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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
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八月⑪ 神殺しの罪と罰

 夜の十時を少し回った成法高校グラウンド。

 僕は校舎の屋上のふちに左手をかけてぶら下がり、右手に神葬かむはぶりを持って眼下のグラウンドを見下ろしている。

 視線の先には、静がグラウンドの真ん中で降神の儀──いわゆる召喚の準備を進めている。

 袋からとりだした鶏を殺め、光の粒子で出来た魔法陣が円を描いていく。

 静は奥に向かって魔法陣の外に出ると、僕の方に振り返り、魔法陣を作るのとはまた別の丸い玉を二メートルほど先に放り投げる。その丸い玉から垂直に光の粒子が伸びる。静の身長ほどまで伸びた光の粒子は、頂点部分だけ青い光に変わった。

 ほどなくして魔法陣の中心から朱い空気があふれ出す。ゆっくりとグランド全体に広がっていき、校舎の屋上にぶらさがる僕のところにまでやってきた。

 大丈夫。今回は平気だ。少しだけ寒気がしたが、僕はちゃんと僕であることを理解できている。自分を見失っていない。

 これが慣れというものなのだろうか。それとも距離が遠いから? もしくは──僕が純粋な人間では無くなったから?

 朱い霧のせいで視界の悪くなった中、僕は静だけを見続ける。ただ静だけの動きに注視する。

 合図を見逃さないために。

 相手は時間を止めるという超常現象を起こしてしまう。正面からまともに戦って勝てるはずがない。時間を止められた時点でもう敗北なのだ。そんな相手に僕達が勝つには、どうすればいいか。

 ──なに、簡単な話だ。

 『時間を止めようと思わせなければいい』だけの話だ。

 時間は常に動いている。止まっている状況がデフォルトではない。

 だから、気づかれる前にケリをつければいい。

 もっと簡単に言うならば──背後からの完全なる不意打ち。

 まったくもってヒーローらしくない、卑怯卑劣極まりないやりかただ。

 もっとも、正々堂々と戦って勝てる相手ではないのだから、他に選択肢は無いのだけど。

 もうひとつ重要な事は、攻撃する意思を抱かないこと。殺意をもたないこと。

 言葉の要らない相手だ。考えたことがそのまま相手に伝わってしまうやっかいな存在。

 悟られてはいけない。

 だから、何も考えない。

 僕がするのは、悪魔殺しではない。

 静の合図を見たら、青い光に向かって全力で校舎の壁を蹴り、静の足元に向かう。ただそれだけだ。

 そこには何も攻撃的な意思や思いは無い。殺意も無い。

 ただの移動だ。

 ──ただ、移動の過程において、不慮の事故があるかもしれない。僕と青い光の間に、何かがいれば、僕の手に持っている刀が切ってしまうかもしれない。事故とはそういうものだ。

 意図的に起こす不慮の事故。

 とはいえ、完全に運だのみにする訳にはいかない。だからひたすら反復練習をした。悪魔の立ち位置、心臓の位置を計算に入れ、何十回と試行錯誤を繰り返し、体に覚え込ませた。

 心臓の位置に関しては、人体の構造を前提に計算した。

 人外の存在なのに人間をベースに考える事に僕も最初は疑問に思ったけれど、よくよく考えてみれば悪魔の外見は人そのものと言って良いほど人間と大差のない外見だった。違いといえば、基本的な体の大きさと背中の翼くらいなものだ。

 神話でよくあるように、神が人間を作ったのだとしたら、自らをベースに作るのではないだろうか。内臓の位置に関してもわざわざ違う場所にする必要性を感じない。自らの姿を模すだけに留めると思うのだ。

 もちろんそれは──なんの根拠もない、僕達にとって都合の良い解釈をしただけの仮説ではあるけれど。

 そんなバクチまじりの決戦の火ぶたは切って落とされた。

 静がおもむろに右手を上げた。

 僕は頭の中を空っぽにし、垂直に伸びる光の粒子の頂上にある青い光を見る。

 魔法陣の中央に置かれた鶏の死骸が変形を始める。その外観は歪にゆがみ、もはや鶏であった名残などどこにも見つけることは出来ない。

 手が生え、足が生え、頭が生える。最後に白くて大きな翼が生え、見覚えのある異形の存在が姿を現す。

 静は上げた手を振り下ろす。

 僕は青い光だけを目に、無心のまま校舎の壁を全力で蹴る。

 一瞬で縮まる距離。

 手に持つ刀に何かが当たる感触が伝わってくる。僕は無意識に目を上に向け──一瞬悪魔と目が合う。

 そして時間が止まる感覚。思考は止まらず、時間の流れだけが止まった。

 ──まずい!

 悪魔の真横を通り過ぎ、刀が悪魔の左腕もろとも心臓を切り裂こうとした瞬間、時間を止められてしまった。

 こんな瞬時の判断でも時間を止めることができるのか……!?

『貴様……よくも妾の魂を削りおったな……』

 激しい殺意のこもった声が脳内に響き渡り、心が恐怖に震える。

 なんだ……?

 なぜ僕は恐怖を感じている?

 時間が止まっているはずなのに、なぜ思考は止まらない?

