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第七話 元帰世界2





 ……どのくらい経ったのだろうか。


 気がつけば、俺は白い粉の中を漂っていた。ふかふかの粉を掻き分け、重力の反対方向へ進むと空が見えた。


「ぷはぁ……。雪に埋まってたのか?」


 俺が声を出すと、目の前の足がばたばたと動いた。俺は雪から生えているその足を引き、次に腰が出てきたので更に引っ張る。すると、頭が飛び出して花音が収穫出来た。


「雪面から下半身のみを出して演技する。そんな奇怪なスポーツがあるのか?」


「バカっ! 刺さってたのよっ! 単純にね!」


 雪に人間が頭から刺さる愉快な光景に、俺は堪えきれずにぷっと笑みがこぼれた。すると、そんな俺の頭に雪の塊が当たる。ふと、子供の頃の懐かしい記憶が蘇った。


「法次、覚えてる?」


「ああ。昔、一度雪を投げ合って遊んだな」


 頭に乗った雪を払い落とす俺を見て、花音は昔と変わない無邪気な表情で笑っている。


「あの時は、体が冷えちゃって大変だったね!」


「お前がいつまで経っても降参しないからだろ」


「違うよ! 法次がギブアップしなかったからでしょ!」


 本物の雪は冷たかった。手が真っ赤になって感覚が無くなったものだ。だが、夢想世界の雪はと言うと、冷たいには冷たいのだが、表の皮一枚だけで中まで伝わってこない。冷える心配をしなくて済むのだが、乾燥粉雪(パウダースノー)に設定されているのだろうか、ふかふかのさらさらで、水の上に立つことが出来ないように雪の中から出られない。


 どんなに手足を動かしても無駄だと分かり、俺は諦めてそのまま後ろに倒れこんだ。雪は良質のベッドのように俺の体を包み込む。


 目をつぶろうかとも考える俺に、花音の声が聞こえる。


「いいじゃない。時間が来たら夢想世界は終わるんだから。それまでこうしてようよ」


「……だけど、お前は俺をスキーで叩き潰すんじゃなかったのか?」


 雪をかく音がするので頭を起こすと、花音が犬掻きで近づいて来る所だった。そして、まん丸の目で俺に言う。


「疲れちゃった」


「はぁ?」


「あのね、法次を…男を憎む気持ちなんだけど、夢想世界では段々飽きてきちゃうのよ」


「飽きて……来る? 段々と?」


 年月(としつき)の経過によって怒りが冷めると言うのは分かる。だが、和解も無しに数時間で憎むのを飽きるとは……一体どういうことだ? それはもはや健忘症と言うレベルじゃないか? 


 いや……言われて思い返してみれば、クラスの女子達もそうだ。扉を塞ぐなど朝から挑戦的かと思えば、昼頃には男が空気か如く隣を素通りする。男には分からない女特有の性格なのだろうか。




