第八話 元帰世界3
「総崩れだぜ法次!」
「裕也君右!」
木々の隙間から飛んできたワイヤー留め具に裕也の刀銃が絡めとられた。裕也の体が引かれて足が地面から浮き上がる刹那、俺がそのワイヤーをオレンジ色に燃える刀銃で切断をする。
「助かったぜ法次!」
「弘明、外すな!」
俺が指示をするよりも先に、弘明の刀銃から青白い光が放出される。それは切断されたワイヤーを追うように飛んでいった。
[ドォーン]
着弾した場所はもちろん、プラズマがかすった大木すらも燃え上がる。
「崩すな! 正四角形陣形!」
俺達は、俺を頂点に右に裕也、左に正人、俺の真後ろに弘明と、等距離をとって四角形になる。敵がどの方向から現れても陣形を崩す事無くお互いをサポート出来る。
伏兵として挟撃できたのはほんの一瞬だった。すぐに女軍はそれを予想していたかのようにM字隊列となり、挟み込むように攻撃をした俺たちを更に外から取り囲んだ。
後は入り乱れての乱戦だが、数の面で不利な男軍の兵士達は次々と倒されていく。圧倒的大部隊で攻撃してきた女軍に対して、この基地を守るのは俺達十五番隊を含む全二十部隊。他の基地からは援軍も無い。
「ぎゃっ…」
[ガガガガガガガガ…」
すぐそばで、悲鳴を打ち消してガトリング砲の音が轟く。すでに俺は方角を見失い、どこに味方がいるのか分からなくなっていた。
銃声の聞こえた場所に踏み込むと、そこには体中を蜂の巣にされた仲間と、木の幹のそばで体を不自然な方向へ曲げている仲間がいた。もちろん、赤い目を俺達に向ける機械兵も二人ほどいる。
「裕也!」
「あいよっ!」
敵に近い俺と裕也の前衛が突っ込む。手にある刀銃はオレンジ色に変わり、輝く刀身が空気を焼く。その後ろでは、後衛である正人と弘明の刀銃は青く光を発し、二人はそれを脇に構えて狙いをつける。
[バシュッ]
後方から俺達の頭を超え、広範囲砲撃にした青白いプラズマが飛んでいく。
目の前の機械兵達は避けようと左右に分かれて飛んだが、幅の広いプラズマの端に触れて二人とも弾き飛んだ。
「もらったぁ!」
裕也が低い姿勢から熱せられた刀銃を振り上げる。姿勢を崩した機械兵の鎧はバターのように切り分けられ、そしてその裂け目から鮮血が噴き出す。
俺ももう一人の機械兵を捉えていた。そして、裕也と同じように下から刀銃を敵に振り上げる。
「……っ」
俺は何か引っかかった。今の裕也が機械兵を仕留めた場面に、どこか違和感を持った。
[ズバッ]
俺が切り裂いた鎧の隙間からは血が噴き出してこなかった。お礼にとばかりに、機械兵の左手から突き出したガトリング砲が俺の顔へ向く。
[ズバッ バッ]
弾は射出されなかった。
俺がガトリング砲の先を切り落としたからであり、裕也がそいつの首を刎ねたからでもあった。
「どうした法次? 調子悪いのか? 踏み込みが浅かったぜ」
俺を心配しているのか、裕也は笑うように目を細めて見せた。俺は裕也に合わせて口元を緩めたが、調子が悪いのは事実かもしれない。気にかかる事があって腕が縮こまってしまった。
なぜ、あんなに学校できゃあきゃあ騒ぐ女子達が、斬られて悲鳴一つ上げないのだ?
即死だったからか? それとも、機動装甲に声が遮断された?
……どうも、この現実世界と夢想世界を比べた場合に違和感が生じる。まるで間違い探しを目の前にしているかのようにもどかしく、心が焦燥にかられる。おかしい。目の前にある大きな間違いは、いや、些細な間違いかもしれないものは……一体何なのか……?
