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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第二章 神葬り(かむはぶり)との出会い方
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六月⑥ 忍の少女

 六月に入って三日目の水曜日。初めての仕事が始まって二日目。

 蝋燭ろうそくの灯りだけが照らす木造のほこらの中でひとり、即身仏と対面する位置で椅子に座っていた。昨日シキナが用意してくれた折りたたみ式の椅子だ。

 僕は二つのことを考えていた。

 まずひとつは、しゅうちゃんからメールが来ない事。

 有耶あやにも返信がないらしい。

 僕のほうからメールを送ったのは昨日が初めてだったけど、送られてきたメールに返事をするくらいの事はしていた。そんな僕からの返事だけのメールに対しても、朱ちゃんは必ずメールを返してくれた。本人曰く、送られて終わるのが嫌なんだそうな。自分で送って終わるのが朱ちゃんなりのこだわりらしい。

 そんな朱ちゃんが、僕だけならいざしらず、有耶にも返信していないというのだから、どれほどひどい風邪なのかと心配になる。とはいえ、またメールを送るのは何か返事を催促しているみたいで、それも抵抗がある。

 有耶にはパフェ屋に行って写真を撮り、それを送れと言われたが、それもやりすぎだろ、と思ったり。

 明日も学校を休んでいたら、放課後に電話でもしてみよう。朱ちゃんの件はそんな結論がでた。

 では、もうひとつの考え事。

 昨日のシキナの件である。

 シキナがコンタクトレンズを外した直後、我勇さんから電話があり、さっさと帰れと促された。それ以上は聞くなという警告のように感じて、会話を打ち切ってすぐ帰路についた。

 とはいえ、あんなことを聞かされ、そして見せられては気になって仕方がない。

 人間ではない。シキナはそう断言した。では、何者なのか。

 宇宙人?

 地底人?

 僕の貧相な想像力ではこのくらいが限界だ。

 もう少し細かく分析してみよう。

 まずは初めて会った洗面所での出来事を思い出す。あの時、確かに瞳が赤かった。明るい照明の下だったから、昨日ほど眩しくは感じなかったけれど、確かに赤かった。

 そして髪だ。光輪が無かったのを覚えている。だから黒よりもさらに暗い、そんな感想を抱いた。光を反射させず、まるで髪自身が光を吸い込んでしまったかのような……墨で塗っただけのようなまったく艶のない髪。ヘアカラーで再現できるものだろうか。

 次に、肌の色。一度も日の光を浴びたことがないのではないかと思える透き通った白い肌。

 光を浴びない環境とは、どんなものだろうか。

 そういえば、我勇さんの事務所には窓が一つも無かったっけ。

 今日の交代の時に昨日の続きでも聞いてみよう。

 そんなこんなを考えながら、そろそろシキナが来る時間だろうかと時間を確認すると、夜の九時半を回ったところだった。あと三十分。たぶんまた我勇さんからの電話で会話を遮られそうだから、聞くべき事の優先順位を決めておこう。

 まず最初に聞くべきは──

「なぜこんなところにいるの?」

 それは、あまりにも唐突すぎる声だった。扉は開いていない。にもかかわらず、僕のすぐ後ろから声が聞こえてきた。微妙にくぐもった女性の声が。

 僕は立ち上がりながら後ろに視線を向ける。そこには、黒装束に身を包んだ人影がひとつ。フードのようなものを深く被り、口元はマフラーのような物で覆われている。そのシルエットを見た第一印象は、いかにも時代劇にでてきそうな「忍者」だった。背中には、刀の柄のような物まで見える。

 疑問はいくつかある。

 この女忍者の僕への問いかけの意味はなんだ? なぜここにいる、と言ったか。

 どうやってこの部屋に入った? 出入り口は一つだけだ。我勇さんと入れ替わる形で入ってからは一度も開いていない。

 何者なのかも分からない。

 しかし、フードとマフラーのせいで顔は全く見えないが、敵意だけは明確に感じることが出来る。

「誰だ?」

 僕は自分を冷静にするために、あえて静かな口調で問いかけた。

「質問に質問で返さないで。なぜあなたがここにいるのかを聞いているの」

 まるで僕の事を知っているかのような口調で問いかけてくる。まさか刃月はつきとしての僕の事ではないだろうし、おそらくエッジの事をニュースで見たことがあるのだろう。向こうはエッジの事を知っている。こっちは向こうの事を何も知らない。あまりにも不利な状況でこちらから情報を与えるのは危険と判断し、なんとか情報を引き出そうと試みる。

「君が何者なのか分からない状況では、その質問に答えられない。君は誰で、何のためにここへ来た? どうやって入った?」

「質問だらけね。いいわ。どれかひとつだけ答えてあげる。その代わり、あなたも答えて。さあ、どれがいいの?」

 ひとつ、か……。一番聞かないといけないこと──まずは目的を知ることだ。

「何のためにここへ来た?」

「そこにいる僧侶を成仏させるために来たわ」

 成仏……? あの声はこの事を指していたの……か?

「次はあなたの番よ」

「……即身仏を守るためにここにいる」

 僕は正直に答えた。漠然とではあるが相手の目的が分かった以上、隠す必要も無い。

「そう……何のために守るの?」

 女忍者の質問の意図が分からず、言葉に詰まる。何のために守る? そもそも、成仏させるためとはなんだ?