 いや……止まってはいない。ゆっくりではあるが、動いている。少しずつではあるが、刀は悪魔の背中にめり込んでいる。

『ばかな……貴様、なにをした……』

 僕の心臓の鼓動が大きくなり、早くなる。それに呼応するように景色も動き出す。

 手に持つ刀ごしに悪魔の心臓の不規則な鼓動が伝わってくる。

 僕の心臓から全身に、物凄い勢いで血が送り出されていくのを感じる。

 最後にひときわ大きく心臓が跳ねると、時間はさらに加速する。

「いっけええええええ!!!!!!!」

 僕は雄叫びを上げ、悪魔の悲鳴と重なり混じりあう。

 手に伝わる肉を切る感触がおもむろに無くなり、気がつくと僕は地面に着地していた。永遠にも感じた、長い長い滞空時間──その終わりはあまりにもあっけないものだった。

 僕は状況を確認するべく、後ろを振り返る。魔法陣の中心にいた白い悪魔は、すでにただの鶏の死骸に戻っていた。朱い霧も魔法陣共々消え失せていた。残っているのは、僕が跳ぶ先の目標にしていた垂直に光る青い光のみ。これも一時間ほどで勝手に消えるらしい。

「はっ……! はっ……! はぁ……」

 着地の姿勢のまま身をかがめていた僕は、呼吸を整えるべく深呼吸をひとつした。

 心臓の鼓動が異様に早い。

 シキナの心臓のおかげで動くことができたのだろうか。

った……のか……?」

 まさか、逃げられたなんてことは……無いよな?

 こんな不意打ち、次は通用しないぞ。

「静」

 僕は鶏から目を離さず、静に声をかける。

「…………」

 ん? 返事がない。

「静?」

 僕は一度鶏から視線を切り、静の立っていた位置に目を向ける。

「あれ……?」

 静の姿が見あたらない。僕は立ち上がり、改めてグラウンドを見渡すが、人影らしき物は見あたらない。

 静の立っていた位置に、何かが落ちていることに気がついた。僕は背後を警戒しつつ、ゆっくりと静のいた場所に近づく。

「着物と履き物……?」

 そこに落ちていた見覚えのある着物を手に取る。静がついさっきまで着ていたもの。

 カランッと何か固い物が落ちる音がした。ブレスレットだ。

「…………」

 状況から考え、あの一瞬で静に危害が及んだとは考えにくい。なのに静の姿が見あたらないのはどういうことだ?

 ふと、ここにくる前の会話を思い出す。

 どちらが先に静の家に辿り着けるかの勝負。まさか、もうその勝負は始まっている? しかし、なぜ服というか、着物を脱ぐ必要がある? それに、ブレスレットが無いなら、どれだけスタートがよくても勝てるはずが無いじゃないか。

 僕は軽く混乱しつつ、空を仰ぎ見る。真ん丸い月が何故か赤く輝いて見えた。

「…………」

 隠世かくりよの朱い空気はまったく感じない。もし仮に悪魔に逃げられたにしても、今夜はもう何も無さそうだ。

 手に持ったままの着物とブレスレットを交互に見やり、これも何かの作戦かもしれないと思った。この謎な状況で僕をここに釘付けにし、先に家に帰るつもりなのかもしれない。

 もしかしたら、着替えや自転車も用意してあったのかもしれない。

「いきなり勝負を始めるなんてずるい……」

 僕は一度だけ振り返り、静まりかえっているグラウンドを一瞥したあと、静の家に向かって全力で跳んだ。

 来る時は十分近くかかった道のりも、スーツの力を使えば数分だ。眼下に静の家を捉え、手足を繋ぐ透明なウイングで微調整をしながら玄関前に着地。

 何処の部屋にもまだ明かりはついていない。

 僕はアプローチの中に入り、スーツを解除して玄関横のモニターに手を添える。

 扉のロックが外れ、自動で開く。

 家の中に入ると、廊下のライトが自動で点灯した。奥の部屋には明かりがついていない。やっぱり静はまだ戻っていないか。

 いや、まだ油断は出来ない。

 部屋の中で明かりを消して潜んでいるかもしれない。僕をぬか喜びさせるために。

 僕は廊下を進み、いつもの和室の扉を開いて中に入る。廊下の明かりが消え、部屋の明かりがついた。

 人影は──無い。

「なんだ……余裕で僕の勝ちじゃないか」

 策士策に溺れるとはこのことだ。素直にスーツを着て競ったほうがまともな勝負になったのではないだろうか。

 さて、精神的な疲労があるし、先に座って休ませてもらおう──そう思い、部屋の中央にあるテーブルに向かう。

 普段なにも置いていないテーブルに白い封筒が置いてあることに気がついた。

 その封筒には──空門刃月様へ──そんな文字が書かれていた。

 正直なところ、嫌な予感はしていた。静の着物を見つけた瞬間からずっと。けれど、あえて考えないようにしていた。そんなはず無いと自分に言い聞かせながら、ここまで来た。

 ──けれど、これは駄目だ。どうしようもないほどに嫌な予感しかしない。

 僕の体は無意識に震えだす。手が震えて、なかなか封筒を持つことが出来なかった。封を開け、中に入っている紙を取り出す。びっしりと文字で埋め尽くされた手紙だった。パラパラと枚数の確認をすると、最後の一枚に先日撮ったプリクラの写真が一枚貼り付けられていた。魂が抜けているような落書きをしたやつだ。

 気に入ってくれていたのだろうか。

 普段の僕だったら笑い出していただろうけれど、なぜだか今は無性に悲しくて、写真を直視できない。

 僕はひとつ深呼吸をして感情を沈め、ゆっくりと読み始める。

 その手紙には、あまりにも救いのない結末と、ひとりの少女の──静の悲しい人生が記されていた。

 最後まで読み終えたとき、僕はようやく静の全てを知ることが出来た。

 僕の望みとは違う形で──

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