下水道露見
地下道の入り口までは、ほんの十五分くらいだった。ウッジは、下水道に開いた地下道の入り口で待っていた。その横には、地下道をふさいでいたらしい煉瓦が積んである。
「地下道の出口と建物の中に部下を配置してあります。何かあったら戦わずに大声を出しながら逃げてくるように言ってあります」
ヨエルは、地下道に向かって耳を澄ました。
「静かだ。まだ見つかっていないんだな」
「はい。このまま隠密に行動すれば、支障なく作戦を実行できます」
「よし、行こう」
その時、何か聞こえたような気がした。俺は、地下道に入ろうとしていたみんなを引き留めた。
「おい、今何か聞こえなかったか?」
「いいや。静かなもんだぞ」
「よく聞いてみろ。男の声だ。ひどい訛りだ」
武士の一人にもやっと聞こえたようだ。
「本当だ。聞こえます。神聖帝国語で話しています。下水道を見つけて騒いでいるようです」
サラが俺にささやいた。
「他国語を訛りだなんて、どんな耳してんのよ」
「うるさいな。それどころじゃないだろ」
その頃には、もうはっきりと聞こえてくるようになっていた。武器がぶつかり合う音もする。命令する声と走る足音が、だんだん近づいてくる。しかも、両側からだ。
「まずい。すぐにこのあたりまで来るぞ。みんな地下道に入れ。急いで抜けるんだ。出口で迎え撃とう」
俺たちは、ヨエルの命令で、地下道を走った。
地下道を走りながらも、俺は、焦りと後悔の念でいっぱいだった。さっきまでは確かに安全だったんだ。だからアンを連れてきたんだ。それがどうだ。一転して戻れなくなっちまった。アンをどうすればいいんだ。神聖帝国の連中にしても、何もこの瞬間に下水道を発見しなくてもいいじゃないか。これまで何をやってやがったんだ。アンを連れてこなければよかった。ああ、どうしよう。
ちょっと走っただけで、地下道を抜けて崩れた建物の地下室に出た。ヨエルが大急ぎで指揮を執る。
「ムスタとトミは、上に上がれ。できるだけ早く大砲を壊すんだ。残りは、そのあたりのものを集めてきて、地下道の出口に防壁を作れ」
「防壁は簡単でいいわ」
「それではすぐに攻め込まれてしまうぞ」
「少しの間足止めできれば十分。あっという間に敵兵の体で防壁を作ってあげるから」
サラは、礫の袋の口を緩めた。俺にはピンと来なかったが、ヨエルの顔には理解の色が浮かんだ。
「よし、かかれっ」
武士と自警団員は、素早く防壁を作り始めた。
俺とトミは、階上に駆け上がった。アンもついてきた。明るい顔をしている。たぶん、何が起きているのか、分かっていないんだ。だが、説明してやる暇もない。
二階の天井から上がなかった。がれきが散乱している。壁はかろうじて残っていた。敵陣内は、平穏だ。
「下水道発見の知らせは、まだ届いていないみたいだな」
こんな状況なのに、トミは冷静だった。
俺の目は、大砲より周りの敵兵を見ていた。大勢の敵兵がいて、逃げ出せるような隙間なんかない。何とかアンを連れて逃げたいんだが、これではどうしようもない。
「ひっ」
アンが変な声を立てた。シッと指を立てながら振り向くと、真っ青な顔をしたアンが震えていた。様子がおかしい。
「どうした?」
「あんなにたくさん兵隊さんがいる」
ああ、そうだ。アンは、神聖帝国にひどい経験をさせられているんだった。それを思い出したんだ。安全だろうが危険だろうが、大勢の敵兵が間近に見える場所にアンを連れてきてはいけなかった。俺が気付くべきだった。
恐怖でこわばったアンを見て、師匠としての責任感が俺を動かした。この深く傷ついた子を保護しているのは俺なんだ。何としても守ってやらなければならない。心の傷にも対処できるようにしてやらなければならない。
「アン、お前は魔術師だろ」
あ、またいつだかのやさしい声が出た。
「まだ見習いなの」
「見習いでも、立派な魔術師だよ、な」
「うん」
「この間、どうして監督のマッツが俺に丁寧な言葉を使うのかって話をしたろ。その時に、魔術師が尊敬されているからだと言ったよな」
「うん」
「俺も監督に尊敬されているわけだ。変だったか?」
「変」
正直な子だ。
「普段の貴族や魔術師が尊敬されるていわけじゃないんだよ。いざというときにみんなを守るから尊敬されてるんだ」
「守るの?」
「貴族や魔術師は、普通の人にはできないことができる。あの兵隊たちが、市壁の中にいる友達を大砲で撃とうとしているけど、俺たちは、今からそれを防いで、神聖帝国の兵隊からベアッテおばさんやヒルマーたちを守るんだ」
「さあ、魔術師殿。行くぞ。まずは大砲を壊そう。ついでに、敵兵をこの建物に近づけないようにしよう」
今まで待っていてくれたトミが、俺を促した。逃げ出すのは、後で何とかなるだろう。とにかく、アンに魔術師の役割を見せなければ。
「よし。やろう」
俺は、トミと一緒に、壁の割れ目から二台の大砲の様子をうかがった。丸太で組んだ櫓と滑車を使って砲身の角度を変えようとしている。砲台の軸に取り付いた兵が何か指示を出すと。他の兵が綱を引いたり、くさびを大砲と台の隙間に打ち込んだりしている。
「両方とも弾込めは終わってるな。発射するまでにあと何分もない。両方を一度に壊せるか?」
「魔法をかけられるのは一台だけだ。でも、任せとけ。片方を、もう片方にぶつけてやる」
「よし、頼む。俺は、敵の動きを見張っている」
「アンも見ててくれ」
「抱いておくよ」
「頼む」




