表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

奴隷と呼んだ彼女に捧ぐ

奴隷と呼んだ彼女に捧ぐ

作者: 小林晴幸

以前書きました「生まれた時には奴隷であった」の続編を、というお声があったんですが…思った様なモノが書けず、取り敢えず練習としての番外編です。

………だけど、どうしてこうなった。


取り敢えず、これは癒しとは程遠いです。

救いようのない内容なので、苦手な方はお気を付け下さい。

 奴隷と呼んだ、彼女に捧ぐ。

 この胸から溢れ出しそうな、熱い想いを。

 彼女がそれを、望まなかったとしても。



 人はそれを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか。

 …執着と、呼ぶのか。

 自分の感情が愛執では済まないと解っていながら、止められなかった。

 妻も子もある身。

 何より、自分には身分がある。

 人倫にもとる行いをしても、周囲の悪評など蹴散らせるこの身。

 だからこそ、より己を律し、誰にも非難などされぬ身であらねばならぬのに。

 自分でもよく解っていたはずなのに。

 だのに。


 私は、己を抑制することなどできなかった。

 例えこの身が、外道と呼ばれようとも。

 例えこの身が、妻子に血の涙を流させようとも。

 そして誰より、彼女を泣かせてしまうとしても。



 私は、我が祖国によって奴隷へと堕とされた女を求めた。

 嘗ては身分も名誉も、人々からの敬愛もあった彼女。

 輝いていた彼女は底の底へと堕ちていく。

 私のこの身も、道連れに。


 薄水色の瞳が、闇へと染まる。

 だけど私の瞳もまた、闇へと濁り、濁りの中に世界を染めていった。



 彼女の国は、今はもう亡い。

 亡国は古くから隣にあり、我が国に滅ぼされて名も姿も滅された。

 我が国と古くから友好を結んでいた隣国。

 嘗ては蟠りなど、微塵もなかっただろうに。

 誰の野心によってか、運命なのか。

 何時しか互いに憎み合い、泥沼の戦争へと突入していた。

 憎悪は深く、隣国の血を一滴でも引けば差別の対象となった。

 だが、どうしてそうなったのか。

 憎み合うのは当然と化したが、未だに何故そうなったのか解らない。誰も。

 本当に、誰かに仕組まれ出もしたかの様に。

 誰も彼もを置き去りに、激流の様な激しさで時の流れは私達を戦争へと誘った。

 私達を取り巻く戦争という、その状況そのものが人心を操る化け物ででもあったかのように。

 そして、私の心を奪った美姫もまた、その化け物の一つであったのだろう。

 

 戦争の激化を見る前。

 何とか開戦を食い止めようとする一派があった。

 隣国の反戦派と繋ぎを結び、何とか両国の憎み合いを食い留めようと。

 そう、思ったのに。


 私は王の弟という立場でありながら、反戦派の代表であった。

 だが、私は出会ってしまった。

 そんな私の正しくあった心を、食い荒らす化け物。

 慌ただしく塗り替え、染め上げる。

 私の道を踏み外させ、奈落へと突き落とす。

 それは、私の知る「恋」ではなかった。

 そういうには激しすぎて、傍若無人なまでに自分勝手で、何も顧みない。

 私を悪魔へと変貌させた、運命の罠。

 彼女の、あの姿が瞳に頭に焼き付いて消えない。

 頭が、もうおかしくなりそうだった。


 彼女は隣国の名門の一人娘で、そして人妻で。

 猛将と称えられながらも穏やかだった、隣国の貴公子。

 私が繋がりを望んだ、反戦派の代表。

 人知れず闇の中、人目を忍んで赴いた先。

 重要な話し合いをするからこそ、末端など使わずに。

 誠意を、そして私達の本気を見せる為に、私は敵地と呼ばれつつある隣国へ足を運んだ。

 隣国の、彼の屋敷に。

 両国の平和を守る為、その算段を相談する為だったというのに。

 其処で彼女の姿を垣間見てしまったことが、何よりの不幸であった。

 彼と彼の国の、私と我が国の。

 そして、誰よりも彼女の。


 交渉が決裂することなど、一度もなかった。

 だけど私が引き裂いた。

 真っ当な手段では、決して手に入らぬ至高の宝。

 彼が何よりも誰よりも慈しみ、愛した妻。

 似合いの夫婦と誰もが呼び、私もそう思った。

 だが。

 そんなことで、私は踏みとどまれなかった。

 この胸の中の灼熱は、冷めてなどくれなかった。

 ただひたすらに、欲しかった。

 それだけで、私は。


 隣国を滅ぼそうと肥大化し、鎌首を擡げるこの想い。

 想いと切り離すことのできない、私を焼き焦がしそうな憎悪。

 嫉妬という醜い感情は、彼女が愛される人妻であるという事実を薪に燃え上がった。


 誰も悪くない。

 何より、彼女も彼女の夫も悪くない。

 私が悪い。

 それが分かっていて、尚。

 私は耐えることなどできなかった。


 反戦派を纏め上げていた私。

 その私が手の平を返す。

 持論を覆したことで、多くの者を巻き添えにした。

 巻き込んで傷つけて、果てしない死地に追いやった。

 国も民も、全て、全て苦しめた。

 戦争という、化け物を解き放つ鎖。

 その最後の一つを解放したのは私。

 私が、この醜い思惑を隠し、笑顔で解き放った。

 彼女を手に入れる為だけに。

 誰より醜いこの私を、誰か笑うだろうか。

 彼女は笑うだろうか、泣くだろうか。

 泣くと解っていても、それでも私は構わなかった。

 構わないと、思い切ってしまった。

 嘆き悲しむ声に、この心が引き裂かれても。

 彼女の心を引き裂いても。

 それでも構わないと、心の中で悪魔が嗤った。




 戦争の末、勝敗は決した。

 激戦の最中、陣頭に立って戦っていた彼は死んだ。

 最も我が軍を苦しめた、憎らしい男。

 彼女を妻とする幸運に恵まれたあの男。

 だが、彼の幸運も戦の最中に飲まれて消えた。

 彼は、もう何処にもいない。

 私の憎らしい、あの敵は。

 その死と共に、彼の国は終わりを迎えた。

 滅び消え去り、この世にはもうない。

 

 戦に勝ったのは、我が国。

 負けて滅びたのは、彼の国。

 そうして敗戦国の民は、一人残らず奴隷とされた。

 皆殺しにとの声もあったが、奴隷となった。

 そう、彼女も。


 私の、奴隷となった。

 

 身分ある、彼女の身。

 身分ある者は一人残らず見せしめにとの声もあった。

 そこを、私が押し切った。

 彼女は私の手中に。この手の中に。


 こうして私は彼女を手に入れた。

 その、肉体のみでも。

 心が、手に入らなくても。

 それでも彼女は、私のもの。

 私のものだ。


 暗く濁った闇の中。

 私の笑い声は途切れることなく。

 彼女の苦痛を糧に、狂った様な音を響かせていた。

 



最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


明るいとはとても言えない内容でしたが、読んで下さって嬉しいです。

色々と、ええ色々と自分でも不完全燃焼な…。

その内、また違う人の視点で番外編を書いてみようと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