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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第三章 朱い世界の戦い方
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七月⑨ 平和な世界

「しかし……すごい人の列ですね……」

 晴天に恵まれた日曜日。

 僕としずかは大型テーマパークに来ていた。

 各アトラクションの待ち時間が全て表示されている電光掲示板の前で、どういう順番に回れば効率的か、作戦を練っているところだ。最も多い待ち時間は三時間。平均は二時間といったところか。

 しゅうちゃんじゃないけど、こんな炎天下で三時間も待っていたら本当に溶けてしまいそうだ。

「さすが日曜日ってところなのか。夏休みに入ってからの平日に来たほうが良かったかな……」

 白のTシャツに同じく白のスカート、白いブーツという全身白ずくめの静は、日差しを手でよけながら僕の言葉に疑問を投げかける。

「別に全て乗らないといけない訳ではないのでしょう?」

「まあそうだけど、それでも一つ乗るのに二時間待ちってのは想定外だよ」

「二十分というのもありますよ」

「それは小さな子供用だ」

「そう……いろいろあるのですね」

「ま、静は小さいから丁度いいのかもしれないけど」

 静の頭に手をのせて軽く撫でると、心外だと言わんばかりに睨まれた。

「我勇にも常々言っているのですが、子供扱いはしないでもらえるかしら」

「いや、そう言われても……ほら、小さすぎてもう見失っちゃったぞ。どこ行った、静」

 僕はわざとらしく辺りをキョロキョロと見渡す仕草をする。僕より頭一つ分低いから近くだと本当に視界から消える。

「いっ……!」

 突然足に激痛が走った。足元に目を向けると、静が僕の足を踏んでいた。

「ここにいましてよ? 見えたかしら?」

「み、見えました……」

「そう。それはよかった」

 静は満足げな笑みを口元に浮かべながら僕の足を解放してくれる。

「今は確実に笑ってたよな?」

「笑ってなどいません」

 やっぱりそこは意地でも認めないのか。

「さあ、どれに乗るのですか? 私は何も分からないので、ついていきます」

「ああ、それじゃ……」

 再び待ち時間の一覧に目を向け、九十分と表示されているジェットコースターに向かうことにした。

 五分ほど歩いてようやくエントランスに到着。たった五分歩いただけで汗だくだ。さすが七月中旬、暑い。

 静は大丈夫だろうかと目を向けると、平然としている。

「静、もしかしてスーツを着てる?」

「いいえ。そもそも私のスーツはシキナに貸しているから持ってもいないわ」

「あれ、そうなのか」

 スーツも無しでよく平然としていられるものだ。僕は透明モードでスーツを身につけようか少し考えたが、やめた。ズルはやっぱりよくないな。

 待ち時間を改めて確認し、並ぼうとしたところでクルーに声をかけられ、静は身長の確認をすることになった。なんとか身長制限の百三十センチをクリアできたようで、待ち列の最後尾に並ぶ。

「そうか、静の身長は百三十ちょっとなんだな」

「測ったことなんて無かったから私も初めて知ったわ。もし足りなかったら乗れなかったの?」

「うん」

「では、小さな子供は乗ることができないのかしら?」

「安全のためなんだろうし、仕方ないさ。僕も昔は乗れなかった。悔しかったからそれだけは良く覚えているな」

「今回は乗ることができそうでよかったわね。ちなみに、これはどういった乗り物なの? なにやら上のほうで叫び声が聞こえるのだけど」

 静は視線を上に向け、疑問を口にする。

「あれに乗るだけだよ」

 僕たちが並んでいる真上を高速で走り抜けていったライドを指差す。

「あの蛇? ムカデ? のように長細いもの?」

 ムカデという例えに僕は苦笑いを浮かべてしまう。

「そうだよ」

「それに乗るのが……楽しいの?」

「うん。僕や静はこれ以上のスピードをいつでも体験できるけど、普通は無理なわけだからさ。こういったところでスリルというか刺激というか……非日常的なものを求めてるんじゃないかな」

