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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第一章 日常からの脱し方
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五月⑨ 罰ゲーム

 静の家を出た僕は、まず最初にステルス迷彩モードで姿を隠し、近くの電柱の上に跳び乗った。そこからさらに高い所に飛び移れそうな建物を物色し、目星を付けた十階建てのマンションの屋上に飛ぶ。なんとか着地に成功し、ほっと胸をなで下ろす。

 ようやく視界が開けた。

 マンションの屋上から見渡し、ハイロー九尾店きゅうびてんの位置を確認する。六十階相当の高さだから大きい建物のはずなのに、とても小さく見える。

「遠いなぁ……」

 さっそく弱音を口にしてしまう。とはいえ、豪華賞品という物にはさして興味は無くとも、間に合わなかった際の罰ゲームが嫌な予感しかしないから行くしかない。

 ハイロー九尾店きゅうびてんまでの直線上にある建物を確認しながら、どのビルまで跳び、その奥のマンションに昇り──そんな風に頭の中でシミュレートする。できるだけ高い建物から飛べば、かなりの距離を稼げるはずだ。

 僕は深呼吸をひとつし、数歩下がる。

「よし、行くぞ!」

 自らを奮い立たせるように叫び、僕は助走をつけて全力で走りだす。

 スーツの力によって得られた驚異的なスピードに乗って一気にマンションの屋上の端に到達し、最後の一歩で思い切り踏み込み、ジャンプする。静の追加してくれた加速機能のおかげで、僕の体は物凄いスピードで空を昇っていく。

 雲がとても近く感じる。

 跳躍最高点に到達すると、上昇から下降に変わる。その一瞬の無重力感がたまらなく好きだ。

 僕は両手を広げ、体を横に一回転させてその一瞬の無重力を全身で満喫する。体の回転が終わり、視界が下に戻ると同時に下降が始まった。両手両足を軽く広げ、手足を結ぶ透明な飛膜に風を乗せて空を飛ぶ。

 夜の学校での練習以外では初めての、昼間の飛行。空から見下ろす景色があまりにも鮮明で、一瞬目眩がするが、神経を着地地点に集中させる。失敗は絶対に許されない。着地時に誰かと接触しようものなら、大惨事になってしまう。

 透明なのでちゃんとあるのかいまいち実感のもてない飛膜で方向と距離を調整しつつ、近隣で一番高い五階建てのマンションの屋上部分を目指す。建物の上なら、誰かと接触する事もないし、次の跳躍も少しだけど楽になる。

 マンションが目前に迫ったところで、上半身をおこし、足を下に向けて着地の準備をする。走り幅跳びの着地のように体を折り曲げ、足が屋上に着いた瞬間、野球やサッカーのスライディングのように下半身と手を使ってブレーキをかける。

「ふぅ……」

 止まりきったところで思わず安堵の息が漏れる。精神的な疲労感まではスーツでも治せないようだ。

「いけるいける!」

 改めて気合いを入れ直し、次の目標地点のマンションに向かってジャンプ。最初ほどの緊張感は無くなっていた。人間の適応能力に関心しつつ、二度、三度、四度とジャンプ移動を繰り返し、ようやく最終目標のハイロー九尾店きゅうびてんを大きいと感じる距離まで来ることが出来た。

 その後も若干のコース変更をしつつ、順調に進む。ハイロー九尾店きゅうびてんの向かいの建物の屋上にたどり着いた時に、ステルスモードを一旦解除して時間の確認を行った。

 メールが来てから十三分が経過していた。タイムリミットまであと二分。

 ハイロー九尾店きゅうびてんは二十階ごとに広場を設けている。そういった構造上、階段のようなシルエットだ。そして僕は二十階相当の跳躍が出来る。ありがたいことに僕にとっては大きな階段にすぎない。六十階まであと三回跳べば辿り着けるのだから。

 ステルスモードに戻し、まずはハイロー九尾店きゅうびてんの二十階を目指して跳ぶ。

 オープンカフェになっている広場の隅に着地すると、席に座るひとりの女性が僕に視線を向けた。着地時の音に反応したのだろうか。

 人がいる場所は初めてだったので、ステルスの機能がどこまで通用するのか少し不安だったが、しばらくじっとしていると、女性は別の場所に視線を移した。

 安堵しつつも、今消費したわずかな時間に焦ってしまう。時間を確認している余裕も無い。

 四十階のフロアに跳び、続けざまに屋上の展望台までノンストップで向かう。五十八階からはドーナツ上の展望エリアになっていて、中央は吹き抜けになっていた。吹き抜けから中に入る事も出来るが、人が沢山いる場所で待っているとも思えない。

 そうなると考えられる場所はエレベーターやエスカレーター、食堂のあるフロアの上部分のさらに二階ほど上にあるヘリポートだろうか。まったく、なんで静を探せゲームになっているんだ。

