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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月④ 静

 この少女は今──悪魔と言った……か?

 いきなりのオカルトじみた言葉に、どう返していいか分からなくなる。

「信じる信じないはどうでもいいの。ただ、事実として私は呪いをかけられている。その呪いから解放されたいから──そのためには、ある悪魔を殺すしかない。でも、私ひとりではどう戦えばいいのかも分からない」

 悪魔……漫画や小説の中でしか聞いたことのない単語が、突然リアルに持ち込まれ、僕の混乱はさらにひどくなる。

「もし、私の魂が救いを求めているのだとしたら、その事だと思うのだけど。あなたは私の話を信じる事ができて? 悪魔と戦う覚悟を持てるかしら」

 嘘や冗談で、あんな悲痛な叫びを放ちはしないだろう。僕が聞いた声は、嘘偽りのない、紛れもなく救いを求める心の叫びだった。それならば──

「僕は、自分で見た物しか信じない。だから今すぐには君の言葉を信じることは出来ない。でも、嘘や戯れ言だとも思えない。もっと詳しく聞かせてくれないかな」

「正直ね。でも、それが普通の反応かしら。安易に信じる人のほうが、逆に信用できないものですしね」

「…………」

「もしかしたら……そんな期待をもって、思わず近づいてしまったけれど……。いいわ。私の力を貸してあげる。そしていつか私の話が本当であると思えたら……そして、救ってくれる気になったら、教えて下さいな。それまでは、力を好きに使ってくれて構いません。弱いあなたは、強くなる。誰にも負けることのない存在になる。好きなだけ人助けをするといいわ。お人好しさん」

 どこか投げやりな、どうでもよくなったかのような、そんな言葉だった。

「ちょ、ちょっと待った。力を貸すってのはなんだ?」

「さっき見たでしょう? 身をもって知ったでしょう? あれを貸すと言っているの。どうせ私ひとりではどうにも出来ない事だし……。誰かを助けたいのなら、強くなければ。そんな弱さでは、いつか死んでしまいますよ」

 さっき見た? 知った?

「さっきの男達を一瞬で気絶させた事か? 身をもって知ったというのは……怪我の回復のこと?」

「ええ、そう。理解が早いわね」

「いや、まったく理解しきれてないと思うけど……それ以外に選択肢が無いってだけでさ」

「十分よ。詳しい話は、おいおいしていきましょう。名前……教えていただけるかしら?」

 いまさらながら、自己紹介がまだだったことに思い至る。

「あっと、僕は空門──空門刃月。空の門て書いて『そらかど』、刃に、夜空にある月で『はつき』」

 少女は、僕の名前を繰り返し、意味深に言う。

「あまり……運命等という不確定な物は口にしたくないのですけど……あまりにも名前が相応しすぎて、少し驚きましたわ」

 あまり驚いているようには見えないが、本人が言うのだから驚いているのだろう。しかし名前が相応しいとはどういう意味だろうか。よく分からない発言が多い女の子だ。

「私はしずか。名前で呼んでもいいかしら?」

「なんでもいいよ」

「そう。では、刃月はつき

 なんでもいいとは言ったが、いきなりの呼び捨ては想定外すぎた。

 あらためて彼女の顔をじっくり見てみると、どう見ても中学生くらいだ。小学生といっても信じることが出来るほどに幼い顔立ち。綺麗に切りそろえられた前髪は、日本人形を連想させる。白衣の下の薄紫の着物は、違和感無く着こなしている。

 さて、僕は彼女をどう呼ぶのがベストなのだろうか。年上の可能性もゼロではないし、かといって女性に年を聞くのは朱ちゃんや有耶曰くタブ―らしいし……無難にいくか。

「静──さんでいいのかな……? できれば苗字も教えてほしいところだけど」

 おそるおそる聞く。最初は苗字を呼びたいところだ。

「苗字は好きではないので……どうぞ静とお呼びください」

 好きではないという理由で、教えてさえくれないのか。よほどのコンプレックスでもあるのだろうか。まあ本人が嫌がっている以上、詮索はやめておこう。

 しかし、知り合ったばかりでいきなり名前を呼び捨てにするというのは、僕的にはかなり抵抗がある。いや、呼ばれる分には、好きにしてくれて構わない。問題は、僕が初対面といっていい相手を下の名前で、しかも呼び捨てで呼べるのかという部分だ。いくら流されてとはいえ、有耶や朱ちゃんと呼べるようになるまで半年はかかった。そんな僕にはハ―ドルが高すぎる。

「じゃあ、静ちゃんというのは……」

 言ったとたん、ものすごく睨まれた。いや、表情自体は変わっていないのだが、あきらかに目が怖い。

「わかった。し、静」

 僕はあわてて言い直す。抵抗はあるが、本人の望みなのだから仕方がない。そこは割り切るしかないし、慣れるしかない。

「時間……大丈夫かしら? 問題がなければ、これから私の家で私自身の事情と、力の使い方を教えたいのだけど」

 時間……?

