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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第三章 朱い世界の戦い方
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七月⑫ フラグ

空門そらかど! はい! これ、今週の予定!」

 七月二十日。一学期最後の日。終業式とホームルームが終わった瞬間、有耶あやが僕にメモを渡す。

「予定ってなんだ?」

 手渡されたメモには、明後日市民プール、その翌日図書館で宿題、一日空けて土曜日に胡蝶寺こちょうじの即身仏を見に行く旨が書かれていた。

「えっと……僕の予定が一切考慮されていない気がするんだけど」

「ちゃんと考慮したわよ? 明日予定があるって言うから、プールを明後日にしたんじゃない」

「ああ……別に昼間は大丈夫だったんだけど、まあいいか……」

「なにひとりでぶつぶつ言ってんのよ。ほら、無理そうなのあったら相談に応じてあげるから遠慮なく言いなさい」

 なんでこんな事務的な事になっているんだ。

 確かに夏休みにはいったらプールに行く約束はした。即身仏を見に行く約束もしていた。

 だからといって、一週間につめこみすぎだろ。

「せめて図書館で宿題ってのはもっと後半にしないか? どうせお前は本を読むだけなんだろ? 僕のを写すのが目的なら、さすがに早すぎるぞ」

「お、さっすが空門、よく分かってるじゃーん」

「……おかげさまで」

 僕の皮肉にも動じることなく、有耶はマイペースで続ける。

「図書館宿題会は毎週やるわよ! ちょっとずつね」

「一回でいいだろ」

「集まる回数が重要なのよ」

 またそれか……まあ、朱ちゃんが喜んでくれるならいいんだけども。

「そういえば、朱ちゃんは……あれ?」

 僕は教室を見渡すが、朱ちゃんの姿が見えない。

「もう帰ったわよ。なんか田舎から両親とおじいさんが来るらしくって、迎えにいかないといけないんだって」

「ああ、朝そんなこと言ってたっけ……」

「そういうこと。なになに、明後日まで会えないのがさみしいの!?」

 有耶がニヤつきながら肘でつついてくる。

「うっさい、そういうんじゃないっての」

 僕は有耶の肘を邪険に振り払う。

「もう、素直じゃないな〜。そうだ、電話でもしてあげなよ。きっと喜ぶよ」

「急いで帰ったくらいだから今は忙しいかもしれないだろ? だからメールして電話をかけてきてもらおうと思ってるんだけど、これでメールにプラスして電話でしゃべるってことで……来週分のメールは無しでいい?」

 週一メールはいつまで続くのだろうと毎回思いながらも、よく続いているものだと我ながら関心してしまう。

「交渉してくるとは生意気な……! ん~……ま、いいでしょう。免除してあげよう」

「そりゃどうも」

 僕はメモをもう一度見る。

 週末まで三つも予定が出来てしまった。

 明日は新月だ。静の願いを叶えるための戦い。それも含めたら四つもイベントがあるのか。

 こんなに予定を入れられたら、うかつに怪我の一つも出来ないじゃないか。

 自分の命を守らないといけないなんて、いままで考えたこともなかった。悲しませたくないって思える友達が出来たことは、僕にとってプラスなのだろうか。

 それとも──

「じゃあね、空門。明後日の十一時、駅前集合ね」

「有耶」

 リュックを背負い、手を振る有耶を僕は呼び止める。

「ん?」

「いつもいろいろと気を遣わせて悪いな」

「……ん? なーに? 熱でもあんの?」

 有耶は怪訝な表情で僕の額に手をもってくる。

「いや、人間いつ死ぬか分からないだろ。いつが最後になっても後悔のないようにと思って」

 その僕の言葉を聞いた瞬間、有耶が僕の額にデコピンを決める。

「いってぇ……」

「縁起の悪い事言ってんじゃないの! まったく……」

「暴力反対!」

 僕は額をさすりながら文句を言う。

「うっさい。気を遣わせて悪いと思ってるのなら、自分の命も大事にしなさい。人助けもいいけどさ……死んだら助ける事も出来ないのよ」

「うん。分かってる。だから、あえて言ったんだ。死亡フラグを折ってやろうと思ってね」

「あんた、ほんとに熱があるんじゃない?」

「無いっての」

「……なんか危ないことに首つっこんでんじゃないでしょうね?」

「大丈夫だよ。もう怪我しないって朱ちゃんと約束したから、ちゃんと守ってるし」

「ふ〜ん……ならいいけどさ」

 しぶしぶといった顔で有耶が教室を出ていったあと、僕は携帯をとりだして朱ちゃんにメールを送る。

『いつでもいいので、時間のある時に電話をください』

 我ながら他人行儀というか、なんで敬語なんだよと思いながら送った。普段の会話のノリで電話をくれって書くと、なんか命令っぽいし、とかいろいろ考えた結果、敬語に落ち着いてしまった。

