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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月⑥ 三百万円也

 僕としずかは今、テーブルを挟んで座っている。僕の家には畳なんてものは無く、座る時は椅子かソファーだから、座布団の上に座るというのがとても新鮮だ。

 静が用意してくれた冷たいお茶を飲み干し、僕は議題を声高らかに宣言する。

「本物のヒーローを作る!」

 パチパチパチ、と無表情に拍手をする静。

 見た目を戦闘服のようなものに出来ないか──その問いに静は少し考え、可能だと答えた。どういう事が可能なのか。何か出来て、何が出来ないか。そういった話をし、詳細を詰めて変身ヒーローを作り上げる。その為の会議の始まりである。もちろん静はあまり乗り気ではない。

「まずは見た目だよなぁ。僕は絵心が無いから、そこが大きな壁だ」

「どれでもいいから真似をすればいいんじゃないかしら」

 まったく関心無さそうに静が言う。

「だから、そういうのは駄目だって言ったろ」

「デザインを反映させる事は出来るとは言ったけれど、私も絵は描けないわよ」

「だよなぁ……困った」

 有耶あやしゅうちゃんに美術部の知り合いでもいれば紹介してもらおうかとも思ったが、それだと足が付いてしまう。匿名性という点で問題だ。

 そうなると、やはり僕が考え、描くしかないのだろうか……。それとも適当に過去の特撮物のパーツを寄せ集めて……いや、駄目だな。コアなファンが見れば、きっとばれてしまう。

 ヒーローを作ろう計画は、始まったとたんに頓挫した──と思われたその時、静が沈黙を破る。

「しょうがないわね……あまり頼りたくない人だけど、心当たりがあるわ」

「心当たり?」

「ええ。お金さえ払えばどんな要望にも応えてくれる、いわゆるなんでも屋みたいなのをやっている知人がいるの。デザイン元から足がつかないようにと指示をすれば、その通りにやってくれるでしょう」

「でも僕はそんなにお金は出せないというか、持っていないというか……額にもよるけどさ」

「逆に聞くけれど、どのくらいなら出せるの?」

「んー……二十万くらいかな……それが精一杯だな」

 一年の時にバイトで稼いだ金額だけど、一瞬で消えるのだろうか。

「そう。お金好きな男だから恐らくふっかけられるでしょうし……私が出しておくわ」

「いや、さすがに静に出してもらうのは……」

「他に方法が無いのではなくて?」

「それは最後の手段ってことで、他に考えよう」

「時間の無駄よ。お金には困っていないから気にしなくていいわ」

 確かに、他に方法がすぐに思いつくとは思えない。しかし、こんな現実的なというか、お金の問題になるとは思わなかった。匿名性をあきらめるべきだろうか。

 僕は頑なに静の申し出を断ると、新たな案を出してくれた。

「それでは、こういうのはどうかしら。デザインを依頼するその男の元で、かかった費用ぶんの仕事を刃月はつき自身がするというのは」

「そんなこと出来るのか?」

「その男は、仲介業者みたいなものなの。本人が動くことは滅多にない。水道管を直す依頼がくれば、依頼者の近くの契約している水道業者に連絡する。人探しの依頼が来れば、それに特化した探偵事務所を紹介する。インターネット上で世界中どんな依頼にも対応するために、つねに専門職を探しているわ」

