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Last Roid  作者: 古河かいね
2/5

number:1.0<hello<world

本編です。一話はまだ続きますが長いので切りました。

ああ、これが世界。

 私の目に二種類の色が移る。色は上と下に分かれていて、まっすぐな境界線がぼやけて見える。

 上は蒼。冷たくて気持ちのいい薄い色。

 下は白。微かに黄色を帯びていて、優しい色。

 私は上を空、下を砂漠と認識した。おそらく私は間違っていない。空が無かった時代はもう少し昔だったはずだ。それにこの砂漠はこの時代特有の色をしている。

 上の空を見上げてみると、白い雲が薄く延ばされている。薄く延ばされた雲越しに見える空はとても綺麗だった。風が吹いているのをふと感じる。いつか見たような、そんな懐かしい気持ちがした。私の記憶は今始まったばかりであるのになんだか奇妙な感じである。そんな感覚を内側にしまい込んで、今度は下の砂漠を見る。

 下の砂漠はおそらく、アンドロイドの工場か研究所の廃棄物によって汚染されている。一見優しい色だが、それはアンドロイドの内部を作るときに使う物質が、外部と結合するときに反応して発生させる毒の色である。普通の砂と見分けがつきにくいが、簡単な判断基準は色しかない。

 私は少しかがんで下に手を伸ばし、砂を手ですくってみた。砂たちはさらさらと私の細い指の間をすり抜けて元いた場所に戻っていった。触るだけなら人間でもアンドロイドでも問題ない。しかしすぐに拭き取らなければ人間の場合は皮膚が腐っていき、だんだんと肉体を侵食し、やがては完全に侵食して人間を動かない生き物にしてしまう。それに比べてみればアンドロイドはまだいい方で、指の先が少し溶けてパーツ交換しなくてはならないという程度だ。風が私の指に張り付いていた微量の砂を大体消し飛ばしてくれたであろうから、私はそんなに気にしていなかった。

 私はずっと立ち留まっていたので歩いてみることにした。この視界いっぱいに広がる空と砂漠はどこで途切れるのかという興味が、だんだんを内側に湧いてくる。

 歩くのは自分が思っていたよりはるかに簡単で楽だった。ただ歩こうと思っただけで足が動き、勝手にバランスを取り、綺麗に歩かせてくれる。私は靴を履いていたが、足の裏から砂を踏みしめているような感覚がする。風が少し強く吹いたときはバランスをとるのが大変であったがすぐに慣れた。

 私は楽しいと感じた。そしてまた懐かしい気持ちに襲われた。

 私は少し焦って早く足を動かし、風を切るように前に進んでいった。これが走っているという感覚だ。風が私の腕や、顔などの服に覆われていないところに触れて流れていく。このままどこまでも行けそうな気持がして、私は速度を上げる。

 そして丁度私の足が疲れ始めたころ、まっすぐな境界線の少し上に黒い点がいくつか見えてきた。近づくにつれて黒い点は微かに大きくなってきて、形も少しずつ確認できるようになっていった。私からはかなり遠いところにあるようだが、少し休んでからまた走れば直ぐ着くだろう。

 私は速度を落としていき、休息をとることにした。目覚めてから急に面白がって走ったものだから、それなりの犠牲は覚悟すべきだった。きっとこのまま愉快に走り飛ばしていたら、あの黒い点達の姿が完全に見える時には私の足はボロボロで使い物にならなくなってしまうだろう。この時代であるから私と同じパーツは存在しないと予想した私は、どうしようもなく足を切り捨てるより、休みながら行った方がマシだと思った。足からだんだんと痛みが内側に伝わってきた。

私は壊れやすくできている。外側も内側も、通常より脆い構造をしている。それほど人間に近いというわけであり、私のことを気遣って、体を壊さないように無理をせず慎重にしていなきゃいけないということなのかもしれない。それだけ私は何かを背負ってここにいるのだろうか。

ここに来たときに、私は内側にあった何かを無くしてしまっていたことに気が付いていた。眠っていた時には確かに内側に存在していて、何度も私に声をかけてくれた何か。もしかしたらそれが私がここにいる意味になり、背負うものだったかもしれない。勝手だが、今はそういうことにしておこうと思う。

