第五話 死隣世界2
……森の中は静まり返っている。
電波と言うものが使えないこの世界は、通信は短距離のみに限られ、おまけに動きを阻害しかねない大きさの装置がいる。男軍兵士は機動性を重視した軽装備なため、通信兵以外はそのような装備を省き、声か指の動きで意思疎通を図る。
だが、女軍は機動装甲に様々なシステムを内蔵しており、仲間同士で通信も可能だ。
つまり、風の音と葉の擦れる音以外は無音のこの森で、機械兵達は獲物を捕える算段を練っている可能性が十分あると言う事だ。
しばらく経った時、前方の茂みが揺れた。
[ガサガサガサ……]
現れた。敵は俺の想定の範囲を超え、正面から堂々とだ。数は1。相変わらず仏頂面な鉄仮面、西洋の騎士のマスクを四角くした頭部から赤く光る単眼ライトを覗かせている。
肩は……黒い。単独で現れた事からショルダーハートかと疑った俺だが、どうやら敵は一般兵のようだ。これは……罠なのか?
俺達を眺める様子な機械兵だったが、突然動いた。右前方から、裕也の方へまっすぐに突っ込んでくる。
虚をつかれた俺だったが、奴の姿は目で捉えたままだ。俺は刀銃を振り上げ、奴が進んでくる軌道上に置くようにして刀銃を振り下ろす。
[バキッ!]
「なっ!?」
奴は左腕で大木をなぎ倒した。それをブレーキに体を止め、俺の刀銃が振られるのをあざ笑うかのように見送っている。当然、そのまま観客で終わる訳が無く、無防備になった俺の体めがけて右腕を振り上げた。
「くっ!」
俺は体を無理やり捻じ曲げ、両腕を広げて奴の拳をかわした。そのままバランスを崩して背中から地面に倒れ込む俺だが、代わりに右手に握った刀銃を奴に向かって跳ね上げる。
……かわされた。
奴は、俺の刀銃から50センチ程の余裕を持って体を動かしていた。
な……なんだこいつ……。普通じゃない。間違いなく、一般兵とは違う。明らかにショルダーハートと同等か、それ以上のエースクラスだ。
「法次ぃ! 木が!」
裕也の声で俺は目を空に向ける。先ほど敵が折った大木が、俺の上に覆いかぶさるように倒れてくる。これも……狙い通りなのか?
「少尉っ!」
健太郎の声も聞こえてきた。
そうだ、俺はこいつらを、小隊員達を守らなければいけない。ここで俺が大木の下敷きになれば、陣形が崩れたまま立て直しが出来ず、全滅必至だ。
「うぉぉぉぉ!」
俺は、振り上げきっていた刀銃を持つ腕に力を込め、筋肉の悲鳴に聞く耳持たず再度振り下ろした。真っ赤に燃える刀銃が、大木を真っ二つに切り分ける。間髪入れずに左手首に触れ、浮遊装置の出力を上げる。
[ブワンッ!]
俺の浮遊装置が唸り、下に向かって空気を吐き出す。地面の上を滑りながらも転ばずバランスを保った。
「陣形を立て直せ! 鶴翼の陣!」
顔を上げると、俺の左で裕也が呆けているのが見えた。この陣形をとる場合、裕也は凸陣と同じく俺の右側に来なければならない。なのに、こいつは先ほどの位置から動いていない。
「何をしている裕也! 鶴翼の陣だっ!」
「け……健太郎……」
裕也の口から出たのは言い訳では無かった。その視線の先を俺も確認する。
……即死だった。
あの機械兵は、俺が大木と戯れている一瞬の間に陣形を斜めに切り裂き、健太郎に襲い掛かっていた。
たまたま陣形の隙を突いた場所が健太郎だったのか、健太郎の力量が他の者より劣っているのを見抜いたのか分からない。だが、あの機械兵の右腕は、健太郎の体を正面から突き破り、背中から拳を見せていた。
「キサマぁぁぁ!」
「やめろっ! 裕也!」
俺は裕也の襟を後ろから掴み、正面から無謀に突進するのを止めた。体を後ろにのめらせた裕也の浮遊装置が土を舞い上げる。
「俺に殺らせてくれ法次! 健太郎ぉぉぉ! くっそぉ!」
「相手は普通じゃない! むやみに突っ込めば死ぬぞ!」
俺は裕也を掴んだまま後ろに下がる。すぐに左側に正人、右に弘明が来て四人で鶴翼の陣を組むが、正人と弘明も銃剣を握る手に力が込められ、今にも飛びかからんと肩を怒らしている。
その前で、機械兵が腕を振ると、体に穴を開けられた健太郎の躯が地面に落ちて転がる。同時に、正人と弘明の筋肉が緊張するのを感じた。
「待て! 正人と弘明も落ち着け! 防御に専念だ!」
そう叫ぶ俺の目の端に、機械兵の頭が動くのが映った。すぐに刀銃を向けるが、襲ってくる様子では無かった。なぜか、俺達全員の顔を順繰りに見ている。
……なんだ? 表現するなら、うろたえているとも言える。顔のマスクで見分けがつかないだろう俺達を見比べてどうする?
