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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第三章 朱い世界の戦い方
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七月⑩ もうひとりのエッジ

 テーマパークを後にした僕と静は、電車で一時間ほど揺られながら成法西駅に戻ってきた。

 駅を出て暗い夜道を歩きながら、次の新月時の事をいろいろと聞いてみる。さすがに電車の中でできる話ではない。

「なあ、静。その……悪魔ってのとは、どこで会うんだ?」

「どこがいいかしらね」

「あれ、決まってないの?」

「決まっていないというか、決めていないだけかしらね。新月か満月にしか会えないという縛りがあるだけで、場所の縛りはないから、何処でもいいといった感じかしら。どこか人気ひとけのない場所はあるかしら?」

 なるほど、それで新月の晩を選んだのか。

人気ひとけのない場所ねぇ……。時間的なものも縛りは無いのかな?」

「夜に限るわ。太陽の下には来てくれないの」

「ふぅん……」

 夜で人気ひとけの無い場所ねぇ。どこかいい場所があるだろうか。

 静は悪魔を殺して欲しいと、物騒なことを言っていた。それってつまり、戦闘になるってことだよな。ということは、それなりの広さも必要だろうか。建物とかに被害が出ないような広い場所……。

「学校のグラウンドはどうかな? 最初の頃に着地の練習をしただろ? 広いし、夜なら人もいない」

 静は腕を組んで少し考え、うなずく。

「いいわね。では学校のグラウンドに夜の九時集合でいいかしら」

「わかった。ちなみに、雨が降ったら無し?」

「雨でも問題ないわ」

 月齢はあくまでも会えるかどうかの基準であって、見えているかどうかは問題ないと言うことか。

「ちなみに、どこで会うのかは決まったとして、どうやって会うんだ?」

「いわゆる魔法陣のようなものと、肉体の代わりとなる血肉の宿る生け贄を用意するだけよ。そうすれば勝手に来てくれるわ」

 魔法陣に生け贄……? その組み合わせ、どこかで聞いたような……。

 どこで聞いたのか思い出そうと試みるが、なかなか出てこない。

 祠の中……? いや、我勇さんの事務所か?

 そんな事を考えながら、道路脇に停まっていた黒いミニバンの横を通り過ぎた時だった。

 ミニバンのスライドドアが突然開くと、次の瞬間僕の脇腹に激痛が走った。僕は蹴り飛ばされ、反対側の壁に激突する。

「がっ……!?」

 僕は蹴られた脇腹を押さえながら苦悶の声を上げる。

「きゃっ! な、なに……を……!」

 悲鳴の先に目を向けると、二人の男が静をミニバンの中に連れ込んでいるのが見えた。

 僕は蹴られた右脇腹を押さえながら立ち上がるが、ミニバンはすでに動き出していた。急発進の途中でスライドドアが閉じられ、一人の男が窓から顔を出して叫ぶ。

「お前も後で呼んでやるからよ! 先に楽しんどくぜ! ひゃはははっ」

 男の笑い声が遠のいていく。その声、顔には覚えがあった。僕と静が出会ったあの日、駐車場で恐喝をしていた男の一人だ。

 偶然ではなく、狙われていた……? 復讐のつもりだろうか。

 まったく……静に返り討ちにされるだけなのに、なんて愚かなのだろう。

 そんなことをのんびり考えながら、脇腹の痛みを治すために透明モードで変身した。

 そして──昼間の会話を思い出す。


「──そもそも私のスーツはシキナに貸しているから持ってもいないわ」


 スーツのおかげで痛みも消え、気温も快適なはずなのに冷や汗がしたたり落ちる。

 のんびりしている場合じゃない!