「止まってください」

 私が足を止めて三秒ほど経過したとき、無機質な低くも高くもない女性の声が外側からはっきりと聴こえてきた。私は少しひるんでしまって、左右確認をするのが数秒遅れてしまった。しかし右も左も同じ景色で、誰かがいることは確認できなかった。

「後ろです」

 私はすかさず振り返った。そして少しだけ視線を落とすと、声の主を確認する。

「初めまして。私はサポーターアルファです」

 勝手に自己紹介を始めた彼女は、よく実験などで用いられる簡易アンドロイドとそっくりな型をしていた。身長は私の半分ぐらいで、肌ではなく金属の装甲で内側が覆われている。彼女が口を動かすと、装甲の間から内側が少し見えた。

「あなたと一緒に来たのですよ」

 彼女は私に平然と話しかけるが、私はそれを聴いて少し驚いた。私は誰かといたことなど無く、彼女のことも全く知らなかった。でも、一瞬でも誰かと一緒にいたという事実があるのなら、私がそれを知らなくても私は事実を知る人から見て孤独ではない。孤独がどうであれ、自分が存在した事実さえあれば私は大体それでいいと思ったが。

「私は知りませんが、そうだったのでしょうね」

 自分では否定しているつもりだが、相手は肯定されていると思っているだろう。彼女は一度軽く頷いて話を進めた。

「ええ、そうです。そして私はあなたをサポートするために、あなたについて動かなくてはなりません」

 突然そんなことを言われても困るだけだった。しかし私に与えられた情報は少なく、これからこの時代に一人でやっていくにしてもどうすればいいのかわからないし、そもそも私がここに来た意味や目的も知らないので、彼女がそう言ってくれて私は微かに安心できたかもしれない。

「私の質問に答えてくれますか」

私は彼女に聞きたいことが山ほどあった。きっと彼女の方が私よりもたくさんのことを知っており、先ほどの毒の紛れた砂の見分け方もたくさん知っている。おそらく私よりもずっと私も事を知っているだろう。そういえば、私は自分のプロフィールをほとんど知らない。ここから何処へ行くべきか知りたいところだが、まずは自分の存在を証明するような情報が欲しい。

「可能な範囲で回答できます。しかし、あなたが持っていない情報の提供を求めるのであれば、私はそれに応えることができません」

「では私はこれからどうすれば良いのでしょうか。何もわからなければどうすることもできないのですが」

 質問には答えないと言われたばかりだったのにも関わらず、私は簡易アンドロイドの態度に少し気持ちを悪くしてそれを無視して問うた。

「先ほども言いましたが、私は・・・・・・」

 この質問は駄目なようだった。

「同じことは言わなくて結構です」

 私は気持ちを曇らせてしてしまい、むきになってそう言った。彼女は喋りたさそうであったが言葉を発するのをやめて、声の調子を変えず直ぐに口を開いた。

「わかりました。私は時と場合と場所によってあなたに適切な情報を提供し、目的を与えます。そのように私は設定されています」

 つまり、私が質問して情報を得るのではなく、相手がその時々に適切な情報を一方的に提供するということだ。なんとも自分勝手であるが、彼女が定めたことでないのなら仕方がない。彼女は自ら私のサポーターを名乗りつつも私を情報によって管理しようとしているのだろうか。

「そうですか。少し気になることがあるのですが、あなたは靴を履いていませんよね。足は大丈夫なのですか」

 私がそう言うと、彼女は少し黙り込んでじっと私の顔を見つめた。彼女の瞳の奥で何かがちかちか光って、これはあれだとかどれがそれだとか考えているのがわかる。簡易アンドロイドの眼は、内側が剥き出しだ。

「ありがたいことに、私の足は特別な素材でできた装甲に覆われています。なので、結合時に出る毒物の侵食を一切受け付けません。いわば靴のようなものですが、皮膚といった方が適切でしょう」