「即身仏が助けを求めている。だから守る」

「助けを……。だったら目的は同じね」

「同じなものか」

「同じよ。即身仏に寄り添う沢山の魂が、成仏したがっている。だから、楽にしてあげるために、私は来たのよ。永遠にここに縛りつけられた魂を救いに来たの。助けに──来たのよ」

 まてまてまて。

 なんだ? 何を言っているんだ?

 あの声は、そういう意味だったというのか?

 成仏したいという声だったと?

「だから……邪魔をしないで」

 そう言い終わった瞬間、女忍者の姿が消えた。文字通り、消滅した。

 僕の背後で抜刀ばっとうの音が聞こえ、慌てて振り返る。見えたのは、女忍者の背中だった。

 いつのまに!? そんな疑問を抱く暇もない。女忍者はすでに背中の刀を抜き、今にも即身仏に斬りかかろうとしている。僕の体は思考よりも先に動いていた。

 僕はかたなに目掛けて全力で一歩を踏み出し、即身仏にかたなが当たる寸前で女忍者のかたなを掴む。奥の壁に足を向けて勢いを殺すつもりだったが、勢いが強すぎたのか、両足が壁を突き破ってしまった。身動きがとれなくなったが、かたなは放さない。スーツのおかげで、やいばの部分を持っても問題無い。

「やめろ! ちょっと待て!」

「邪魔をしないでと言ったはずよ」

「だから、待ってくれ! まだ話の途中だ!」

「途中?」

「もっと詳しく聞かせてくれ! なんか……ひっかかるんだよ」

「……確かにあなたは今、壁に引っかかっているわね」

 見方によっては壁に張り付いているようにも見えるが、実際は女忍者の言うとおり、引っかかっているだけなので格好がつかない。

「いや、そういう意味じゃなくて、成仏とか、そういう話の事だ」

「…………」

 表情は見えないが、迷っている気配がかたなごしに感じられた。

「命がかかっているんだ。もし間違っていたら、取り返しがつかないんだぞ」

「つくわ」

「えっ……?」

 予想外の即答に、一瞬あっけにとられる。

「道の事を言っているのでしょ? それならちゃんと考えているわ」

「どういう意味だ?」

「成仏させた後、私がかわりに道の番人になる。私にはそういう力があるから」

 道。道ってなんだっけ。我勇さんの言葉を思い出す。この世界と隠世かくりよを繋ぐ道だったか。それを塞ぐ事を目的に、即身仏になった。その代わりになるということは……。

「君が即身仏になるっていうのか?」

「厳密には違うけれど、結果は同じよ。私は自分の意思でいつでも隠世かくりよに行けるから、そんな数年もかかる苦行を必要としないわ」

「やっぱり待った!」

「…………?」

「もし本当に君の言うとおり、即身仏が成仏を望んでいるのだとしても……そのあとに君が代わりになったら君が犠牲になるってことだろ?」

「犠牲って何よ?」

「ああもう、話がかみ合わない! とにかく、そういう話をちゃんとしたいんだ。詳しく聞かせてくれ! お願いだ!」

 もうやけくそである。理屈も何もない、ただのお願い。冷静になって考えたい事があるんだ。必要なら頭だって下げてやる。

「頼む! 納得できれば、絶対に邪魔はしないと約束する!」

「…………」

 祈る思いで女忍者の返答を待つ。もし駄目なら、力づくで止めるしかない。

 しばしの沈黙の後、ようやく返答が返ってきた。

「……いいわ。少しだけ時間をあげる。かたなを放してくれる?」

「駄目だ。話が終わるまで、僕が預かる」

「だったら、破談ね」

「その代わり、僕はこの場を離れる。外で君が来るのを待つ。かたななんて無くても、ミイラひとつ壊すことくらい出来るだろ? 君を信じるからこの場を離れるんだ。君も僕を信じてくれ」

「よく分からない理屈ね。信用できないからかたなを奪いたいのでしょ?」

「あれ……? そうなるのか……えっと、そうじゃなくて、かたなってなにか危ないイメージがあるというか……、実際危ないか、いや、そういうことじゃなくて……」

 自分でもよく分からなくなってきた。刃物へのトラウマはまだ完全には払拭できていないのかもしれない。他人が持つ刃物はものに対し無意識に危険視してしまっているようだ。

「ふふっ」

 突然女忍者が控えめに笑う。しどろもどろになってしまった僕は、壁に足を突っ込んでいる格好も相まって、さぞかし滑稽に見えるのだろう。

「面白い人ね。……いいわ」

 そう言うと、かたなから手を離して後ろに下がっていった。

「手、怪我してない? 早く柄に持ち替えないと……良く切れる業物わざものよ?」

「ああ、大丈夫。体は頑丈なんだ」

 とはいえ、やはりやいばは苦手だから、柄に持ち替える。片手で体をささえながら壁からも抜け出し、即身仏のすぐ横をおそるおそる通ってようやく安堵の溜息を漏らす。

かたな……大切なものだから壊さないでよ」

業物わざものってさっき言ってたけど、名前とかあるの?」

「ええ。この場に相応しい名前よ」

「へぇ……なんていうんだい?」

 女忍者は一瞬間をおき、言った。

「──神葬かむはぶり」

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