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なりゆくままに  作者: 北野 いまに
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ひろいもの

 ターケットってのはいい町だ。俺みたいな奴にも優しくしてくれる。

 今日は、オレーグ男爵のお情けに預かった。男爵の屋敷の塀には小さな穴が開いていて、俺みたいに痩せた男ならくぐり抜けられるんだ。そこから中に入ると、すぐに蔵がある。もちろん、扉には鍵がかけてあって、入れない。でも、窓には内側から閂がかけてあるだけだから、簡単に開くんだよ。幸い、母屋から見えない場所にも窓があるから、捕まる心配がない。

 閂がかけてあったら開かないだろうって? そうだな、普通は開かない。でも、魔法を使えば大丈夫だ。魔術師だった親父から教え込まれたから、俺も少しは魔法を使える。十五で家から逃げ出しちまったから、むつかしい魔法は教わってないけど、それから五年、俺は俺なりの訓練を積んでいるわけだよ。

 その蔵には、高いところに換気口がある。蔵の横の木に登ると、その換気口から窓の閂が見えるんだ。見えれば魔法が使える。狭い隙間からこっそりと魔法を使うのって、意外に難しいんだぜ。幸運なことに、その閂には鉄の板で補強がしてあるもんだから、魔法で動かすにはもってこい、ただの木の棒より楽ちんなんだ。魔法ってのは生き物には効かないだろ。木の棒だって、元は生き物だったから、魔法が効きづらいのさ。その点、鉄は、生きてたことなんてまるっきりないからな、魔法をかけてくださいと言ってるようなもんだ。

 そういうわけで、男爵のご厚情を賜るのは俺の特技になっている。窓から出て、また魔法を使って閂をかけておけば、蔵に入ったことすら気づかれない。

 しかも、最近は男爵邸の警備がすごく手薄なんだ。男爵家の従士たちの一部が、神聖帝国って名前の国にちょっかいを出されている隣国のラガン王国にお出かけしてるからだ。ターケットは、メッケルン王国の町なんだが、ラガン王国との国境のすぐ手前にあるんだ。もしラガンが負けたら、こっちに飛び火しそうだろ。それじゃ困るから、ラガンを手伝いにっているそうだ。おかげで、穴を通って、倉庫の中で御恩を賜って、こっそり帰ってくるのも楽ちんだ。昼間に忍び込んだって、全然気づきゃしないんだから。

 もちろん、一度に恵んでいただくのは、ちょっとしたものを一つだけだ。なくなっても気づかないような地味な奴をな。理想的なのは、すみっこやらほかの箱の下やらに紛れ込んでて、ある事さえ忘れてそうなやつだ。そういうのが結構あるんだよ、男爵の倉庫には。オレーグ家は、歴史が長いらしいからな。

 まあ、そういうわけで、今日もちっちゃくてキラキラしたやつを一ついただいて、ホクホクしながら家に向かってたんだ。


 鼻歌を歌いながら歩いていると、路地の隅っこに小さい女の子が座り込んでいた。しょぼんとしてて、友達とかくれんぼしているわけではなさそうだ。この町は、子供が一人でいるからって危ない町じゃない。立派な領主様が、従士を使うだけじゃなくて、町の連中に自警団を作らせて治安を守るようにしてるから、人さらいなんて奴はいないはずだ。ああ、俺は、自警団になんか入ってないよ。俺みたいな下宿人は、入らなくてもいい。家主やら商店主やらが入らされるものなんだ。

 だからほっといてもいいんだが、その女の子だけが町の雰囲気から浮いているように見えて気になったんだ。迷子かな? 普段ならこんなことしないんだけれど、気分がよかったもんだから、つい、声をかけちまった。

「どうしたい、こんなところで」

 女の子が顔を上げた。年のころは十歳くらいか。どろどろに汚れている上に、ほっぺたに涙の跡がこびりついていて、すごい顔だ。大きな目でこっちを見たんだが、頼りなげで、儚げで、顔が汚い分を差し引いても、そりゃまあかわいかった。つい、守ってやらなきゃならないような気がして、思わずこう口走っちまった。

