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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第三章 朱い世界の戦い方
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七月⑧ 美味しいハンバーグを召し上がれ

「さあ、召し上がれ」

 すっかり着物以外の服が板に付いたしずかがエプロンを外しながら言う。今日のしずかはノースリーブの青いワンピースを着ていた。

 メインのお皿には目玉焼きの乗ったハンバーグとエビフライ。ポテト、ニンジン、ナポリタンスパゲティが一緒に盛りつけられたお皿とライス。

 美味しそうだ。お腹が早く食えと催促するように音を鳴らす。

「確か、前に料理はしたことがないって言ってた気がしたけど、なんかすごい美味しそうだぞ」

「レシピという名の設計図があるのだから、その通りにすればいいだけでしょう? 再現するだけなのだから答えを探す研究に比べたら簡単なものだったわ」

 いや、普通の人はその再現がうまく出来なくて苦労しているのだと思うんだけどな……。天才というのは何をやらせても完璧にできてしまうのだろうか。

 僕はいつもの和室で座布団に正座したまま手を合わせる。

 和室で洋食を食べるというミスマッチ感……これはこれで有りかもしれない。

「では、遠慮なく……いただきます!」

 右手にナイフ、左手にフォークを持ち、早速メインのハンバーグを食べやすいサイズに切って口に運ぶ。

「おぉぉぉ……美味い……!」

 お世辞でもなんでもなく、素直に感じたままの感想を述べた。本当に美味しい。学生達がよく行くそこいらのファミレスに余裕で勝っている気がする。

 まあ……安いファミレスにしか入ったこと無いんだけど。

「そう。お口にあってよかったわ」

 静はそう言いながら自らも口に運ぶ。

 思えば静が飲み食いしている所を見るのは初めてだ。来る度にお茶をだしてくれるが、僕の分だけだった。

 どんなリアクションをするだろうかと、静の顔をまじまじと見ていたのだが、特に何事も無く淡々と食事を進めていく。その表情は、微かに憂いを見てとれた。

「静はあんまりハンバーグ好きじゃないの?」

「好き嫌い以前に、食べるのは初めてよ」

「初めてか……。食べてみてどう?」

「美味しいと思うわ」

「そっか……。じゃあさ……なんでそんな悲しそうに食べるんだよ?」

 僕は聞かずにはいられなかった。涙がでていないのが不思議なくらい、悲しそうに見えるのだ。

「……自分で作ったものをどんな風に食べようと、私の勝手でしょう」

「そりゃあ、まあ……」

「そもそも私は食べるつもりは無かったのですから。あなたが自分だけ食べるのは嫌だと駄々をこねるからですよ」

 確かに僕は駄々をこねた。

 それは数日前のことだ。


 夕食はいつも一人で食べている、そういった話をなにかの会話の中でした時に、静が言った。

「一人で食べるのは寂しいものなの?」

 その問いに僕は、

「昔は寂しかったけど、いつのまにか慣れちゃったな」

 と答えた。

「悪い方に慣れるものではありませんよ。今度からうちに来た時はここで食べて帰りますか?」

 静からの予想外の提案に僕は驚いた。

「今度からって……それだとほぼ毎日になるけどいいのか?」

「ええ」

 そういえば静も一人暮らしなんだからずっと一人で食べてるんだよな。

 有耶や朱ちゃんがたまに夕食につきあってくれるのがうれしかったのを僕は思い出す。

「じゃあさ、今度何か弁当でも買ってくるよ。静は好きな食べ物ある?」

「特には……。刃月はつきは何かあるの?」

「ん〜、一番はなんだろ……そこそこリーズナブルにお肉感を楽しめるハンバーグとか好きかな」

「そう。では、そのハンバーグなるものを私が作ってみましょう」

 またしても予想外の事態。

「マジで!? そういえば静と一緒にご飯とか食べたこと無かったよな。楽しみだ!」

「何か勘違いしているみたいだけど、私は食べないわよ? 作るのは刃月はつきの分だけ」

 静が何を言っているのか、咄嗟に理解できなかった。 作るのは僕の分だけ?