「でも、僕は何も専門的な知識とか特技は無いんだけど」

「あるじゃない」

 僕は首を傾げることしかできなかった。何かあっただろうかと考えるも、思いつかない。そんな僕に、静は僕の右手を指さす。

「そのブレスレットは飾りなのかしら」

「…………?」

「普通の人間の力では対処できないような事でも、あなたなら出来るでしょう? そういう事を言っているの」

「ああ……でも、力だけだろ? 出来る事なんてあるのかな?」

「はぁ……」

 静は大きな溜息をつく。

「刃月。あなたは何をするために、一からヒーローを作ろうとしているのかしら」

「何のためにって、そりゃ、人助けをするため、かな。悪の組織なんて無いしさ」

「力で人を助けることが出来ると思っているのでしょう? だったら、そういう依頼を紹介してもらえばいいのよ」

「なるほど……でも、そんな仕事ってあるのかな?」

「ボディーガードとかなら適任ではないかしら」

「そういうの、本当にあるんだ……」

「意外とあるものらしいわよ」

 この力でお金の支払いを出来るのなら、ありがたい。もっとも、この力も元は静の物だから、僕自身は全然役に立っていないわけだが。

「じゃあ、そこに依頼する。費用は、実労働。これでいいわね?」

 静が一気にまとめにはいる。

「それしかないよなぁ……他に選択肢はないし、それでいこう。あとは、どういう方向性のデザインを依頼するか、かな?」

「そうね。とりあえず三つほど用意してもらいましょうか。選択できた方がいいだろうし」

「いいね。でも、デザインの方向性とかの指示も難しいな……」

「まずは名前でも決めてみたら、ある程度の方向性が見えてくるんじゃないかしら?」

 名前か。これまた難しそうな議題だ。

「そうだな……正体を隠すなら、本名も名乗れないもんな」

 僕は携帯を取り出し、映画やテレビで見たヒーロー物の名前を一覧でまとめてあるサイトを見る。

「んー……アメリカも日本も、なんとかマンみたいなのが多いんだなぁ」

「特に昔のものはストレートな名前が多いわね。逆に言えば、そういったシンプルなものは全て使われたから、最近は凝った名前にせざるを得ないという面もあるのかしらね」

「詳しいんだな……なんか意外だ」

「一度見聞きしたものは忘れない性分なの。特に今はインターネットのおかげで、興味が無くても勝手に情報が流れてくる時代だし」

「便利っちゃあ便利だけど、弊害もいろいろとあるよなぁ」

「そうね。それで、名前をどうするの?」

 話が逸れかけていたのを静が戻してくれる。さて、どうしたものか。

「あなたの名前を他の国の言葉にしてみるとかはどうかしら。自分と全く関係の無い名前というのは、なかなか愛着がわかないのではなくて?」

「他の国の言葉か。残念ながら僕は日本語だけで精一杯で、実際に英語が苦手だ」

 静がまた溜息をつく。いやまあ、さすがに自分の名前に使われている漢字の英単語くらいは分かるけども。

「英語で空門刃月という漢字を分割するとスカイ、ゲート、エッジ、ムーン。イタリア語ならチェーロ、ポルタ、ラマ、ルーナ。気になる言葉はあるかしら?」

「その中で、名前として使えそうなのは……んー……個人的にはエッジかな」

「ではエッジでいきましょう」

「早いな!」

「ぐだぐだと悩んでいても前に進まないでしょう。直感が一番です」

 そうだけど、もうすこし考えてもいいんじゃないかと思わないでもない。ずっと使っていく名前なら、なおさらだ。とはいえ、変にひねる事を考えても余計に愛着がわかない気もする。僕の直感を元にした静の即決は案外正しいのかも知れない。

 エッジ──刃か。あまり守るって雰囲気ではない、むしろ好戦的なイメージだが、それは僕自身のこれからの行動でそのイメージを払拭していけばいい。

「よし、じゃあエッジでいこう。刃って言葉ならデザインの方向性も伝えやすいよな」

「そうね。おそらくプロのデザイナーに頼むことになるだろうし、そういうキーワードがあれば充分ではないかしら。あとはイメージカラーくらいかしらね」

「それはもう決めてある。空の色―青だ」

「てっきり赤を選ぶものと思っていたわ」

 もしかして静は戦隊物に詳しいのだろうか。

「僕はリーダーってタイプじゃないしな」

「自分のことをよく分かっているわね」

 静はそう言いながら、木製のテーブルの端に手を触れる。なんだろうと見ていると、ノートやお茶が乗っているテーブルの天板から木目が消え、突然ガラスになってしまった。のぞき込んでみると、パソコンの画面のように見える。タッチパネルのように、静はテーブルの画面に表示されているキーボードでなにやら文字を打ち始めていた。

「……何をしてるんだ?」

「依頼内容をメールで送るのよ。早いほうがいいでしょう?」

 どこからつっこめばいいのだろうか。木製のテーブルがなぜパソコンのような物になっているのか。こんなもの、映画の中でしか見たことがない。そんな事を言い出したら、僕の右手に巻き付いているこのブレスレットもありえない物だから、きりがないか。おとなしくメールを送り終わるのを眺めることにした。

 しかし、相手はどんな人物なのだろう。ちゃんと僕に出来る仕事を用意してくれるのだろうか。

 静は簡単に言っていたけれど、それだけ信頼しているということなのだろうか。それにしては、最初は依頼するのに抵抗がある感じだったが。

「静。なんでも屋、だっけ。どんな人がやってるんだ?」

「強欲でキザで態度が大きくて口が悪くて何でも見透かした風で、けっして大人の見本として見てはいけない人よ。反面教師として見れば役に立つかもしれないわね」

 メールを打ちながら静が辛辣に答える。まったくいい面が無いんだが、そんな人を信頼していいのだろうかと不安になる。

「心配いらないわ。仕事に関しては信頼できるから」

 あれだけ悪く言っておいて、仕事だけは信頼できるとか、余計にどんな人物なのか想像が出来なくなってしまった。

「さて。返事が来るまで、他にこうしたいとかの要望があれば聞くわよ」

 メールを送り終わったらしき静が僕に言う。

「そうだなぁ……透明なままのも選択できるように残しておいて欲しいな」

「他には?」

「ステルス迷彩的なのって出来ないかな? 姿を隠せるやつ」

「スーツの粒子にカメラの機能を持たせて、それを対面に映し出せば擬似的なものは出来るけれど、フィクション物のように完全に見えないというのは無理よ。あくまでも、背景に同化して認識されにくくなるという程度ね。カメレオン的な」

