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第四話 死隣世界1



 大隊長(むのう)の作戦決行日が決まった。


 俺達の中隊は、北関東山中にある二拠点を同時索敵する。敵拠点を発見次第攻撃だ。一拠点に付き一つの小隊が先行して露払い、後方に控える主力が到着するまで時間を稼ぐ。


……この間、無駄に犠牲を出した作戦と全く同じだ。教本に書かれてある作戦を場合によっては変形させる事を知らないのは、大隊長(むのう)が無能たるゆえんだ。決まった事をそのまま口に出すならオウムにも出来る。


 俺が作戦を立てるならば……いや、辞めておこう。今の俺の務めは、この稚拙な作戦で戦果をあげつつ、自分の小隊を守る事だ。



 作戦は明日実行されると言うのに、俺のクラスの女子達からは何の変化も読み取れなかった。奴らは、俺達の動きに気づいていないのか、それとも顔に出さないのが上手いのか、あるいは、クラスの女子達の部隊は別の地域に配備されていて、まったく関係が無いのかもしれない。


だが、前回俺の前に姿を現したショルダーハートである花音は、この作戦の守備範囲にいる可能性は高い。



 作戦会議室(ブリーフィングルーム)にて、ぼんやりと集中力を切らしていた俺に誰かの声がかけられていた。


「ほら、決めさせてやるよ。敵がいない方に当たるといいな?」


 嘲笑にも思える笑みを見せるのは、あの四番隊隊長だ。


 部隊を二つに割って作戦なので、先鋒も小隊が二つ必要になる。一つは自ら申し出た四番隊。もう一つの先鋒だが、本来は一桁ナンバー小隊が務めるはずなのだが、どこも名乗り出なかったために俺の小隊が受け持つことになった。


 攻める場所は、簡単に言うと山か平地。そのどちらかに敵拠点があると予想されている。二箇所間は50キロと近いため、一つずつの集中索敵では悟られてしまう可能性が高く、同時攻撃については妥当だと俺も思う。


「中隊長、マップを縮小願います」


 俺の希望通り操作してもらうと、正面モニターに目標拠点周りの広域地図が表示された。旧文明時代に衛星で撮影された航空写真を映し出しているのだが、現在もそう変わるものでは無いだろう。


 ちなみに、現在は長距離に電波を飛ばす事が出来ないので、衛星は役に立たなく打ち上げる事は無い。昔は地球の周囲を大量の衛星が埋め尽くしていたと言われるが、それから二百年経った今は墜落したか衛星軌道を外れて宇宙に消えてしまっているだろう。


 俺は椅子から立ち上がり、部屋の壁に展開されているモニターの前まで行く。そして、モニター上で手を滑らし、平地の北側の部分を拡大させる。


「これは……谷か。平地の後ろが渓谷に……」


 平地と言えど、木が生い茂る森。その北側の木々が特に濃くなっている。等高線で確認すると、やはりそこは幅が狭くなっていた。


「……十五番隊は、こちらを行かせてもらう」


「はははっ! 多少は分かっているようだなっ! そうっ! その平地の方が敵のいる可能性は少ない! 含みをもたせたって、俺には逃げたのがバレバレだぞ」


 四番隊隊長の……駄目だ。何度考えても名前が思い出せない。そいつも前に出てくると、平地の西にある山を指差した。


「敵が守るなら、撃ち下ろせるこの場所が有利だよな。女軍の拠点は山の上にあるに違いない。まあ、俺達に任せておけ!」


 そして、馴れ馴れしく俺の肩に手を置いてくる。俺は、反対側に立っている中隊長に向けてため息を付いて見せた。



 

「それで、どうして平地の方に敵がいると思ったんですか?」


 俺の個室で、正人が眼鏡を指で押し上げながら聞いてきた。


 作戦会議(ブリーフィング)は終わり、今は小隊員に作戦説明をしている所だ。正人の他にも、裕也と健太郎、もう一人の小隊員である弘明(ひろあき)と、小隊メンバーが全員そろっている。


「ここを見ろ。手前は平地だが、その後ろには谷がある」


「谷? 余計敵がいないんじゃねーの?」


 裕也は、鼻をほじりながら地図が表示されている携帯端末を見ている。……そのほじったモノを俺の部屋でどうするのか気になったが、俺は話を進める。


「確かに、上から攻めて来る敵を撃つのは非常に困難だ。だから、谷のように低い場所に拠点があるはずが無いと思うかもしれない。しかし、俺達の装備である浮遊装置(ホバー)は、谷を下りる場合、そのブレーキに性能の殆どを持っていかれて機動性が格段に落ちる。左右に動くことが出来ない俺達は、下からの恰好の的になるだろう」


