大雑把
壊れた防壁を通り抜けるのは簡単だった。敵兵は、道の端に固まって、顔も体もこわばらせている。サラは、不必要に敵を刺激しないように、礫を飛ばすのを控えている。俺も大砲を振り回すのをやめ、前方に高々と持ち上げて敵兵を威圧するに留めた。
このまま戦わずに走り抜けられるんじゃないかと期待したが、甘かった。さらに進んだところで待ち伏せていた、まだ大砲の威力を目の当たりにしていない敵兵は、まだ戦意旺盛だった。道が広くなったから、前後だけじゃなくて、まわり中が敵兵だ。サラの礫が手近な敵を倒したが、かなりの人数が俺たちに肉薄した。俺の大砲も敵兵の動きを妨害しているが、自分たちに当たりそうなので、すぐ近くの敵には使いづらい。遠巻きにしている敵兵を近づけないのが精いっぱいだ。隙をついて近づいてくる敵兵が跡を絶たない。完全に敵兵に囲まれているので、一度に十人も倒すサラの礫でさえ間に合わず、武士と自警団員は、必死の防戦を余儀なくされた。
ついに敵に対抗しきれないかと思った時、俺たちが通り過ぎた曲がり角にアンの大砲が転がってきた。縦になったり、横になったり、跳ね上がったりの、むちゃくちゃな動きだ。次にどこに行くかわからないから、与える恐怖は、俺の大砲以上だ。それが近づいてくると、俺たちと戦っていた敵兵が逃げ出した。手近な建物に逃げ込んだり、木に登ったり、壁際に張り付いたりしている。
アンの大砲は、あちらこちらにぶつかるたびに、壁を崩し、舗石を掘り返し、破壊の限りを尽くした。しかも、アンの大雑把な魔法は、大砲以外にも影響を与えていた。破壊で生じたがれきが大砲と一緒に飛び回るんだ。だんだん大きくなるがれきの群れが敵を襲う。がれきの威力は、大砲の比ではなかった。数が多いから、逃れることができない。俺たちの後ろにいた敵は、たちまちのうちに全滅してしまった。
アンの大砲がまっすぐこちらに転がってきた。前方の敵を排除するつもりだ。まずい。大砲をそちらに持っていくには、俺たちがいるところを通さざるを得ない。大砲と一緒に、がれきもここを通るだろう。つまり、俺たちも危ない。
俺は、自分の大砲を後ろに移動し、地面に横向きに下ろした。その意味を察したトミが、大声で叫んだ。
「伏せろ。大砲の陰に入れ」
武士と自警団員は、直ちに大砲の後ろに伏せた。サラも手押し車から飛び降りて、伏せた。その途端がれきの嵐が俺たちを襲った。かなりの数のがれきが地面を跳ねながら転がってくる。俺が下した大砲にぶつかって、すごい音を立てた。かなりの力が大砲に加わる。大砲でがれきを防げなかったら、味方も全滅だ。俺は、必死で大砲を押さえつけた。
俺とアンは、まだ荷車の上にいた。俺にがれきが当たったら、大砲を支えられなくなる。生きた心地がしなかったが、大きながれきは、アンのそばにだけは飛んでこず、そばまで来ても避けて行った。おかげで、俺にもぶつからない。だが、小さな破片は、かなりの数がぶつかってきた。俺は、アンを抱えて丸くなり、それらからアンを守った。破片のぶつかる痛みに耐えながら大砲を押さえつけるのは、かなりの苦行だった。手押し車に防壁替わりの板が括り付けられていなかったら、耐えられなかったかもしれない。
すぐ近くで大砲が転がるゴンゴンという音がした直後、がれきの嵐は、唐突に去った。顔を上げると、前方で暴れる大砲とがれきが見えた。振り返ると、武士たちが恐る恐る顔を上げていた。いち早く正気に戻ったヨエルが怒鳴った。
「立て! 敵が気を取り直す前に脱出するぞ」
サラが手押し車に戻り、俺たちは、また走り始めた。手押し車は、アンが散らかしたがれきに乗り上げ、ガタガタ揺れたり、跳ね上がったりする。片手でアンを抑え、反対の手で手押し車の縁を掴んで、それに耐えた。破片で傷ついた背中が痛む。アンは、目をつぶったまま大砲を操り続けている。転げまわる大砲とがれきが、前方の敵を蹴散らしている。俺の大砲は、もっと丁寧に敵を排除したり、路面のがれきを掃除したりした。
すぐにエーダン通りに出た。割と広い通りだ。アンの操るがれきは、雲のように広がっていた。通り全体を埋め尽くし、大砲を中心に渦を巻いている。下手に進むと、俺たちまで巻き込まれそうだ。やむを得ず、しばらくそこで待った。路地からエーダン通りに出るところで足止めを食らった格好だ。アンにやめさせると、前後から挟み撃ちにあう。だから、そのままやらせておいて、俺が後ろを受け持つことにした。大砲をいつでも落とせるように宙に浮かせて構えたが、いつまでたっても追手が来ない。
突然、エーダン通りからすさまじい音が聞こえてきた。通り中の建物が何かに打ち据えられているような音だ。その音は、一瞬でやんだ。俺たちがいる路地に、いくつかの石が飛びこんできた。壁に跳ね返って飛びまわり、武士の一人に危うくぶつかりそうになったが、幸い新たなけが人は出なかった。
ヨエルが恐る恐るエーダン通りを覗き込んだ。すぐに首をひっこめ、他の連中を呼んでいる。俺は、もう一度後ろを見て敵が来ないことを確認してから、アンの様子を見た。がっくりと首を垂れて、動かない。慌てて引き起こすと、俺のなすがままに、アンの頭が振られ、俺の肩にぶつかった。意識がない。まさか死んじまったのでは?