「迷子なら、世話してくれる人のところまで連れてってやるぜ。ついて来いよ」

 女の子は、素直に立ち上がり、俺の後ろをトコトコと歩いた。しょんぼりと暗い表情のままだ。確かに迷子だ。

 ちょっと歩いたところで、何か変な音がした。周りを見回したが、いつもの路地だ。やばそうな気配もない。

 気のせいかと思って歩き出したら、また変な音がした。俺の後ろ側、尻のあたりだ。なんだ、女の子のお腹が鳴ったんだ。

「腹が減ってるのか?」

 女の子は、うなずいた。泥で茶色く汚れている顔が、焦げ茶色になった。顔を赤くしたらしい。おもしれえや。

 歩き方もひょろひょろしてるし、よっぽど腹が減ってるんだな。結構遠くで迷子になったんだろう。町の反対側かな? それだと大した距離じゃないな。近くの村だろうか。まあいいや。

「何か食うか? ちょいと寄り道しても構わなければ」

 女の子がちょっと笑った。笑うとかわいい顔してるじゃないか。男ってのは、こうやって女に操られちまうんだろうな。その顔を見て、ちっとはいいものを食わせてやろうって気になっちまったんだよ。


 資本金が少しさみしいから、いつも頂き物を金に換えてもらってる店に行くことにした。その店の主人はとんでもない渋ちんだから、何を売ってもたいした金にはならない。俺たちに渡す金の百倍で売ってるって話だから、いい商売してるよな。まあ、それでも今日拝領したこいつを売れば、二週間くらい食うには困らない金になるはずだ。

「よお、ムスタ。今日は何だい?」

 店に入ると、すぐに店主が話しかけてきた。渋ちんだが、愛想はいい。

「売り物を持ってきた」

 ちらっと女の子を見た店主は、顔をしかめて小声で俺に文句を言った。

「俺は、正直な商人なんだぞ。女の子なんか連れてきてもだめだ。別の店に行くんだな」

 そして後ろを向くと、分かってるくせにとか、俺を巻き込もうとするなんて恨みでもあるのかよとか、そんなことをつぶやきながら、店の奥に引っ込もうとした。

 誤解も甚だしい。俺は、男爵の思召しを取り出して振りながら、呼び止めた。

「おやじ、違うよ。こいつが腹を減らしてるみたいだから、ちょいとなんか食わせてやろうと思ってさ。この到来物を元手にしたいんだよ」

「なんだ、勘違いしちまったよ。てっきり、そっちの筋の仕事に鞍替えしたのかと思った」

「そんなことしたら、この町にいられないだろ」

「でも、金にはなる。そういう商売をやってる奴らがいる街もあるって聞くからな」

「まあ、聞くだけにしとこうぜ。清く正しく暮らすのが一番だ」

 ここまで話して、俺は、まずったかなと思った。女の子にこんな話を聞かれちまったんだからな。でも、女の子は、何もわかってないようだった。店の商品を見ながらぼんやりしている。この分なら、後で自警団に引き渡しても大丈夫そうだ。

 女の子にちらっと眼をやったところを見ると、店主も同じことを思ったんだな。こいつも大丈夫と思ったらしい。カウンターの下から菓子を取り出すと、女の子に渡して、

「じゃあ、こいつをお買い上げですな」

 お前は、いつから菓子屋になったんだ、と心の中で突っ込んだら、ふと、小さな不安がよぎった。店主に顔を近づけてささやく。

「おい、あの頂き物の値段が、菓子一個ってわけじゃないだろうな」

「お前、俺のことを勘違いしてるよ。俺は、ケチじゃないぞ。あの菓子はサービスだ」

「あんたがケチじゃないというのは知らなかった。じゃあ、いつもの買い上げ価格は何なんだ?」

「転売の手数料を引いているだけだよ。何か問題があるのか?」

「あー、あんまりないかな」

「そうだろ」

 下賜されたものを自分で始末できないんだから、しょうがない。今日も、俺が持ち込んだものに対して、こいつならこんなもんだろうという額しかよこさなかった。やっぱり、こいつの手数料は、高いな。

 取引が終わったところで、親父がこう言った。

「で?」

「なんだよ、その短い質問は?」

「わかってるだろ」

「ほれ」

 俺は、カウンターの上に小銭を投げ出してやった。

 怪訝な顔をする店主。

「なんだこれ?」

「つり銭だ」

「何の?」

「ちょっともらいすぎたような気がするから、お釣りを出すよ」

 店主は、ため息をついた。

「お前の冗談は分かりにくいんだよ」

 文句を言いながらも、小銭を取り上げた。やっぱりケチだ。

「で、その女の子は何なんだ?」

「迷子じゃないかな。すぐそこで拾ったんだ」

「なんだ。まあ、自警団に連れていけば面倒を見てくれるさ」

「そのつもりだよ」

「名前は?」

「知らない方がいいと思って聞いてない。情が移ると困るからな」

「それもそうだな」


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