「なるほど。体重に、重力と落下速度が合わさった負荷で、浮遊装置(ホバー)の出力が大幅に下がりますね。敵はそれを狙い撃ち出来る場所に拠点を築いている……と。裏をかいた挙句、実は有利な場所って訳ですね」


 すぐさま正人が納得し、少し後で健太郎と弘明が頷いた。それに慌てた裕也は、なんとなく首を縦に振っている。


「これで説明は終わりだ。作戦決行は、明日の午前八時。学校が終わってから二度寝するなよ。あと裕也!」


「え?」


 名前を呼ぶと、奴はその姿勢のまま動きを止めた。


「俺の部屋に変なモノを残すな」


 そう言うと、裕也は壁に向かって伸ばしていた腕を折り畳んだ。




 どんな作戦も、必ず日中に行われる。なぜか? もちろん夜は学校に通うからであり、十八歳を過ぎた男なら会社と言う物に通うからだ。


昼に攻めるなんて発見され易くて損だと思うだろうが、攻め入られるのも昼しかないので一概にそうとは言えない。無理して夜に奇襲をする事も出来るかもしれないが、サーバーの接続を切ればすぐ分かるだろうし、なにより、学校に男子が姿を現さなければ速攻ばれる。


 作戦決行日であろうと俺達は学校へ行き、そこで顔を合わせた奴らと学校が終わってから殺し合いをする。





 翌日、作戦日。


 俺達は、全員緑色に擬態させた戦闘服を着込み、樹海のような場所で浮遊装置(ホバー)を唸らせて走っていた。


 俺を先頭に、右側に裕也、左側に正人、その後ろに健太郎と弘明だ。地面に転がる木の枝も多く、急な起伏もあるのだが、浮遊装置(ホバー)の扱いに不安のあった健太郎も進路がほぼ一直線と言う事もあり付いて来られている。


「その調子だ。健太郎、良く努力をした」


 俺が左後方で走る健太郎に言うと、奴は相変わらず恐縮して顔を強張らせる。


「あ…ありがとうございます!」


 頭を下げながらも、健太郎は地面に張り出していた木の根をしっかりと飛び越える。


 すると、それを見た裕也が大回りをして健太郎の横に来た。


「その調子だぜっ! でも、褒められたからって気を抜くなよ! 女どもは巨大熊のような攻撃力と、豹のような運動性能を持っているからな! おまけに動物には無い飛び道具もあるし!」


 健太郎はいつものようにくったくの無い笑顔で返すのかと思ったが、やや笑顔の中に影があった。


「どうかしたか?」


 俺が聞くと、僅かにためらった健太郎だったが、俺と裕也の間で視線を往復させながら答える。


「その件ですが……。自分は、獰猛な機械兵と、クラスの女子とを結び付けられないでいます……」


「どういう意味だ?」


「意味わかんねーな?」


 俺と裕也が同じ意味合いの言葉を同時に返し、正人と弘明も聞き返しはしないが目をぱちくりとさせている。それが健太郎も分かっているようで、言っても良い事なのかと探りながら口を開く。


「機械兵……についての認識は依然と変わりません。凶悪で、同じ人間とは思えません。まだ、満腹時には襲い掛かって来ない猛獣の方に親近感が湧くくらいです。しかし……クラスに編入してきた女子達は……なんて言えば良いのか……」 


 俺達は、浮遊装置(ホバー)を走らせながら健太郎の言葉を黙って待つ。裕也も、虫が飛び込まないのか心配なくらい口をぽっかりと開けながら待っている。


「……すみません。良い言葉が浮かんで来ませんが、あの機械兵から恐ろしい鎧と攻撃性を取り除いた夢想世界の女子達は、男性には無い行動パターンを備え、えっと、興味……が、湧く……側面もあるようにも感じます……」


