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第二話 哀戦世界2



 

「隊長! 浮遊装置(ホバー)の調子が良く無いんですけど。 出力にばらつきが……」


 訓練場で、小隊員の健太郎が俺の所に来た。


浮遊装置(ホバー)とは足に装着する装備品で、靴より二回り大きい本体内に浮上機関を内蔵している。強烈な圧縮空気を下方向に放出し、これにより俺達は滑るように地面を移動する事が出来る。機械兵に対して、俺達が勝る運動性と言う部分で重要な位置を占める装置だ。


健太郎から受け取った浮遊装置(ホバー)を手に取り、俺は中の制御回路部分を操作する。小型液晶に表示されている出力グラフは正常の形をしていた。


「……それほど悪いようには見えない。伝える部分に消耗(ロス)があるんじゃないか?」


「実力不足ですね。失礼しました」


 健太郎は深々と俺に頭を下げた。


 浮遊装置(ホバー)は、足の筋肉の動きを読み取って自動で行きたい方へ進んでくれる。その、足の筋肉の動かし方にも多少コツが必要だ。健太郎の浮遊装置(ホバー)には異常が見つけられなかったので、彼がまだ操りきれていないと思われる。


 健太郎は、最近俺の小隊へ補充兵として来た奴だ。歳は同じ十七歳なのだが、昇格試験に手こずったのか正規兵になるのが遅れていたようだった。 


「同い年なんだから敬語は良いって言ってるだろ? それに、隊長って呼ばれ方はなんだかくすぐったいから、法次で良いぞ」 


「そんな訳にはいきませんっ!」


 そう言うと、健太郎は右腕を腰の後ろに回し、頭を45度下げた。これは刀銃兵部隊の正式な敬礼だ。相変わらず固い奴だ。


「よう、健太郎伍長。一緒に訓練するかね?」


 そこに、裕也と正人が来た。手には木で出来た刀銃の模擬刀を持っている。


「これは笹柿軍曹と吉岡軍曹! 自分などを誘っていただけるなんて光栄であります!」


 健太郎が、裕也と正人にもそれぞれ敬礼を行うと、裕也は俺に向かって首を掻く真似をしながら苦笑いをする。確かに健太郎は固い奴だが、生真面目なだけで皆から嫌われている訳じゃない。ただ、くすぐったいのだ。


「さて」と言葉を始めた裕也は、健太郎に向かって自分と正人の顔を交互に指差して見せる。


「俺と正人、まずどっちとやりたい?」


 そう言って自信をみなぎらせた顔をする裕也に、健太郎の目は泳ぐ。


「えっと……。では……吉岡軍曹と……で……」


「んっ? どうしてなの? 健太郎君」


 選ばれた正人は、首をかしげた。


 聞かれた健太郎は、言葉に詰まりながら正人と裕也の顔を高速で五往復させてから言う。


「よ…吉岡軍曹の方が細身ですので……、あの……」


「はい? 細い? 細いって言った? 今」


 周囲10メートルの空気が張り詰めた。その静寂を破るのは、裕也の模擬刀が地面に転がった音。青ざめた顔の裕也がこちらを見るのと、俺が唾を飲み込むのは同時だった。


 いけない……。正人は、『華奢』や『なよなよ』など、女っぽいを連想させるような事を言われると……非常に危険な男になる。裕也の言葉を借りると、鬼に憑依されてしまうのだ。昔、裕也がふざけてそれを正人に言った時、俺と裕也は二人で合計六箇所の骨折をした。


 健太郎は、きりきりと模擬刀を握り込む音がする正人の手元を見つめ、冷や汗を流している。


「ねえ、細いってどういう意味?」


 聞いた正人の口元は笑っているが、すでに目の部分は鬼になっている。隣にいる裕也の奴は、重心を後ろに置いていつでも逃げ出せる姿勢だ。


「い…いえっ……あのっ……、は……張り……張りがあると言いますか、ばねが……あると言うのでしょうか、スマートながら強靭な肉体を持つカモシカのように……思えまして……」


 滝のような汗をかいてしどろもどろで言った健太郎だったが、正人の顔はいつの間にか邪気が抜けており、手をぽんと一つ突いた。


「あっ! カモシカね! 知っているよ! 鋼の筋肉に包まれた屈強な肉体を持つのに、鹿に似ているから、遠目からなら細く感じちゃう動物だね! そうだよね、僕は毎日頑張っているのに、筋肉がついてないはずが無いもんね?」


 健太郎の返事が無いので、正人はもう一度「ねー?」と言った。すると健太郎は弾かれたように何度も首を縦に振る。


 ここだ! と思い、俺はすかさず裕也に言う。


「早く! ……訓練に行くんだ。さ…さぼるんじゃない」


 俺は普段隊長風など吹かせた事は無いと言うのに、この時ばかりは気が急くあまりそんな言葉が出た。しかし、裕也はそれに対して即座に「おう!」と大きな返事をして健太郎の腕を引っ張って歩く。その後ろで、正人はシャツをめくったり袖をめくったりと、自分の筋肉を確かめながらにんまりとして付いて行った。


