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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第二章 神葬り(かむはぶり)との出会い方
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六月① コスプレ君

 五月が終わり、学生服が一斉に夏服へと切り替わった。

 夏服冬服どちらでもいい期間が設けられていたので、僕や風葉有耶かざはあやを含む一部の生徒はすでに夏服に切り替えていたが、夜凪朱姫やなぎしゅきしゅうちゃんは寒がりなので冬服のままだった。僕が教室に入ると、後ろにある荷物入れで教科書の入れ替えをしていたらしき朱ちゃんが声をかけてきてくれたが、制服の変化でなんだか新鮮に感じる。

「おっはよ〜!」

「お、新しい朱ちゃんだ」

空門そらかどくんも先週は違和感あったよ?」

「見慣れた格好から急に変わると別人に感じるな。髪も少し短くした?」

「あ、気づいてくれたんだっ……や、やるわね!」

「意味の分からない返しをするな」

「だって、有耶あやってば気づいてくれなかったのよ!」

 僕は席につくと、右隣の席に有耶がいない事に気がついた。

「あれ、そういや有耶は?」

「古典の教科書を忘れたとかで、隣のクラスに借りにいってるよ」

「……なるほど」

「ねねね、空門そらかどくん」

 朱ちゃんは有耶の席に座り、食い入るように僕の顔をまじまじと見つめてくる。

「ん?」

「昨日のニュース、見た?」

「ニュース?」

「ほら、これこれ」

 そう言いながら朱ちゃんは有耶の席の端末を起動し、ニュースサイトを表示させる。

 沢山あるニュースの中からひとつを拡大表示。そのニュースの見出しはこうだ。

『本物? トリック? 謎の男、六十階から転落の少女を救出』

 昨日の夜と今朝、散々見たニュースであり、なにより僕自身のニュースでもあるのだから知らないはずがない。だからといって、これは僕だと言えるわけもないわけで。

「ああ、見たよ」

 と、とりあえず無難な答えを返す。

「これ、どう思う? クラス中で話題になってるよ」

「どうって?」

「普通に考えれば、ありえない事じゃない? 六十階から落ちて平気なんて」

「ああ、まあそうだな」

「でも、実際に見た人がいっぱいいて、動画もいっぱいアップされててさ」

「逆に聞くけど、朱ちゃんはどう思う?」

「んー……なにかの映画のプロモーションかなーとか? だって、あらかじめ女の子が落ちてくるって分かってる状況なんてありえないでしょ?」

「だからって、トリック的な物はまだ見つかってないんだろ?」

「んー、そうなんだよね。ビルの中にいた強盗も捕まえたって話もあるし……これは、空門くんのライバル登場!?」

「僕は誰とも競うつもりは無いけど。そもそも僕はヒーローでもなんでも無いわけだし」

 平静を装ってはいるものの、ついポロっと余計なことを言ってしまわないか、ボロを出さないか内心ではドキドキしていた。当人しか知り得ない情報は絶対に出してはいけない。とぼけて通すというのは案外難しいものだと痛感する。

「なんか近くにいた人が、名前らしいものを聞いたって記事もあるよね」

「へぇ」

「ほら、これ。エッジって呼ばれてたって」

 おそらく僕に声をかけてきたおじさんが取材されたのだろう。しずかにしても、そのおじさんにわざと聞かせるように言っていた節がある。あんな芝居がかった言葉でも、ちゃんと我勇がゆうさんの目論み通りになっている訳か……。確かにあまり気色のいい話では無い、な。

「お、いたいた。おっはよ〜」

「おはよ」

 ちゃんと借りることができたようで、有耶が古典の教科書を手に持って僕達の所にやってくる。

 朱ちゃんと有耶がひとつの椅子を半分ずつ使って器用に座る。体半分ほど僕のほうに押し出された格好の朱ちゃんが有耶の左腕にしがみついた。

「ん〜、朱ちゃんはいつ見てもかわいいな〜もっとしがみついてもいいのよ」

「よく言うわよ、髪切ったの気づかなかったくせに〜」

「ん? 気づいてるわよ?」

 心外だと言わんばかりに有耶が答える。

「あれ?」

「空門に一番に気づかせてあげようという親心じゃな──」

「ちょ、ちょっと!」

 なぜか動揺する素振そぶりを見せる朱ちゃん。有耶がなだめるように頭を撫でる。

「照れちゃって、ほんとにかわいいな〜よしよし」

「犬扱いしないの!」

 またいつものじゃれあいが始まったので、僕はふたりを放置して自分の席の端末でニュースに目を通す。我勇さんの思惑通りに事が進んでいるならば、そろそろ新しい情報がでている頃だ。

