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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
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八月⑦ 識る者と知らない者

「病み上がりだってのに、精力的に動くなぁ」

 事務所の奥にあるデスクに座る我勇さんが、少し呆れ気味に言う。

「時間がありませんから」

「次の満月は四日後だ。リベンジしたいってのなら、一度飛ばして次の新月でもいいんじゃねぇのか?」

「もちろん、そのへんは臨機応変にするつもりです。でも、出来る事はやっておきたいんです」

「そうかい」

 我勇さんは背もたれに身を預け、リラックスした体勢で僕を見る。

「それで? 俺になんの用だ?」

「えっと、その前に……静は……?」

「家に戻ってるよ」

 ここにはいないか。では遠慮なく──

「質問があります。静が言う悪魔とは──神でもある。この認識はあっていますか?」

 僕の問いを聞いた瞬間、我勇さんの表情が少し険しくなる。

「僕は価値観の問題……そう認識しました。崇めたい人からすればそれは神だろうし、憎みたい人からすればそれは悪魔と思えるのかな、と」

「それは、全てのことに対して言えることだろう。お前が正義と信じる行動だって、違う国にいけば正義では無くなることだってある。国ごとに倫理は違い、そして個々の人によってもその捉え方、感じ方は違う。世の中にたった一つだと断言できる答えなんざ有りはしないさ」

「そう……ですね。その通りだと思います。だから僕は、相手が何者であるかは気にしないつもりです」

「だったら、俺に聞くまでもあるまい」

「僕は、我勇さんの考えが知りたい。あなたは……相手が神だから、静の依頼を断ったのですか?」

「ククッ」

 突然我勇さんは笑う。僕の疑問が浅はかすぎるとでも言いたげに。

「一応言っておくか。俺はどんな依頼であっても断りはしない。たとえ──神を殺してくれなんて常軌を逸した依頼でもな」

 それが……僕にも分かってしまうから、なおさら疑問が大きくなってしまう。

「だったらなぜ静だけが例外なんですか?」

 僕は心の中にずっと燻っている不安をぶつける。何故かは分からないけれど、嫌な予感がしてならない。今頃になって、静の言葉ひとつひとつが疑わしく思えてしまう。

「なぜ神でもあるという部分を隠していたのか。呪いに関してなぜ隠し続けるのか……。なにか、大きな過ちを犯してしまいそうで、怖いんです」

「なぜ神でもあると隠していたかの答えは簡単だ。知らぬが仏というだろう?」

「…………?」

「お前みたいな正義バカにとって、神を殺して──そんな罰当たりな願いよりも、悪魔を成敗してという言葉のほうが受け入れやすいだろう? お前が行動しやすいようにという配慮だよ」

 それが真相であるならば、納得はできる。信じる信じない以前の問題として、神を殺してと言われると、その時点で心理的な抵抗が生じてしまう。

「呪いに関しては──お前の為だ。いや、違うか……それは自身の目的遂行のためだな」

「目的?」

「呪いを解くためには、お前は知っちゃ駄目なのさ」

 悪魔との対戦時、僕の問いに静はこう答えた。

『……知れば、きっとあなたも私への協力を止めるでしょう。我勇のように』

「我勇さんには、話してしまったから断られた。だから頑なに口を閉ざしている、と……?」

「別に俺は本人から説明をされた訳じゃねぇぜ? ただの推測だ。俺は何も──らない」

 知らない……? 本当だろうか。

「でも、我勇さんが断ったのなら、その推測がすごく重要な理由になるんですよね?」

「たいした理由じゃないさ。別の選択肢のほうがいいなっていう、ただの気まぐれだ」

「そうですか。でも……僕を止めなくていいんですか? その気まぐれを僕は邪魔してしまうことになりますよ?」

「次は勝てるってか。自身満々だなぁ」

「……もちろん、百%勝てる確信がある訳じゃないです」

 僕の弱気な言葉に、我勇さんは笑う。

「フフッ。心配するな。お前の推測は間違ってはいない」

 ん? なぜこの段階で断言できるんだろう? 有耶の家に行く前に静には僕の作戦を話したが……。

「えっと……まだ静にしか話してないはずなんですけど……」

「クックック。世の中には盗聴器ってのがあってだな」

「なっ……!?」

 この人、なにしれっと犯罪まがいのことを公言してるんだ。まあ……自分の家なんだから仕掛けるのは自由……なのか?

「ちなみに、胡蝶寺の祠にも仕掛けておいたから、お前に聞くまでもなく全て知っていた。備えあれば憂い無しってな」

 我勇さんはそう言いながらニヤリと笑った。

 ま、まあ……その件は今は置いておこう。初仕事だった僕を気遣っての事だろうし……。うん、きっとそうだ。

 今聞かなければいけないこと、それは──

「前に約束してくれましたよね? 僕が間違った事をしたら、止めてくれるって」

「ああ」

「……僕がこれからしようとしている事は──正しいですか?」

 静に関する事が話せないのなら、もっと広い意味で聞くしかない。

 静どうこうではなく、僕の行動は正しいのか、正しくないのか。

 そんな僕の問いに、我勇さんは笑みを浮かべながら答える。

「間違ってはいない」

 我勇さんはそう断言した。

 

 この時の僕は、その返事に背中を押された気がして、安心しきってしまった。

 結果論で言えば、僕の選択は確かに間違ってはいなかった。

 正しいかどうかは、別として──

 誰にとって正しくて、誰にとって間違っているのか。

 人によって異なる価値観。無数にある答え。

 それこそが一番重要だったのに、僕の行動に限定して聞いてしまった──それこそが、最も大きな僕の罪なのだろう。

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