 あわてて腕時計を見る。午後八時を過ぎていた。どうせ親父は残業で深夜まで戻らないから僕は問題ないけど、この時間に女の子の家に押しかけるのはさすがに厚かましすぎる気がした。

「明日でもいいかな?」

「ええ。特に急いでいる訳ではありませんし」

 そう言うと静ちゃ……静は白衣のポケットからメモ帳のような物を取り出し、住所を書いて僕に渡した。

「来られそうな時間を教えてもらえるかしら?」

 明日の予定を頭の中で確認する。明日は日曜だ。ボウリング場のバイトは夕方から。その辺を考慮すると、昼過ぎくらいがベストだろうか。

「昼の一時でいいかな?」

「それでは明日、一時に会いましょう」

 それだけを言い残し、静は公園から出て行った。さっきまで聞こえていた、救いを求める声はもう聞こえなかった。

 僕も帰路につこうと歩き出す。静にもらったメモをポケットに入れようとして、大事なことに気がついた。自分の格好だ。服やズボンがやぶれているだけならまだしも、上下ともに血でまっ赤に染まってしまっている。グレ―のズボンはまだしも、上は白いシャツだから、赤がよく目立つ。ここに来るまでの夜道はまだよかったけれど、駅や電車内は……無理だ。これは確実に補導される。

 さて、どうするかと考えていると、ふとしゅうちゃんのことを思い出す。朱ちゃんと別れた時に詳しい話をしないままだった。また心配させてしまっただろうか。怪我をして学校にいくと、よく怒られたものだ。そんな事を思い出していると、携帯が着信を知らせる。画面には夜凪朱姫と表示されていた。

「あ、空門くん? 大丈夫だった? なんかサイレンの音が聞こえたから……」

 おや、グッドタイミング。

「今日は僕にも川が見えかけたよ」

 昼間の会話を思い出して、流用させてもらった。

「また無茶したのね……まだ近くにいる? 薬とか必要な物があったら持ってくよ?」

「いや、怪我とかは大丈夫なんだけど……」

「だけど?」

「帰るための服が無くて困ってる」

「え……なに、追い剥ぎにでもあったの……?」

「いやまあ、ボロボロになりすぎて、てところかな。僕でも着れそうな服があったら、貸してもらえるとありがたいんだけど……無いかな?」

「ん―、ピチピチでもいいなら、Tシャツならなんとか入るかも? ズボンは無理だろうなぁ……スカ―トならあるけど」

「スカ―トなんてはいて帰ったら、補導される確立が余計に上がる」

「じゃあさ、じゃあさ! ウィッグもかぶって完全に女装しちゃえば大丈夫じゃない?」

「違う意味で大丈夫じゃなくなる気がするから簡便してくれ」

 クスクス、と朱ちゃんは楽しそうに笑う。

「残念。とまあ、冗談はこれくらいにしてっと。では、本題に……コホン」

 冗談だったのか……女装させられるのではないかと本気で心配してしまった。

「とりあえず今日は私の部屋に泊まって、明日有耶に男の子でも着れるような服を持ってきてもらうってどうかな? 有耶あやの服ならサイズ的に問題ないよね」

「ちょっと待て」

「ん?」

「女子寮に侵入したあげく、お泊りとか、さらにハ―ドルが上がっている気がするけど」

「相部屋じゃないし、バレないバレない」

「いやだから、そういう問題じゃなくてだな……」

「どういう問題?」

 同じクラスの男子を部屋に泊めるってことがどういう事なのか、分かっているのだろうか。寮というくらいだから、おそらくワンル―ム。部屋が二つも三つもあるとは思えない。つまり、同じ部屋で寝る事になるわけで、もはや問題というレベルも通り越してしまっている。しかし、そんな事を説明しだしたら、なにを変な事考えているんだと思われそうだし、断り方が分からない。信頼してくれているからなのだろうが、やっぱりまずい気がする。いや、逆に、僕を男として認識していないという可能性もあるか。それなら問題は無いのかもしれない……とか、そんなことをいろいろ考えている時だった。僕の背中に、白い服が被せられる。

 振り向くと、静が立っていた。

「その格好では帰れないと気づいたので……それを着て帰りなさい」

 被せられたのは静が着物の上に着ていた白衣だった。

「あ、ありがとう!」

 携帯電話を手で押さえながら、小声でお礼を言う。

「それでは今度こそ、さようなら」

「うん。ほんと、ありがとう」

 静は振り返ることなく、公園を出て行った。家まで送らなくて大丈夫だっただろうかと今更ながら心配になったが、よくよく考えてみれば僕よりはるかに強い子だし、余計なお世話だろうと思い至る。

「空門くん? 誰かいるの?」

 携帯電話から朱ちゃんのいぶかしむ声が聞こえる。

「いや……服を貸してくれた人がいてさ、これで帰れそうだ。心配かけてごめん」

「あ、そうなんだ。親切な人がいてよかったね」

「うん。朱ちゃんも、ありがと」

「ん―ん、私は困っている人を助けようとしただけですよ~、誰かさんと約束したから」

「誰かさん?」

「なんでもない。それじゃあ気をつけてね。一応、家に着いたらメ―ル頂戴」

「わかった。それじゃあ、おやすみ」

「good night!」

 朱ちゃんの流暢な英語で通話を終え、携帯電話をポケットにしまってから、静が貸してくれた白衣に袖を通す。少しサイズ的にきついが、なんとか着ることが出来た。あとはリュックを前にかければごまかせるだろう。

 ようやく僕は帰路につくことが出来た。

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