「なるほど」

 私は適当に納得して、彼女の足元に目線を落とした。彼女はそれが何という素材なのかまでは教えてくれなかった。私は彼女が回答可能な質問を考える。

「私の名前は何ですか」

 今までずっと内側の中で自分に問いかけていたことである。少し前に砂漠を気持ちよく走っていた時から頭にその問いはなかったが、たった今その問いが蘇ってきた。

 サポーターアルファはまた黙り込んで、瞳の奥をちかちか光らせる。さっきよりも長く考え込んだ末にやっと彼女は口を開いた。

「それはお答えできません」

 予想の範囲内ではあったため、私は特に何の反応も彼女に見せなかった。

「私の名前を知っていますか」

 聞く順番が逆だった。逆でも結果は同じであるから私にとってはどうでもよかった。

「知っていますよ」

 彼女は瞳の奥を光らせる間もなくそう答えた。私の内側が少し熱を持って、体中が徐々に温かくなっていった。知っているのに答えられないというのは、まだ私が知るべきではないということなのだろうか。それにしても私は自分の名前が存在したことに少し感銘を受けていた。

 そのまま私は感動を抑えきるまで、彼女のように考え込むふりをした。彼女はじっと私からの言葉を待っている。心のない作り物が会話をできるようになるなんて、どれほど人間が衰退したことだろうか。

「どうすれば教えてくれますか」

 私がそう言うと、彼女は声のトーンを少しばかり上げた。

「サポーターベータを探してください。そうすればあなたに関する情報はほとんど提供できますよ」

 彼女と同じでサポーターと名にあるぐらいであるから、そのサポーターベータとやらも私のサポートのために一緒に来ていたのだろうか。

「何故ですか」

「来るときにシステムの誤作動ではぐれてしまい、サポーターベータだけが早く目覚めてしまったのです」

 彼女は作り物のくせに、寂しそうな雰囲気だった。私は彼女の言うことを聞いてもよくわからなかったが、とりあえずサポーターベータを探さなければならないことはわかった。そして、探さなければまずいことが起こるという可能性も予測できた。

「サポーターベータの情報は」

 私はどうせ断られるだろうと思いながらも彼女に聞いた。しかしさすがに探す対象のことがわかっていなければ、探したくても探せない。名前だけで探せと言われても呼べば出てくるわけでもないから、少しでも情報がないとサポーターベータの捜索は延々と続いて終わらないだろう。

「情報と言いましても、大体の居場所だけです」

 それもそうだ。彼女と同じ私のサポーターであるから、簡易アンドロイドであろう。簡易アンドロイドはすぐに見分けがつく、と言ってもこの時代には存在しない型であるだろうから見れば誰でもわかるはずだ。それだから私は、まずいことが起こる可能性があるのを予測できた。

 しかし居場所が分かっているのならば探すのは簡単なはずだ。問題は彼女の言う大体が、私の思う大体に一致しているかどうかである。

「サポーターベータはこの先にある大都市にいます」

「大都市のどこですか」

「何処かです」

 すっかりあきれた私は彼女に文句を言う気も失せていた。淡々と言葉を吐き出すこの作り物は、私の横を通り過ぎて振り返る。

「こちらの方角をまっすぐ進めば大都市です。途中村があったり、道のない場所もありますが」

 彼女はそう言って、ゆっくりと足を動かしていった。私もそれについていく。初めは彼女が先頭だったが、身長も歩く速度も速かった私がいつの間にか彼女を追い越していた。小さい彼女は私と一定の距離が開くと、待ってくださいとすぐに言う。なので私は時折彼女のために速度を落としながら歩かなければならなかった。

 私は彼女の言葉を聞いて不思議な感覚になり疑問を抱いた。この時代であるからアンドロイドが人間よりも圧倒的に多いのは私も知っているし、そもそも人間の存在すら知られていないのかもしれないが、彼女の言う大都市はアンドロイドだけによって作られているのだろう。だが、私にはアンドロイドがその大都市で人間的な生活をしているのが到底考えられない。所詮作り物であり、大量に生産されている時点でそのもの自体に個性はない。そんなものが大都市という集合体を作っているとは思えないのだ。

 ただ私がこの時代のアンドロイドを甘く見ているだけかもしれない。もっとも私は自分以外のアンドロイドを、今二十センチほど後ろから私に付いてくる彼女以外に見たことがないため、どうとも言い切ることや主張することができないのだが。

 私は大都市をアンドロイドの作った文明として見てみたい気持ちになり、そのことへの期待で内側をまた暖かくさせた。付いてくる彼女にそれを悟られないようにゆっくり歩くことに集中して、私は砂漠から抜け出せるのを無言で待った。  


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