負けず嫌い
俺は、コホンと咳ばらいをした。女の子は、さっきの興奮が収まったらしく、一言も聞き逃すまいという顔で、俺を見ている。こいつの頭にも、言葉が入っていくことがあるんだな。おっと、嫌味なことを考えてないで、ちゃんと先生をやろう。
俺は、女の子の右手にさっき拾った小石を持たせて、命じた。
「持ち上げてみろ」
女の子は、素直に石を頭の上まで持ち上げて、怪訝そうに首をかしげて見せた。
「今、どうやって石を持ち上げた?」
「こうやって」
女の子は、石をいったん下ろして、持ち上げなおした。
「それは分かってる。言葉で説明してみろ」
「手を持ち上げたら、持ってる石も一緒に上がったの」
「そうだな。その通りだ。でもな、肝心なところはそこじゃないんだよ」
「どこ?」
こらこら、反対の手を見てどうする。
「一番大事なのは、お前が石を持ち上げようと思ったことだ。そう思ったから、お前の手が上がって、石も上がったわけだろ」
「うん」
通じてない。「うん」なんて言っても、首をかしげたままなんだよ。
「わかるか?」
「わかんない」
わかるわけないかな。
「魔法で一番大切なことだから、よく考えろ。魔法ってのは、魔法使いが無理やり石を持ち上げるんじゃないんだよ。石に頼んで、上がってもらうんだ。思うように動いてもらうには、魔法使い自身が何をしたいかをはっきり知ってなくちゃいけない」
「ふーん」
「石を手で持ち上げたときには、石が何を考えてるかなんて関係なくて、手を上げさえすれば、石も上がるだろ。でも、魔法の場合には、石を持っちゃいないんだから、石自身に上がってもらわなきゃならない。石に何をしてほしいんだか魔法使いにわかってなきゃ、石だって、何をすればいいんだかわからなくて困るだろ」
「石が困るの?」
「本当に困るんじゃないと思うけど、いい加減な頼み方をすると、言うことを聞いてくれないな」
「石の機嫌が悪かったらどうなるの?」
「石には機嫌なんてないみたいだぞ。頼み方が一緒なら、いつでも同じことをしてくれるからな」
「魔法って、石に動いて頂戴ってお願いすることだったのね。そんな風に考えたこと、なかったわ」
「こまっしゃくれた言い方をするね、お前は。とにかくやってみろ。呪文は、こんなんだ」
俺は、女の子に呪文を教えた。大きな石を持ち上げるのと違って、小石を持ち上げるくらいなら、呪文も短いもんだ。うっかり回転させようが、どんな速さで上がろうが、気にすることないもんな。当たったって、せいぜい痛い程度のことだしさ。
「いいか、呪文を正確に唱えることより、石に何をしてもらいたいのかを一生懸命考えるんだぞ。それだけを考えろ。ほかのことを考えるなよ」
女の子は、真剣な顔で石に向かって呪文を唱え始めた。教えた呪文に似てるかな。初めてならこんなもんだろ。頭の中で余計なことを考えてなければ、石が動くかもしれないな。もし才能が有ればだが。
ほんの数分しかたたないうちに、女の子が音を上げた。
「むつかしいよお」
「なんだよ、もうおしまいか?」
「石にしてもらいたいことだけ考えるのよね。ほかのことを考えたらいけないのよね。でも、考えるなって言われると、考えちゃうのよ。考えないって、どうやったらできるの? 絶対無理だと思うの」
「無理じゃないぞ、ほれ」
俺は、石を浮かせて見せてやった。
「簡単だろ」
「おじちゃん、大人だもん。ずるいわ」
「ずるいもんか。俺が魔法を覚えたのは、お前より小さいときだったぜ」
「ほんと?」
俺が子供のころから魔法を使えたと聞いたとたんに、練習再開だ。こいつは結構な負けず嫌いらしいや。今度はなかなか頑張ってるぞ。石はさっぱり動かないけどな。
負けず嫌いも大概にしてほしいもんだ。女の子は、あの後ずっと練習し続けた。おかげで孤児院に連れて行きそびれちまった。とりあえず部屋に連れて帰って好きに練習させておいたんだが、こいつの練習なんか見てても退屈で、いつの間にか眠っちまった。昼寝から起きたら、まだ練習してた。声が枯れてるよ。熱心にも限度があるだろう。
ただ、こうやって熱心に練習しているのを見てると、俺もちょっとは魔力を向上させないといけないような気がしてくるから不思議だね。閂を扱う練習になるように、そこらに転がってた棒を拾ってきて、部屋の反対側に置いて、水平を保ったままちょっと持ち上げたり横に動かしたりという練習をしてみた。音を立てずにそーっと動かす練習だ。声も出さない。
これがいけなかった。女の子の火のついた負けじ魂に油を注いじまったらしい。それまでにも増して一生懸命になっちまった。鬼気迫ってるぞ。初めて呪文を唱える奴が魔術師に負けても当たり前だと思うんだけど、こいつはそう思ってないみたいだ。
「おい、そろそろやめとけよ。初めてなんだからできなくて当たり前なんだよ。明日もあるだろ」
練習ってのは、やりすぎたって効果ないよな。そういう大人の知恵を授けてやったってのに、返事は、こうだった。
「練習するの」