七月⑥ 一瞬の邂逅
道路での騒動のあと、僕は携帯でシキナに連絡をとり、居場所を聞いてダッシュで二人がいる店に駆けつけた。
朱ちゃんとシキナが座っていたのは、大通りに面したビルの一階にあるオープンカフェの店内だった。この暑い時季にあえて外の席に座ろうという人はそうそういないようで、店内のほうが混んでいた。
人見知りの朱ちゃんのことだ。子猫のように萎縮しまくって震えているのではないかと心配していたのだが、いざ二人の元に来てみると普通に談笑していた。打ち解けるの、早ぇ……。
シキナのコミュ力ってもしかしてすごいのだろうか。
「はっつきー、遅いー!」
いつ名付けられたのか、よく分からないあだ名で呼ばれる。
二人は向かい合う形で四人掛けのテーブル席に座っていた。朱ちゃんが隣にずれて席を空けてくれたので、僕はシキナの向かいの席に座った。蒸し暑い中を走ってきたので汗だくだったが、店内の冷房のおかげで一気に汗がひいていく。
「これでも全力で走ってきたんだ……とりあえずなにか冷たい物が飲みたい。シキナ、おごってくれ」
僕は現在お金がない設定になっているから、シキナにおごってもらおう。
時給制のシキナと違い、成果報酬の契約になっている僕は、前回の即身仏の件で二百万という多額の報酬を受け取った。あの時はシキナにも迷惑をかけたから、本当は僕がおごりたい所ではあるが、今は無理なんだ。あきらめてくれ。
「私よりも貯金あるくせに、ケチ!」
「手持ちが無いんだから仕方ないだろ。今度なにかおごるよ」
おごる、という僕の言葉にシキナは満足げな笑みを浮かべる。
僕は店員を呼んでアイスティーを注文し、最初に出された水を一気飲みした。
「大丈夫? そんなに慌てて来なくてもよかったのに……」
朱ちゃんが僕を気遣ってくれる。
「いやまあ、いきなり初対面の子と長時間ふたりきりにさせるのは気が引けてさ……」
「あぁ……私もちょっと驚いたけどね」
本当に申し訳ないとしか言いようがない。
「そうだ、朱ちゃん。晩飯どうする?」
「そうそう、丁度その話をシキナさんとしてたの。ここのパンケーキも美味しいらしいから、それでお腹がふくれるかな〜って。空門くんも食べようよ」
「それってデザートじゃないのか……? まあ、なんでもいいや。シキナのおごりだし」
シキナがおしぼりを僕に投げてくる。僕はそれを手でキャッチした。
店員を呼び、追加でパンケーキを三つ注文した。
「シキナ、あとで話がある。今日は事務所に行ってもいいかな?」
ここ一週間ほど、特殊な仕事が入ったからといって事務所の出入りを禁止されていた。そのための確認だ。
「いいよ。さっきので仕事は終わったしね」
さっき?
朱ちゃんを連れ出したタイミングの良さは、やはり偶然では無かったのか。いますぐ詳細を聞きたいところだが、これ以上の話は朱ちゃんのいる前では出来ない。
「なになに? このあとどこかに行くの?」
朱ちゃんが僕とシキナの会話にくいついてくる。
「えっと、ちょっと仕事の話をね……。実はその、さっきはシキナの事を友達って言っちゃったけど、本当はバイト先の同僚なんだ」
咄嗟に嘘をついてしまったから誤解を解いておかないと。
「ひっどーい! 私の裸を見ておいて、友達じゃないなんて……!」
今度は僕がシキナに向かっておしぼりを投げるが、上体を下げてうまく躱される。
「誤解を招く発言をするな!」
「へぇ……じゃあ、見てないんだぁ?」
シキナは伊達メガネをずらし、僕を下から見上げるように見つめてくる。
「いや、だからあれは事故……だった……ろ……」
目を逸らしがてら朱ちゃんのほうに視線を向けると、朱ちゃんもジト目で僕を見ていた。
表現上の問題はあれど、シキナの言葉は事実を含んでいるので否定が出来ないのがつらいところだ。
僕はテーブルに突っ伏して頭を抱える。何でこんな目にあわないといけないんだ……。
「ふふっ」
隣から笑い声が聞こえた。
「……朱ちゃん?」
「実はね、そのへんの話は空門くんが来る前にシキナさんから聞いてたんだ。だから故意じゃないっていうのも知ってるよ」
からかわれていただけだったようだ。僕はシキナを睨むが、すぐに目を逸らされる。覚えてろよ。
「ねえねえ、シキナさん」
朱ちゃんはシキナに声をかける。
「なーに?」
