1,DOG-O
遠近感が狂いそうだ。
規格外の巨木の生い茂る薄ら暗い森の中で、中年が心中つぶやいた。
全体的ひょろ長な体をぴっちりとしたスーツに身を包んだ、森にはミスマッチな風貌の中年だ。
その顔には、いやらしい笑顔が常に張り付いている。
「う~ん。いいねぇ……いいぜぇ、こいつぁよぉ……」
巨木の根の陰に身を潜め、中年は双眼鏡を覗き込み、そしてうっとりした様につぶやく。
その双眼鏡の先には、湖のほとりで草を喰む白馬。
ただの白馬ではない。風に揺れる金色の鬣に加え、その頭部には雄々しい1本角。
ユニコーン。いわゆる希少性魔獣種。
普通の森では到底お目にかかれないレアな生物だ。
この森は、秘境だ。亜人種はいる様だが、凡庸種と称される通常人類に取っては未踏の地。
そこに踏み入ったこのスーツの中年は、その凡庸種であり、『密猟者』。
彼の通称は『まさに悪党』。
密猟に限らず、あらゆる犯罪に手を染める、世界のアンダーグラウンドに巣食う純粋悪。
彼の持論は「善人は法を守れ。悪党は何をしても良い」。筋金入りである。
そんなローグマンが、実にゲスらしい笑顔をキープしつつ、双眼鏡を片付け始める。
別に彼はユニコーンを眺めるためだけにこんな所に来た訳では無いのだ。
「ひーひっひっひ……ケダモノは臭くて嫌いだぁがぁ……金の匂いのするケダモノちゃんは大好きだぜぇ」
生体のユニコーンの場合、普通の人間じゃ一生掛けても使い切れない額で取引される。
死体ですら、裏の市場に出回れば一国に影響を与えられるレベルの莫大な金が動く。
生け捕りがベストだが、万が一殺してしまっても一生不自由しない金が手に入る。
そんな密猟者の理想を実現した様な生物が、ユニコーンである。
「世界に100匹もいないと言われる珍獣ぅぅぅ……くぅぅぅ……! たまんないねぇ……! 金の音がジャランジャラン聞こえてきそぉな響きだ!」
ユニコーンの希少性は、語るまでも無い。
希少性魔獣種はその神秘性から半ば神格化されている種が多い。
人類史において、『神獣』と呼ばれる存在のルーツは大抵希少性魔獣種であるとされる。
そんな神聖なる存在を、我々の手で絶やすなど有り得ない。
それが、現在に置けるほぼ全人類共通の価値感と言える。
未だ世界各地で人類は戦争をしているが、希少性魔獣種の保護に関してはほぼ全ての国が理解を示し、この事に関してだけは協力関係にある。
紛争地域に希少性魔獣種が迷い込んだら、誰が指示をするまでも無く戦いが止まる。
そういう存在なのだ。
だが、歪んだ人間と言う者は少なからずいるものだ。
その歪んだ人間の代表格と言えるのが、このローグマンであり、彼の取引先の者達。
「っと……盛り上がんのはこの辺にしといて……さぁて……ショータイムと行こうぜ、野郎共」
彼が腕時計内蔵の通信機で指示を送ったのは、彼が金で信頼を買った最高の部下。
大地が揺れる。
ユニコーンが危機を察知し、その場から離れようとするが、遅かった。
地面の下から現れた鋼の巨腕が、ユニコーンを鷲掴みにして持ち上げてしまう。
ユニコーンは大きく暴れて抵抗するが、鋼の腕はビクともしない。
「だぁははははぁはっはっはぁぁっ! 捕獲成功ぉ! ボロい! この商売ボロ過ぎだぜぇ! 密猟最高! 一獲千金は男の浪曼だなぁおぉぉい!」
興奮の余り無意味に木の根を蹴っ飛ばしながら、ローグマンが騒ぎ立てる。
しかし、
「ケッ、ゴミ溜めみてぇな『匂い』がしたから立ち寄ってみれば……」
「ふぎゃぁぁはっはっはっ! ……は?」
不意にローグマンの笑いを遮ったのは、荒々しさを含む若い声。
ローグマンのすぐ横合いを、風と共に何かが通り過ぎて行った。
山吹色に輝く、何か。
それは、大まかには人の形をしていた。
その人の形をした何かは鋼の巨腕に真っ直ぐに突っ込み、そして渾身のドロップキックをブチかました。
「んなぁぁ!?」
鋼の巨腕は見た目通りの超硬度だ。
にも関わらず、そのドロップキックで大きくひしゃげてしまった。
衝撃で指が開き、ユニコーンが滑り落ちる。
