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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
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八月② どちらが大事ですか?

「僕は……もう人間じゃない、そういうこと?」

 自らの心の動揺を抑えるため、あえて声のトーンを落として問う。

「心臓以外の部分に関して言えば、数値上は人といって差し支えないわ」

「だったら……この目はなんなんだよ?」

「決して症例は多くないけれど、赤い瞳の生物は存在するわ。遺伝子疾患のひとつでね。ようは、瞳の色を作る本来あるべきメラニン色素が欠如し、瞳がガラスのように透明になってしまって血液の色が透けてしまっている状態なの」

「…………」

「目の奥には細い血管がたくさん集まっていますからね。赤い目の動物としてはウサギが有名じゃないかしら」

「ああ、それならペットショップで見たことがあるな」

 静は部屋の明かりをつけ、ベッド脇の椅子に座りなおす。

「でもさ、ウサギとかって、こんなに光ってはいないだろ?」

「ええ。ヴァンパイアの血が影響していると思うのだけど、刃月はつきの場合はそれほど多く混ざっている訳ではないから、シキナほどの輝きでは無かったはずよ。もしかしてシキナの本当の瞳を見たこと無いかしら?」

「いや、あるよ。二回ほど……」

 一回目は事務所の脱衣所、二回目は祠の中だったか。

 言われてみれば、たしかにシキナに比べれば輝きの度合いは少ないように感じた。

 しかし、左目だけっていうのはどういうんだ?

「おそらくは、不完全な状態であることを体が警告として発している……」

「不完全ってのは?」

「人の身でありながら、ヴァンパイアの心臓を持つ。どちらなのか体自身が決めかねている、どちらにもなりきれていない不完全さとでもいうのかしらね」

「……決めかねてる、か」

 人ではなくなるかもしれない。その事実はそれなりに衝撃的な事のはずなのに、なぜか心は落ち着いている。ヴァンパイアになるというのは、つまりシキナと同じ存在になるという事な訳で、そのへんがある種の安心感につながっているのかもしれない。

 だって、シキナだぞ? 見た目の違いなんて、目の色くらいなものだ。

「さっきも言ったように、数値上は人と変わらないからおそらくは大丈夫だと思うのだけど、念のため明日、太陽の光を少し浴びてみて平気かどうかのテストをするわね」

 太陽もなにか関係してくるのか……。よくわからないが、そのへんは確定してから考えればいいか。

「テストって言われると学校を思い出すな……期末の英語がギリギリだったから軽くトラウマなんだ」

 朱ちゃんにちょくちょく教えてもらっている身としては、成績が上がらないのが非情に申し訳ない。逆に僕が朱ちゃんに教えている国語の成績は鰻登りである。もしかして僕は教えるほうに才能があるのかもしれない。

 そんな学校関連の事を考えていると、夏休み前に朱ちゃん達と交わした約束を思い出した。

 プールに図書館に即身仏見学。

 もし、明日のテストとやらで日の光に耐えられない体になってしまっていたら、プールに行けなくなってしまう。それはそれで困るな……。

 というか、プールどうこうで終わる話じゃない。今後の人生に大きく係わってくる大問題だ。

「明日、プールに行く約束があるんだ。そいや、今何時?」

「何時というか……明日というのがいつをさしているのか知らないけれど、今日は土曜日の三時よ」

 土曜……? 土曜って、即身仏を見に行く約束をしている日じゃなかったか。その前の木曜には図書館で勉強会。その前日がプール。

 おかしいぞ……あれ? プールに行った記憶もなければ、図書館で宿題をした覚えもない。

 なのに、なぜ土曜に飛んでいるんだ?

「静……今日って……何月何日?」

「八月一日ね」

「…………」

 八月?

 まてまて。どういうことだ?

 記憶が飛びすぎているぞ。なにがどうなっている?

 …………。

 冷静になれ、僕。

 こういう時、まずは深呼吸だ。

「すー…………はぁぁぁ…………」

「刃月……?」

 唐突に深呼吸を始めた僕の姿に静が怪訝な表情をする。

「いや、ちょっと記憶が飛んでるなって思ってさ。おかしいよな……たしか、悪魔ってのと戦ったのが七月二十一日の火曜……だったよな? それが、その週の土曜もすっ飛ばして、なんで八月なのかなって……」

