表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

歪みのオルゴール

0403

作者: ゆっけ



アサは夢の中で、たゆたうような感覚に呑まれていた。

湿っているような、生暖かいような、まとわりつく違和感に、嫌悪を顕にせざるを得ない程、ひどく不愉快な心地。


アサはゆっくりと目を開く。

真っ黒に塗りつぶされた景色が彼女の双眸に映る。

首を振り、見回す。


ぼうっと暗闇を眺めていると、不意に景色が変わった。


まず、ざあざあと降る雨。時折、閃光と轟音が一辺を包む。

ずっと向こうに見えるのは、ずっとずっと幼い頃暮らしていた小さな村。雨に打たれても尚勢い良く燃え上がる炎に焼かれていた。



アサは堪らず目を瞑り、両の手で耳を塞ごうとするが、体はまったく動かない。

追憶は、過去から目を逸らすなと言わんばかりにアサの体を押さえつけ、彼女が忌避していたあの日の出来事を突きつける。



甲冑に身を包む兵士たちは逃げる村人たちを手当たり次第に嬲り、蹂躙し、殺していた。

兵士たちの下卑た笑い声と村人たちの悲鳴と絶叫、怒声がぐちゃぐちゃに混ざる。


金髪の少年が、燃える家屋の陰から飛び出す。村人を嬲っていた兵士に鋭い蹴りを入れ、持っていた短剣を脇腹に突き立て、流れるような動作で肉を裂く。兵士は堪らず短い悲鳴をあげ倒れ込んだ。少年は、兵士の頚部に狙いを定め、迷いなくに刃を突き立てた。


少年の奇襲に気付いた兵士たちは一斉に弓を引き矢を放つ。少年はその全てを避けきることはできず、堪らず膝をつく。


兵士は興奮した様子で少年の襟元を掴み、何度も殴打する。尚も険しく睨み付ける少年に苛立った兵士は、彼の右目を抉り取り、左腕を斬り落とした。

絶叫しもがく少年を数人がかりで囲み、しつこく蹴りを入れる。少年がぐったりするのを確認すると、ギラつく刃を彼の左胸に突き立てる。直後、少年の体から鮮血が迸った。


少年が惨たらしく殺されたのを目の辺りにした村人たちは、怒りを露に震え上がった。逃げるのをやめ、激情にかられるまま、隠し持っていた各々の武器を手に、兵士たちへぶつかっていく。


兵士たちは一度は体勢を整えようとしたものの、怒涛の反撃に阻まれる。気圧された何人かの兵士が村人たちの報復に倒れた。


兵士のうちの一人が、その場から逃げようとする集団を見つけ、他の兵士に大声で知らせる。

兵士達は一瞬動揺した村人たちの隙を逃さず切り捨て、一斉に彼らへ襲いかかった。



子どもを庇おうと数人の大人が甲冑たちの前に躍り出る。懸命に奮闘するも、喉や胸、腹を裂かれてあっけなく絶命する。一人、緑髪の男だけは辛くも一閃を避けたが、斬りかかってきた兵士たちの後方より放たれた魔砲弾を喰らい、足から上を吹き飛ばされる。


彼のすぐ後ろに控えていた子どもたちは凍りつき、残された足を見つめていた。残った足の断面は焼け焦げているように見えた。

ひとりの紫髪の子どもが四つん這いで男の足へ近づく。彼はふるふると首を横に振ると、やがて背中を丸め咽び泣く。


泣き出したこどもとよく似た顔立ちの、まったく同じ髪色のこどもがゆらりと立ち上がり兵士たちへ恨み言を吐いた。


赤髪の少女が、兵士たちへと飛び出さんとする紫髪のこどもを必死に呼び止めるが、反狂乱となってしまった彼には届かない。こどもはそのまま飛び出し、直後に破裂音と共に2発目の魔砲弾が発射される。幼き体は魔力の塊を正面から喰らい、左半分を失い崩れ落ちた。

彼の後ろで泣いていたこどもも、流れ弾を喰らい右半身を穿たれ地に伏した。



恐怖で動けなくなった村の子どもたちを遠目に、兵士たちは次の魔砲弾を彼らに向け発射しようとしたとき、ひときわ目立つ甲冑を纏った兵士がそれを制する。


彼はずんずんとこどもたちへ近付くとその兜を外す。血走った目で彼らひとりひとりをじっくりと観察する。

怯え泣き出した青髪の子どもを鼻で笑うと、頭部を思い切り蹴り飛ばし地面に転がした。

次に、青髪のこどもを抱きしめて微動だにしなかった栗色の髪の少女を。

次に、兵士たちを真っ向からじっと見据えていた茶髪の少年を。

次に、紫髪のこどもの名を呼んだ赤髪の少女を。

一人を除くその場にいたこどもを皆蹴飛ばすと、残ったこどもの腕を乱暴に引いた。



『探しましたよ、アリーシャ様。我が主がお呼びです。どうか我らと共に来てください』



兵士はにこりと笑うと、ぐっと屈んでこどもと目線を合わせ、猫撫で声で告げる。

アリーシャ様と呼ばれたこどもは彼には目をくれず、焼き払われる村と、折り重なる亡骸を交互に凝視しながら、『どうして』と繰り返し呟いていた。



『おやおや。幼子には少し刺激が強すぎたか』



兵士は哀れみを含んだ目をアリーシャに向け、小さな体を片腕で抱える。ほかの兵士に皆殺しの指示を飛ばす。


兵士が自分の役割は終わったと言わんばかりに満足げな表情で、他の兵士が屯するところへ踵を返そうとしたが、ふと動きが止まる。

先ほど蹴飛ばされ呻いていた茶髪の少年が、兵士の足を掴んだのだ。



『離せや』



唸るような低い声。地面を這いずる姿勢で鋭い眼光を兵士に向ける。兵士が黙って見下していると、少年は足を掴む手に力を込め、再び口を開いた。



『聞こえんかったんか。今すぐアサを離せ』


『……聞こえんなぁ、下賎な民の戯言など』



兵士のこめかみにうっすらと青筋が立ち、舌打ちをする。アリーシャを抱えたまま剣を抜き、少年の首目掛けてそれを振り下ろそうとしたが、アリーシャの声に阻まれた。



『やめて』



兵士の動きがピタリと止まり、動かなくなる。

刃は少年の喉元で止まっていた。



『……?』



微動だにしない兵士を見上げる少年。兵士は歯を食いしばり、目を見開いたまま、剣を振り下ろした瞬間の姿勢のまま、彼だけ時を止められたかのように固まっていた。

兵士が何事かとざわめいたとき、辺り一面の空間がビキリと音を立ててヒビが入る。そのヒビが深くなるとともに、アリーシャの体が光を淡い放つ。



『みんなに、いたいことしないで』



『みんなを、返して』



ゴキャリと嫌な音が辺りに響いた。

いつの間にか、アリーシャの足元には閃光を放つ真っ白な月が浮かび出ていた。光はどんどんと強くなり、村を覆い、空へと広がり、地を覆い尽くし、海へと伸びる。やがて光は世界を飲み込み、景色は白一色となる。



真っ白な景色を前に、アサはわなわなと唇を震わせる。

彼女は暫く、壊れていく世界を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