新しい仕事
この前仕事をしてから十日ほど経った。俺としては、ちょっとした問題にぶつかっている。そう、金が無くなってきたんだ。前回の仕事で得た金が二週間はもつはずだったんだが、思いもかけず口が増えてしまったもんだから、予定より早く減っちまった。しかも、あの食欲だもんな。あの小さな体のどこに入るんだか。ベアッテおばさんによると、食べ盛りってのはそんなもんらしいが、あの痩せっぷりじゃ食ったものが役に立ってるとはとても思えない。
そんなわけで、また男爵家の倉庫に仕事に行こうかと外に出たら、そのベアッテおばさんが玄関先にいた。
「ムスタ、また仕事かい」
この人、感が鋭いから嫌なんだ。いつもの仕事に行くところだと、あっという間に見抜かれてしまった。おばさんは、俺の仕事が気に入らないらしくて、こういう時にはいつも不機嫌だ。返事のしようがないよ。
俺が困っていると、ベアッテおばさんは、コロッと表情を変えてなんだか楽しそうな顔になると、こう教えてくれた。
「いつもの店の主人ね、いなくなっちまったよ。この町から逃げたんじゃないかね」
「なんだって?」
神聖帝国が攻めてきそうだからだろうな。どうしよう。俺は、下賜品を売りさばいてくれる奴をあの店主以外に知らないんだ。
俺はよっぽど困ったような顔をしてたのかな。ベアッテおばさんは、俺の目を覗き込みながら、にやりと笑った。押しが強いから、怖いんだよ。思わず一歩後ずさっちまった。
「これを機に、仕事を変えてみるんだね。ほら、今の仕事を続けてるんじゃ、アンの教育にもよくないだろ。アンにも、あんたと同じような仕事についてほしいのかい?」
いや、さすがにそれはない。自分の仕事が威張れたものじゃないことくらい、俺にもよくわかってる。そう口に出して言ったわけじゃないのに、おばさんには、やっぱり見抜かれてる。
「そうじゃないんだろ。じゃあ、ちょうどいい口があるから、行ってみなよ」
嫌だなあ。おばさんに面と向かって断る度胸はないけどさ。
「そんな顔するもんじゃないよ。まるで、嫌がってるみたいじゃないか。そんなはずないだろ、ウッジから聞いてるよ。ムスタが心を入れ替えたように立派な男になったってね。魔術師としての義務に目覚めたって言ってたよ。そんなあんたにうってつけの仕事があるんだよ。とにかく行ってごらんよ」
おばさんがウッジの言ったことを本気にしてないのは、口調から分かった。でも、俺が反論できないような言い方で迫ってくる。はいはい、分かりましたよ、行くだけ行ってみますよ。
そんなわけでおばさんお勧めの仕事ってのをやる羽目になった。市壁の強化工事だ。メッケルンじゃ長いこと戦争なんかなかったから、市壁のあちこちにガタが来てるそうだ。戦争がなかったのは王様が立派な人ばかりだったからだって話だけど、こうなっちまうとそれも考えもんだね。いざ他所の国が攻めてこようってときには、市壁やらの防御施設が痛んじまって役に立たないんだから。それでも、神聖帝国が攻め込んでくる前に修理して備えようってんだから、やっぱり立派な王様だってことかな? 王様がターケットなんかを気に掛けているんだかわからないから、立派なのは領主様の方かな? まあ、どっちでもいいんだけどな。
雇ってもらいに事務所に行ったときには、ちょっとびびった。なぜって、事務官がオレーグ男爵のところの従士の一人だったからだ。男爵家の倉庫に詣でたときに、時々顔を見たことがある奴だったんだ。俺の顔を見られたはずはないんだけど、万が一があるんじゃないかと思ってどきどきしたよ。幸い俺の顔に心当たりがないようで、魔術師だって名乗ると、とても喜んでくれた。魔術師組合に入っていないことを気にしていたけれど、おれが重量物を持ち上げるのが得意だと知ると、大喜びで採用を決めてくれた。組合に入ってないから正規の魔術師扱いはできないなんて理由で給金を値切られたけれど、それでも結構な額をもらえることになった。アンと俺の二人が食うには多すぎるくらいだ。ちょいと贅沢ができそうだ。
そういうわけで、重量物搬送専任の魔術師になったんだ。俺の魔法にとってむつかしいのは、重量じゃないんだよ。大きさなんだ。大きいと、裏側が見えないだろ。見えないものなんか、どう動かしていいかわからないじゃないか。幸い、市壁工事で使う石の場合、コロやら馬車やらで運べる程度の大きさだ。巨石ってほどの大きさじゃないので、俺が扱いに困ることはない。俺の仕事は、主に、石工たちが形を整えた石を所定の場所に設置することだ。例の倉庫の閂のお陰で、持ち上げた物のバランスを取りながら狙った場所に持っていくのには慣れてるから、俺に向いている。オレーグ男爵家には感謝しないとな。
石工は、俺が加わってずいぶんと喜んだ。魔法を使うと頭がやたらに疲れるから、朝と昼過ぎに二時間くらいずつしか仕事ができないんだが、それでもとても助かると言っていた。働く時間が短くても、石工や人足がえっさえっさ運んで設置するのに比べれば、何倍も作業がはかどる。半分の時間で、人足十人分くらいの仕事をするよ。それに、魔術師に無理に長時間仕事をさせて事故でも起こしたら、ただじゃすまないんだ。石を下す向きをちょっと間違えれば、人の一人くらい簡単に潰しちまうからな。十分に休ませるのが普通だ。
市壁って言ったって、町全体を囲んでいるわけじゃない。町の中心を守るようになっているだけだ。昔は町のその部分しかなかったんだろうな。平和が続いて、市壁の外にも町が広がったんだ。俺の家は、市壁の外にある。つまり、市壁をいくら修理しても、俺たちの役には立たないわけだ。なんだか複雑な気持だなあ。そんなことを初日に親しくなった石工に言ったら、えらい勘違いだと笑われた。領主様は、いざ神聖帝国が攻めてきたときには俺たちも市壁の中に入れて守ってくださるんだそうだ。その代わり、できるだけ沢山の食い物を持って来いと言われているらしいが、そりゃそうだろうな。いくら領主様でも、住民全部を食わせられるとは思えない。さて、他の町に逃げるのと、市壁の中に閉じこもるのと、どっちが得なんだろう?
一日の半分も働いていないんだから、自由に使える時間が結構ある。仕事で疲れるから昼寝をしたりもするけど、他のこともやってるよ。自分で言っちゃ変だが、仕事を始める前の俺とは別人みたいだ。何をやってるかというと、アンに魔法を教えたり、予備呪文の練習をしたりしてる。あれ、前と変わってないかな? 今のところの成果は、どっちも全然だ。正直言って、俺はアンに教えるのが嫌になっちまったんだが、アンがやめないんだ。毎日毎日、何時間か練習してる。結局アンには才能がなかったんだろうと思うんだけど、なかなか言い出せない。アン自身も、煮詰まっちまってるみたいだ。それでも続けるのは、意地になってるからだろうな、きっと。