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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
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八月⑤ 強欲なヒーローに

「よし、そーっと指先を光の所に持って行け」

 我勇さんの指示に従い、客室とおぼしき個室のカーテンの隙間から入り込む光に手を差し出す。

 特に痛みもなく、見た目の変化も確認できない。

「ふむ。問題なし、か……」

 我勇さんはカーテンを全開にする。

「ゆっくりとでいい。光に入ってみろ。少しでも違和感があればすぐに体を引けよ」

「……はい」

 部屋に差し込む光に向かって僕は恐る恐る歩き出す。

「…………」

 全身に熱を感じる。それだけだ。今までと何も変わらない。

 ただ──

「左目だけ眩しく感じますけど、痛みは無いです」

「眩しさは我慢できる範囲か?」

「はい」

「よし、いいだろう。日数的に考えて今さら体質が変わるとは思えねぇし、後遺症としては左目の色素が無くなったのと、わずかにシキナの血が残ったくらいか」

 部屋の片隅で僕を見守っていた静が安堵の吐息を漏らし、口を開く。

「我勇。目の輝きはヴァンパイアの血が体内に流れていることを表しているのでしょう? これは納得できる結果なの?」

「気づいてねぇのか? こいつの目をよく見てみな」

 我勇さんはカーテンを閉め、部屋の明かりを消した。暗がりの中、静が僕に近づいてくる。

「…………」

 僕と静は無言のまま向かいあってしばらく見つめ合う。

「……光っていないわね」

「だろ? ま、おそらく日が沈んだらまた光り出すだろうがな」

「どういうこと?」

「さあ。俺が聞きたいね。こんな都合の良い話、そうそう無いぞ」

 我勇さんでも知らない事があるのかと、今さらながらに驚いた。

「昼は人の血になり、夜はヴァンパイアの血になる。臓器の移植事態は過去に幾度も実験されてきた事だからいまさら驚くことはないが、血が同居し、都合良く入れ替わるなんて報告は見たことも聞いたこともねぇ。お手上げだ」

 その言葉通り、両手を挙げてお手上げのポーズをとる我勇さん。

「もっとも、輝き事態は本物オリジナルに比べて弱い。細胞組織の再生までは出来ないだろうさ。あと考えられるのは……ま、これは今はいいか」

「良くないですよ! 教えてください!」

「そんなビビるような事じゃねぇよ。満月の日になりゃ分かる。何もなければそれでいいし、何かおかしいと思う事があればお前から報告しろ。その時に答えてやる」

「はあ……わかりました」

 満月の日になにがあるのだろうか。気にはなるが、これ以上追求しても答えてくれるとは思えないので僕はしぶしぶ納得する。

 兎にも角にも。

 そんなやり取りを午前中に済ませ、昼間に外に出ても大丈夫だと確認がとれたので、昼食の後に僕は有耶の家に向かった。もちろん事前にメールで連絡し、返事をもらったうえでだ。

 出力が半分のスーツに苦戦しつつも、なんとか有耶の両親が営む和菓子屋近くに到着した。物陰でステルス迷彩モードの変身を解除し、お店の裏口に回ってインターホンを押す。

「いらっしゃ〜い」

 そんな声と共に扉が開き、有耶がにこやかな笑顔で迎えてくれる。

 しかし──細いメガネの奥にある目は全く笑ってはいなかった。

「おじゃま……します」

 僕は戦々恐々としながらも、有耶についていく。

 二階に上がってすぐの部屋に入る。ここが有耶の部屋らしい。

 七畳ほどの部屋にはベッドと勉強机、テレビに本棚、洋服ダンス。他には何もない。

 ぬいぐるみであったり、ポスターであったり、そんな有耶の人となりを知る材料は何一つ無い部屋だった。しいていえば、難しそうな本がズラッと並んだ本棚が、有耶の知識の豊富さを裏付けているといった所だろうか。