「どうして私の事、知ってたの?」
「はっつきーからちっちゃくて可愛い赤毛の子がいるって聞いてたから、きっとこの子だろうなって思ったの!」
「えっ……!?」
朱ちゃんが顔を赤らめながら僕を見る。
そんなことひと言も言ってないわけだが……シキナ、ホントにお前はフリーダムすぎるぞ。なんでそうポンポンと嘘が出てくるんだ。
しかし、ここで否定してしまうと、なんだか朱ちゃんに申し訳ない気もするので、僕は目を逸らして無言を貫く。そんな僕に朱ちゃんは小声で言う。
「ちっちゃいは余計だよ?」
「いやまあ……うん、ごめん」
「フフフ。ちっちゃいは身長の事じゃ無かったりしてぇ」
またシキナが余計な一言を言った。
「シキナ。それ以上言うと、おごりは無しな」
「冗談よ、冗談、えっへへー!」
シキナは舌をだしておどけるが、朱ちゃんはシキナの言葉を真に受けたのか、耳まで赤くして俯いてしまった。さて、シキナへの罰は何がいいだろうかと真剣に考えていると、突然人影が僕達のテーブル席の前で止まる。
その人影は、シキナの頭頂部に加減のないゲンコツを落とす。
「ぃいっ……たあああああああいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
全力でゲンコツをシキナに決めたのは、いつもの黒いスーツに身を包んだ我勇さんだった。
「おう、あんまりハメを外すなって言ったよなぁ、シキナ」
「ふ……不意打ちは……ずるい……」
シキナは両手で頭を抑え、涙を浮かべる。
「おら、帰るぞ」
ポカーンとなる僕と朱ちゃんには目もくれず、我勇さんはテーブルに一万円札を一枚置くと、シキナの腕を掴み、引きずるようにして出て行ったのだった。
「ナナお兄ちゃん……?」
朱ちゃんがつぶやく。
お兄ちゃん……?
「おまたせしました」
パンケーキとアイスティーを運んできた店員の登場により、疑問を口にするタイミングを逸してしまった。
テーブルに並べられた三つのパンケーキを前に、僕達は苦笑いを浮かべる。
「また三つになっちゃったね……」
「ん……今度は僕が二個食べるよ……お腹空いてるし」
「……うん」
「…………」
会話の糸口が見いだせないまま、沈黙が訪れる。とりあえず謝罪だけしておこう。
「なんかいろいろとごめん。次会った時に怒っとく」
僕はそう言うとパンケーキを一口ほおばり、一緒に運ばれてきたアイスティーと一緒に胃に流し込む。
「ううん、別にそんな……。シキナさんてすごく綺麗な子だったね。同姓の私でもなんだかドキドキしちゃったよ」
「あいつの場合は中身に問題がありすぎだ」
「そうかな……? なんかすごく気を遣ってくれて、ずっと話しかけてくれてたよ」
「気を遣ってるってより、あいつの場合はそれがデフォってだけだよ。いつも無駄に元気だからさ」
「ふぅん……」
シキナと出会ってまだ一ヶ月くらいだけど、こんなに早く毒づけるようになるとは自分でも思っていなかった。事務所に顔を出したらなにかしら絡んでくるし、遊びに連れていけ、ご飯おごれと言うしで、きつめのつっこみや適当にあしらうことに慣れてしまった。
「さっきの……痛そうだったね」
「うん……あんなゲンコツ、出来れば一生くらいたくないものだな……」
朱ちゃんはコクコクとうなずくと、時計を見ながら言う。
「八時すぎちゃった……ね。食べ終わったら帰ろっか」
「そうだな。お金も置いていってくれたし、遠慮なく使わせてもらおう」
「ねえ、さっきの人、お知り合い……だよね?」
「うん、まあ」
「……そっか」
さすがにあんな風に去られては、紹介のしようがない。一般人には関わらないつもりなのだろうか。ならば、僕が言える事も無い。あくまでもただの知り合い、だ。
そういえば、さっき朱ちゃんが気になる言葉を口にしていたような。
「朱ちゃんこそ、知り合いじゃない……よね? さっきお兄ちゃんとか、つぶやいていなかったっけ?」
「えっ、あ、ううん、人違い! うん!」
朱ちゃんは首を横に振る。
「ふぅん……」
本人が人違いと言うのなら、そうなのだろう。
僕はそれ以上追求せず、二人分のパンケーキをたいらげ、朱ちゃんを寮まで送ったあと帰路についた。
今日の出来事を頭の中で少し整理したかったので、事務所に行くのは明日にした。