「原理はよくわからないけど、充分な気がする。じゃあ、最後に──空を自由に飛ぶのはどう?」

「無理ね」

 即答だった。

「ただ飛ぶだけなら可能でしょうけど、それを制御する術が無いのは、どうしようもないわ。出力、方向、高度、角度。操作するものが無いのにどうやって制御するの?」

「なるほど……やっぱり無理か」

「ただ、一定の方向に対してだけでいいのなら、受けた空気抵抗を逆方向への出力に変換して加速させる事くらいなら可能よ。例を挙げると、ジャンプ力を十メートルから二十メートルに伸ばすといった事は可能ということ」

 説明をしてくれるのはありがたいけど、いかんせん僕の勉強不足もあって理解が追いつかない。深く考えず、単純に倍の距離を移動できるようになら出来るという認識でいいのだろう。

「あとは、手と足の間に透明な飛膜を作ることで、ウイングスーツもしくはムササビスーツと呼ばれる物と同じ飛行をすることは出来るわ」

 静の新たな提案に僕は首を傾げる。

「ウイング……ムササビ?」

「ムササビという動物を知っていて?」

「ああ、なんか大の字みたいな格好で飛ぶネズミみたいなやつだよな」

「ええ。あんな風に、手足の間に付けた飛膜で飛距離を伸ばしたり、落下地点をある程度コントロールする事は可能よ。もっとも、ライセンス持ちでも五百回以上のスカイダイビング経験が必要なほど、その修得は難しいらしいけれど」

「…………」

「とりあえず付けておくわ。要望はそれくらい?」

 他になにかあるだろうか。何かを忘れている気もするが……。

「あとは武器くらいかしら」

「それだ!」

 本当に頭の切れる子だ。僕の思考の先をどんどん提案してくれる。もっとも、こんなすごい物を作ってしまうのだから、本物の天才なのだろうけど。

「とはいえ、銃とか持っちゃうと法律に引っかかっちゃうしなぁ」

「そんな物が無くても充分に戦えるとは思うけれど……でもまあ、悪魔を相手にするには、何かあったほうがいいのかもしれないわね」

「何か、か……」

「一応説明しておくと、そのブレスレットから一瞬で人の目で視認できないレベルの小さな粒子が出て全身を覆っているの。全てブレスレットに繋がっている。剣や銃のように独立したものを形作る事は出来ないわ」

「なるほど。じゃあさ、手の先だけを剣みたいに尖らせるとかは?」

「右手だけなら出来るわね。ブレスレットの操作が必要だから、左手は出来ないけれど」

「充分じゃないかな。右手を刃に変えられる……名前に相応しくなってきた」

「あ」

 突然静が声を上げる。

「返事が来たわ」

「早いな」

「デザイン三点で三百万。その分を実労働で支払う、共にオーケーですって」

「三百……万……」

 静が口にした金額に、一瞬目眩がした。

 桁が変わってませんか、静さん。どれだけ働き続ければいいのだろうかと、気が遠くなる。

「一点百万。匿名性の保証も考えれば、こんなものね。心配いらないわよ。あそこの仕事の単価は高いからすぐに解放されるわ」

 それが気休めなのか、本当なのか判断できないけれど、それでも今は前向きに考えよう。静を救い、そしてもっとたくさんの人を救えるかもしれない、強力な力。

 このオーバーテクノロジーといっていい力を、た……たった……三百万円で手に入れられるのだから、そこは素直に喜ぼう。これで怪我をする事もなくなるし、そうなれば有耶や朱ちゃんに心配をかけることもなくなる。良いことずくめじゃないか。なのに冷や汗が止まらないのは何故だろう。

「要望はもういいかしら?」

「い、いや、さすがにもう思いつかないや」

 軽く動揺しつつ、返事を返す。

「そう。じゃあ早速とりかかるわね」

「ああ、じゃあこれ、いったん返すよ。僕もこれからバイトの時間だ。あっ、静」

「はい?」

 僕は右手のブレスレットを外しながら、気にはなっていたけど、いつ聞こうか迷っていた事を口に出してみた。

「さっきの鉄パイプって、なんのためにあったんだ?」

 立ち上がろうとしていた静の動きが固まる。

「それは……く、くろい…あ……」

 急に歯切れが悪くなった。どうしたんだろう。

「く……黒い悪魔を退治するために置いているのよ……いつも逃げられるのだけど」

 黒い悪魔……それはつまり、ゴキブリの事だろうか。それが怖いとか、かわいい面もあるじゃないか。僕は思わず笑ってしまった。

「わ、笑わないでください! あれの飛ぶ姿の恐ろしさを知らないから──」

 ようやく静の素の一面を見られた気がした。それがうれしくて、笑いが止まらない。

 静の言う、呪い、悪魔というのも、案外そういった日常にある物なのかもしれない──この時の僕はそんなふうに思った。思いたかっただけかもしれないけれど。


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