目の見える話
目が覚める。
高校生の堀田敦は昨夜三時頃までパソコンでフリーゲームをしていた。
今現在時計は正午をさしていた。
今日は平日であった。
しかし、この男に学校へ行く気はさらさらなかった。
別に悪質ないじめにあっていたわけでもなければ、教師との妙な確執があるわけでも、学校に友達がいないわけでもなかった。
ただなんとなく学校に行くのがだるかった。
その日は少なくとも八時間以上は寝ていたが、体が重かった。
どうにか体から布団を引き剥がし、床に散らばっている脱ぎ散らかした服やら、プリントやらを踏みながら洗面所に向かう。
水で顔を洗い、タオルで拭いた。
顔を上げて鏡を見ると視界の端に何かが映ったような気がした。
そのときは夜遅くまでゲームをして疲れているのだろうと思い、二度寝をすることにした。
敦は布団に入る。
それから午後六時まで寝ていた。
遠き山に日は落ちてのチャイムで目が覚める。
窓から見える西の空が鮮血のごとく真っ赤に燃えている。
部屋が蒸し熱い。
敦は額に玉のような汗をかいていた。
腹が減っていた。
昨日の夜十一時にカップラーメンを食べてから約十九時間何も食べていないことに気付く。
敦はマンションに一人暮らしをしており、自炊能力がないので、近くのコンビニへ食べ物を買いに出る。
おにぎりやジュースなどをビニール袋に入れ、部屋に戻る。
玄関の扉を開くと、暗闇が彼をむかえた。
部屋の中は換気扇の音だけが聞こえる。
リビングへ繋がる廊下の電気をつける。
そのときまた何かの気配を感じた。
周囲を見回してみるが特におかしなところはない。
ちゃんと生活を正さないとダメかなと思いながら、リビングへ入り、買ってきたものをテーブルに置く。
メシを食べる。
食べなれたコンビニのメシはまずくはなかったけど旨くもなかった。
腹を満たすとイスの上でじーっとして、しばらくすると自分の部屋に戻った。
今度は自分の机のイスに座る。
読書をしようと机の上の電気スタンドのスイッチを入れ、引き出しを開けて読みかけの本をとろうとすると、
ぎょろり
と引き出しの中の無数の目玉が敦を見た。
敦はすぐさま引き出しを閉める。
もう一度ゆっくり引き出しを開けてみる。
やはり、引き出しの中には無数の目玉が入っていた。
目玉はそれぞれ大小様々な大きさをしていた。
敦は目玉を観察してみた。
目玉も敦をじっと見ていた。
敦が目玉に手を近づけると、目玉は敦の手のほうを見る。
特に襲ってくるようなことはないが、気味が悪くて本が取れない。
敦は引き出しをしまって、再びベッドに向かった。
しかし、引き出しの中の目玉を見てから敦はいたるところに目玉が見えるようになってしまった。
たとえば、床の上にところどころ目が転がっているのが見えるし、布団や枕の上、トイレの便器の中、ゴミ箱や、天井に張り付いているものまである。
敦は疲れているんだなと思い、布団と枕の上の目玉を払い、寝はじめた。
その夜敦は夢を見た。
目玉に追いかけられる夢だった。
どこまで走っても目玉はついてきて、もう少しで捕まるというところで目を覚ました。
目を覚ますと、宙に浮いた無数の目玉が敦を覗いていた。
敦は奇声をあげながら目玉を振り払い、近くに落ちていた鉛筆で目玉を突き刺した。
目玉は血を流し、悲鳴を上げて、空気に霧散した。
ああ、こうすれば消えるんだと思い、敦は鉛筆で目をつぶしていった。
その日は学校に行かないと行けなかったので準備をし、部屋を出ようとする。
カバンを開き、今日の授業に必要なものを確かめようとすると、
ぎょろり
と目玉が敦を見た。
こりゃあダメだと思い、暑しは台所から果物ナイフを持ってきてカバンの中の目玉を切っていった。
目玉退治に時間がかかり、少しイライラしながら、疲労を感じながら敦は急いで学校へ行った。
外へ出ると、さらに大変なことが分かった。
なんと浮いている目玉が移動しているのだ。
移動している目玉は同じ高さに等間隔で並んでいるので、これが人の目玉であることが分かった。
さらに空を見上げると黒い目玉が往々に飛んでいる。
これは…カラスだ。
緑色の瞳孔の細い、地面を這うように進んでいるのは猫の目だ。
敦はカバンの中のナイフをぎゅっと握り、すぐに放した。
むやみやたらに目を切るのは危険であると思った。
なぜならそれがまかり間違って人の目を傷つけてしまったら一大事だから。
敦は視線におびえながら学校に行った。
教室に入る前に、
「よう、敦」
と目玉から声をかけられた。
誰か分からず「お前、誰だ?」と訪ねる。
「ええ、名倉だよ」
と目玉が喋った。
「お前、なんか疲れてない?」
と声音は心配そうに聞いてくるが、目は面倒くさそうにしていた。
きっとそんな目をしていたのは瞬きをしている一瞬のことだったのだろうが、まぶたの見えていない敦からは丸見えだった。
「いや、特に」
なんとなく敦は名倉に対して冷たい態度を取ってしまった。
教室に入り、自分の席に座る。