 俺達は、それからしばらく時間を忘れたように話をした。 


 子供の頃にした遊び、冒険した小川、格闘した昆虫、その他にも、一緒に遊んだ哲也、秀和、浩次、高志などのコミュニティの仲間達にも及んだ。


「哲也達は、今頃何しているんだろうな。あいつらも何処かで兵士をやっていると思うが…」


「そうだ! 私、前から法次に言いたい事があったんだよ」


 空を見上げる俺の目の前に、花音の顔が見えた。


「……なんだ?」


「おめでとう! って。だって、隊長やってるんでしょ? 高校生で凄いんじゃないの?」


「まあ、少ないな。だが、俺達なら当然だろ? だって俺達は普通と違うからな」


「かもしれないけど、その特別な子供の中でも法次は一番だったでしょぉ」


「お前は隊長格では無いのか? 単独行動しているからそうだと思ったが」


「隊長じゃないよ。女性軍はね、年功序列だから。ただ、最近仲良くなった子達と……」


 花音は何か特別な権限を与えられた兵士だと思っていたが、予想が外れていたようだ。


「ん? 最近がなんだ?」


 花音が言葉を切ったのは、次に続く話を強調しようとしているのかと思ったのだが、いつまで経っても花音の声は聞こえなかった。


 花音を見ると、俺のすぐそばで俯き、両手で顔を覆っている。この夢想世界で体調が悪くなる事など無いはずだが……。


「どうしたんだ? 花音…」


「触るなっ!」


 伸ばした左腕を、叩き落された。


「……花音?」


 そんな俺を、花音は射抜くような鋭い目で睨みつけてくる。


「少し話をしてやれば調子に乗る。それが男だ。法次、命を大事にしろよ。私が、その首をへし折るまでな」


 冗談を言っている表情じゃない。敵意がむき出しだ。学校でもこんな花音の顔を見たことが無い。どうして……急に?


 俺は花音に拳で殴られた手首をさすった。すると、腕時計の文字盤が何気なく目に入る。


 ――午後四時


 普段、学校を後にして家に着く時間だ。そして、夢想世界と現実の世界の境目となる時間でもある。


 再び花音に目を向けると、そこは緑の壁になっていた。なんて事は無い、いつもの俺の部屋の天井だ。俺は、ベッドで目を覚まし、天井を見上げていた。


 俺は上体を起こすと、眉間を揉み解しながらベッドから出る。そして、薄汚れた軍服を身に纏い、枕元に置いていた腕時計を手に取る。


「午前四時か……」


 時刻を読み上げながら左手首に巻き、扉を開けて部屋から練習場へ向かう。


 ……スキー体験学習は終わった。もちろん、あのように唐突に終わる事を予定していた訳ではない。一応は集合場所が決めてあり、そこに午後三時半に集まって解散のはずだった。しかし、俺と花音は出るに出られない理不尽な場所に迷い込んだため、そこで夢想世界が終わる午後四時まで話し続けていた……のだが……


「花音は正気とは思えなかった。あの尋常ではない敵意は……?」


 俺はつぶやきながら暗い廊下を進む。


 花音のあの攻撃的な様子は、明らかに過去最高だ。俺を、心底忌み嫌い殺気立つ程だった。不思議だったのは、徐々にでは無く、なぜ突然絶頂を迎えたのだ。俺が気に触る事でも言ったのか? いや、花音の話の途中で変化が訪れた。なら一体……、どうして時限爆弾でもセットされていたかのような変貌が訪れたんだ……?


「……待てよ。時限…爆弾?」


「よぉーっす! 法次、集合場所に戻らず何してたんだよ! あの崖から落ちてどっかに刺さってたのかよ!」


 俺の肩を後ろから勢い良く叩いてくるのは裕也だ。こいつの口ぶりからすると、皆は雪に苦戦した話で盛り上がったんだなと予想出来る。


「刺さったのは俺じゃないけどな」


「俺なんかよぉ、あの崖みたいな斜面をごろごろ転がって、最後はでっかい雪球になって木にぶつかったんだぜぇ!」


「ふっ……。物理的にありえないだろう」


 大きな声で笑う裕也の後ろから正人も走ってきた。毎度の如く、三人そろって訓練場に入る。


 今日は四人隊列での陣形(フォーメーション)の確認、そして改良陣形(フォーメーション)の推敲をする。補充人員はいつ入るのか未定のため、部隊員の致死率を下げるために全力で行う。






 スキー体験から半月ほど経った。


 花音の様子だが、あの雪の上での出来事は嘘のように翌日からの態度はいつも通りだった。騒ぐ男子が軽くぶつかったとしても、激昂どころか声を荒げることも無い。なら、なぜあの時だけ? 可能性としては二つ。夢想世界に異常(バグ)があったか、それとも肉体のホルモンバランスでも崩れたのか。


 決定付けるには、まだ足りないことがある。


 俺は、午後三時半に学校が終わるため、それ以降の花音はあれから見ていない。つまり、花音の様子が急変した午後四時丁度の彼女の姿は知る機会がないのだ。現実世界で目を覚ます時間に何か関係があるのだろうか?