しかし、ここは戦場だ。部隊員の命を守るために、戦闘に今関係ない事は頭の中から振り払わなければならない。おまけに、戦闘音の数と方向から味方の数が減っているのを感じる。引いてくれていたのなら良いが、かなりの数が駆逐されたのかもしれない。
俺は、撤退の指示を指で出す。その合図と共に、正四角形陣形のまま右斜め後ろに下がり、次に左斜め後ろに移動する。これを繰り返して戦場から離脱する。撤退方向は、支援装備を持った弘明に誘導してもらう。
[カサ カサ]
「……?」
草木が擦れる音だった。しかし、その音は風にそよぐ等間隔の自然なものとは違う。
「止まれ!」
俺は叫びながら浮遊装置のブーストを吹かした。裕也達も同じように急停止し、辺りの土や小枝が巻き上げられた。
[ドォーン]
次に、前方に隕石が落ちてきたような衝撃音が響く。その轟音にも僅かなずれがあったのを俺の耳は聞き分けた。上空から少なくとも機械兵が二体、近くに着地した。
「十字! 後退!」
正四角形陣形の両翼を狭め、俺達は十字陣形になって下がる。その俺達を左右から回り込む大きな物体に対し、俺達は振り返って刀銃を構える。
その切っ先を向けた場所に、すでに二つの鉄塊があった。しかし、その組み合わせが予想外だ。……いや、こんな並外れた跳躍をして現れる機械兵に心当たりがあるかと聞かれれば、思い浮かぶ二人が同時に現れた。
……ショルダーハートと……紫天使だ。
背中を見せている二人は、ゆっくりと俺達を振り返った。片方は右肩をピンクに染めていて、もう片方は背中に紫で天使の羽が描かれているのが確認出来た。俺の知るところ、最強の機械兵が同時に現れてしまった。
二人はすぐに襲い掛かってくるのかと思ったが、地面に転がる俺達が仕留めた機械兵達を静かに眺めている。……まさか
気が付いた俺は即座に刀銃の引き金に指をかけた。しかし、狙いの先にもうショルダーハートと紫天使の姿は無い。
……まずい。先ほど殺った二体は、ショルダーハート達の顔見知りか同じ部隊員だ。
何かを感じた俺は頭上に目を向ける。すると、気配の正体が熱気だと分かったと同時に巨大な火柱が降り注いで来た。
俺達は無言で隊列を崩して散開した。声を発しないのは、高温を吸い込んでしまえば肺が焼き尽くされてしまうからだ。 火に包まれた俺だったが、身に纏っている戦闘服は不燃素材で出来ているので地面を二度三度転がればすぐに消えた。
……正気なのか?
火炎放射などは隠れている敵をあぶりだす武器であり、正面切って使用する物では無い。俺達の心理的動揺を誘ったのか、もしくは焼いて殺そうとするほど怒りを持ったのか。
一度短く深呼吸をする俺の周りに裕也達が集まる。だが、四人であの二人と戦うには圧倒的に戦力が不足している。逃がしてもくれないだろうし、このままでは全滅必至だ。
第二波の攻撃へと動くショルダーハートと紫天使だったが、その頭上に蝙蝠の如く浮かぶいくつかの物影があった。そいつらは、大きな刃を機械兵目がけて振り下ろしていく。
……助かった。こちらも援軍だ。
恐らく、先ほどの目立つ火炎放射で付近にいた仲間が集まってくれたのだろう。その一部隊五人の仲間に追従し、すぐに俺達も機械兵に攻勢をかける。
刀銃兵士達の攻撃を振り払ったショルダーハート達に向かって、俺と裕也は浮遊装置の最高速度で迫る。だが、奴らもほぼ同速度で後退しながら俺達に腕のガトリング砲を向けてくる。
[ガガガガガガ…]
俺と裕也は二手に分かれてガトリング砲を避けた。
接近戦でも有利と言えない俺達だが、距離をとっての戦いでは更に不利だ。機械兵のガトリング砲は毎秒100発の弾丸を発射可能で、有効射程距離は500メートル。それに対して俺達の刀銃プラズマ砲は、発射時にタメが必要で連射不可、一発の威力こそでかいが100メートルほど飛べば大気減衰で花火同然になってしまう。
性能に絶望的差があるように思えるが、実はガトリング砲にも欠点がある。腕に装着出来るほど小型高性能だが、高速弾を連続発射する際の放熱に問題があり、簡単に言えば冷却時間のせいで性能通りに撃ち続ける事が出来ないんだ。
しかし……
敵はガトリング砲で牽制し続けるが、俺は腕を上げて裕也達に止まれと合図を送る。その俺達の横を風のように通り過ぎた別部隊員達は、ショルダーハートと紫天使に迫った。
