D-CLUB
ちょいエロ(雰囲気)な短編です。
1 クラブへの誘い
都内の大学に進学して一年程度の頃である。いわゆる春休みに入り、私は暇を持て余していた。
受験戦争の末期である一年前とは随分違う環境は、心地よくも何かをしようと言う気にもなれなかったのだ。
予定していた単位も恙無く取得し、当面の間焦る必要も無かったのも原因かもしれない。
入学当初はサークルや恋愛に気合を入れていたものの、夏を迎える頃にはどうと言う事も無い日常に浸っていた。
幸運と言うべきか、早い段階で恋人的な存在もできたものの、結局は私と同じように入学ハイだったらしく、すぐに冷めて終わった。
肉体関係まで持っても男女関係と言う物があっさりと終わる物だと漠然と考えた事を思い出す。
女と言う存在がそう言うものなのか。
それとも自分に何かが足りないのか。
以来、普通に講義に出席し、普通にバイトで金を稼いだ。
自動車免許は夏休みに実家の方の教習所で修得した。
はっきり言うと、休みと言われてもやる事が無かった。贅沢な悩みである。
まだ未成年扱いなので外で大っぴらに飲めないので日が落ちれば安酒を持ち出して飲んで寝る、くらいの事。
そんな時だった。
バイト先の先輩から、その誘いが来たのは。
クラブに来ないか、と言う誘いだった。
『クラブ』と言う単語は解釈が難しい。
しかしこの場合は部活動でも趣味のサークルでもない。
いわゆる、ダンスやアルコールなどが絡む場所、風俗店と言う感じだろうか。
一応まだ二十歳前であると言うと、先輩は「問題無い」と言った。
しかも、お金は必要無い、と言う事だ。
サークルの新歓コンパじゃあるまいし?そんな馬鹿な話があるものかと思ったが、刺激を欲していた私は、先輩に誘われてその場所に行く事にした。
断っておくが、この先輩は女性である。
気になる存在だったとまでは言わないものの愛嬌のある人だったので、淡い期待があった事は否定できない。
しかし、結論から言えば。そこでの体験はそんな生易しいものではなかった。
それこそ、自分自身の人生を塗り替えてしまう程の、運命だった。
*
『D-CLUB』と言うその場所は、看板を出している『店』ではなかった。
分類で言えば、『店』としてのクラブではなく、同好のメンバーが集まる活動場所、と言った方が正しい。
少し猫背でエラの張ったいかつい顔の警備員は会員チェックの担当でもあった。
先輩は顔パスのようで、私は先輩の紹介と言う形で特にチェックされる事も無く中に入った。
あるビルの地下に存在したその空間は、一見キャバクラではあった。
ただし、ここにはキャバ嬢は居ない。その辺を歩いているような普段着の男と女が酒を交わし、海老のカクテルやカルパッチョ、水貝のようなシーフード料理を摘まみ、歓談している。
無造作に飲まれる酒は、しかしどれも名前くらいは知っている高級品。
その全てが無料だと言われても、どうして俄かに信用できるだろう。
ここに私を連れ込んだ先輩はすでに自由行動に入り、適当な男性と会話している。
私は比較的安そうなビールグラスを片手に、この異空間を観察していた。
男たちも女たちもせいぜい三十くらいの年代だろう。女性は美女が多く、男たちはぶっちゃけてしまうとそれほどでもない。
ここの場面だけ見れば普段着コンセプトのキャバクラと言えなくも無いのだが、漂う雰囲気はそう言った店のものではない。
ここに澱のように沈殿しているのは、もっと濃密で本能に訴えかけている何かだ。
やがて、私は先ほどから密着するほど親しげな一組の男女が店の奥の扉をくぐって消えた事を目撃した。
見渡せば、先輩の姿もすでに見当たらない。
察するにだ。
どうも、奥には盛り上がった男女が火照る身体を本能のままに交える場所があるらしい。
頼る相手を見失った私は所在無さげにうろついていた。
入っていく二人も居れば出てくる二人も居る。
何かの暴力漫画に有りそうな、行ったっきり帰ってこれない、みたいな事はなさそうだ。
「気に入った相手はいないの?」
視界の外から声をかけられて驚いた。
そして、振り返ってまた驚いた。
物凄い美人だった。エキゾチックな美を纏った、スタイルも日本人離れした美女。
原宿や渋谷で歩いているようなカジュアルな普段着姿だが、沖縄とか、あるいはもっと南の方の人なのだろうかと思った。
「ああ、もしかして彼女が今日連れてきたばかりの人ね。それじゃあ戸惑うわね」
この女性はどうも先輩の事を知っているらしかった。
「言葉で説明するよりも体験した方が早いわ。行きましょう」
手を取られ、私は為すがままに女性と共に奥の扉をくぐった。
扉の奥には受付とエレベーターが四基あった。
受付に座っているのは、外に居た警備員と同じようにがっしりした体格の男だった。
「七〇四です」
カードキーを受け取った女性は、4と番号が振られたエレベーターに乗り込んだ。
十人くらいは乗れそうなエレベーターに、美女と二人。いつの間にか腕まで組まれていた。
到着した場所は、二面を窓にしたホテルの一室だった。エレベーターを出れば即部屋と言う造りだ。
「……まさか、ホテルのスイート?」