 急いで帰った朱ちゃんのことだから、電話なんてしている暇が無いかもしれないし、向こうの空いた時間に掛けてきてくれればいいな、そんな感じのメールだったのだが、反応は予想外に早かった。手に持ったままだった携帯が即座に着信を知らせてくる。

「はい」

「あ、やっほー、空門くん!」

「オッス。て、さっきまで一緒の教室にいたのにこの挨拶はおかしいか……」

「あははっ。ごめんね、急いで帰っちゃって。ちょっと親との連絡に行き違いがあって、実はそんなに慌てる必要が無かったという衝撃の事実に今直面しているの! だから時間たっぷりあるよ!」

「待ちぼうけになったのか?」

「そうなの! 学校の終わる時間は教えてたはずなのに、ギリギリで来るのはおかしいなとは思ってたんだけど、まさか十二時と十三時を間違えて教えられるとは……。というわけで、一時間待ちぼうけなの」

「ははっ、それは災難だったな」

「でも、こんな素敵な機会を得られたし、悪くはないかもね」

 あいかわらず直球を投げてくる朱ちゃん。こういうところはアメリカ育ちな所がでているのだろうか。うれしい反面、どうリアクションしたらいいのか、悩ましくて困る。

「そうだ、夏休みの予定は有耶に任せっきりにしちゃったけど、聞いた?」

「うん。なかなかのハードスケジュールにびっくりしたよ。昔の僕には想像できない事態だ」

「ふふっ。来週は雨の予報が多かったからプール行くなら今週かなーって思って、つめこんじゃった」

「予定なんてほとんど無いからいいけどさ」

「そうだ、もしよかったら、シキナさん……だっけ? 誘ってくれてもいいよ。多い方が楽しいし! 女子三人に囲まれるプールとか、きっと羨望の眼差しで見られるよ!」

 なにか誤解が解けていないようだ。友達じゃないって言ったはずなんだがな……。

 なにより、シキナは……自らをヴァンパイアと言った。夜しか外に出られない理由をようやく知ることが出来た身としては、昼間のプールになんて誘えるわけがない。

「羨望というか、嫉妬にまみれた視線が怖いから勘弁してほしいよ。それにシキナはただの仕事仲間だから、誘っても来ないよ」

「そっか……。普通に仲良さそうに見えたんだけどな……残念」

 ま、別に仲が悪い訳じゃないけど、そこまで言う必要はあるまい。

「それじゃそろそろ切るよ」

「あ、まだ空門くんの用事聞いてない!」

「特に用事があったわけじゃないんだ。声を聞きたかっただけだから。それじゃまた明後日」

「う、うん……」

「ん?」

 どうしたんだろう、急に歯切れが悪くなった。

「明後日、ちゃんと……来てくれるよね」

 有耶といい朱ちゃんといい、なにかと鋭いな。

 というか、普段の僕がいかに自分から行動していない受け身人間だったのかというだけのことか。

 だから不審に思われるのも当然。そろそろ普段の自分の行動を見直す必要があるのかもしれない。

「もちろん。心配いらないよ」

 僕は言う。自らに言い聞かせるように。

 明日の夜の事を考えると、不安がないと言えば嘘になる。だから僕はその不安をかき消すために、今までの自分だったら絶対にしないであろう行動を、あえてしている。

「それじゃ、ばいばい」

「……うん。bye……」

 僕は通話を終え、リュックを背負って人の少なくなった教室を後にする。

 さあ、盛大に死亡フラグをたててやったぞ。これで死んだら、王道すぎてつまらないだろう。

 僕には静から借りている大きな力がある。

 大丈夫だ。

 きっと大丈夫。

 僕は自分に言い聞かせ、明日に続く一歩目を踏み出す。

 振り返ることなく、ただ前だけを見て。

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