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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月② カラオケは食べ物屋

「いや―、歌った歌った」

「パフェ美味しかった~」

 同じ場所で遊んでいたとは思えない、バラバラな感想を述べるふたり。

 有耶あやは歌いすぎ! マイクを離せ。声が枯れるまで歌うな。

 しゅうちゃんは食べ過ぎ! パフェを五個も注文するとは思わなかった。これだけ食べてなぜ太らないのか、不思議で仕方がない。

 会計を済ませて店を出ると、日が沈みかけていた。時計を見ると、夜の七時前だ。

「朱ちゃん、寮の門限って何時だっけ?」

「八時だから全然オッケ―だよ。ここからなら歩いて五分くらいだし」

「そっか。有耶も大丈夫?」

「遅くなるってメ―ルしといたから問題なし」

 僕が有耶、朱ちゃん、と親しげに呼んでいるのは、単純にふたりに影響されたから。最初は苗字で呼んでいたのだが、ふたりがお互いをそう呼び合っているのを聞いているうちに、いつしか僕もそう呼ぶようになっていた。僕は案外、影響されやすい質なのかもしれない。

「さて、どうするか」

 僕のつぶやきに、ふたりが顔を見合わせる。

「いや、まだ多少は明るいけど一応さ。先に朱ちゃんを送ってから有耶でいい?」

 そう言うと、有耶はおもむろに一歩下がって僕と朱ちゃんの背中を同時に押した。

「ほら、駅は目の前。地元の駅に着いたらお父さんが車で迎えに来てくれるから、あんたは朱ちゃんをしっかり護衛しなさい」

「あ、私は大丈夫だよ。自分の身は自分で守れます!」

 朱ちゃんは自信満々に言う。この小さい体のどこに、そんな自信の根拠が詰まっているのだろう。

 少し考え、有耶とはここで別れて寮に向かうことにした。実際に駅は目の前だし、迎えも来るなら有耶の方は問題ないだろう。

「分かった。朱ちゃんを送っていくよ」

 僕の言葉にうなずく有耶。

「よろしく! じゃあ、また月曜にね。バイバイ」

 手を振りながら、小走りに駅の構内に入っていく有耶を見届け、僕と朱ちゃんは寮に向かった。

 ふたりきりになったとたん、お互いに無言になる。基本的に僕たち三人は、有耶の話を起点として会話することが多い。その起点が無い場合は、当然無言になってしまう。

 もともと僕は会話のない無言の空気が嫌いではない。しかし、なにかしらしゃべっていないと空気が重い、きまずいと感じる人のほうが世間的には多いようだ。おそらく朱ちゃんもそうなのだろう。妙にぎこちなく視線を漂わせ、会話のネタを探している風だ。仕方が無いから適当に話を振ってみる。

「テスト、どうだった?」

「ん―、例に漏れず、英語以外はそこそこな気がする……」

「そこそこ、ねえ。一年の頃は英語以外は全部ダメな気がするってよく嘆いていたし、進歩したのか」

「そりゃあ、努力は常にしてますからね~」

「えらいえらい。無意識にでる英語もだいぶ減ったよな」

「ふふふ。やっぱり寮生活のおかげなのかな。最初は寂しかったけど、家を出て正解だったかも。実家だと、会話が全部英語だったから、どうしても切り替えきれなかった部分があって。今は逆に英語なんて授業中しか聞かなくなったからね」

「なるほどね」

空門そらかどくんはどうだったの?」

「英語以外はそこそこ」

 朱ちゃんの場合の英語以外とは、英語が百点で、それ以外がそこそこという意味だ。僕の場合は、英語が欠点ギリギリで、それ以外がそこそこ。同じ言葉でも、その意味あいはまったく異なる。

「しょうがないなぁ。期末テストの時は、英語の個人レッスンをしてあげましょう」

「お、それは助かるな。じゃあ僕はお返しに国語の先生にでもなるか」

「フフッ」

 朱ちゃんが口元を手で隠し、含み笑いをした。なにかをたくらんでいるのだろうかと、いぶかしむ視線を送ると、「なんでもな―い」と言いながら、歩く速度を上げて僕の少し前を歩き出した。おかげで表情を読み取ることが出来なくなってしまったが、心なしか声が弾んでいた気がした。

 そこからまたしばらく無言になり、ようやく寮が見えてきた、その時だった。

 全身に悪寒が走り、僕は立ち止まる。恐怖を伴った感情が僕の中に突然入ってきて、そして通り過ぎていった。形のない、ただ漠然とした恐怖の感情が『タスケテ』という言葉になって僕の脳内にこだまする。そこでようやく声と認識できるようになる。