「ふざけるな……!」

 僕は叫び、ステルス迷彩モードを経由せずに直接エッジの姿に変身する。

 辺りを見渡し、近くで一番高い建物の屋上に跳びのってミニバンを探す。

 一本道の先にテールライトがひとつ。大きな道路に出たところで右折していくのが見えた。僕は全力で跳躍し、ミニバンを追いかける。見失わない事を最優先にし、着地地点の予測もせず闇雲に跳躍を繰り返した。

 大通りをしばらく走ったミニバンは、再び右折する。その先は、僕と静が出会った駐車場だった。

 ミニバンが駐車場の突き当たりで止まった瞬間、僕はミニバンの天井目掛けて最後のジャンプをする。

 狙い違わず着地に成功。

 ドンッ! という音と共にミニバンの天井がへこむ。スライドドアが開き、異変を察知した一人の男が出てきた。

 男が天井を見るために顔をこちらに向けた瞬間、僕は天井の上から男の頭を掴む。

「なん……だっ……!?」

 僕はガレージのシャッター目掛けて男を放り投げる。男は短い悲鳴をあげて、動かなくなった。

 この程度では死にはしないだろう。

 僕は下に降り、車の中に身を乗り入れて中を確認する。

 運転席以外の全てのシートが倒されて広々とした車内には、若い男が静を動けないように押さえ込んでいて、静が手で必死に抵抗している状態だった。

 静は両手両足を縛られ、口にはガムテープを張られている。

 その姿を見た瞬間、僕の中の理性にヒビがはいるのを自覚した。手を添えていたドアの端を無意識に握りつぶし、グシャッという鈍い音が車内に響く。

「な、なんだ、てめ……ぐっ!」

 最後まで言わせず、男の首根っこを掴んで車外に引きずり下ろす。

 そのまましばらく後ろから首を絞め続ける。

「ぐ……ぐるじ……だ……たすげ……」

 男の顔色が変色しだした頃に、最初に投げた男と同じ場所目掛けて放り投げた。シャッターに激突して駐車場に派手な音が響き渡る。

 大丈夫だ。ちゃんと加減できた。僕の理性はちゃんと保たれている。

「く、来るな! 化け物が!」

 背後から声が聞こえた。振り返ると、車内の運転席にいたらしき男が座席のシートを倒し、左手で静の頭を押さえ込んでいた。そして、右手に持ったナイフを静の首筋につきつけている。

「失せろ! こいつを殺すぞ!」

 車内灯の薄明かりに照らしだされるナイフの光を目にした時、僕の脳内に血にまみれた駅のホームの映像がフラッシュバックし、呼吸が無意識に早くなる。

 落ち着け。

 こんな場面、今までも何度かあっただろ? ちゃんと理性を保つことができたはずだ。怒りのままに行動してはいけない。

 ……僕なら……大丈夫……大丈夫だ。

 僕は一瞬で車内に乗り込み、ナイフの先が静の首に触れる前に男の右手を掴んだ。そして──

「ひっ……ぎゃあああああっ、はあっ……あっがっ!!!!!」

 男が絶叫する。

 なぜなら、僕が男の手をナイフごと握りつぶしたからだ。飛び散った血が静の顔と白い服を赤色に染めていく。

 間髪入れず、僕は男の胸ぐらを掴むと、無造作に車外に放り投げる。すぐ後を追い、四つん這いになって苦しんでいる男の腹を蹴り上げ、男の体が一瞬宙に浮く。続けざまに僕は男の背中を殴り、地面に叩きつけた。男は血混じりの嘔吐を地面にまき散らす。

「はがっ……や……やめ……手が……手……がはっ!!!」

 地面にはいつくばる男の頭を踏みつけ、黙らせる。耳障りだ。

「やめなさい、エッジ! やりすぎです!」

 後ろから静の声が聞こえる。ガムテープは剥がせたようだが、手足を縛るロープはほどけていないから、まだ身動きは出来ないようだ。

 僕は男の髪を掴み、強引に立ち上がらせる。軽いパンチを何度か打ち込み、倒れそうになったらアッパーで上体を起こさせる。何度も何度も繰り返した。元はどんな顔だったのか、もはや判別もできないほどに腫れ、変色している。

「お願い! やめなさい!」

 また静が叫ぶ。

 やめる? やめる必要がどこにあるんだ? こいつはまだ生きている。ちゃんと加減しているじゃないか。また悪事を働かないように、たっぷりとお仕置きをしないと。二度と悪い事をしようなんて思わないように、体に教え込まないと。

 静の声に一瞬気を取られ、男を地面に落としてしまった。また髪を掴んで起こす。

「や……め……くだ……おね……い……」

 何を言っているのか分からない。なぜこの男は泣いているんだろう。自分は誰かを泣かすような事をしておいて、なぜ自分が困った時は泣くのだろうか。都合が良すぎる。

 お前達は、たとえ相手が泣こうが助けを請おうが、聞く耳なんて持たないだろ? それがどんな残虐な行為か、身をもって知る良い機会だ。

 僕は男の腹に膝蹴りを入れた、その時──

「エェェェェェェッジッ! キィィィィィィック!!!」

 上空から突然、妙な言葉が聞こえてきた。声の主を探して空を仰ぎ見た瞬間、ものすごい衝撃が僕を襲う。

 空からの来訪者の蹴りが僕の顔を捉え、突き当たりのコンクリート壁まで吹き飛ばされた。

 なんだ!?