「ひひぃん!」
今や! と一鳴きし、ユニコーンは一目散に走り去っていく。
「あぁぁあああぁぁぁぁぁああぁあっ!? 俺様の金がぁぁぁあぁぁ!?」
「本当、世の中救い様の無い人間がいるモンだぜ……」
「あぁん!?」
ローグマンは全霊の憎しみを込め、密猟の邪魔をした何者かを睨みつける。
そこに堂々と立っていたのは、ボロっちい麻のマントで全身を覆った青年だった。
山吹色に輝く長髪、赤い瞳、浅黒い肌色、そして何より、その頭頂部には明らかにイヌ科の獣耳。
マントの隙間からは、頭髪と同じく山吹色の毛並みをしたモフモフの尻尾も確認できる。
「っ……テメェ、獣人種か!」
獣人種、それは凡庸種などの「自然を開拓する人類」と違い、「自然に適応する人類」として進化した亜人種の1つだ。
「まぁ正確には違うけど……似たよぉなモンかな」
「ちっ……! ケダモノ野郎如きが俺様の邪魔をするたぁ、どういう了見だ!」
「どういう了見、ってのはこっちの台詞だ。人間の知識はまだ勉強不足だけど……ユニコーンって人間からしても狩っちゃいけねぇ連中なんじゃねぇのかよ」
「かっ! これだからモノの価値のわからねぇケダモノ部族は! 金のためなら法律だ正義だは紙くずだ! 破って鼻かんでから丸めて捨てちまっても良いんだよ!」
「……お前、本気で言ってんの?」
「あぁ本気だね! 俺様はミスター・ローグマン! この世界で最も自由で、最も悪党な男だからなぁ!」
「成程、悪党だから法律なんて知った事か、と」
「その通ぉぉり! わかってるじゃねぇかケダモノ野郎!」
「お前、クソだな」
犬耳青年はすっぱりと切り捨て、ローグマンを睨みつける。
「お前みたいな奴、1番嫌いだわ。匂いも嗅ぎたくねぇ」
「ケダモノ野郎なんぞになつかれたくもねぇっつぅの! 匂いも嗅ぎたくないぃ? こっちの台詞だ獣クセぇ! おい野郎共! 予定変更だ! とりあえずそいつをぶっ殺せ!」
「んお?」
一際大きく大地が揺れる。
犬耳青年は危険を察知し、飛び退く。
「おーおー……こりゃまた……」
鋼色の巨腕の主が、大地を裂き、その全容を現した。
周りの巨木が巨大過ぎるせいで余り大きく感じられないが、その全長は30メートル近い。
犬耳青年の実に15倍近い巨躯を誇る、鋼の巨人だ。
頭部はモノアイ仕様のアイカメラが装備されている。シルエット的にはやや足が太く短い寸胴体型な点を除けば、至って標準的な人型だ。
「巨大機兵って奴か」
凡庸種が戦争に使う機動兵器だ。
だが、今犬耳青年の目の前に現れた巨大機兵にはロクな武装が無い。
基礎装甲すら剥がれている部分があり、見えちゃいえけないはずの部分も露出している。
要するに、見窄らしい。
「ケダモノ捕獲用に調達した安モン中古品だがぁ……充分だろぉ? なぁ!?」
この犬耳青年は、ドロップキックでその巨人の装甲を凹ませるだけの膂力を誇っている。
ローグマンもそれは見て知っている。
しかし、それは全力のドロップキックでの話。
しかもそれで完全に装甲を抜ける訳では無い。
なら、この安物中古の巨大機兵でも叩き潰せる。そう確信している。
「この偉大なる悪に逆らった事ぉ! パニーニみてぇにペシャンコになってから後悔しやがれ! さぁ、趣旨は変わったがこいつもショータイムだ! 潰せやぁ!」
巨人を操る部下へ指示を送り、犬耳青年を狙わせる。
「見世物の時間っつぅには、見窄らしくねぇか? そいつ」
そんな軽口を叩きながら、犬耳青年はひょいっと巨人のパンチを回避。
「『ドッグオー』の方が、まだ見世物には向いてると思うぜ」
「あぁん? ドゴぉ? 意味わかんねぇ事ぶつくさ言ってねぇでさっさと潰れろや!」
巨人が、その腕を大きく振るう。
犬耳青年はそれも軽々と躱す。
巨腕は本来の目標を捉える事なく、機動上の巨木をへし折った。
「他所の森とは言え……自然が荒らされるのを見るのは気分の良いモンじゃねぇな。さっさと決めるか」
そのつぶやきに、『彼にしか聞こえない声』が同調する。
