発砲
砲身だけが見える位置に陣取ったから、見つかる恐れはない。見てろよ、神聖帝国め。俺は、万一待ちあげるのが間に合わなかったら向きだけでも変えようと思って、先に発砲しそうな大砲に向かって呪文を唱えた。途中でトミにちらっと目をやると、アンの肩を抱きながら敵兵の様子をうかがっていた。アンは、まだ不安そうだが、トミの手を握ってしっかり立っている。大丈夫なようだ。俺は、大砲に集中した。
まだ呪文を唱え終えないうちに、大砲に取り付いていた敵兵たちが下がった。一人の敵兵が、小さな袋を開けて、大砲の後ろの皿に何かの粉を落としこんでいる。たぶん火薬だ。その横に、火種を持った兵が待っている。その火を皿に押し付けたら発射されるんだろう。粉を落とす作業は、嫌になるくらいあっさり終わった。火種を持った敵兵が大砲の横に立った。号令を待って、士官の方を向く。
やった、間に合った。士官が号令の旗を振り下ろそうとしたその瞬間に呪文が完成し、大砲が持ち上がった。火種を持った兵は、驚いて何歩か下がった。大砲のそばにいるのは、こいつだけだ。俺は、こいつを無視して、もう一台の大砲にぶつけるために操っている大砲の向きを変えた。ところが、こいつがすばしこくて、さっと大砲の末端に取り付くと、火種を皿に押し付けた。
大砲の向きが変わっちまってるのにそんなことをするとは思わなかった。皿から煙が上がったと思ったらすさまじい轟音がした。俺が操る大砲は、反動で二尋くらい後ろに下がった。俺は、大砲に魔力を振り切られないように必死だった。何とか大砲を安定させられたので、急いで高く持ち上げて、一気にもう一台の大砲に叩き付けた。
その後、遅ればせながら、そちらの敵兵に逃げる時間を与えなかったのに気付いた。だが、飛んでくる大砲に驚いて逃げたんだろう、大砲の周りには誰もいなかった。二台の大砲には割れ目が走り、もう使えないことは明らかだ。以前の作戦と同じように、人を殺さずに成功させたんだ。後は逃げるだけだ。
「ムスタ、あれが市壁に打ち込まれなくてよかった」
トミが震える声で言った。アンは、トミの服に顔をうずめている。トミは、アンをしっかり抱いている。そんなことをやっている場合じゃないはずだ。
「おい、早く動け。逃げるのが先決だろ」
だが、トミは動かず、あちらを見ろと震える手を振った。トミのところまで移動して敵陣を覗いてみると、すさまじい破壊の跡が見えた。広場の舗装が飛び散り、広場脇の建物が崩れ落ちていた。その周りには、大勢の敵兵が倒れている。這っている奴、仲間を引っ張っている奴、ピクリとも動かない奴らもたくさんいる。動ける奴らは、逃げ出そうと必死だ。
「大砲の弾が当たったんだ。砲口があちらを向いていた」
しばらくは声が出なかった。やっとのことで絞り出した俺の声は、震えていた。
「そんなつもりはなかった」
「魔術師殿、あんたのせいじゃないよ。あの間抜けな点火係のせいだ。本当なら、大砲が壊れるだけで済んだんだ」
アンが、俺のところにきた。真っ青な顔をして、何も言わずにしがみつくだけだ。
アンを抱いてやりながら呆然としていると、トミが俺と入れ替わったかのように気を取り直し、震えている俺とアンを階下に急き立てた。
「魔術師殿、見習い殿、自陣に戻って初めて任務が終わるんだ。行くぞ」
一階はまだ静かだった。もちろん、外から聞こえてくる喧騒を別にすればだ。地下も妙に静かだ。地下道の出口に敵が殺到してきたはずなんだが、剣戟の音もしないし、声も聞こえない。全員一階にいるところを見ると、地下道を守っている者は、誰もいないらしい。トミが訊いた。
「ヨエル、地下道はどうした?」
「地下道の出口は、サラ殿がふさいだ」
「ふさいだって?」
「例の礫で地下道を通ってきた敵兵を全滅させて、入り口にがれきを押し込んだんだ」
俺は、驚いてサラを見た。礫で何人殺したんだろう。押し込まれたがれきの下には、まだ生きている敵兵がいたはずだ。つまり、俺とは違って、殺すつもりで殺したんだ。なのに、落ち着いている。なぜ落ち着いていられるんだ? 俺のほうが変なのか? サラの顔の美しさが、かえって恐ろしい。神聖帝国の連中は魔術師を悪魔の使いと考えているそうだが、俺もそんな気がしてきた。
俺が呆然と見ていることに、サラが気付いた。
「どうしてそんな目で見るの?」
「いや、そんなつもりはないんだけど」
俺の声は、震えていた。
「私は、必要なことをしているだけよ」
おれは、返事ができずに黙りこんだ。アンが、俺の脇にうずめていた顔を起こした。
「必要なこと?」
「私は、大事なものを守っているの。そのために必要なことよ」
その時、外で喇叭と太鼓が鳴らされ、大きな鬨の声が上がった。
ヨエルが、隊員を呼び集めた。
「集まれ。ここにいることがばれたぞ」
「どうしてばれた?」
「地下道を見つけた奴らが報告したんだろう。奴らを地下道から出さなかったから今までかかったんだ。どこに通じているか調べるのに手間取ったに違いない」
「脱出がますますむつかしくなりましたねえ」
いざというと時になると妙に落ち着くトミが、穏やかな口調で言った。
「ムスタ、とりあえず大砲を振り回して、敵を近づけないでくれないか。時間を稼いでもらっている間に、何とか手を考える。トミ、ムスタを手伝ってくれ」
ヨエルは、トミを俺に付き添うようにさせているらしい。トミの判断はいつも適切だし、俺はトミの考えを実行できる。俺も、いいコンビだと思う。こんなに震えているときでも、トミと一緒だと思うと何とか行動できた。再び二階に上がった。アンもついてきたが、まだ震えていた。力づけてやらなければ。
「いいか、アン。俺もすべきことをするからな。見てろ」
アンの頭を抱きながら敵に見られない位置に陣取り、呪文を唱えた。不思議に落ち着いて唱えられた。大砲を持ち上げた後は、トミの指示に従って、建物の際で振り回して敵兵を牽制した。沢山の矢が飛んできたが、うまく隠れながらやったので、どれも見当違いのところを飛んで行った。アンは、じっと俺の顔を見ていた。
外で悲鳴が上がった。俺が大砲を振り回しているのとは反対側だ。トミが走って見に行った。そのあと何度か悲鳴が上がって、トミが戻ってきた。
「何が起きてるのかよく分からない。一度に何人もの敵兵が突然吹っ飛んで倒れるんだ。サラ殿がやっているんだろうか?」
今朝予備呪文をかけていた礫を使っているに違いない。俺が大砲を叩き付けるような力をあの礫に加えれば、その威力は相当なものだろう。サラは、そうしているに違いない。呪文をやめるわけにはいかないから、トミに頷いて見せた。
「そうか。サラ殿が俺たちを守ってくれているんだな」
アンが俺の手から抜け出して、震えながら外を見た。わななく口で何か呪文を唱えている。声が出ていない。俺が教えた詠唱法だ。何をしているんだろう? 呪文詠唱は、短かく、すぐに終わった。アンは、そのあともじっと外を見ていた。




