奴隷と呼んだ彼女に捧ぐ
以前書きました「生まれた時には奴隷であった」の続編を、というお声があったんですが…思った様なモノが書けず、取り敢えず練習としての番外編です。
………だけど、どうしてこうなった。
取り敢えず、これは癒しとは程遠いです。
救いようのない内容なので、苦手な方はお気を付け下さい。
奴隷と呼んだ、彼女に捧ぐ。
この胸から溢れ出しそうな、熱い想いを。
彼女がそれを、望まなかったとしても。
人はそれを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか。
…執着と、呼ぶのか。
自分の感情が愛執では済まないと解っていながら、止められなかった。
妻も子もある身。
何より、自分には身分がある。
人倫にもとる行いをしても、周囲の悪評など蹴散らせるこの身。
だからこそ、より己を律し、誰にも非難などされぬ身であらねばならぬのに。
自分でもよく解っていたはずなのに。
だのに。
私は、己を抑制することなどできなかった。
例えこの身が、外道と呼ばれようとも。
例えこの身が、妻子に血の涙を流させようとも。
そして誰より、彼女を泣かせてしまうとしても。
私は、我が祖国によって奴隷へと堕とされた女を求めた。
嘗ては身分も名誉も、人々からの敬愛もあった彼女。
輝いていた彼女は底の底へと堕ちていく。
私のこの身も、道連れに。
薄水色の瞳が、闇へと染まる。
だけど私の瞳もまた、闇へと濁り、濁りの中に世界を染めていった。
彼女の国は、今はもう亡い。
亡国は古くから隣にあり、我が国に滅ぼされて名も姿も滅された。
我が国と古くから友好を結んでいた隣国。
嘗ては蟠りなど、微塵もなかっただろうに。
誰の野心によってか、運命なのか。
何時しか互いに憎み合い、泥沼の戦争へと突入していた。
憎悪は深く、隣国の血を一滴でも引けば差別の対象となった。
だが、どうしてそうなったのか。
憎み合うのは当然と化したが、未だに何故そうなったのか解らない。誰も。
本当に、誰かに仕組まれ出もしたかの様に。
誰も彼もを置き去りに、激流の様な激しさで時の流れは私達を戦争へと誘った。
私達を取り巻く戦争という、その状況そのものが人心を操る化け物ででもあったかのように。
そして、私の心を奪った美姫もまた、その化け物の一つであったのだろう。
戦争の激化を見る前。
何とか開戦を食い止めようとする一派があった。
隣国の反戦派と繋ぎを結び、何とか両国の憎み合いを食い留めようと。
そう、思ったのに。
私は王の弟という立場でありながら、反戦派の代表であった。
だが、私は出会ってしまった。
そんな私の正しくあった心を、食い荒らす化け物。
慌ただしく塗り替え、染め上げる。
私の道を踏み外させ、奈落へと突き落とす。
それは、私の知る「恋」ではなかった。
そういうには激しすぎて、傍若無人なまでに自分勝手で、何も顧みない。
私を悪魔へと変貌させた、運命の罠。
彼女の、あの姿が瞳に頭に焼き付いて消えない。
頭が、もうおかしくなりそうだった。
彼女は隣国の名門の一人娘で、そして人妻で。
猛将と称えられながらも穏やかだった、隣国の貴公子。
私が繋がりを望んだ、反戦派の代表。
人知れず闇の中、人目を忍んで赴いた先。
重要な話し合いをするからこそ、末端など使わずに。
誠意を、そして私達の本気を見せる為に、私は敵地と呼ばれつつある隣国へ足を運んだ。
隣国の、彼の屋敷に。
両国の平和を守る為、その算段を相談する為だったというのに。
其処で彼女の姿を垣間見てしまったことが、何よりの不幸であった。
彼と彼の国の、私と我が国の。
そして、誰よりも彼女の。
交渉が決裂することなど、一度もなかった。
だけど私が引き裂いた。
真っ当な手段では、決して手に入らぬ至高の宝。
彼が何よりも誰よりも慈しみ、愛した妻。
似合いの夫婦と誰もが呼び、私もそう思った。
だが。
そんなことで、私は踏みとどまれなかった。
この胸の中の灼熱は、冷めてなどくれなかった。
ただひたすらに、欲しかった。
それだけで、私は。
隣国を滅ぼそうと肥大化し、鎌首を擡げるこの想い。
想いと切り離すことのできない、私を焼き焦がしそうな憎悪。
嫉妬という醜い感情は、彼女が愛される人妻であるという事実を薪に燃え上がった。
誰も悪くない。
何より、彼女も彼女の夫も悪くない。
私が悪い。
それが分かっていて、尚。
私は耐えることなどできなかった。
反戦派を纏め上げていた私。
その私が手の平を返す。
持論を覆したことで、多くの者を巻き添えにした。
巻き込んで傷つけて、果てしない死地に追いやった。
国も民も、全て、全て苦しめた。
戦争という、化け物を解き放つ鎖。
その最後の一つを解放したのは私。
私が、この醜い思惑を隠し、笑顔で解き放った。
彼女を手に入れる為だけに。
誰より醜いこの私を、誰か笑うだろうか。
彼女は笑うだろうか、泣くだろうか。
泣くと解っていても、それでも私は構わなかった。
構わないと、思い切ってしまった。
嘆き悲しむ声に、この心が引き裂かれても。
彼女の心を引き裂いても。
それでも構わないと、心の中で悪魔が嗤った。
戦争の末、勝敗は決した。
激戦の最中、陣頭に立って戦っていた彼は死んだ。
最も我が軍を苦しめた、憎らしい男。
彼女を妻とする幸運に恵まれたあの男。
だが、彼の幸運も戦の最中に飲まれて消えた。
彼は、もう何処にもいない。
私の憎らしい、あの敵は。
その死と共に、彼の国は終わりを迎えた。
滅び消え去り、この世にはもうない。
戦に勝ったのは、我が国。
負けて滅びたのは、彼の国。
そうして敗戦国の民は、一人残らず奴隷とされた。
皆殺しにとの声もあったが、奴隷となった。
そう、彼女も。
私の、奴隷となった。
身分ある、彼女の身。
身分ある者は一人残らず見せしめにとの声もあった。
そこを、私が押し切った。
彼女は私の手中に。この手の中に。
こうして私は彼女を手に入れた。
その、肉体のみでも。
心が、手に入らなくても。
それでも彼女は、私のもの。
私のものだ。
暗く濁った闇の中。
私の笑い声は途切れることなく。
彼女の苦痛を糧に、狂った様な音を響かせていた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
明るいとはとても言えない内容でしたが、読んで下さって嬉しいです。
色々と、ええ色々と自分でも不完全燃焼な…。
その内、また違う人の視点で番外編を書いてみようと思います。