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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月⑩ 拡散

 しずかが後ろに体重を乗せ始めた瞬間に僕の体は動き始めていた。

 ヘリポートを囲む柵に飛び乗り、そこから静の立っている細い足場に飛び移る。スーツのおかげで常人よりも素早く動ける分、静の動きがスローモーションのように見える。それでも、思考に費やす余裕など一秒も無い。

 静の立っていた場所についた時には、すでに静の体は完全に宙に浮いていて、体は上下逆になっている。僕は静の足に向かって手を伸ばす。

 間に合ってくれ!

 そんな祈りなんて誰も叶えてくれるはずもなく、僕の手は虚しく宙を掴む。

 追いかけるしかない。地上に着くまでに捕らえ、最低限の衝撃で着地するしか静を救う術がない。

 問題は降りる際の力加減だ。落下速度が速すぎたら、着地時の衝撃に静の体が耐える事が出来ない。かといって遅すぎたら静に追いつけない。

 計算している時間などあるわけもなく、自分の感覚を信じるしかない。手と足で壁を蹴り、角度と速度を調整して静の後を追って飛び降りた。

 理想は最低でも二十階までの位置で接触し、そこから飛膜頼りの減速をかけて足から着地。もし下に人がいたら……そんな最悪な事態が一瞬脳裏をよぎる。

「なんとかする!」

 自分に言い聞かせるように一声叫ぶ。

 静の姿がどんどん大きく見えてくる。予想よりも早い。

 跳躍時に二倍ほどの距離になる機能が、下方向にも有効だという事を失念していた結果だ。

 とはいえ、間に合わないよりはずっといい。早くに姿勢を制御できるのだからむしろ好都合というものだ。

 静の落下の軌道を完全に再現するのはさすがに無理があったようで、少し位置がずれてしまっている。手を伸ばせば届きそうな距離になった所で静に呼びかける。

「手を伸ばしてくれ!」

 しかし静は反応しない。目は閉じられていて、手足には全く力が入っていない。気を失ってしまったのだろうか。

 完全に追いつき、そのまま追い越してしまいそうになったところで僕は必死に手を伸ばし、なんとか静の着る白衣を掴むことに成功した。白衣をたぐり寄せ、静の体を抱きかかえる。

「ふぅ……」

 思わず安堵の息が漏れる。

 さあ、あとは減速だ。このままの速度で着地すれば、生身の静の体は耐える事が出来ない。

 体のバランスを保つためには静を抱き抱えたままではいられない。僕は静の手を持ち、両手両足を広げて僕自身の体をパラシュートの代わりにして減速を試みる。

 落下速度が落ち、手だけで繋がっていた静の体が下に投げ出される格好になった。静の肩の骨が外れる感触が伝わってくる。罪悪感を感じつつも、いまは命を救うことを最優先に考え着地に集中する。

 地面が迫ってきた。不思議と歩道に人影はない。だが、少し視界を広げ周りを見てみると、けっこうな人だかりが出来ていて僕達を見ている事に気がついた。

 どういうことだ? 落下中の人間をこうも沢山の人間が瞬時に発見できるものか? 落ちてこいと言わんばかりに、ぽっかりと空いた空間に違和感を覚える。

 考えるのは後だ。とにかく今は着地に集中しよう。

 僕はもう一度静の体を引き寄せて抱きかかえ、体を起こして着地の体勢に入る。足先が地面に触れる。静を抱え込む上半身を地面すれすれまで沈み込ませ、全身をクッション代わりにして静への体の負荷を可能な限り軽減する。

「静!」

 着地するなり僕は目を瞑ったままの静に声をかける。しかし反応が無い。静に投げ渡されて手に持ったままだったブレスレットを静の手首につけようとしたその時、静の手が僕の動きを制した。

 よかった……生きている。

 安堵の余り、全身の力が抜ける。

 静を抱きかかえたまま両膝をついた僕に一人の中年男性が正面から近づいてきて声をかけてきた。

「君達、大丈夫か!? もうすぐ救急車も来るから何か出来る事があれば──」

 その声を静が制す。

「大丈夫です。彼……エッジが助けてくれましたから」

 エッジ?

 それが僕のことを指していることに気づくまで少し時間を要した。呼ばれ慣れていない名前に咄嗟に反応出来ない。

「上に凶悪犯がいるってメモに書いてあったけど、ビルの中は大丈夫なのか?」

「ええ。それも彼が退治してくれましたわ」

 話が見えない。理解出来ない。みんな、なんの話をしているんだ?

「エッジ。ありがとう。助かりましたわ。ついでといっては何ですが、このままあのビルの上まで運んでもらえないかしら?」

 そう言いながら静はハイロー九尾店きゅうびてんの向かいにある十階建てのビルを指さす。

「えっ? えっ?」

 いまだに現状を理解できていない僕は、困惑したまま固まってしまった。そんな僕に、中年男性が声をかけてきた。

「君、すごいじゃないか! 妙な格好をしているが……この高さから落ちて平気なんてな!」

「えっと……か、体は頑丈なもんで……はは……は……」

 静が僕の脇腹を肘で小突く。その表情は、あきれかえってきた。

 この訳の分からない状況で、どんなリアクションをすればいいというのだ。無茶振りにも程がある。

「急いでいますので、失礼させていただきます。さあ、エッジ。あそこへ運んでくださいな」

 改めて静がビルのひとつを指さす。言われるまま、僕はビルの屋上を目掛けて跳ぶと、背後で大きな歓声が上がった。いつの間にか人だかりが僕達を間近で見ようと近づいていたようで、携帯のシャッター音が連続して聞こえた。