「そう……」

 その後、静はしばらくの間無言のままライドを目で追いかける。

「それにしても、ずいぶんとお金がかかってそうね」

「数十、数百億ってレベルじゃないかな。縁のない世界だ」

 静は、ゆっくりと上に昇っていくライドに好奇の目を向ける。

「いろんな技術がまざりあっているのね……興味深いわ」

 静にとって興味を引かれる部分というのは、技術的な物になるようだ。

「まだまだ時間はあるし、いろんなアトラクションに案内するよ」

 その後、まったく会話をしないまま予定の約九十分が経過し、乗り場までやってきた。無言の空気に抵抗がないというのは、僕的にもありがたいというか、気が楽だった。

 僕達はクルーに誘導され、一番後ろの席に乗り込む。最初の下降を最高速に近いスピードで迎えることになるから先頭よりも怖いという噂だ。

「動けなくなったのだけど」

 安全バーを手前に引き、腰元で体を座席に固定された静が疑問を口にする。

「そりゃそうだ。固定されないと、落ちちゃうだろ」

「なるほど、そのための身長制限なのね」

「そういうことだ」

 安全確認が終わり、四人×九列のライドが動き始める。

 ゆっくりと地上四十三メートルの高さまで昇っていく。

「刃月。なぜ最初はゆっくりなのかしら」

「さあ……嵐の前のってやつかな?」

 そんな会話をしているうちに先頭車両が落下に入り、僕達の乗る車両も徐々にスピードが増していく。そして急降下。黄色い歓声があがる。

 高速で降りきったあとに、らくだの背中という意味をもつキャメルバックで小さな上昇と下降を繰り返し、体が浮き上がる感覚を味わう。その際の無重力感はなんともいえない気持ちの良さがある。

 僕の右側に座る静に目を向けると、声こそ出していないものの、目を見開き、驚きの表情を浮かべていた。長い黒髪がまるで別の生き物のように動き回っている。

「静!」

「は、はい!」

「大丈夫か!?」

「も、もち、ろんで、すわ!」

「あははっ」

 僕は思いきり笑う。平静を装えない静を見ることができるなんて思わなかった。乗っている時間はたったの三分ほどではあったけれど、これだけでも長く待った甲斐があったというものだ。

 ライドを降りると、静はフラフラとおぼつかない足取りになっていた。その姿に僕は思わず笑ってしまい、また足を踏まれてしまった。痛い。

 お昼時になったので、レストランを探しながら感想を聞いてみる。

「どうだった? 楽しめたかな?」

「そ、そうね……自分の意思とは違う動きを強制されるというのは、なかなかに新鮮でしたね……」

「もう一度乗りたいと思う?」

 僕の問いに、静は一瞬考えてから答える。

「そうね。次はふらつかないようにしたいし、そのための対策としては動きを把握し、先に目線を向けることで……しかし……あの遠心力は……」

 静はなにやらつぶやきながら対策を練り始める。フラフラになったのが悔しいのだろうか。意外と負けず嫌いなのかもしれない。

 その後、昼食を挟んで三つのアトラクションに乗り、四つ目のアトラクションから出てきた時にはすっかり夜になっていた。

 僕はブレスレットで時間を確認し、夜のパレードにギリギリ間に合った事にほっと胸をなで下ろす。

「次が最後だ、行こう!」

 少し時間が押しているので、小走りでパレードのルートに向かう。

「きゃ!」

 背後から短い悲鳴が聞こえたので振り向くと、静が盛大に転んでいた。

「だ、大丈夫……か?」

 静は僕の差しだした手をつかみ、起き上がる。

「歩いたり走ったりというのは苦手で……昔からよく転ぶの。そんなわけで転び慣れているから平気よ」

 服についた砂を手で払いながら静は無表情に言う。

「そんなものに慣れるなよ……」

「仕方ないでしょう。それに、そのおかげで今があるのですしね」

 ……そのおかげで?

「なんの事だ?」

「別に」

 静はそっぽを向く。

「急いでいたのではなくて?」

「ああ、そうだった! ほら、手を貸して」

 僕は静の手をとり、再び走り出す。手を繋いでいれば静のペースを把握することができる。

「急かしすぎたな、ごめん」

「またそうやって無意味に謝る。悪い癖ですよ。気軽に言えば言うほど言葉の重みは無くなっていくのですから、感謝や謝罪の言葉はもっと大切になさい」

「先生みたいな物言いだな……。言葉に若さがないぞ」

「どうせ若くはないですよ」

 静は拗ねるように顔を横に向ける。明かりの下を通った時、頬が微かに赤味を帯びているように見えたのは気のせいだろうか。

 場内にパレードの始まりを告げる大音量の音楽が鳴り響き、照明が落ちていく。少し遅れて目的の場所に着いたが、人だかりのせいで前がほとんど見えない。背の低い静には全く前が見えていないだろう。事前に調べた時には、ここは穴場だって書いてたのにな……。そんな穴場もみんなが知れば穴場では無くなるということか。