「ま…待て!」
俺達の援護に回った別部隊員達は有能だった。ショルダーハートと紫天使が木々の間から放つガトリング音が止んだのを即座に感じ取り、冷却時間だと奴らの前に躍り出た。
……違うんだ。
ガトリング砲を等間隔で交互に放っていたように思えたショルダーハートと紫天使だったが、紫天使の代わりにショルダーハートが多めに撃っていた。俺の耳はガトリング砲の僅かな個体差による音質の違いを聞き分ける事が出来る。
[ガガガガガガ…」
紫天使の左腕に取り付けてあるガトリング砲で、味方の二人の体が一瞬で弾けて飛散した。散り散りになった肉片の雨の中、他の三人も体の各部に被弾して地面でうめき声を上げている。
「今が冷却時間だ! 裕也、紫天使を止めろ!」
仲間を見捨てる事は出来ない。最大戦力の俺と裕也がショルダーハートと紫天使に守り主体の攻勢をかけ、足止めをしている間に正人と弘明に怪我した仲間を退避させる。
だが、ショルダーハートへ向かう俺に裕也の声が聞こえた。
「紫天使……は、どこへ?」
裕也は刀銃を両手で握りながら首を振っていた。
……しまった。このパターンは、
[ズドンッ]
「……っ……」
かすかに悲鳴が聞こえたが、それの大半は土の中に消えた。
振り返ると、背中をひしゃげて地面に突っ伏している弘明が見えた。
……ミスだ。
俺が紫天使へ突っ込み、裕也をショルダーハートに任せれば良かった。
紫天使は人の虚を突くのが上手い。奴は、裕也が俺の指示を理解するまでのほんのコンマ何秒かの時間を突いたのだ。ショルダーハートと紫天使を見据えながら作戦を立てた俺ならば、見失う事は無かったはずだ。
……なぜ俺はショルダーハートに向かったのだ。
俺は刀銃を振り上げ、目前に迫ったショルダーハートの身長より高く飛び上がってそこから振り下ろす。
……殺すのか? 中には花音が入っているんだぞ。
「くっ……」
俺の腕の筋肉が萎縮した。花音達との少し前に戦った機械兵の時と同じだ。中に、この鋼の向こうに、夢想世界では人畜無害そうにお喋りをする女子達が入っていると思うと……。それに、女子の中でも花音は俺にとって大切な……
……俺は、花音を他の奴に傷つけられたく無かったんだ。だから、裕也に紫天使へと指示をした。
そんな俺の瞳に、鋼鉄の拳から伸びる銀色の刃が映る。
真っ黒な鉄仮面の向こうに、殺気をみなぎらせた花音の顔が見えた。
[ブシュッ!!]
「…………くはっ」
機械兵の右腕に内蔵されている鉄剣が、俺の体の中心を貫いた……かに思えた。しかし、それは俺の左側の肋骨を全て体外に放り出しはしたが、心臓からは僅かに逸れていた。
即死は免れたが、俺は空中を錐もみ状態で飛んでいく。体勢を立て直そうと薄れゆく意識の中で試みる俺だが、左腕にワイヤーが巻きついた。強い力で引っ張られる俺の前に、腕を振り上げる紫天使の姿があった。
……死ぬ。死ぬのか? 死ぬのだろうか? いや、死なない。俺は死ねない。ここで喰われる事は許されない。
[Unlock]
「……っ!」
頭の中で何かが聞こえた。俺はいつの間にか閉じていた目を見開き、大きく息を吐く。体から噴き出す出血が急激に減り、力と集中力がみなぎった。
俺は左腕に巻きついている捕縛ワイヤーを、その左手で掴んだ。そして、全力でそれを引っ張って加速する。俺の目に紫天使の拳が迫る。
[ブンッ]
俺を見失った紫天使の拳が空を切る。俺はその勢いのまま地面で大きく跳ね上がり、左の大木の幹にワイヤーを二周巻きつける。
向き直った紫天使はワイヤーを引こうとするが、ワイヤーは大木の幹を締め上げるだけだ。
その張り詰めたワイヤーに、俺は刀銃を全力で打ち込む。切断が目的では無く、刃の反対側の背を思いっきり叩き込んだ。逆にワイヤーに引かれる事になった紫天使はバランスを崩し、そこに裕也が飛び込む。
[ズバッ]
紫天使の肘から先が切断され、ワイヤーと共に宙を舞った。次の斬撃を加えようとした裕也だったが、紫天使は左腕を失った動揺を微塵も見せずに体を翻して後退した。
「待ちやが…うわっちぃ!」
追おうとする裕也に、ショルダーハートが放ったのだろう火炎が伸びてくる。俺達の視界は一瞬全て炎に包まれ、気がつけば炎でくすぶる森の姿だけがあった。
ふぅっとため息をついた俺は、意識を失う寸前に自分が倒れる音を聞いた。