 僕だけに聞こえる声、救いを求める心の叫び。

「空門くん?」

 立ち止まっていることに気づいた朱ちゃんが、僕の元に引き返してくる。

「ここまで来れば、もう大丈夫だよね?」

 僕は一応の確認をとる。

「えっ、あ、うん。それは大丈夫だけど……どうかした?」

「困っている人がいる。ちょっと行ってくるよ」

 近所のコンビニにでも行くような軽い調子で言い、僕は駆け出した。

「あっ……無理しちゃ駄目だよ! 危険だなって思ったら連絡してね! すぐに駆けつけるから!」

 多くを語らなくても察してくれるのがありがたい。朱ちゃんの言葉を背中に聞きながら、僕は手だけで別れの挨拶をし、振り返ることなく走る。

 僕は声の元に急ぐ。そもそも、声とはなんだ?

 正直なところ、僕自身も正確には把握していない。中学に上がった頃から、聞こえるようになった。そして、声と一緒に、場所のイメ―ジも見える。知らない道なのに、どう向かえばいいのか分かってしまう。

 初めてその声が聞こえ、そして見えた時、それが何かもわからずに無我夢中で声の位置に向かった。たどり着くと、そこには二人の男性が地面に倒れていて、すでに血の海になっていた。僕はわけがわからないまま、震える手で携帯電話を操作し、救急車を呼んだ。覚えているのはそこまで。目の前の光景が母の事件をフラッシュバックさせ、僕は気を失った。

 あとで刑事さんに聞いた話によると、男性二人は四人ほどの若者に絡まれ、鉄の棒で殴られて意識を失っていたらしい。裏道で人通りの少ない場所だったから、僕があのタイミングで救急車を呼ばなかったら、二人とも死んでいたかもしれないと言われた。

 僕の行動が命を救った。それが、その時はとてもうれしく感じた。

 なぜ僕があそこにいたのかを聞かれた時、答えることが出来なかった。正直に話しても、分かってもらえるとは思えなかったから。

 それ以来、数週間に一度位の割合で、そういった声が聞こえるようになった。その都度、僕は声の元に駆けつけた。そうすることが正解であり、あたりまえのように感じて。そして、その全てが同じような場面だった。時には、すでに暴行が行われた後であったり、時には暴行の最中であったり。

 中学生になったばかりの僕に出来ることなんて、たかが知れている。警察を呼んだ! と言って暴行を止める事くらいだ。どうしても逮捕には結びつけることが出来なかった。その場はなんとかなったとしても、逃げられては意味がない。そういう輩を野放しにしている状況が我慢できなかった。だから力の必要性を強く感じ、筋トレを始め、戦い方も独学で勉強した。

 なぜ独学かといえば、へたに道場なんかに入ってしまうと、素人には手を出すなというル―ルに縛られて、逆に何も出来なくなる気がして嫌だったから。

 警察を待つ時間がないなら、僕自身で捕らえるしかない。その行動は、時に僕自身も危険な目に会う事になり、怪我をするケ―スも増えた。それでも実戦は何にも代え難い貴重な経験だった。僕は少しずつ、でも確実に強くなっていき、逆に過剰防衛として補導され、怒られる事もあった。

 学校には知らせず、怒られるだけで済んだのは、母が死んだ事件の時に、いろいろと世話をしてくれた刑事さんが手回しをしてくれたおかげだ。その刑事さんとの再会が、僕が補導された場面だったのだからとても気まずかったが。

 それでも、その刑事さんだけは僕を責めることはしなかった。たとえ誰かを守る為であっても、憎しみに任せて暴力を振るってはいけないと優しく諭してくれた。

 僕は無意識のうちに、母を殺した犯人に顔をダブらせて、復讐をしていただけだったのかもしれない。それからは、ちゃんと力の加減をするようになった。

 そんな不思議な事が僕の生活に追加されて二年ほどが過ぎた頃、ようやくその法則性のような物に気がついた。約二週間間隔、もしくは一ヶ月、二ヶ月間隔で、声が聞こえていた。偶然にそういう間隔で、僕の身の回りでなにかしらの事件が起こっているのかと思ったが、違った。同じような事件があっても僕は気づかず、後になってニュ―スで知った時もある。聞こえる時と聞こえない時の差は何か。いろいろと考えた末に導き出された答えは──月齢だ。

 満月、もしくは新月の日だけ、僕は救いを求める声を拾うことが出来ている事に気がついた。そして今日は、その法則が正しいと証明するかのように──新月である。

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