教室には続々と目玉が入ってき、だんだんとその目玉が人のものなのかそうでないものなのか分からなくなってきた。
最後に、チャイムがなると、目玉が入ってき、
「起立」
と言った。
きっとあの目玉が先生なんだなと思った。
敦が席から立ち上がる。
周りを見て、先生の号令に反応したのが人で、反応しなかったのが人でないのが分かった。
生徒が朝の挨拶を済ますと、敦はいつも見ている席を見つめた。
そこは河野静香、クラス一の真面目ちゃんの席だった。
残念なことに敦には静香の目玉しか見ることができなくなっていた。
授業が始まる。
目が何か言ってるが、敦の頭には何にも入ってこなかった。
敦は静香の姿が見えなくなってしまったことを嘆いたが、授業中の彼女の目を見ることができて幸福な気持ちに浸れた。
彼女の目はいつも真剣だった。
授業中は、ケータイを見たり、マンガを読んだりする目玉が多い中で彼女だけは黒板をしっかりと見据えていた。
目玉が見えるよううになっては初めてよかったと思えた瞬間だった。
昼休み
財布を持って食堂へ行こうとカバンを開けた。
中を覗くと目玉が入っていた。
今朝つぶしたときよりも増えている。
敦はナイフを手にとって目玉をつぶした。
学校が終わり、敦がマンションに帰る。
玄関の扉を開けると暗闇と目玉が、敦を迎えた。
今朝よりも増えている。敦は一心不乱に増えた目玉を切りつけた。
目玉を切り終わるといつも通りの日常を過ごした。
その日の夜。
敦は昨夜と同じ夢を見た。
目を覚ます。
部屋中に浮いた目玉が敦を覗いていた…
敦はナイフを手に部屋から転がり出てた。
その日は休日で学校がなかった。
敦は部屋着のまま当てもなく歩き、気がつくと公園のベンチにきていた。
周りに生えている草花についている目玉とベンチに転がっている目玉を切り裂き、ベンチに座った。
これからどうすればいいのか分からなかった。
とにかくもう、あの部屋に帰ることはできないと思った。
「ママー、見てー、変な人がいるよ。あの人靴も履いてないよ」
敦の腿くらいの高さに浮いている目玉が嗤っていた。
「こら、指差しちゃダメよ」
と高いところにある目玉が言う。
名倉と同じ目をしていた。
「そんな目で、そんな目で俺を見るな」
敦は自分を嗤っている目玉に無性に腹がたった。
自分は目玉のせいて家にいられないというのに、その原因となった目玉が彼を嗤うのだ。
――そうだ。目玉は切れば消えるはず。
今まで何百という目玉を切ってつぶしてきたのだ。
二つの目玉をつぶすのに何の抵抗もなかった。
敦は低いとこにある目玉を追いかけてナイフで切りつけた。
高い位置にある目玉が叫びだしてうるさかったのでそれも切った。
するとちょっと距離の開いたところにいた目玉が逃げ出した。
敦はそれを追いかける。
道端にある目玉もつぶしていく。
途中、
「あれ?敦君?」
と声をかけられる。
「君は、河野さん?」
「なにしてるの?」
「目玉が俺を襲うんだ。
君も気をつけたほうがいい。
そうだ一緒に行こう」
と言った。
すると目玉は、行動を止めた。
敦は、その瞬間、一瞬だけ、静香がそんなことどうでもいいという目をしてるように見えた。
「お前もあいつらと同じか」
そう言って敦は目玉を切った。
少し時間が経つとたくさんの目玉が自分を追いかけてきた。
敦は逃げながら目を切っていく。
だんだんと追い詰められた敦は地下鉄に逃げ込んだ。
地下鉄に逃げ込んだ敦はそこでおびえた目で見られた。
敦はそれが癪に障り、目を片っ端から切っていった。
車内を逃げ惑う目。
敦は目をつぶすのがだんだん楽しくなってきた。
そして次の目をつぶそうとしたとき、目玉が目玉を守るように立ちふさがった。
立ちふさがった目玉を切る。
地面に倒れる目玉。
倒れる目玉に守られていた目玉が駆け寄ってくる。
守られていた目玉を嗜虐の笑みを浮かべて切りかかろうとしたとき、地下鉄の窓にごみのような目玉が映った。
敦はそれを見て、
「何だこの目は」
と叫びながら自分の目玉を切り裂いた。
ジジッ
テレビのアナウンス―
――今日未明、六十二人の死傷者を出した無差別殺人事件は容疑者の自殺で幕を閉じました。
事件のアナウンスが終わるとコメンテーターたちが喋りだす。
「いやー、怖いですね。
犯行前から家の中がナイフの傷でぐちゃぐちゃだったんでしょう?」
「ええ、そうですね。
ベッドや枕、それからカバンなんかは特に損傷が酷かったみたいですよ」
「なにやら最後に殺された男性は恋人の女性を庇ったみたいですね」
「こんなにすばらしい男性もいるのにまったく犯人は…」
それぞれが好きなことを語り終わった後に、アナウンサーが次のニュースを読み上げる。
『種子島から発射されたロケットが打ち上げに成功したようです』
このテレビを見ていた人間の興味は一瞬で猟奇的殺人犯から消えうせた。
あなたのSFコンテストに出るので
そちらの作品もよろしくお願いします。
タイトルは『From Earth』です。