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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月⑧ いざ、エッジに変身

 翌日の日曜日──五月最後の日。

 家に帰ってふと冷静になってみると、変身して人助けをするというのがあまりにも現実味がなくて、実感がもてなくて──想像できなくて。だから、静の家に向かう足取りは、少し重い。その場の空気というか、ノリみたいなものでこんな事になってしまったけれど、よくよく考えてみれば静の言う悪魔ってものが実在するのかさえ確認出来ていない。

 三百万という借金が、静の話とは対照的に現実味がありすぎるというのもあるかもしれない。本当に返せるのだろうか……そんな不安が足取りを重くさせていた。

 しかし、静の家に到着し、いざブレスレットを受け取ると、そんな鬱々とした気分はどこかに行ってしまった。どうやら僕はひとりでいると、余計な事を考えてどんどんネガティブ思考になってしまうようだ。

 逆に今は現実味のない『変身』というものが楽しみで仕方がない。非現実が現実になる瞬間なのだ。ワクワクしないと言うほうが嘘になる。

「いままでと同じ透明な状態にしたければ、左右真ん中。ステルスモードは真ん中左右。そして今回追加した変身モードは右を三回押すだけのシンプルなものにしたわ。使用頻度が高いでしょうからね。解除は逆に押せばいいわ」

 いつもの和室で静がさっそく説明を始めてくれる。

「逆ってなんだ?」

「左を三回押してみなさい」

 ああ、そういうことかと納得。

 僕はブレスレットを右手首に巻き、さっそく変身モードを試してみることにする。果たして自分の姿を見て僕はどんな風に感じるのか、自分の心に興味がある。

 細くて白いブレスレットの液晶部分に映るボタンの一番右を三回、同じテンポで押す。全身に何かがまとわりつく、いつもの感覚。

「…………」

「どうかして?」

「いや……視界が変わってないなと思って……」

「視界が狭くなったら不便でしょうから、内側からは透明なままよ。外からは見えないから安心なさい」

 自分の手や体を見る。確かに、昨日決めたデザインがちゃんと反映されている。しかし、客観的に見られないからいまいち実感がわかない。

 そんな僕の気持ちを察したのか、静が近くの柱に向かって手を伸ばす。すると、僕の目の前の壁が一面、鏡に早変わりした。

 本当にこの家はどうなっているんだと呆れつつも、ようやく自分の全身を見ることが出来た。鏡に映るその姿はまぎれもなく僕であるはずなのに、まったくもって僕であると思えない。それほどまでに空門刃月という人間の面影は消失していた。

「すごいな……完璧に再現できてるじゃないか!」

「描くことはできないけれど再現はできる、そう言ったでしょう」

 信じてもらえていなかったのが不服とばかりに言う。

「いや、疑っていたわけじゃなくて、普通に関心しているんだよ。うん、ほんと、すごいよ」

「喜んでもらえたのであれば、頑張った甲斐がありましたわ」

 改めて、鏡に映る自分を観察していると、サーコートの胸の部分にあるロゴに違和感を覚えた。

「なあ、静」

「はい?」

「なんかロゴ、少し違くない?」

 文字の後ろの月のマークは、たしか三日月の形をしていたはずだ。だが、僕が今見ているのは、半月だ。静のこだわりだろうか。

「そこは、ロゴの注釈にあった案を採用したのよ」

「注釈?」

「実際の月の状態をリアルタイムで反映させたらどうだろうか、と書いてあったのよ」

「ああ、そういうことか……じゃあ満月の日は真円になるのか?」

「ええ」

 それはそれで確かに面白い。月齢は僕にとっても重要なものだ。

 そこでまた変な考えが頭に浮かぶ。

 まさか、僕のその異質な部分も知っていて、そんな注釈を付けた……?

