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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
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八月④ 繋がる命

 スーツの出力がいつもの半分だと静が言っていた。その言葉通り、いつもは建物の二十階相当までジャンプできるはずが、今日は十階相当の高さまでしか跳べなかった。

 跳躍を繰り返す中で微調整をしていき、半分を過ぎた辺りでようやく距離感を掴むことができた。とはいえ、やはり加速力も半分とあって、想定していたよりも多くの時間がかかってしまった。ブレスレットで時刻を確認すると、四時前。数分で行くといっておきながら、約二十分もかかってしまった。約束はすっぽかすし、時間は守らないしで、最低だな、僕。

 寮の近くに着地し、人目がないのを確認してからステルスモードを解除して姿を現す。スーツによる治療とやらの恩恵がなくなったせいか、心臓の痛みが復活したが、我慢できないほどではない。

 表通りに出て寮の前まで行き、少し横の窓が見える位置に移動すると、三階に一つだけ灯りがついている部屋があった。

 僕は携帯を取りだして発信を押すと、ワンコールもしないうちに朱ちゃんが出た。明かりの灯っていた部屋のカーテンが開く。

「正面玄関で待ってて!」

 携帯から元気な朱ちゃんの声が聞こえてきた。さすがにこれだけ時間が経過すれば、落ち着きもするか。あまりにも非常識な時間だし、無理して来る必要も無かったかな……?

 僕は鍵のかかった正面玄関に向かった。少し疲労を感じ、玄関にある三段ほどの小さな階段に腰を下ろす。痛みどうこうではなく、単純に体力が落ちているようだ。十日以上も寝ていた訳だから仕方ないか。

 少しすると、玄関の中からではなく、建物の右奥から微かに声が聞こえた。

「空門くん! こっち!」

 声のした方に目を向けると、朱ちゃんが建物の角から顔だけを出している。裏口でもあるのだろうか。それにしても三階からここまで来るには早すぎる。瞬間移動を使ったな。

 心臓の痛みが増してきた気がして、胸を押さえながら朱ちゃんの元に向かう。

 建物の角を折れた瞬間、何かが僕の胸に飛び込んできた。予想だにしていなかった事態に、少しふらついてしまい、壁にもたれかかってしまう。

「しゅ……朱ちゃん……?」

 僕の顔のすぐ下に朱ちゃんの頭がある。どうやら僕は朱ちゃんに抱きつかれているらしい。心臓の鼓動が少し早くなり、痛みがさらに増す。どうして早くなるんだよ、僕の心臓。

 そりゃあこんなゼロ距離で女子と接するなんて経験、初めてではあるが……そういう浮かれた状況ではないだろうに。

「ごめんね……ひどい顔だから、見られたくないの……だから、このままでお願い……」

 僕の胸に顔を埋めながら声を潜めて言う。

「えっと……まずは、ごめん。いろいろと……本当にごめん」

「……無事だったから……いい。よかった……もう……会えないんじゃ……ないかって……」

 再び涙声になる朱ちゃん。どんなふうに謝れば泣きやんでくれるのか分からず、僕は困惑した。

「ごめん……」

 結局、謝ることしかできなかった。我ながら情けない。こんなに謝ってばかりだと、言葉に重みがなくなりますよ、とまた静にたしなめられそうだ。

「何が……あったの……?」

 しばしの沈黙の後、朱ちゃんが僕の胸に顔を埋めたまま問いかけてくる。

「ちょっと怪我をしてた……みたいなんだ」

「みたいって……なんでそんな他人事みたいに……」

「いや、僕もさっき目覚めたばっかで、あんまり実感が無いっていうかさ……」

 その僕の言葉を聞いた瞬間、朱ちゃんは急に顔を上げた。

「さっき!? え……そんな状態で外に出て大丈夫なの!?」

 ようやく間近に朱ちゃんの顔を見ることが出来た。目の下にはクマができ、頬は痩せこけていた。

 朱ちゃんは「あっ」と声を発し、また顔を埋める。

 僕は改めて思い知る。僕がのんきに眠っている間、みんなにどれだけ心配をかけたのか。どれだけの心労をかけてしまったのか。

 よくよく考えてみれば、真夜中の三時に目覚めた僕に静はすぐ声をかけてくれた。ずっとそばで看病してくれていたのだろう。

 僕に関わる全ての人に迷惑をかけてしまった。

 本当に僕は……大馬鹿だ。

 僕の命なんて、無数にある命の中のたったひとつだ。僕だけの命。それをどう使おうと、僕の勝手だ。そう思っていた。でも、今僕の胸の中で泣いている女の子は、僕の命を大切に思ってくれている。僕だけの命を、僕だけの物じゃないんだって実感させてくれる。