だが、大丈夫だった。アンは、深い息をしていた。ほっと安心したら、後ろでゴンガランと大きな音がした。うっかり呪文をやめたから、大砲を落としてしまったんだ。慌ててもう一度呪文を唱えなおし始めたら、いつの間にか近づいてきたサラが声をかけた。
「アンは寝ちゃったの?」
俺が呪文を唱えながらうなずくと、サラが笑った。
「もう呪文なんかやめなさいよ。追って来やしないわ」
俺が半端なところで呪文をやめると、大砲が身じろぎした。
「追ってこないとは?」
「立ちあがって、よく見てみなさいよ」
アンを抱えなおして立ち上がり、後ろを見て、サラが何を言っているのかわかった。死屍累々とはこのことだ。大砲につぶされたり、がれきに打ちのめされた敵兵が、そこらじゅうに転がっていた。建物の中から俺たちを狙っていた敵兵は、半壊した建物の下敷きになっていた。
エーダン通りの方を振り向くと、武士と自警団員が突っ立っていた。何があるのか予想した俺が躊躇していると、サラが俺を促した。しぶしぶ行ってみると、果たして、予想通りだった。こちらのほうが被害が大きい。道路の舗石がはがれて飛び散り、広範囲の建物が半壊していた。
倒れている敵兵の数は、路地より少なかった。こちらのほうが手薄だったんだろう。だが、トミが黙ったまま指さした方を見ると、そうではないことが分かった。がれきの下に埋もれている敵兵がかなりの人数いた。どいつも体がぼろぼろだ。まだ生きている者も多かったが、俺たちには助けようがない。
「行こう」
ヨエルが隊員を促した。俺たちは、がれきの上を歩いた。もう、邪魔は入らなかった。俺たちの追撃をあきらめたんだろう。俺たちが歩くエーダン通りは悲惨な状況だ。通り全体が、敵の死体や負傷兵で一杯だった。生きている奴の中には俺たちから逃げ出そうとした者もいたが、大半は、せいぜいもがく程度しかできなかった。武器を向ける気力が残っている奴は、一人もいなかった。アンも俺も、もちろんサラも、必要なことをしただけだ。仲間を救うにはこれしかなかったんだ。そう思っても、俺の気は晴れなかった。たとえ敵とはいえ、これほどの被害を出すなんて、あんまりだ。
俺が抱いているアンの重みと背中の痛みでふらふらしているのを見かねて、ウッジがアンを引き受けてくれた。俺が礼を言うと、ニヤッと笑った。気付くと、腕や足から血を流していた。
「やられたのか?」
「ああ、矢が何本か当たった」
「よく死ななかったな」
「運がよかったんだ。まともに刺さったのは、一本だけだったからな。貫通したから、切って引き抜いたんだ。胴体に当たらなくて助かったぜ」
「すごいな」
「お前の背中もすごいぞ」
「え?」
言われて後ろを見て見ると、血の垂れた跡が、俺の歩いた道筋についていた。痛いとは思ったが、結構な怪我をしていたらしい。
「まあ、そのくらい大丈夫だ。死にゃしないさ」
それを聞いて、すごく痛くなってきた。
「しばらくは、夜寝る時に背中を下にできないぞ。寝返りを打つたびに飛び起きるかもな」
追い討ちをかけやがって。
「まさか、それ、慰めてるんじゃないよな?」
「何でもいいから話していれば、気がまぎれるだろ?」
気なんか、全然まぎれないよ。話題を選べよ。
俺が辟易していると、サラが話しかけてきた。
「アンはまだ寝てるのね?」
「うん」
「この惨状を見たかしら?」
「見てないと思う。ずっと目をつぶっていたから」
「自分が操る大砲だけに意識を集中してたのよ。なかなかできることじゃないんだけど、彼女にはできたのね。すごい才能だわ」
「そうなのか?」
「めったにいないわね。そうそう、大事なことがあるんだ。アンが敵を殺したなんて言っちゃだめよ。特に、これだけ大勢を殺したなんてことはね」
「どうして?」
「たぶん、アンは、自分がやった殺戮に気付いていないわ。あなたの真似をしただけなのよ。敵兵を押しやったり、通る道を作るために壁をぶち抜いたり、そんなことをやったつもりだと思うの」
「なるほど」
ウッジが訊いた。
「最後にがれきを飛ばしたのは何だ? 明らかに敵の殲滅を狙っているように見えたぞ」
「あら、そんなことないわ。寝ちゃっただけよ」
「寝た?」
「疲れ果ててね。それまで振り回されていたがれきが急に放されたんだもの。そりゃ飛んで行くわよ」
「ハンマーを振り回して離すと遠くまで飛ぶようなものか」
「そう。投石器みたいにね。疲れ果てるまで集中力が続くなんて、すごい子よ。いい? アンをほめるのはいいけど、何があったか話しちゃだめよ。分かったわね」
俺とウッジは、分かったとうなずいた。サラは、他の連中に同じ話をしに行った。これまで大人げない女だと思っていたが、以外に大人なんだと見直した。




