表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第四章 願いの叶え方
44/57

八月① デスペナルティ

 長い夢を見ていた……そんな気がする。けれど、夢の内容は思い出せない。

 少し寝過ぎたのか、体が異様にだるい。

 時間を確認しようと頭上付近に置いている目覚まし時計を手探りで探す。しかし、どれだけ手で探っても時計に触れる事は出来なかった。

刃月はつき

 耳元で女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 やさしい声。

 なつかしい声。

「私の声、聞こえますか?」

 僕は目を開き、声のした方に目を向ける。明かりのついていない暗い部屋──僕が寝ているベッドのすぐそばに人影が見える。

 声の主は、ベッドで横になっている僕を椅子に座った姿勢でじっと見つめていた。

「うん。聞こえるよ。しずかこそ、なんでここに……て、あれ? ここは……?」

 ぼやけていた意識が鮮明になりはじめ、疑問が沸いてくる。

 どういう状況だ? なぜベッドで横になっている僕のすぐ横に静がいるのだろうか? 静が僕の家にいるはずは無いし……。うっかり静の家で眠ってしまったのだろうか。

「ごめん、うたた寝でもしちゃったかな?」

「またそうやって簡単に謝る……悪い癖ですよ」

 いつもの口調で謝り癖に釘を刺される。しかし、その声は微かに震えていた。

「どうかしたのか?」

「なにも……。我勇がゆうを呼んできます」

 静はゆっくり立ち上がり、部屋を後にした。

 我勇さんを呼ぶ? どういう事だ?

 状況を把握できないまま僕は上半身を起こし、部屋を見渡す。洋風な家具で統一された広い部屋からは、格調高い雰囲気が感じられる。僕の寝ているベッドも、よく見てみるとどこの王室のベッドだよとつっこみたくなるような豪華な装飾が施されている。

 しばらく部屋を観察していると、別の疑問が沸いてきた。

 ──窓ひとつない真っ暗な部屋で、何故こんなにも家具の形状や色をはっきりと認識できているのだろう。

 もしかしてスーツを着ている状態なのだろうかと右手を見てみる。変身状態を示す赤いライトがついていた。試しに解除してみようとブレスレットのボタンを押してみるが、エラー表示がでて変身を解除出来ない。

 何度か試みたところで、扉が開く音が聞こえた。

 部屋のシャンデリアに明かりが灯り、急に明るくなった。眩しさに一瞬目がくらむ。

 最初に我勇さんが部屋に入り、後ろに静が続く。

「よう。元気そうだな」

「えっと……はい」

 体が少しだるく感じるだけで、他に体の異常は感じない。

「さて……確認だ。名前は?」

「名前?」

「お前の名前だ。フルネームで言ってみろ」

 意図が分からないが、とりあえず指示に従ってみる。

空門そらかど刃月はつき

「歳は?」

「十七」

「両親の名前は」

「……慎也しんやかえで

「いいだろう。体は思うように動くか? 立ち上がってみろ」

「……はい」

 僕は言われるままベッドから立ち上がる。そこでようやく自分の格好に気がついた。何も身につけていない。いわゆる、素っ裸である。

 僕はあわててベッドに跳び乗り、布団に潜り込む。

「え? えっ!? なんで僕、裸なんですか!?」

 亀のように布団から顔だけを出して叫ぶ。

「ふむ。心肺停止による脳へのダメージが一番の懸念だったが……麻痺も無さそうだな」

 僕の質問を無視し、我勇さんはひとりで納得顔になる。

「次だ。どこまで覚えている?」

「どこまで?」

 またしても質問の意図がつかめず、僕は困惑する。

「夜、学校のグラウンドに行ったのは覚えているか?」

 学校……夜……?

「何を見た? 何と──戦った?」

 何と……?

 一瞬、白い翼のようなものがフラッシュバックする。それに続き、赤い瞳。朱い……世界。

 断片的な記憶のピース。それが徐々に組み合わさっていく。形になっていく。それに合わせ、急速に心臓の鼓動が早くなっていく。

「ぐっ……!」

 突然胸に激痛が走り、僕は胸に手を当てて呻き声を上げた。

 静は僕の背中に手を添えながら我勇さんとの会話に割ってはいる。

「我勇。今日はここまでにしましょう」

「俺はかまわないが、引き延ばして困るのはこいつ自身だぜ?」

「でしたら、私のほうから話をします。それでかまいませんね?」

「フン。好きにすればいいさ」

 そう言うと、我勇さんは僕を一瞥いちべつした後に部屋を出て行った。

 胸を押さえて苦しんでいる僕に静はやさしく声をかけてくる。

「横になりなさい。さあ、右手を貸してくれないかしら。痛みを和らげてあげるわ」

 言われるまま僕はベッドの上で横になり、椅子に座り直した静に右手を差し出す。静はブレスレットから粒子モニターを表示させ、画面内のキーボードで操作し始める。しばらくすると、胸の痛みが和らいできた。僕は荒くなっていた呼吸を元に戻すべく、軽く深呼吸をする。