 朝七時になった時点でどんな仕事でも請け負うなんでも屋、ラストリゾートのサイト内にエッジへの依頼専用バナーが表示される予定である事を昨夜聞いた。誰かがそれを見つけ、ネット上の匿名掲示板サイトに書き込むだろう。それをマスコミが嗅ぎつけ、ニュースになるのが今くらいの時間だそうな。

 リンクを辿っていくと、関連ニュースにラストリゾートの名前が出てきた。

「あ、そうだ! 隣のクラスで聞いたんだけどさ、どこかのサイトに昨日のコスプレ君のページがあるんだって!」

 突然有耶が声を上げる。コスプレ君とか言うな。

「これだろ? 僕も今見つけた」

「あ、そうそう、こんな名前言ってたよ。ラスト……リゾートとかいう会社」

 丁度いいタイミングだったので、話を合わせがてら今開いたサイトを拡大して二人に見せる。

「せっかくだからどんなとこか見てみようよ」

 朱ちゃんが興味津々だ。

 ワード検索を使って直接ラストリゾートのサイトにアクセスする。控えめに小さくエッジのバストアップ写真が載っていた。

 覗き込んできた有耶が読み上げる。

「んー、なになに……犬猫、人捜し。水や電気のトラブル。ハチや白アリなどの害虫退治など、二四時間全世界即対応、ねぇ。ちょっとどんな事を頼めるのか検索してみなよ」

「検索って、何するよ?」

「なんだろ。うーん。ストーカーから守って、とかどう?」

「はいはい」

 有耶に言われるまま、サイト内で検索をかけてみる。アマ○ンで商品を検索するように、今困っている事を検索する感じか。

 住んでいる町を聞かれたので入力すると、近場の警備会社や探偵事務所が数件表示された。

「へぇ……ここで料金とかの詳細を見て依頼したい所を選ぶのね」

 静が言っていた言葉を思い出す。我勇さん達が自分で動くことはめったにない、と。だから常になにかしらの専門職を求めている。では逆に、彼らが直接動かないといけないケースとはどういったものなのだろうか。その問いを昨夜の食事後に直接投げかけた。帰ってきた答えは──

「俺やシキナじゃなきゃ出来ない仕事だ。たとえば──殺された子供の復讐をしたい、とかな。大抵のやつは見積もりの金額を見て諦めるがな。あとはオカルトのたぐいだな」

 復讐──具体的にどんな事をするのか気にはなったが、そこまで踏み込んでいいのか迷い、結局聞けずに終わった。

 どんな依頼にも応える。なんでも屋。なんでも──それは、たとえば人を殺すような仕事も含んでいるのだろうか。もし肯定されてしまったら──そう考えると、聞くのが怖くなったのだ。

「どうしたの? 空門くん? なんだか難しい顔してる」

 考え事をしていた僕に朱ちゃんが声をかけてくれる。

「ああ、ごめん。なんだっけ」

「コスプレ君のページ見てみようよ!」

「コスプレ言うなよ……」

 思わず苦笑いしてしまう。そんな名前で定着してほしくないものだ。

「じゃあ……ミスターエッジ」

「無駄に紳士っぽくなったぞ」

 とりあえず朱ちゃんと有耶が興味津々なので、ページを進めてみる。エッジ専用ページには、エッジに関するデータが羅列してあり、こういう仕事なら可能です的なリストもあった。そして、取材は一切受けませんとの注意書きも。