 僕は朱ちゃんの背中に手を回し、僕の命と繋がってくれている命を抱きしめる。命という名の熱を全身に感じる。

「ごめん……たぶん、僕のせいだよね……心配かけてごめん……」

 朱ちゃんは何も言わず、頭を横に振る。

「僕はもう大丈夫。心配は要らないよ」

「怪我って……どこを怪我したの……?」

「ん……たぶん、心臓かな……」

「心臓……」

 朱ちゃんは首を少し回し、耳を僕の胸に当てる。

「……少し鼓動が早い気がする」

「いや、たぶんそれは、なんて言うか……こう、密着してる緊張からじゃないかな……」

「あ……」

 朱ちゃんはようやく今の状況を理解したのか、急にオロオロと動揺しはじめる。僕も僕で、抱きしめていた手をおもむろに解き、ごまかすように手を宙に漂わす。

「どうしよ……そうだ! 私が後ろを向けばいいのか」

 そう言いながら朱ちゃんは僕から体を離し、二、三歩下がって体を回転させ、後ろを向く。

「わ、私も謝らないと!」

「ん? なにを?」

「その……空門くんの服、涙とか鼻水とかで……汚しちゃった」

 確かに、胸元がひんやりしている。

「暑かったからちょうどいいよ」

 いまいちフォローになっていない気もするが、気にしていない事を伝える。

「そ、それなら……お、おあいこだね! だからもう……謝らないでね」

 正直なところ、土下座くらいじゃ許されないだろうと思っていただけに、罪悪感が抜けきらない。とはいえ、謝罪なんてものは罪悪感から逃れたいがための自己満足でしかないわけだから、これでいいのかもしれないとも思えた。謝るだけ謝って自分だけ楽になろうなんて虫が良すぎる話だ。

「朱ちゃんがそれでいいなら、もう謝らない」

「そ、その代わり……!」

「代わり?」

 なにやら言いにくそうにしている。

「や……約束……怪我しないって約束……」

 ああ、そういえば、そんな約束あったか。

「ああ、好きなだけパフェをご馳走するよ」

「ひとつで……いい。その代わり……今度は、ちゃんと約束の時間に……来てね」

「……うん。いつがいいかな?」

「なにかある時って……いつも新月か満月の日だったよね」

 詳しく話したことはないのに、よく知っているな……。まあ、静からスーツを借りるまでは二週間おきくらいに大なり小なり怪我していたし、一年間も友達という関係が続いていればこの位の察しはつく……か。

「プールに行く約束の前日も新月だったし。だから……次の満月の翌日がいい」

 次の満月……。その日はもしかすると……悪魔との再戦が行われるかもしれない。安易な約束をしてもいいものか一瞬迷うが、この約束はパフェが主な目的ではなく、僕への気遣いだというのが分かるだけに、断るなんて出来るはずがない。

「じゃあ……今すぐ満月が何日か分からないから、あとで調べるとして──とりあえず時間と場所だけ。翌日の昼一時に成法西駅中央口の改札でいいかな?」

「うん」

「もしさ……一時を過ぎても来なかったらその時は──」

「ずっと待ってるからね。ずっと──」

 今までずっと背を向けていた朱ちゃんがおもむろに僕の方を向いた。はっきりと目が合う。

 前回のフラグどころの話じゃないな。朱ちゃんなら、本当にずっと待ちそうだ。たとえ僕が死んだとしても……。

 二度とこんな悲しい思いをさせる訳にはいかない。僕自身の為じゃない。僕と繋がってくれている全ての命のためにも、僕は負けられない。

「分かった」

 次こそは絶対に勝つんだ。

 それは──そんな決意を新たにする為の返事だった。

「あっそうだ、有耶からまだ返事きてない?」

「ん?」

 僕は携帯を取りだして確認してから改めて返事をした。

「とくに何も来てないな」

「……よかった」

 朱ちゃんはホッと息を吐き出す。

「え……なんで……?」

「私もあとでメールするけど……すぐには会わない方がいいと思う!」

「だからなんで?」

「戻ってきたら殺すって言ってたよ! 怒り方が尋常じゃなかったの!」

「は……はは……」

 そうか……せっかく助かった命なのに、有耶に殺されてしまうのか。さすがに苦笑いしか出てこない。

 もっとも、朱ちゃんの姿を見れば、有耶の怒りも理解できる。朱ちゃんをこんなに泣かせて、やつれさせて……妹のように朱ちゃんの事を可愛がっている有耶にとって、僕を簡単に許してくれるはずがない。

「その怒りは僕が受け止めないといけないものだ。有耶を犯罪者にしないようにがんばるよ」

 僕の言葉に朱ちゃんがニコリと微笑む。

「自分の為じゃなくて、有耶を犯罪者にしない為っていう所が空門くんらしいよね」

 笑顔が戻ったことにほっとしつつ、疑問がひとつ頭に浮かぶ。朱ちゃんは僕の方を向いてから数歩下がり、距離を置いている。立っている場所は明かりのない建物の角。空は曇っていて、月明かりも届いていない。

 今まで──こんな暗闇の中で、こんなにもはっきりと表情が見えていただろうか。

「ねえ、空門くん」

「うん?」

「もうひとつ聞いていいかな?」

「なに?」

「その左目……どうしたの?」

 僕は咄嗟に左目を手で隠す。

 そうか……暗ければ暗いほど逆に僕の左目は目立ってしまうのか。

「えっと……なにか変だったかな?」

「…………」

 とりあえず無駄なあがきと分かりつつも、とぼけてみる。

 左目を隠すと、とたんに朱ちゃんの表情が分からなくなった。今はどんな表情をしているのだろうか。疑惑の眼差しを向けられているのだろうか。そんな不安にかられる。

「んーん、なんでもない」

 と、首を横に振って気づかないふりをしてくれた朱ちゃんの気遣いに感謝しつつ、自身の左目を通じて静の話を思い出し、ふと空を見上げた。

 日が昇る前に帰らないといけないんだっけ。

「外出時間決められてて、そろそろ戻らないといけないんだ」

「あ、うん……ごめんね、無理させちゃったよね」

「僕が勝手にやったことだ」

「ん……直接会えてよかった」

「それじゃ、パフェを食べにいく日を決めてから連絡するよ」

「うん。待ってる」

 僕は片手を上げて別れの挨拶を交わし、ラストリゾートの事務所に急いで戻った。

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