「眠っている状態の時は問題無いわ。あとは起きている時や運動をしたあとね。今までの経過を見るに、おそらく二日もすれば適応するでしょう」

「いったい……何がどうなってるんだよ……?」

「活動時の運動量を心臓がまだ把握しきれていない感じかしらね」

「だから、分からないって。僕にも分かるように説明してくれ」

 静は少し困惑気味の表情を浮かべる。

「では、最初から……。私とあなたは新月の夜、悪魔を召喚し、戦いを挑んだ。まずそれを思い出してくれるかしら。ゆっくりでいいわ……あせらずにね」

「召喚……?」

 悪魔……新月の夜……。

 おぼろげな記憶が少しずつ鮮明になっていく。

「あ……僕……」

 僕は咄嗟に自分の胸に手を当てる。穴は……開いていない。自分の目でも確認してみるが、傷一つない。

 夢だった……のか?

「結果を先に言うわね。私達は負けました。何も……出来ないまま」

 夢じゃなかった? それにしては、僕の記憶と食い違う部分がある。僕はあの時……たしかに死を感じた。

 なのに──

「なぜ僕は生きてる? なぜ死んだ時の記憶があるんだ……?」

「…………」

 僕の問いに静は沈黙を返す。

「静?」

 椅子に座る静の肩がわずかに震えている。

「あなたは心臓を抜き取られ、即死状態だった。あの後、我勇とシキナが来てくれました」

 即死……?

 だったら、僕は今どういう状態なのだろう。ゾンビとか? 会話が成立しているから幽霊とかでは無さそうだが……。

「あなたを助けるためには、他に手段が無かったの。……不死の体をもつ本物オリジナルのヴァンパイア、シキナの心臓を移植するしか……なかった」

「え……? 心臓を移植……?」

「今、あなたの胸にあるのは、シキナの心臓なの」

 あまりに予想外の答えに僕は軽く混乱する。

「ちょ、ちょっと待った! そんなことをしたら……シキナはどうなってしまうんだ? いくらヴァンパイアだといっても、心臓が無くなって平気なはずは……」

「その辺は私も詳しくないのだけど……。なんでも、ヴァンパイアにとっての不死性は、その体内に流れる血によって成り立っているそうよ」

「不死性……」

「ええ。たとえ心臓や脳を失おうと、一瞬で新しい臓器が血によって再生されるの。だから、シキナは新しい心臓で元気にしているわよ。心配はいらないわ」

 なんだそれ……全然意味が分からないぞ?

 えーっと……シキナが心臓を提供してくれて、シキナにはまた新しい心臓ができて……僕の中にもシキナの心臓がある……?

 僕は普通の人間だぞ? 心臓を抜き取られて、はい新しい心臓ですよと入れられて……そんなので助かるものなのか?

「シキナが大丈夫というのはなんとなく理解できるとして、僕が生きていることに対しての理由が見えてこない」

「どう言えばいいのかしら……。シキナの心臓は、それ単体でもすごい生命力をもっていてね。本来刃月の心臓があった場所にもっていくと、その場を自分の居場所と認識し、勝手に自己修復をはじめて周辺の傷もすべて修復してくれるの」

「心臓に自我でもあるかのような謎現象だな……」

「自我が無いからこそ、そういう誤認識での再生が出来たのでしょう。もっとも、人の体にヴァンパイアの心臓がちゃんと定着してくれるのか、そこは未知数だったのだけどね。我勇は大丈夫だという確信があったみたいだけど」

「んー……なんとなく理屈は分かったけど、後遺症的なものは無いのかな?」

「我勇も言っていたけれど、心肺停止の状態が数分あったので、一番の懸念は脳のダメージでした。体の麻痺や言語障害の心配があったのだけど、今のところ問題なさそうだわ。……一番大事な事を検証出来ていないのだけどね」

「大事?」

「ええ。よく聞いてね、刃月。今現在、もしくは将来、あなたが人間のままでいられるのか、それともヴァンパイアに寄ってしまうのか──その見極めをしなくてはいけないの」

 それは……僕はもう人間では無くなっているかもしれない──そういう事だろうか?

「我勇に言わせれば、デスペナルティはすでにひとつ……あるのだけどね」

「デスペナルティ?」

「あなたは人として完全に死んだ状態だった。夜に限って言えば、普通に日常生活をおくる分には何も問題は無いと思うけれど──」

 静はそこで一旦言葉を切り、おもむろに立ち上がって部屋の奥から手鏡を持って戻ってきた。

「これを持って、自分の顔を見なさい」

 僕は上半身を起こし、手鏡を受け取って言われたとおり自分の顔を見る。しかし、特に変わったところは見受けられない。

 首を傾げたところで突然部屋の明かりが消えた。どうやら静が消したようだ。

「もう一度、鏡を見て」

 静の意図がつかめないまま、もう一度鏡を覗き込む。

「あ……」

 思わず声が漏れてしまった。それほどに、僕は鏡に映る自分の顔に動揺した。

 なぜなら──鏡に映る僕の左目が……左目だけが、赤く、紅く輝いていたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