 僕はブレスレットを操作して透明なスーツを身に纏い、静の後ろに立つ。

 決して暑いから変身した訳ではない。

「静。両手を横に広げてくれ」

「……はい?」

「いいから、早く」

 静はしぶしぶといった顔で両手を広げる。僕は静の腕の付け根に手をそえ、一気に持ち上げる。赤ん坊に、高い高い〜ってする感じだ。

「ちょっと、刃月、な、なにを……!」

 次に僕は静を右肩にもっていって肩に座らせ、落ちないように右手で静の体を支える。

 透明モードで変身をしたのは、僕の素の力だけでは静を長時間肩にのせて支え続けることが出来ないからだ。

 静は「降ろしなさい!」と言いながら暴れるが、今の僕はその程度の抵抗ではびくともしない。

「危ないから暴れるな。いいから前を見ろ」

「前……?」

 しばらく暴れていた静は、僕の指示に従って前を見ると、動きを止めた。

 大音量のアップテンポな音楽にのり、無数の電飾で彩られたパレードカーが闇を照らしながらゆっくり進んでいる。その上にはいろいろなキャラクター達が踊り、手を振り、リズムをとっている。後ろの建物には映像が映し出され、パレードカーの種類に合わせて時には空に、時には海中にとめまぐるしく変わっていく。

 僕は静の顔を下から覗き込む。その表情は、目の前の景色を目に焼き付けているかのように見えた。一瞬も逃すまいと瞬きをせず、目を見開いて見つめ続けている。

 僕の右肩に座っているという事を完全に忘れているのか、まったく抵抗もしてこない。

 その表情を見る限り、感想は聞くまでもないだろう。

 僕は一人、満足げな笑みを浮かべる。

 光と音のハーモニーともいうべきパレードは約二十分ほどで終わった。ルート周りに陣取っていた人だかりは散開し、最後にもう一度アトラクションに乗るために、パレード直後の短い待ち時間を目指してダッシュでエントランスに走っていく。

「静。もう一つくらい乗って帰るか?」

 僕の肩に乗ったままの静に声をかけると、ようやく我に返ったのか、顔を赤らめて暴れ出す。

「は、早く降ろしなさい!」

 僕は右手で静の背中を軽く押し、肩から滑り落ちたところをお姫様抱っこの状態でキャッチし、ゆっくりと足を地面に誘導して立たせる。

「まったく……! 何を考えているのですか、あなたは! あんな人目の多い所で力を使うなんて」

「後ろのほうだったし、誰も気に留めてないよ。重そうな演技もしたつもりだし」

 僕は透明なスーツを解除しながら答えた。

「まあ……いいですけれど。それで、なんでしたっけ?」

「ああ、もう一つくらいなら乗って帰る時間あるけど、どうする?」

 静は黙り込み、視線を宙に漂わす。

「静?」

「もう……十分に満喫したわ。こういう技術の使い方があるというのを知ることが出来た。便利にするだけじゃない。争いに勝つためじゃない。人を笑顔にする……平和な世界を作る技術……考えたこともなかった。すばらしいものを見せてもらったわ」

「そっか。また来たくなったらさ、僕でよければいつでもつきあうよ」

 静は少し寂しそうな表情でうなずくと、目の前の光景を目に焼き付けるかのように、周りを見渡しはじめる。最後に空を見上げ、動かなくなる。

「──刃月」

 しばしの沈黙後、静はおもむろに僕の方を向き、強い眼差しを向けてくる。

「なに?」

「ブレスレット……その力、もう充分に使いこなせているわね」

「んー……こないだ人質を取られた時のように、まだまだいろんな事態に対応できるようにしないといけないなと思うけど、現状の性能に関して言えば自分でもだいぶ慣れた実感はあるかな」

「そう。では……九日後の新月の夜。そろそろ私の願いを叶えてくれないかしら」

「それって──」

「ええ。悪魔を殺して──呪いから解放してくれないかしら」

 まだまだ先の事だと思っていた。言われてみれば、力に慣れることが条件だったか。

 思えばこの一ヶ月ちょっとの間で僕はいろんな事を経験し、たくさんの事を知った。

 隠世かくりよという世界。神葬かむはぶりという刀。忍者。ヴァンパイア。死霊使ネクロマンサーい。

 どれも現実味がなさすぎて、実際にこの目で見ていなければ今でも信じていないだろう。けれど僕はその全てに、時に深く、そして浅く関わってきた。だから信じざるを得ない。否定出来ない。

 残る疑問は……。

 静と出会ってから僕の中にくすぶり続けていた最初の疑問。

 悪魔は実在するのか。

 そして、僕なんかが勝てる相手なのか。

 …………。

 どちらにしても、実際に見てみないと判断できない。戦わなければ勝てるのかどうかも分からない。

 それならば──

「わかった」

 僕は短く答え、うなずく。

 空を見上げ、月の状態を確認する。満月から五日経過し半分ほどに欠けた月。あれが全て消える時、全てが分かる。

 さあ、おにが出るかじゃが出るか。

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