 そう言った後、健太郎はもう一度「すみません」と付け足すが、裕也が眉間にしわを寄せて健太郎に絡む。


「おーい! あの女どものどこに興味が湧くんだよぉーだ。鎧が無くとも虎の威を借る狐だしっ! ちょっと前だけど、俺達もドッジボールで争っちゃったしよぉ」


「ドッジボール? 楽しそうな印象を受けてしまい……あっ! 失礼、軍曹」


「んんっ……? 全然楽しく無かったけど、今から振り返ると……楽しく遊んだと思われても仕方ない気も……?」


 腕組みをして、直立不動で裕也は浮遊装置(ホバー)で走る。器用な奴だ。


 しかし……、言われてみればそうかもしれない。『攻撃性を無くした女子』、的を射ぬいている表現か。振り返ってみると、夢想世界で攻撃性を表に出しているのは男の方だ。ドッジボールでの対戦のきっかけも、裕也が女めがけて鞄を投げつけた事だし。


 気の強い茶髪の女、美樹を先頭に、花音達は喧嘩を売って来るように思えるが、憎しみと言うより毛嫌いに近いか。それに、沙織は言葉遣いが丁寧で、口数少なく大人しい。クラスの残りの女子達も、男が眼中に無いように自分から絡んでは来ない。


 虎の威を借る狐、裕也はそう表現したが、ここにもそれが当てはまる。後ろ盾となる虎、つまり鎧が無いからの変化なのだろうか……?


 動物の世界には、(めす)(おす)を惹きつけるフェロモンと言う物質があるらしい。人間には、女が男に対して殺人衝動を起こすような物質があったとしたらどうだ? なら、夢想世界ではその物質が干渉する事が無いので、夢想世界の女子が本来の姿であり、過去、男と共存出来た頃の振る舞いなのだろうか。


 いや、そんな物質があるとすれば、今の科学で解明されているだろう。考え過ぎか……。



 健太郎は、ドッジボールの話で何かを思い出したようで、手をぽんと突いてから笑顔で言う。


「ところで、皆さんは野外教室にどこへ行くのですか? 自分は北海道です! 女子の件はともかく、自分は雪を見るのが大好きなので今から楽しみです!」


 俺と裕也、正人は同じ大谷高校なのだが、健太郎と弘明は別の高校だ。健太郎は確か西原高校に通っていて、それは別サーバーに存在する。つまり、ごく近くにありながら、大谷学校からどんなに歩いても辿り付けない場所の学校だ。


 別のサーバーだから違う名前の高校なだけで、行事に関して特色を持たせる必要は無い。と、言うことで俺達も……


「俺達もそうだ。北海道のニセコだったかな。恐らく日程も同じだろうな」


「そうでしたかっ! 別サーバーの学校でも、行事はほぼ一緒なのですね! 自分は、幼い時に現実世界で雪合戦をした思い出があります。もう一度やりたいです!」


「なるほど、雪合戦か……」


 俺も覚えている。健太郎とは違う場所で暮らしていたので時期は異なるかもしれないが、幼い時に20センチほど雪が積もった年があった。子供達で雪合戦となり、最後に残った俺と花音で投げ合ったが、結局暗くなるまで勝負がつかなかった。


 健太郎の話を聞き、裕也は後ろ向きに走行しながら肩をすくめた。


「本当に健太郎は楽しみにしてんだな? 俺達なんて、さっみーなぁ、嫌だなぁ、とかしか考えて無かったぜ」


「はいっ!」


 元気よく返事をした健太郎を皆で笑った。


「面白いよなぁ、健太郎は。俺達の学校にいたら良かったのになぁ」


「同意見ですね」


 裕也に正人が同意する。それを聞いて、健太郎は眉尻を下げた。


「自分もそうであります。少尉や軍曹達がいる大谷高校が良かったです……。自分は、クラスではあまり仲の良い友達がいなく、皆さんと楽しく話が出来る現実世界が一番楽しいです」


 心を包み隠さない健太郎に、俺達は全員照れた。頬を掻きながらも、裕也は健太郎の周囲をぐるっと回り、肩を叩いて言う。


「お前はかっちかちに固いから、ちょっとクラスの奴らは驚いているだけだって。すぐに俺達とみたいに、仲良くなるさ!」


 俺や正人も頷いて見せると、健太郎は思いっきり腰を曲げて頭を下げた。


「ありがとうございまっ……あわわっ!」


 とたんに、バランスを崩して片足を上げた。そりゃそうだ。俺でさえ、その60度腰を曲げた姿勢で走るのは難しいぞ……。





 そろそろかと思い、俺は左腕の小型パネルを確認する。ホバーの移動速度と経過時間から計算すると、この辺りが司令部の推測する敵拠点の位置になるはずだ。だが、俺はここから数キロ先に進んだ渓谷を怪しんでいる。