[ガサガサ……]
そしてそのまま奴は後退すると、木々の中に姿を消した。裕也はすぐにその後を追おうと、俺に掴まれたまま浮遊装置を吹かす。
「待ちやがれこの野郎!」
「罠かもしれんっ! 止めろ! 命令だ!」
俺はそのまま裕也を後ろに引き倒した。するとすぐに起き上がった裕也は、這うようにしてうつ伏せになっている健太郎の傍へ行った。
俺は機械兵が消えた方向を警戒しながらも、裕也が抱き起した健太郎の顔を見た。健太郎は……彼は……、ミスをして俺に謝っている時のように、眉尻を下げた顔で息絶えていた。
「違うんだ……健太郎。俺のミスだ……。俺が……敵の力量を見誤ったばかりに……」
何時間と構えていても乱れないはずの、俺の刀銃の先が揺れた。マスクが冷たくなるのを感じる。
「……?」
俺の刀銃に、白い綿のような物が乗って消えた。見上げると、次々に空から同じ物が降ってくる。
「健太郎……お前の好きな……雪だぞ……」
木々の中に立つ俺達の隙間に雪が入り込む。
季節は、冬となっていた。
大隊長は声高らかに叫ぶ。情報部のせいだと。
敵拠点があると思われた二つの場所、そこには何も無かった。全ては罠だったのだ。
作戦は大敗を喫し、健太郎以外にも戦死者を多数出す事になった。特に山で包囲攻撃を受けたA班の被害はひどく、ほぼ壊滅状態。援軍として来たB班の助けにより血路を開き、命からがら逃げ出したが、兵士の三分の一を失った。他の作戦を遂行していた別中隊も、同じように罠だったり空振りだったりと戦果は聞かない。
新たな敵、紫天使。健太郎を殺った奴を俺達はそう呼ぶことにした。俺は気が付かなかったのだが、横から見ていた正人は奴の背中に紫色で天使の羽が描かれているのを見たと言う。
五人がかりで逃がしてしまったショルダーハート。五人がかりで逃がしてしまい、挙句一人の犠牲者を出してしまった紫天使。そのエース級の強さの二人だが、機動装甲のペイントを変えただけの同一人物なのではないかと正人は考えた。だが、俺は自信を持って違うと答える。二人と手合わせた俺には分かった。
ショルダーハートは野生のような、恐るべき反射神経で襲い掛かってくる。それに対して、紫天使は計算しながら戦っている。明らかにタイプの違う二人だ。
後に、俺達が紫天使と交戦している頃、A班の一人がショルダーハートを山で目撃していた情報も入る。
同一人物説は消えたが、他にも謎が残る。
どうして、紫天使はうろたえる仕草の後、姿を消したのか?
なぜ、罠を仕掛けた場所だと言うのに、敵は紫天使一人だったのか?
そしてショルダーハートは、A班の隊員が撤退する間際に見たらしい。つまり、戦場に遅刻してきたようだ。理由は?
健太郎を失った悲しみが癒えないまま、俺達の高校二年生は三学期を迎える。