 だが、俺は花音の事ばかりを考えている暇は無い。


 今俺は、多少愛着があるこの基地を捨てる用意に追われている。もちろん理由は、女軍がこの基地を急襲してくるとの情報が入ったからだ。


「法次ぃ~、まだかぁ?」


「待て、もう少しだ」


 俺は、端末の操作をしながら横目で扉を見る。裕也と正人はすでに準備を終えたようだ。


「おっそいなぁ隊長は。用意に時間がアホみてーにかかる女かよぉ」


「俺はお前たちと違って、隊長だからこそデータ消去を完全に終わらせなければいけないんだ。それに裕也、それは何だ?」


 俺は裕也が小脇に挟んでいる物を指差した。


 基地を変える事などたびたびある事なので、俺達は殆ど私物を有していないのが普通だ。なのに、裕也は正人とは違い何かを持って行く気だ。


「あ、これ? 枕だよ。俺、枕が代わると寝れない性質(たち)なんでねぇ」


「軍支給の物だから、新しい場所でも同じ物だろ。それに、俺が使っている物ともまったく同質だ」


「分かってないね。この枕はもう五回前の基地からの同士で、俺の匂いをたっぷり吸収している訳よ。自分の匂いがする物をそばに置いて寝るのは、これは動物の本能に関係して…」


「それはマザコンの人にありがちな症状ですね」


 隣で正人が肩をすくめた。俺も正人の言葉を聞いて笑ったところで、データ消去完了のアラームが端末から鳴った。


「正人が言うなら、その通りだな。裕也はマザコンか」


 俺がそう言うと、裕也は「別にいいもん!」と顔を背けながら枕をしっかりと抱きしめた。


 正人は生物学、とりわけ人体の性質と構造に長けており、本能まで熟知している。俺と裕也はまったくその分野には無知で、正人に反論する術が無い。


ただ、言い訳としては俺と裕也が勉強をサボっていた訳では無く、この世界の人間達は効率化の観点から、専門分野を決めてそれだけを勉強しているからだ。広く浅くでは無く、狭く深く知識を詰め込んだ達人(エキスパート)を養成している。



 俺達が武器格納庫に着いた時、すでにもう一人の部隊員、弘明の姿があった。


 俺が十五番隊の電子鍵(ロック)をはずすと、シャッターが開き装備一式が現れた。俺達は黒い戦闘服を身につけ、顔に目だけが覗くマスクをかぶる。そして、浮遊装置(ホバー)を取り出して中を空にすると、ロッカー内部が回転して身幅のある抜き身の刀がせり出してくる。


「行くぞ」


 俺が刀銃を握ってそう言うと、皆も巨大な包丁を持って殺気立った目を光らせる。


 圧倒的戦力を持つ女軍に基地がばれたからにはもう放棄するしかない。しかし、どうぞ持って行ってくださいませ、と手放しで渡すほど俺達は優しくない。心が狭い俺達は、きっちり『のし』をつけた物を女共にプレゼントしてやる。贈り物と言うのは、太古より男から女に渡す物だったらしいからな。



 しかしながら、相変わらず大隊長(むのう)が立てた作戦は合点がいかない物だった。


 敵は、俺達の基地に一直線に進軍して来ている。それを迎撃する作戦として伏兵を配置するのだが、その伏兵は何故か基地回りに置かれる。敵の用心が最高(ピーク)に達する基地周辺に置けば、まさに向かえ討つのが逆に向かえ討たれる可能性が高い。


伏兵は虚を突く場所に、つまり出来るだけ前で襲わせるのが常套手段のはずだ。裏をかくと言う言葉を履き違えているとしか思えない。


 今回の作戦は、あの辛抱強い中隊長も不満を漏らしていた。しかし、小隊長である俺は作戦の練り直しを大隊長に進言する事は出来ないし、その時間も無い。


 従うだけだ。





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