 いや……さすがにそれは考えすぎだろう。

「もし気に入らなければ、三日月に固定もできるわよ」

 考え込んで動かなくなった僕に、静はそんな提案をしてくれる。

「いや、これでいいよ。面白いと思う。気に入ったよ」

「そう。表情が見えないというのは、不便な物ね。気に入らなかったのかと思ったわ」

「それを言うなら、静は普段から無表情すぎるぞ? 笑っているところを見てみたいな」

 僕は軽い冗談のつもりで言った。だから、静の答えはあまりにも予想外だった。

「笑い方……もう忘れてしまったわ」

 特に怒るわけでもなく、ただ事実だけを淡々と述べるように──静は言った。いつもの静のまま──それでも心なしか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 なにか触れてはいけない事だったのかもしれないと思い至り、慌てて謝るも、

「謝罪をうけるような事をされた覚えはないわ」

 と、いつもの調子で冷たくあしらわれただけだった。

「ところで刃月」

「ん?」

「これで外見からあなたを特定することは出来ないでしょう。でも──ふと思ったのですが声は変えなくてもいいのかしら?」

「…………!」

 声! もしクラスメイトや家族に声を聞かれたら、僕だとばれるかもしれない。でも声なんて、どうすればいいんだ? 僕は頭を抱える。声を変える練習でも始めるか?

「まったく……そんな見た目で情けない格好をするものではありませんよ。ヒーローになるというのなら、もっと自覚をお持ちになりなさい」

 返す言葉もない。普段の自分の延長線上では駄目だ。この姿になっている間は僕であって僕では無いのだから。

「声を変えるくらいは簡単よ。せっかくマスクを被っているような見た目なのだし、少し声がくぐもった感じにする程度にしときましょうか。変えすぎると、正体を知っている私のほうが変な感じだわ」

「いや、ほんと、いろいろと助かるよ」

「さっそく調整をするから、ブレスレットを返してくれるかしら」

 僕は変身を解除し、ブレスレットを外して静に手渡す。静は部屋を出て行き、僕は一人取り残される。こんな和風な家のどこで作業をしているのだろう。

「難しいもんだなぁ……」

 僕は溜息をつきながら畳の上に横になり、天井を眺めながら独りごちる。昔、なにかの番組で特撮ヒーローを演じた役者が、肩をおおげさに動かしたりといった独特な動きを覚えるのに苦労したというエピソードを語っていたのを思い出す。そして、改めて思う。外見、見た目だけじゃなく、立ち振る舞いも大事だと。

 実際に変身というものを行うと、物凄く大げさというか、僕なんかでいいのだろうかというネガティブ思考が押し寄せてくる。それでも自警団的な存在は、犯罪の抑止に繋がるのではないかとも思うのだ。だから、あえて正体不明のヒーローというものを前面に出すのも悪くないと思った。

 もっとも、そんな目に見えて犯罪が減るほどの効果は無いだろう。なんといっても、僕がそういったことが出来るのは満月と新月の夜に限る。移動範囲もあまりに狭い規模の自警団なのだから。

 そもそも、声が聞こえるのはなぜ満月と新月だけなのだろう。月齢が関係していることは分かっても、その理由までは分からない。それをもっと解明していけば、いつでも声を拾う事が出来るようになるのだろうか。

 月か……日が沈みきっていない時でも月を見ることは出来る。見える程度に空が暗くなり始めて、ようやく声が聞こえるようになる。初めて聞こえた時は何時だっただろうか……そもそもいつから……それって……つまり──

「…………」

 突然、ポケットに入れていた携帯が振動し、バイブレーション機能が僕の意識を眠りから呼び戻す。ついつい居眠りをしてしまったようだ。携帯を取り出し確認すると、メールの着信だった。ついでに現在の時間を確認すると──夕方の四時。ここに来たのは一時で……居眠りどころの話じゃない。他人の家で爆睡してしまった。

「静?」

 周りを見渡しながら呼びかけるも、返事はない。まだ作業中だろうか。とりあえずメールの内容を確認してみると……静からのメールだった。静と出会った翌日、帰る際にアドレス交換したのを思い出す。


「テーブルの上にブレスレットを置いておきました。このメールが届いてから十五分以内にハイロー九尾店きゅうびてんの屋上に来て下さい。お待ちしております。間に合えば、豪華賞品をプレゼント。間に合わなかった場合、罰ゲームがあります」


 そんなメールだった。ハイロー九尾店といえば、隣町の繁華街にある一番高い建物じゃないか。六十階相当の高さに、展望台もあったはず。そんなところに何の用があるのだろう。

 そもそもの話として、十五分で来いとか無茶苦茶だ。この家から最寄りの駅まででも徒歩で十分くらいはかかってしまう。さらに電車での移動時間、最上階まで登る時間を考えると……。

 つまりこれは──出来たてほやほやの、テーブルの上に置かれているあのブレスレットの力を使って来いということか。

 昼間の飛行移動はまだ未経験だというのに──スパルタな親鳥だ。

 しょうがない……その挑戦、受けてやろうじゃないか。

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