「んじゃあ、あのクソに本当のショータイムってモンを見せてやろうぜ、ドッグオー!」
呼び声に応え、太陽の様なまばゆい煌きが発生する。
「ぬぉおっ!? 何だぁ!?」
犬耳青年の全身が、山吹色に激しく発光し、ローグマンとその部下の視界を一時的に奪にかかる。
瞼を固く閉じ、腕で目を庇っても目に痛みを覚える程の激光だ。
「ぐ……一体、何の……って、……っな……!?」
光が止んだのを悟り、ローグマンが腕を下ろした先に広がっていた光景。
それは、あまりにも奇想天外なモノだった。
光に包まれ顕現したそれは、全身を余す所なく山吹色のモフモフ毛皮で覆った……犬、だった。
犬種はポメラニアンっぽい。二足で直立しているが、足が短すぎてペンギンみたいなフォルムになっている。
そのフォルムにつぶらな瞳が相まって、実に可愛らしい。
小動物を愛でる心を忘れてしまったローグマンですら、一瞬キュンと来る可愛さだった。
ただし……
「で、かっ……!?」
その二足直立ポメラニアン、デカい。ひたすらデカい。
巨大機兵を凌ぐ巨体だ。
全長40メートルは確実に越えている。
「こいつが、俺とドッグオーの『輝装纏鎧』モードだ!」
巨大ポメラニアンが口を開くと、あの犬耳青年の声が響く。
「き、きそぉてんが……はぁ? つぅか待て、テメェあの獣人種か!?」
「見りゃわかんだろ!」
「はぁぁぁ!? 目玉イカレてんのか!」
確かにその毛並みの色はあの犬耳青年のそれに近い。
だが、それ以外が違い過ぎる。
「とにかくだ! 動物を理不尽に虐げて、無意味に狩って、しかも森を荒らす……お前みたいな奴がどうなるか、覚悟できてんだろうな!」
巨大ポメラニアン、ドッグオーと言う呼称らしいそれが、シャドーボクシングを始める。
その巨大かつゆるふわっぽい見た目に反し、拳速は異常に早い。鋭すぎるジャブをシュッシュシャッ! と披露する。
「な、あ、ありえねぇ……俺様は夢でも見てんのか……!?」
あまりにも浮世離れし過ぎた光景に、ローグマンは開いた口が塞がらない。
「さぁ今度はこっちのショータイムだ、ミスター・ロゴマーク!」
「ろ、ローグマンだ! くそ、余りの事にビビっちまったが、あんなふんわりした奴、いくらデカかろうと強ぇはずが無ぇ! あの図体もシャドーも見掛け倒しだ! やっちまえ!」
ローグマンの指示を受け、巨大機兵が動く。
真っ直ぐドッグオーへ、組み付きに行く。
「遅ぇぞ!」
ドッグオーは軽く「わん!」と吠え、滑らかな円の動きで巨人の手を払う。
「念仏ってのを唱えやがれ!」
ドッグオーが、右手を振りかぶった。
その拳を包む毛並みが硬質化し、淡い金色の光を帯びる。
モフモフだったワンコハンドが、一瞬で無骨な金鋼の塊へと変貌した。
「わんわん、インパクトォ!」
金鋼ワンコハンドが、鋼の巨人の胸部装甲を、抉る。
それで終わりでは無い。
更に左腕も硬質化させ、ラリアットの要領で巨人の首から上を粉砕する形でもぎ取る。
コックピットは腹部分であるため、パイロットは無事だろうが、頭部と胸部を大破させられて動ける機体など存在しない。
ドッグオーが右腕を引き抜くと、巨人は膝から崩れ落ちてしまった。
「は、はははは……悪夢だ……! 悪い夢だ!」
「悪い奴にはお似合いじゃねぇか」
「言ってくれるぜ! まぁなんだ、あばよケダモノ野郎!」
回れ右して走り去ろうとしたローグマンの前に、あの犬耳青年がスタッ、と着地。
「いぃっ!?」
一瞬の間にドッグオーは消失していた。
「輝装纏鎧モードだと、生身の人間は潰しちまいかねねぇからな」
食料にするため以外の殺生は趣味じゃねぇんだ、とつぶやきながら、犬耳青年は拳を鳴らす。
「覚悟はできてるか……ってさっき聞いただろ、ロゴマーク。今更逃げんなよ」
「っぐ……ローグマンだっつぅの! つぅか、テメェ一体何なんだ!?」
「そう言えばこっちはまだ名乗ってなかったな」
犬耳青年は笑顔で名乗る。
「俺の名前はイヌキング。まぁ覚えといてくれ。さ、とりあえず泣き喚け、クソッタレ」
容赦の無い制裁が、悪党に降りかかる。