「なんだよそれ……僕が食べているのを静はただ見ているだけなのか?」

「ええ」

「いやいや、一緒に食べようよ! なんでわざわざ時間ずらして食べるんだよ」

「私は別に……」

「一緒だ! 一緒じゃなきゃ食べないぞ!」


 そんな……本当に子供じみた駄々をこねたのである。そのかいあって、現在一緒に食べるに至ったわけだが、静の表情が気になって仕方がない。

 ダイエットでもしているのだろうか? 静の場合、ダイエットが必要どころか、逆に痩せすぎているように感じるのだけど。

 もしかして肉が苦手とか。

 いや、でも美味しいと言っていたしな。

 これ以上追求するのもあれだしな……そんなこんなを考えながら、静かに食事は進んでいく。

 最後に残しておいたエビフライを食べ、僕は先に完食。

「ごちそうさまでした!」

 僕は微妙に気まずい空気を一掃するかのように声を張り上げる。

 静が食べ終わるのをしばらく待ってから声をかける。

「なんか、食べるのを無理強いしたみたいで、ごめん。明日からは自分の分だけ弁当を買ってくるよ。一緒に食べなくても、そばにいてくれるだけで、なんかうれしいよ。今日はありがと」

「謝るような事ではないわ。最終的に決めたのは私なのですしね」

 静はそう言うと、目を閉じて手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

「そうだ、静。えっと、今日のお礼……て訳でもないんだけど、今週の日曜にちょっと遠出して遊びに行かないか? チケットをもらったんだ」

 僕は我勇さんにもらったチケットをリュックから取りだし、テーブルの上に置いて静に見せる。

「これは何?」

「映画とかをテーマにしたテーマパークの入場券。小さい頃に一度だけ親に連れて行ってもらった事があるんだけど、正直あまり覚えてないんだ。静は行ったことある?」

「無いわね」

「じゃあ、行こうよ。予定があるなら別の日でもいいしさ」

「…………」

 静は無言のままチケットを見つめている。

「ここに行くと、なにか良いことがあるの?」

「良いことというか……遊びに行くってだけかな」

「なぜ遊ぶの?」

 なぜ遊ぶのと問われると、返す言葉が出てこないな……。遊ぶことの理由なんて考えたことがない。

「なんだろうな……普段の生活では味わえないことを体験できる……とか?」

「普段の生活では味わえない……。それは食べ物?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて、なんて言えばいいのかな……」

 遊びに行く場所の説明がこんなにも難しいものだとは思わなかった。僕は腕を組んでしばらく考え込む。

「いいわ。行きましょう」

「……えっ」

「行きたいのでしょう? 私が行くことにどういう意味があるのかは分かりませんが、刃月が私と行きたいというのであれば、断る理由はありません」

 どうやって説得しようか悩んでいる最中にいきなり了承されて、困惑してしまう。

「えっと、もし嫌だったら無理しなくてもいいよ?」

「行ったことのない場所なのですから、良いも嫌も私にはまだ無いわ。知らないものを知るのは悪いことではないですしね」

「そっか。じゃあ、行こう」

「ちなみに……そこには着物で行ったほうがいいのかしら?」

「いや……むしろ今みたいな普通の服でたのむ。白衣も無しな」

 静は目を閉じ、首を少し傾けて静流の考える仕草をする。

「そう……。よく分からない所ね」

「行けば分かるよ」

 静はテーマパークという物自体を知らない風だ。普段テレビとか見ていないのだろうか。一度くらいはCMを目にしてると思うのだけど。

 ふと部屋を見渡し、今さらながら気づいた事がある。

 この部屋にはテレビが無い。他の部屋にはあるのだろうか。

 もっとも、今はネットでも見られるから要らないのかもしれないけれど。

「よし、じゃあ片付けは僕がするよ」

 僕は立ち上がり、後片付けを始めた。

 その後、頑丈なロープを作れないか長々と意見交換し、九時過ぎに静邸を後にした。

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