 有耶は勉強机の椅子に座り、足を組む。床を指さしながら真顔になって僕に言う。

「せ、い、ざ」

「……はい」

 僕は有耶の目の前で正座する。さっきの笑顔はやはり作り物だったようだ。恐ろしすぎて顔を直視できない。

「こ、この度はご心配をおかけし、申し訳ございませんでした!」

 深々と頭を下げる。

「よろしい。で?」

「……で……とは……?」

 おそるおそる顔を上げる。

「何があったのかって聞いてんの」

「ああ、えっと……ちょっとしたトラブルがあって、それでちょっと怪我をしちゃって……」

「それは朱ちゃんから聞いた。そのトラブルってのが何なのか言いなさい」

 さすがに悪魔と戦いましたなんて言えるはずもなく。どうしたものか。

「喧嘩の仲裁的な感じで、その、胸をサクッといかれちゃって……」

 嘘をつく罪悪感に苛まれながらも、それなりに現実味のありそうな話をする。

「はぁ……あんたはまったく……最近怪我してないし、正義ごっこは卒業したのかと思ってたのに、まだ続けてたんだ?」

「……はい」

「それで? あんたは今回の事で懲りたわけ? それとも懲りてないわけ?」

「二度とこのような事が無いよう、今後は細心の注意を──」

「そんな上っ面だけの決意表明なんていらないわよ」

 感情のこもっていない声で僕の言葉を遮る有耶。

「前からさ……疑問だったんだけど。あんたさ──なんで自分から進んで友達とか彼女とか作ろうとしないの?」

「…………」

「その答えがこれなのかなーなんて思ったりしたんだけどさ」

「答え?」

「そ。あんたはさ……自分がこの世界からいつ消えて無くなってもいいように……死んでも誰も悲しまないで済むように──そんな風に思って人との関係を築こうとしてこなかったのかなーなんて」

 そのあまりに的確な指摘に、僕は目を逸らすことしかできなかった。

 悲しむこと、悲しませることからひたすら逃げてきた自らの生き方を思い出す。

「その辺は私も薄々気づいてはいたんよね。でも、あんたは一年前、朱ちゃんの為に動いてくれた。助けてくれた」

「…………」

「今回みたいな事がいつか起こるんじゃないか……そんな危惧はあったけどさ。それを承知でキューピットになった訳だし、私自身にも責任はある」

「責任なんて……」

「あ、る、の! 気づいていた以上、それは無視できない事実なの」

「有耶……」

「でもね。あんた自身にも、責任はある。朱ちゃんがどれだけ不安な日々を送っていたか、想像できる? 食事も喉を通らず、熟睡も出来ず、ずっとさ……携帯が鳴るのを待ってる日々がどんなものか……どんな……想像……できる?」

 有耶の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「……ごめん」

 僕は謝ることしかできなかった。

「そんな言葉なんていらないのよ! 反省してる、後悔してるっていうならさ……少しくらい心境の変化とか無いの? だから聞いてるの。まだこんなこと続ける気なのか……それを聞いてるの!」

「もちろん後悔はある。でも……僕はこの生き方を変える気は無い。僕が僕で有り続ける限り……」

「……そう」

 救いを求める声を無視する事なんて出来ない。それは、全く揺るがない確信として僕の中にある。そんな僕が……有耶と朱ちゃんを二度と泣かせない為に出来る選択肢はもう……これしかない。

「だから……僕にできる選択は、友達って関係を終わらせ──」

 またしても言葉を遮られる。しかし、今度は言葉ではなく、部屋に響き渡る激しい音と──痛みによって遮られた。

 一切の容赦のない平手打ちをくらい、意表を突かれたのもあって僕は床に倒れ込む。本気の平手打ちというのは、グーで殴られるのと同じくらい痛いものなのだと知る。

「あっと、ごめんごめん。なんか不正解の答えが聞こえてきそうだったからつい手がでちゃった」

 有耶はそう言いながら僕の胸ぐらを掴み、顔を近づけてくる。

「空門。いいこと教えてあげよっか? あんたさ──正義の味方だとかヒーローだとかになりたいんだろうけど、絶対になれないよ」

「…………」

「なんでか分からない?」

 僕はただ無言のままうなずく。有耶の迫力に気圧され、言葉を発する事も出来ない。

「自分の命も大事にできない奴がさ……他人の命を大事にできるはず無いでしょ!!」

 有耶はふたたび目に涙をため、僕を睨む。

「簡単に自分の命あきらめて、他人の命を救って……満足? あんたが死んだ後、誰があんたの代わりをするのよ? そっからはもう救えないのよ?」

「…………」

「本物になりたいんならさ……中途半端な正義ごっこなんてやってないで、自分の命ごと守りなさいよ!! 強欲になりなよ! 誰も悲しませず、誰も傷つけずに解決してこそ、本物のヒーローじゃないの!?」