「…………」

「八月……本当に……?」

「ええ……。この十日余り、意識が戻らない状態だったの。だから……もう……駄目かと……」

 静は突然言葉を詰まらせ、その瞳には涙があふれ出す。僕は涙を拭おうと手を静の頬にもっていく──が、不思議なことにその涙は頬を伝う途中で消えてしまった。

 まるで──最初から涙なんて流れていなかったかのように。

「本当に……よかった。本当に……」

 そう言いながら上半身だけを起こしている僕の右腕に頭を預けてくる静。

「スーツも強化した。刃月という協力者も得た。今度こそ勝てる……そう思っていました」

「…………」

「ごめんなさい。あなたを無謀な戦いに巻き込んでしまって……。どうかもう……私のことは忘れてください」

「忘れてって、どういう意味だよ?」

「私の願いも忘れてください。悪魔のことも。スーツは好きにお使い下さい」

「あきらめるって言うのかよ?」

 静は僕の腕にもたれた状態のままうなずく。

「いいのかよ? 呪い……だっけ、なにかよくない事をされているんだろ?」

「全て……お話しします。だから、私に関する事は全て忘れてください」

「嫌だ」

 僕の即答に、静は驚きの表情を浮かべて顔を上げる。

「僕は……静にお願いをされたから今回の話を引き受けた訳じゃない」

「…………」

「あの日──僕は確かに聞いたんだ。静の声を。助けを求める声を。それを聞かなかったことにするなんて、絶対にしない。今、目の前に助けを求めている子がいるのに、それを無視するなんて選択肢、僕には無い」

「あなたは……自分が死にかけたという自覚が無いのですか!?」

 めずらしく声を荒げる静。

「今回は我勇に助けられましたけど……次は助けないぞと釘を刺されました。あなたは今度こそ確実に殺される……」

「そりゃあまあ……勝つ手段が思い浮かばないうちは僕だって自重するさ。だから、一緒に考えようよ。二人だからこそ分かった事があるかもしれないだろ? 今回新たに気づいた事とかないか?」

「あります。だからこそ……駄目なのです。どれだけ力があろうとも、勝てる相手ではない……そう確信しました」

「ひとりで勝手に結論をだすなよ……僕にも考えさせてくれ」

 静は目を伏せ、黙り込む。

 どうすれば僕があきらるのかを考えているのだろうか。

 逆に僕は我勇さんの行動に疑問を感じる。

「……あとさ。我勇さんの行動と言葉がひっかかるんだ」

「…………」

「なぜ今回は助けてくれたのか。なぜ次は助けてくれないのか。その差はなんだ? 我勇さんは、静の依頼……願いを聞き入れなかった。つまり、今の状態で終わるのがベストだと思っているんじゃないだろうか」

「ベスト?」

「次は助けない……それってつまり、助ける必要がないほど、解決に近づいているんじゃないかって思うんだ」

「それは刃月にとって都合の良い解釈をしているだけよ」

「そうかもしれない。でもさ──だったら何故今回は助けてくれたんだ? 助けてくれたタイミングを考えれば、まるで最初からこうなることが分かっていたみたいじゃないか」

「最初から……」

 なにか思い当たることでもあったのか、静は我勇さんの出て行った扉に目を向ける。

「何かに気づいたのなら、それを元に前へ進むべきだ。だから、話してよ。全部じゃなくてもいい。話したくないことまで聞こうとは思わないしさ」

「…………」

 ふたたび沈黙が訪れる。その沈黙を静が破った。

「もう一度確認を……します。私は……私は今、自らの心の変化を感じています。刃月……あなた達と同じ時間を生きる事への抵抗が……今の私には以前ほどありません。全てを話す代わりに、私の願いを忘れてくれるなら──それでもいいと思えるのです」

 いまいち静の言葉の意図を掴みきれない。同じ時間を生きる事への抵抗とはなんだろう。あなた達というのは、誰を含んでいるのだろうか。

「でも、願いをあきらめない可能性があるなら、呪いの事は話せない。あなたの行動に対し、足枷になってしまうから」

「よく……わからないぞ?」

「では、もっと単純に言いましょう。私と……私の願い。どちらが大事ですか?」

「静と、願い?」

「ええ」

 どういう意味だ? なぜどちらかしか選べないんだ?

「どっちも大事……ってのは駄目なのかな?」

「駄目です」

 即答されてしまった。

 静の願いをかなえたいというのは、僕自身のわがままでもあるし、押しつけとも言える。それなら、答えは簡単だ。静自身が大事なのは大前提としてある。静がいなければ、その願い自体が存在しないのだから。では、助けを求める声を無視できるのかといえば、それも出来ない。苦しんだままの静を放っておくなんて、嫌だ。

 そうなると……うーん……。

「やっぱり選べないや。どっちも大事だ」

「……欲張りね」

「うん。否定はしない。呪いから解放された静を見るまでは、絶対に諦めない」

「勝てる見込みなど無いというのに、よく言いますね。そういう無計画な決意は即身仏の件で懲りたと思ったのに……」

 呆れ気味に言う静の表情は、なぜかとても寂しげに見えた。

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