 しかし、パワーやスピードの情報なんて開示していいのだろうか。というか、僕でもこんな詳細な数字は知らないぞ。静から情報を提供してもらったのだろうか。

「スペック、えっと、数字だけ見てたら、ホントに映画のヒーローみたいだね。リアリティが無いというか……」

 微妙に日本語らしい言い回しに修正しつつ、朱ちゃんが感想を述べる。

「でもさ、私も今朝テレビで動画見たけど、十階くらいのビルにほんとに飛んでっちゃってたよね。中の人……正体が気になるわ。人間じゃ無かったりして?」

 有耶は中身に興味津々のようだ。

 僕が余計なことを自分から言わなければ、正体がばれることはまず無い。知らないフリをしているだけで、嘘をついているわけでもない。だから、罪悪感のようなものは今のところ感じないけれど……もしもエッジの正体が僕じゃないかとストレートに聞かれたら、僕はどんな答えを返すだろう。はっきり「違う」という「嘘」を言えるのだろうか。

 おそらく──平気で嘘をつくことは出来ない。きっと平気ではなく、罪悪感にさいなまれながら嘘をつくだろう。そんな思いはしたくないから、怪しまれるような行動は絶対にしない。これに尽きる。

 朱ちゃんと有耶がサイトを見るのに夢中になっているので、少し教室内を見渡してみる。仲のいいグループがいくつか輪になって検証サイトや動画を見てもりあがっている。

 もし動画という動かぬ証拠が無かったら、噂や都市伝説で終わっていたかもしれない。

 我勇さんの目論み通り、エッジの名は一日もしないうちに日本中に知れ渡り、ラストリゾートの知名度も上がった。

 昨日の僕の気苦労を考えれば、見返りとしては十分ではあるが……人が死ぬかもしれない、そんな思いはもう二度と御免だ。静を助けることが出来て本当によかったと思う。

「あ、そういえばさ。ビル内……展望台だっけ、そこにいた強盗を捕まえたっていう話もあるじゃない? 目撃者が言うには、透明人間みたいだったって。なんで姿を消してたんだろ。ていうか、透明になれるってすごいよね」

 有耶が昨日の件を検証し始める。

「強盗からしたら、相手が見えないのはやっぱり驚異なんじゃない? 落下中の子を助けたのは、姿を隠す必要性がないから……とかかな? 強盗がいた場所と女の子の転落に関連性が無いのが謎だけど……」

 有耶の疑問に対し、朱ちゃんが推理する。しかし、残念ながら正解とは言い難い。

 詳細を知っている方からすれば簡単な話だ。強盗退治は静がやった。僕の手柄にするために姿を隠していたにすぎない。

 落下した静を助ける際に姿を隠していなかったのは、確かにそのとおり。隠す必要が特にない状況だったし、そもそも切り替える余裕も僕には無かっただけの話だ。

「透明人間にもなれるコスプレ君かぁ。もし私が透明になれたら、まずは朱ちゃんのお風呂に忍びこんで……」

「有耶、あのね。たぶんだけど、透明になったからといって、戸締まりされた、いわば密閉空間ともいうべき私の部屋に侵入するのは難しいと思うよ?」

「そっか、壁をすり抜けられる訳じゃないのか」

「まあ、人によっては出来なくは無いとは思うけど……」

「人によって?」

「あ、なんでもない。独り言。気にしないで」

 朱ちゃんが何か意味深な発言をするが、有耶は特に気にした風でもなく聞き流し、率直な感想を述べる。

「どっちにしても、透明になれて空高く跳べて、なんだか楽しそう。おまけに朱ちゃんのお風呂を──」

 いや、率直すぎるだろ。

「ねえねえ、有耶。なんで私のお風呂を覗くことが前提になっているのかな? 女同士なんだから普通に一緒に入ればいいだけじゃない?」

「なんていうのかなー、こう、背徳感のある極限の状況でこそ人間の真の欲望は満たされるというか──」

「ちょっと身の危険を感じるから警察に電話するね」

 そういうネタは僕のいないところでやってもらいたいものだ。どうにも絡みにくい。

 ふたりを無視してサイトに目を通していると、予鈴が鳴った。

 今日の放課後は静の家に寄って、昨日提案されたワイヤー機能を追加したスーツを受け取る予定だ。その前に我勇さんの事務所に寄って、どれだけの反響があったのか、僕への仕事は来たのか、聞きに行こう。

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