 朱ちゃんばかりか、有耶まで泣かせてしまった事に対し、僕は激しい自己嫌悪に陥る。

 本当に……なにが本物のヒーローになるだ……。人として最低じゃないか、僕は。

「悪いけど……あんたにとって思い出したくない事言うよ」

 有耶はそう前置きし、掴んでいた僕の胸ぐらを離して椅子に座り直す。

「あんたのお母さんさ……私のお父さんにとって、命の恩人なんだよ」

「……えっ?」

「あの事件のあった駅のホームにさ……私のお父さんもいたんだ」

「…………」

「私はまだ小さかったからよく分かってなかったんだけどさ。命の恩人だってお父さんが言うから、お葬式についてって、お礼を言ったの。その時、お父さんの隣でずっと泣きっぱなしだったあんたの姿は今でも覚えてるよ」

 有耶は穏やかな表情で語る。僕の知らなかった縁を。

「少し大きくなってから、ネットで事件の事調べたんだ。英雄扱いされてるお母さんをもつ子供って、どんな気持ちだったのかなって。あんたの泣いてる姿がずっと頭に残ってたのもあったんだけどさ」

「…………」

「私のお父さんは救われたけど、救ってくれた人の家族は全然救われてないなって……そんな風に思った。理不尽だなって思った」

 有耶は下を向き、目を閉じる。当時を回想しているのだろうか。

「おかしいよね。勇気ある行動をした人とその家族は悲しいままなんてさ。だから、思ったんだ。こんなの、誰も望んでないよねって。あんたのお母さんは死ぬつもりで誰かを助けようとしたわけじゃない……あんたの為に、生きたかったんじゃないかなってさ」

「……有耶」

「あんたは結果しか見てないけどさ。そんな悲しい結果だけを追いかけるのはもう止めなよ。結果に対して目を閉じて、心を塞いで……それじゃ先に進めないよ? あんたはお母さんと同じ事をしてるつもりかもしれないけど、本質が全然違うの。お願いだから……生きる事をそんなに簡単に切り捨てないでよ」

 本質が違う……。

 僕は母の行動だけを見て、勝手に納得して、目指して……。

 自分の命より他人の命のほうが大事なんだって……そんな風に納得しないと、僕は母の死を受け入れることが出来なかった。

 母の想いなんて、考えもしなかった。

 そうだよ……母が生きることを簡単に諦めるはずないじゃないか。なのに僕は簡単に生きることを放棄した。静が救われるなら、死んでもいいと本気で思えた。そんなもの……救われた側も素直に喜べるはず無いじゃないか。自分勝手にも程がある。自己満足の極みだ。

 確かに有耶の言うとおり……こんな僕がヒーローになんてなれるはずが……ない。

「嫌な役目を押しつけちゃったな。でも……おかげで、自分に足りない物が何か……ずっと心に引っかかっていた物が何か分かったよ」

 有耶は少し照れくさそうな表情で僕を椅子の上から見下ろす。

「言い直すよ。これからもずっと、友達でいてほしい」

「……本気で言ってんの、それ?」

「もちろん」

「じゃあ、二度と危険な事には係わらないって約束できる?」

「それは出来ない」

「……なにそれ」

 有耶はまた怒りの色を目に宿す。

「どうしても助けたい子がいるんだ。その子に限った話じゃないけど……僕に出来る事なら、なんだってしたい。そういう気持ちは変わらない」

「……それで?」

「でも、これから僕は、もっと強欲になってみようと思う。誰かを助けることは諦めない。自分の命も最後まで諦めない。本物のヒーローになることも諦めないし、友達との縁も切らない。強欲に、みんなが幸せになる世界を望むよ」

 有耶は少し考え、口を開く。

「……そっ。ま……いいんじゃない?」

「また心配をさせるかもしれない。でも、その結果を全部背負って、受け止める。有耶と朱ちゃんを泣かせた事を一生背負っていく。また泣かせても、どんどん背負い続ける。逃げないって約束する」

「…………」

「だから……そんな僕でよければ、これからも友達でいてくれると、うれしいんだけど……駄目かな?」

 有耶は大きくため息をつく。

「本音で言えば、ヒーローなんてものを目指す事自体諦めて欲しかったけど……ま、あんたにしちゃマシな答えかもね」

 有耶はそっぽを向く。僕の答えは合格だったのだろうか?

「今度は私にもパフェおごりなさい」

 なんとかギリギリで合格できたようだ。

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