「そうよ。このビルは宿泊施設なの。ワンフロアにつき独立した部屋が四つ。まあラブホテルみたいなもの、とも言えるわね」
ラブホテル、と言う単語に胸が躍る。
ただ、奇妙なのは普通のラブホテルとはイメージが違う事だ。
部屋の中心はプールか風呂かと思う水辺であり、ベッドが占める空間はそれほど大きくない。
「どの部屋も似たような造りよ。お蔭で水が重くてこのビルを頑丈にしなきゃならなかったらしいわね」
「……意味が分からない。どうしてこんな事が」
「心配?」
腕が絡みつき、彼女に囚われる。
すでに彼女は服を全て脱いで裸になっていた。
服の上からでも極上のボディラインだと分かったが、今の姿は想像を大きく超えていた。
「どう考えてもぼったくりのイメージですよ」
「大丈夫。ここはね、ある富豪が建てた施設なの。目的は出会いの為。さ、服なんて脱いで。貴方を見せてほしいの」
促されるまま私も裸になった。
少し温度の低い水に浸かりながら、私たちは唇を重ねる。
2 一夜の魔夢
私は結局、その部屋で彼女と夜を明かした。
何度求めたか分からないほどの肉欲。初めての彼女と行為に及んだ際も、ここまで暴走する事はなかった。
自分の中にこれほどの獣性があったと言う事に驚きと戸惑いすら覚えたほどだ。
ベッドに入る手間すら惜しかった。
火照る身体に水が心地いい。噴き出した汗もこぼれた体液も流し、また繋がる。水の中に居る彼女の美しさは、まるで人魚姫だった。
室温もちょうどよく、風邪をひく事は無いだろうと漠然と感じていた。
「まるで、夢みたいだ」
「夢なんかじゃないわ。これからも貴方はここに呼ばれるようになる。貴方は私たちと同じなんだもの」
「ここに来れば、貴女に会えるんですか?」
「もちろんよ」
始めた時と同じように静かに唇を重ねた。
そうして夢の夜は終わった。
*
夢の一夜が過ぎた後も、私の中には火が燻り続けた。
先輩とは変わらずバイトで顔を合わせるが、誘われる事は無かった。
一度一人でビルに近寄って見たが、一階はただの貸しフロアで、どうやっても地下へも上へも行けない。
しかし、春休みが終わる直前。
先輩はまた『D-CLUB』へ誘ってきた。
同じ場所。今度は私も顔パスだった。
ただし、今夜は飲食スペースに誰も居なかった。
「今日はここじゃないの。一番上よ」
先輩に連れられて、奥のエレベーターまでやって来る。
渡されたカードは、無地の物。
それを使うと、エレベーターは最上階で止まった。
降りた場所は、ちょっとしたロッカールームだった。
「ここで服を脱いで」
「ええっ?」
「人魚姫としてるでしょ。早く」
先輩も私も一糸纏わぬ姿になりそのまま外に出た。
広い部屋だった。おそらくはワンフロア全て使った空間だ。
そこに居るのは、私たちと同じく全裸の男女が二十名程度。
二人一組のカップルを作り、部屋の中央を 囲んで輪を作る。
私たちが出てきた場所は部屋の中央で、外から見ると祭壇状になっていた。
四隅に焚かれた篝火。
祭壇に立つ彼女。人魚姫。
一糸纏わぬ姿に、美しくも異形をあしらった黄金の冠だけを被っている。
その彼女が祀る巨大な異形の像。
章魚か、蝙蝠か、それとも大海蛇か。どれでもあるようでどれでもない。
その像は二メートルほどの大きさで十分巨大だが、その像から頭が受信するイメージは、この部屋を覆い隠して尚足りないほどの巨躯を感じさせた。
「母なるハイドラの名の元に、神への祈りを唱える。」
彼女の声と共に、どこの言葉かもわからない言葉の羅列が聴こえてきた。
ふんぐるい むぐるなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐるふたぐん
「神……は……ルルイエの館……で……死せる……が……時……満れば……夢より……醒めて……再び……支配の座に……着く……」
己の脳裏に、仕えるべき相手と、結ばれるべき朋友たちが浮かぶ。
まるで、生まれ変わったかのようだった。
自分の中に燃え盛る程の情熱がたぎっている。
女たちは回る。男たちの上に跨り、或いは男たちの下に敷かれ、女たちはまるでフォークダンスのように次々とパートナーを変える。
どれほど繰り返されただろう。
やがて、その輪の中に人魚姫が加わった。
「目覚めたのね。おめでとう」
彼女はそう言うと、私に祝福のキスをくれた。
3 D
ある秘密教団がある。呪われた血によって結ばれた一族が居る。
その教団のある幹部は表向き富豪で知られている。
彼が日本に作ったのが、血を繋ぐ者たちを集め、目覚めさせるイニシエーションの場所だった。
薄れゆく血は、しかし同種との交わりで活性化する。
男が女を、女が男を、運命と共に使命を呼び起こすのだ。
D-CLUBとはそのための場所。
私を目覚めさせてくれた人魚姫は、この場所を預かる母なるハイドラの巫女だったのだ。
同種として目覚めた私は、先輩と交際を始めた。
もちろん、不定期に行われるD-CLUBへの参加も欠かしていない。
入学シーズンも過ぎて落ち着いた頃。
先輩はD-CLUBのお知らせを持って来た。
「まだ目覚めていない女の子なんだけど、相手してくれる?」
私はもちろんだとエラが張ってきた首を鷹揚に縦に振った。
お約束のオチ。