 吹き抜けの中央に大きな時計が見える。残り時間は三十秒といったところか。

 深く詮索する時間の余裕も無いから、ヘリポートに行った。

 特に何もない平地の真ん中に……人影がひとつ。

 サイズの合っていないぶかぶかの白衣と黒くて長い黒髪が風に煽られて、まるで別の生き物のようにはためいている。間違いない。静だ。

 僕は静の元に駆け寄り、声をかける。

「どうだ、静。間に合ったぞ」

「…………」

「静?」

 僕の声を無視し、手に持っている携帯をじっと眺めている。そしておもむろに始まるカウントダウン。

「五……四……三……」

「ちょ、しず──」

「二……一……ゼロ」

「あの……静さん……?」

「不思議ね。刃月はつきの声だけは聞こえるのに、姿が見えないなんて。幻聴かしら」

 まるで僕がいないかのようにひとりごちる。その言葉にようやく事態を把握する。

 ステルスモードのまま声をかけたから、静にとってはまだ僕を認知できていない……?

 あわててステルスモードを解除すると、何処を見るでもなく視線を宙に漂わせていた静が僕を見る。

「あら、少し遅かったわね。声だけは先に届いていたわよ」

「そんな怪現象は無い! っていうかステルス機能は完全に消えるわけじゃないんだよな? シルエットくらいは見えていただろ? とぼけているだけだよな?」

「何のことかしら?」

「異議あり! 反則だ! そもそもメールでは来いって書いていただけで、姿を見せろとは書いていなかった! 来るだけならもっと早く着いてい──」

「見苦しいわよ、刃月」

「くっ……」

 冷静に諭されると、必死になっている自分が惨めになってきた。

「フ……」

 静が僕に背を向け、口元を抑える。

「ん? ……今、笑った?」

「…………」

 少しの沈黙のあと、静が振り向きながら言う。

「笑ってなどいません」

「いや、確かに『フ』って……」

「笑っていません」

 僕を見上げる静の表情はいつもとあまり変わっていない。でも静はたしかに怒っていて──なぜかそれがうれしくて、それ以上の追求はやめておこうと思った。

「はいはい、わかりました。それでいいから僕の遅刻は無かったことにしてくれない……かな?」

「それとこれとは話が別よ」

 にべもなく拒否された。罰ゲーム決定である。

「わかったよ……で、何をすればいいんだ?」

「何をしてもらおうかしら」

 これから考えるのかよ……。

「昼間にいきなり実践しろ的な無茶な要求をして……苦労したんだぞ」

 少しでも罰ゲームの内容を軽減してもらうために、情にうったえる作戦にでてみた。

「そうね。ギリギリ『間に合わなかった』程度だし、その点は評価できるわ。でもね、刃月──」

 間に合わなかったという部分を微妙に強調してくるあたり、そこは絶対に譲る気がないようだ。

「最初は怖かったかもしれないけれど──空を飛ぶ感覚……気持ちよかったでしょう?」

 確かに……最初は不安でいっぱいだったけれど、二度目、三度目とジャンプを繰り返していくと、楽しく思えてきたのは事実だ。

「最初の一歩は誰だって怖いものよ。でも、その恐怖に打ち勝って最初の一歩を踏み出すことさえ出来れば、その先には無限の可能性が広がっている。そういう人生って素敵だと思わない?」

「そう……だな。二歩目からは確かに楽しかったよ」

 僕は正直な感想を述べる。

 静は表情を変えず、しかし微かに寂しそうに言う。

「私は一歩も先へ進めない。だから、あなたが羨ましいわ」

「……それってどういう意味──」

「さあ、罰ゲームを始めましょうか」

 僕の質問を遮り、いきなり罰ゲームが始まってしまった。

 六十階相当のビルの屋上。強風が吹き荒れる中、ヘリポートの中央に陣取っていた静は僕に背を向けて歩き出す。ヘリポートの端に向かって。

「おい、あんまり端っこに行くと危ないぞ」

 静の背中に呼びかけるが、返事は帰ってこない。仕方なく僕も後を追う。

 大人の肩付近までしかない簡易の柵で囲まれたヘリポート。その端まで来ると、静はその柵を軽く跳び越え、さらにその周りにあるビル自体の細い足場に着地する。

「危ないって!」

 静の立っている場所は、僕が昇ってきた二十階ごとの階段状になっている位置とは正反対の所だ。つまり、もし落ちれば地上まで真っ逆さま。いくらスーツを身につけている状態であったとしても、この高さから落ちて無事で済むのだろうか。

 静はそんな僕の疑問など軽く吹き飛ぶほどの行動をおこした。よりにもよって──ブレスレットを外してしまったのだ。

「おい、冗談になってないって!」

 僕の言葉など全く届いていないように静はその場で身体を半回転させ、僕の方を向く。

「まずはこれを」

 そう言いながら静はブレスレットを僕に投げてよこす。僕が受け取ったのを確認すると、静は両手を広げた。

「これが罰ゲーム。さあ……私を助けてみなさい。ヒーローさん──」

 静は体をゆっくり後ろに傾けていき──六十階の屋上から落ちていった。

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