 俺は隊長として小隊員達に言う。


「さて、集中だ。健太郎、夢想世界の女をどう思うと構わないが、現実世界の女は悪鬼だ。一瞬でもためらえば命を落とすぞ」


 健太郎が頷くのを確認する俺だが、その言葉は自分に言い聞かせるための物だったのかもしれない。


 その時、弘明が叫ぶ。


「A班が敵と遭遇、戦闘に入りました!」 


 そのまま弘明は、神妙な顔で雑音の酷い通信に聞き耳を立てる。


彼は電波妨害が激しいこの世界で、微弱な電波をも受信出来る強化出力装置(ブースター)を腰に装備している。昔なら通信兵と呼ばれていた役割だ。


「法次の予想が外れたって事かよ? 別班が攻めた山が敵の巣かぁ?」


 裕也は、拍子抜けだと唇を突き出して顔をしかめている。


 ……外れたか。女達は、兵法に従って高い場所に砦を築いた。なら、大隊長(むのう)の用意した次の俺達の作戦は、大きく西に進路を変えて、敵拠点である山の東側から攻撃を仕掛ける事だ。


「行きましょう! 法次君!」


 正人が急かすが、俺はその場で浮遊装置(ホバー)を静止させた。すぐに四人が俺の周りに集まり、森の先を見る俺の顔を裕也が覗き込んで来た。


「どうしたんだよ?」


「裕也、お前は今、ここで怪我をした」


「はぁ?」


「弘明、後方部隊に伝えろ。怪我人が出たため、うちの小隊は治療時間をもらう。一番隊以下は、作戦を続行しろと」


「了解」


 現在、山岳地帯で戦闘中のA班は、四番隊を先頭にした偶数番小隊。こちらのB班は、俺達十五番隊が先頭で、後方には奇数番の小隊が追従していた。今、その後方部隊に事前の作戦通りA班の支援に行ってもらった。俺達も本来行くべきなのだが、俺の独断でこの場所に留まり、孤立してしまった状態だ。


「隊長、理由を」


 敬礼姿勢で説明を求める正人に、俺は答える。


「罠だ。本当に敵が山の上に拠点を築いていたなら、篭城して撃ち下ろしの砲撃をしてくるだろう。だが、敵は山上から白兵戦を挑んできている。俺が敵の指揮官なら、敵を山に十分誘い入れ、伏兵を出して山に火を放つ」


「うわっ! ずりぃ作戦!!」


 身もだえする裕也の横で、正人が神妙な顔で言う。


「では、尚更援軍に向かう必要があるのでは?」


 それを聞き、浮遊装置(ホバー)も動かさずに慌てて西に走り出そうとする裕也だったが、俺は北に目を向ける。


「俺達はこのまま渓谷を確かめる。あちらが罠なら、こちらに拠点がある可能性は高く、そこを叩けば敵の補給路を絶つ事にもつながる。弘明、一番隊に、『A班は包囲された可能性がある、留意せよ』と伝えてくれ」


 弘明が通信終えたのを待ち、俺は指で隊員に指示を出す。すぐに裕也達が散る。


 凸陣。俺を最前線に単独で置き、後ろの四人で四角形を形作る。『凸』の形に似ている事からそう呼んでいるが、決して突撃して一点突破を狙う陣形では無い。


 自分で言うのもなんだが、小隊最強の戦闘力を持つ俺が敵の攻撃を一手に引き受け、後方前列の裕也と正人が俺の援護および左右の索敵、後列の健太郎と弘明が索敵に徹する。突出した力を持つ俺と裕也、正人の三人がいて可能にする負けなしの陣形で、この間ショルダーハートと遭遇した時にも使っていたものだ。


 その陣形を維持したまま浮遊装置(ホバー)で走る。


 思っていた通り、大隊長(むのう)が予想した場所には拠点を築こうとした痕跡は無く、無論敵の気配もありはしない。


いよいよ渓谷に差し掛かりそうな時、俺は浮遊装置(ホバー)を停止させた。隠密性を重視する場合は、やはり人の足が一番だ。皆も同じように浮遊装置(ホバー)を止めて地に足を着ける。


 その時、俺の皮膚が逆撫でされるような感覚を受けた。


「――っ!?」


 即座に俺は背中に固定していた刀銃を抜いて構える。


 前方に……気配があった気がする。誰かの視線を感じた。錯覚、幻聴だった事も正直多々ある。だが、用心してもしすぎる事の無い戦場、俺の勘違いだったとしても笑う物は誰もいない。事実、後ろにいる隊員達も全員刀銃を抜いた。



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