表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/57

八月⑬ 慟哭

 僕は泣いていた。

 近代建築の家々が立ち並ぶ深夜の住宅街にあって、ひときわ異彩を放つモダンな和風住宅。その一室でひとり──僕は泣いていた。

 空門刃月そらかど はつき様へ──そう書かれた僕宛の封筒と、その中に入っていた数枚の手紙を握りしめ、畳に膝をつき、嗚咽混じりにただただ泣いていた。

 泣くことしか出来なかった。

 あまりにも悲しくて──残酷で。

 僕はこんな結末なんて望んではいなかった。こんな結末の為に力を欲した訳ではなかった。

 助けたい──ただそれだけを望んでいただけなのに。

「あいつの長年の願いは叶った。お前が叶えたんだ」

 突然、背後から男の声が聞こえた。振り返ると、閉じられた障子にうっすらと人影が見える。僕はあわてて涙を拭った。

「なにも責任を感じる必要はない。誇ればいい。お前は確かに──あいつを救ったんだ」

 しばしの沈黙の後、男は静かな口調で続けた。

「今は好きなだけ泣けばいいさ。落ち着いたら事務所に顔を出せ。俺に言いたい事もあるだろ?」

 それだけを言い残し、男は僕の返事も聞かないまま立ち去る気配がした。

 僕しか入れないはずのこの家に、どうやって入ってきたのだろうと一瞬考えたが、あの人なら不思議でもなんでもないと思い至る。

 ──あいつを救った。

 その言葉が頭の中にこだまする。

 確かにこれは、彼女の願い、望みの結果だ。

 この手紙に書いてあったことが本当であるのならば、僕は彼女を救ったと言えるのかもしれない。ただその救いが、僕の望む結果では無かったというだけのこと。

 それでも──それでも僕は、こんな結果を受け入れたくはない。

 もっと別の方法で救えたんじゃないかと思えてならない。

 こんなひどい方法でしか救えなかった自分が憎くて──情けなくて。

 拭ったはずの涙がまたあふれ出す。

 なぜ僕は彼女の事をもっと知ろうとしなかったのだろう。少し仲良くなったくらいで、知った気でいたのだろう。知ろうとしていれば──先に知っていたら──疑っていれば。

 そんな後悔をしたところで、いまさらどうにもならないと分かっている。それでも頭の中で「たら」「れば」が繰り返される。何度も何度も繰り返されて、無知がいかに罪な事かを思い知る。

 そして思い至る。

 あの人がなぜ彼女の依頼を断ったのか。救う事を拒んだのか。

 全てを知っていた……から。

 知っていたのに、僕を止めなかった。平気な顔でとぼけて、知らない振りをして──そういうことが普通に出来てしまうから、大人はずるいと思ってしまう。

 僕はもう一度涙を拭い、少しふらつきながら立ち上がる。

 望み通り、文句を言いに行ってやる。

 僕は手紙を手に持ったまま、障子を開けて彼女の部屋を出る。部屋の明かりが自動で消え、代わりに廊下が照らされた。

 部屋の前から玄関に目を向けると、今度は小さな白い人影が見えた。その人影は長い髪を揺らし、微かに憂いのある笑みを浮かべながら、ゆっくりと消えていく。

 それは、僕が一生背負っていく罪という名の影。

 僕が殺した少女の──面影。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