 静の指定したビルの屋上に着地すると、静は僕の腕から降りて自らの足で立った。僕からブレスレットを取り返し、自らの右手に装着する。

「刃月、あなたもステルスモードにして、さらに右向かいのビルの屋上に行くわよ」

 そう言いながら静の姿が輪郭だけを残して消える。客観的にステルスモードを見ると、こうなっているのかと関心してしまう。

 僕もステルスモードにして静の後を追い、右向かいのビルの屋上に跳ぶ。そのビルも十階建てだった。

 難なく着地すると、静が姿を現す。

「変身を解除してもいいわよ」

「お、おう」

 久々のスーツに頼らない自然な呼吸に、思わず深呼吸してしまう。

「はぁぁぁ………ふぅぅぅ………」

「まったく……せっかくのデビューだというのに、情けない」

 深呼吸が終わった瞬間に、だめ出しをくらってしまう。さて、こっちも遠慮なく言わせてもらおうか。

「まったく、じゃあねえよ! なんなんだ、あれは! ひとつ間違えば死んでいたんだぞ! 肩の怪我だけで済んだのは運が良かっただけだ!」

 一気にまくし立てる。そんな僕に表情ひとつ変えることなく静が答える。

「肩? 何もないわよ。でも次からは気をつけなさい。『私だから』平気だったけれど、普通の人なら確かに怪我をしていたでしょうからね」

「私だから平気とかそれこそ意味が分からない。そもそも、二本しか手が無いんだからあんな場合どうしようも無いだろ」

「そうね……ベルト部分にワイヤーでも追加しましょうか。先端がフック状になるようにしておけば、落下の途中でどこかに投げて引っかければ片手でも安全に止まることもできるでしょうし。やはり実践してみないと分からない事もあるわね」

「あるわね、じゃあねえよ! 体張りすぎだろ……自分を実験材料にするな」

「私の事は心配いらないわ」

「心配するよ!」

「…………」

「心配するに決まってんだろが……あんなんでサヨナラなんてごめんだ」

「そうね。すこしやり過ぎたかしらね。でもこれでエッジの名は一気に広まるわよ。本物の……ヒーローさん」

「どういう意味だよ?」

「みんな写真や動画を撮っていたでしょう? 特撮やCGではない現実のヒーローを目の当たりにした。ネット上で動画は拡散され、世界中で話題になるでしょう」

「ああ……そういえば落ちてる時もすでに撮影されてる気配があったな……どうなってんだ? 事前に分かるはずないのに」

「だって……事前に、ここに人が落ちます、離れて下さいって書いた紙を落としていましたから。風に影響されない特殊な紙を使ってね」

「…………は? じゃあ、凶悪犯うんぬんのメモがどうとかも全部静が……?」

「ええ」

 静は悪びれる風でもなく認める。さっきのおじさんも救急車を呼んでくれていたようだし、凶悪犯がいるなんて連絡が行けば警察も当然動くだろう。いろいろと迷惑かけすぎだろ。

「なんでそんな──無茶苦茶だ」

「匿名性を確保したのだから、次にすべきは知名度をあげることでしょう? 犯罪抑止の意味を自分に持たせたかったのではなくて?」

 ああ……そういうことか。ようやく静の意図が理解できた。しかし──地上から聞こえてきたサイレンの音に、罪悪感を抱く。

「でもさ、もし僕が屋上に着くのが遅れなかったらどうするつもりだったんだ? あれは罰ゲームだったんだろ?」

「まあ……そのへんは入れ知恵をされていたので、ね。正直なところ、本当にステルスモードのまま声をかけてくるとは思わなかったわ。予定調和すぎて不愉快よね」

 入れ知恵? 他にも誰か関与しているというのだろうか。

「どっちにしてもだ。もう二度とあんな危険な真似はやめてくれ。目の前で人が死ぬのなんて……もう二度と見たくない」

 僕は真顔でそう言った。静は少し気まずそうに、しかし目だけはしっかりと僕を見つめたまま動かない。その目がふいに僕の背後を見た。

「あまり責めてやるな。全てはお前の為なんだからよ」

 突然、聞き覚えのない男の声が背後から聞こえた。

 あわてて振り返ると、ビルの中へと続く階段の入り口にひとりの男が立っていた。いつからそこにいたのだろう。

 白いシャツにノーネクタイ、細身の黒いスーツにはシワひとつ無い。端正な顔立ちで、見た目年齢は二十代中頃だろうか。きっちりセットされた少し長めの黒髪の下には、睨んでいる訳ではないのだろうが、少しきつめの目が僕をじっと見つめていた。心の中まで見透かされているかのような錯覚に陥り、一瞬目を逸らす。

「静、知り合い?」

 逸らした目線の先にいた静に救いを求めるように問いかける。

「ええ。そもそも、彼に紹介するためにここへ来たのですしね」

 紹介のために来た? それじゃあ、まさか……。

「よう、じょうちゃん。元気そうでなによりだ」

 男は不敵な笑みを浮かべながら静に声をかけた。

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