 崩れた瓦礫の中から起き上がり、辺りを見渡すと、僕の立っていた位置に人影がひとつあった。

 その人影には見覚えがあった。

 片手を腰に当て、悠然と立ち尽くすその姿は、見間違えようがない。

 僕と全く同じ──エッジの姿をしていたのだから。

「……誰だ?」

 僕の問いに対し、エッジの姿をした偽物は陽気な声を返す。

「正義の味方、エッジだ!」

「…………」

 僕は正義なんて言葉、一度も使ったことがないぞ。

「偽物のお前を成敗してやる! 覚悟!」

 もうひとりのエッジはそう叫ぶと、僕に向かって突進してくる。そのスピードは、常軌を逸していた。目で追うことが出来ず、気がつけば僕は地面に叩きつけられていた。

「ぐっ……!!」

 僕はすぐに起き上がり、戦闘態勢をとるが、偽物の姿が見えない。

「しった〜だよ〜!」

 その声と共に下から強烈なアッパーをくらい、再び瓦礫の山まで吹き飛ばされる。

「さあ、偽物! 観念したか!」

 なにが……偽物だよ!

「あ、君たち大丈夫? 偽物はボクがやっつけたから、もう安心だよ! じきに警察と救急車がくるからそれまで我慢してね!」

 そう言いながら偽物は倒れている三人に順番に声をかけて回る。

「偽物は……お前だろうが!!」

 僕は叫びながら立ち上がる。何度も何度も偽物偽物と連呼し、強調し……なにがしたいんだ!

「ん? ボクが偽物だって言うのかい?」

 偽物が腕を組み、首を傾げる。

「う~ん……。少し考えてみたけれど、やっぱり君が偽物で、ボクが本物だよ」

「なにを……ふざけたことを言うな!」

「だってそうだろう? こんな血の海をさ──本物が作ったりなんかしないだろう?」

 偽物は両手を広げる。血の海を見てみろと。

 血の……海……?

 僕は改めて駐車場を見渡す。薄暗い街灯に照らされた地面は、赤黒い血で染まりきっていた。

 地面に横たわる男の右手からは、いまだに血が流れ続けている。

 …………。

 あ……れ……。

 これは……僕がやった……のか?

「そう。君がやったんだ。分かったかな? に、せ、も、の、君」

「僕……が……」

 僕は自らの手を見つめる。スーツの自浄機能のおかげで、返り血ひとつ残っていない。それなのに──手が赤く見える。血に染まった手を必死で払うが、血はますます増えていく。まるで僕の中からあふれ出しているかのように。

「そんなわけだから……最後のお仕置き! いっくよー! 飛んでっちゃえー!」

 偽物は一瞬で僕に詰め寄って懐に潜り込むと、身をかがめた状態から一気に拳を突き上げる。

 偽物の拳は僕の顎をピンポイントにとらえ、僕の体は空高く舞い上がる。しばらく空中を漂った後、少し離れた四階建てのビルの上に落下した。

 僕は大の字で横たわったまま、しばらく宙を扇ぐ。

 なんてパワーだ……。こんなこと、格好だけを真似ただけの人間が出来るものじゃない。それならば、確かにあいつはエッジなのだろう。

 だったら……僕はなんだ? 僕が偽物なのか? いつ僕が偽物になったんだ?

 そんな自問自答を何度か繰り返す。

 ふと視界の端に何かちらつく物があることに気がついた。手に取ってみると、十センチほどの長方形の形をした紙だった。ガムテープで僕の顔につけられていたようだ。

 その紙には、ピースサインをしているエッジの似顔絵と文字が書いてあった。


「しばらくそこで頭を冷やしなさい! あとで事務所に来るように! シキナより」

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