

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