「で…では、刀銃の訓練をして参ります。神志那少尉、失礼しますっ!」


 健太郎は振り返ってそう言うと、そのまま三人で訓練場の中ほどまで行った。そして、すぐに模擬刀を使った立ち合いを始める。


 まずは裕也と健太郎が刀を合わせたようだが、やはり実力差が激しい。と言っても、健太郎が悪い訳では無く、裕也と正人は別小隊に行けば隊長を任される程能力があるから仕方が無い。誘いはあるのだが、あの二人はなぜか俺の小隊から出ようとしない不思議な奴らだ。





 午後の訓練を終えた後、小隊長を集めた作戦会議(ブリーフィング)があった。


 まだ二十代だと言い張る中隊長が話した内容は、予想通り昨日現れた機械兵達、その後の動きについてだ。奴らはこの日本に降下後、どこかに拠点を築いたらしい。


「場所が分かり次第、攻撃を仕掛ける。日本を敵に渡す事は最前線の重要な砦を失う事になるし、それよりも我々日本人にとって許しがたい事だ」


 大型モニターの前で中隊長がそう言うと、着席した小隊長達の最前列にいた細身で長身の男が立ちあがった。


「その時は、我が四番隊に先陣を任せてくださいよ。ショルダーハートを逃したどこかの子供達のようなヘマはしないですからね」


 そいつは俺に横顔を見せて言うが、俺は黙って視線を下げる。


 四番隊隊長、名前は……なんだっけな。とりあえず、『四』が付くこの部隊は『死』を敵味方に暗示させ、小隊の中で最強を誇る部隊だ。


 それ以外は順当に一番隊から力のある者が割り振られ、俺の小隊は第十五番隊になる。まあ、全員十七歳の高校生なので後番なのは自然か。四番隊の奴らは二十歳とかそのくらいだと思う。あの老けようならな。本当の歳は知らないし興味が無い。




 作戦会議(ブリーフィング)が終わり、皆は部屋から出て行く。俺も同じようにしようと立ち上がると、中隊長が俺に視線を向けているのに気が付いた。


 誰もいなくなった室内で、彼は俺に話しかけてくる。


「ショルダーハートの戦闘能力は、報告書には機械兵一個小隊以上とあった。だが、君は控えめな男だ。実際は二個小隊以上なのか?」


「……ですが、我が隊の五人でかかれば倒すのも不可能では無いと考えます。昨日は運が無かった」


「そうか……。四番隊がショルダーハートと出会ったらどうなると思う?」


「出会わない事を祈るべきですね」


 俺が真面目な顔で言うと、中隊長は似合わない髭を撫でながら続ける。


「実は、明日くらいに作戦が決行されそうだ。敵が拠点を築いた可能性が高い場所を、二か所同時に叩く」


「あの大隊長(むのう)の作戦ですか。中隊長(あなた)の顔を立てて、半分程度は守ると約束しましょう」


「……九番隊も、君達と行動を共にさせていれば、死ぬことも無かっただろうにな」


 中隊長は、片手で額を覆いながら首を小さく横に振った。


事実、中隊長の言う通りだ。昨日のは完全に作戦のミス、九番隊に先行させるべきでは無かった。進軍は遅くなるが、部隊を横に並べて押すのが最善手だと思う。中隊長も勿論そう考えていただろうし、戦術レベルの采配は現場の中隊長に任せるべきなのだが、自分の能力を勘違いしたあの大隊長(むのう)はそれを許さない。


俺はそれに危機感を覚えているため、自由の利く後番部隊でいられるように中隊長に実は根回ししてもらっている。毎回単独行動をして睨まれ続けていると思うが、昨日はそれのおかげで被害を最小に留めたと自負している。


「高校はどうだ?」


 聞かれると、俺は右手を腰の後ろにやって敬礼の姿勢で答えた。


「無駄です。夢とは言え、それすらも訓練に費やした方がましです。こちらがどのような姿勢をとったとしても、あちらは受け入れず、虫けらを殺す様に殺人衝動が尽きる事は無いでしょう。なんせ、俺達は旧文明時代から何も変化しておらず、純粋な人間のままです。変わったのは、女達の方ですからね」


「その通りだ。しかし、どうして女性がああなってしまったのかの原因を突き留める必要はある。さもなくば……地球は男か女、どちらか一種類しか存在しなくなる」


「一種類だけでも子供を作れる技術がある今の時代、構わない気がします」


「……そう言うな」


「これは失礼。俺は戦うだけです。兵士ですから。命令とあらば、学校も通います」


 中隊長が頷くのを確認し、俺は部屋を出た。



 すぐに夕食、そして、学校に通わなければいけない。夢の中で……





 狭い兵士宿舎のベッドに横になったのは午後八時。


 次の瞬間、無駄に広い洋室で目覚めるのが午前八時。もちろん、夢の中の時間で現実世界は午後八時だ。


 俺は、昨日脱ぎっぱなしにしたはずなのに、今日はハンガーに吊るされていた学生服を身に付ける。そして、硬い革で出来た用途の狭そうな鞄を持ってマンションを出た。




 夢の中で作り上げられた仮想世界。これを、この時代では『夢想世界』と呼ぶ。


 振り返った所に見える大きなマンションも夢の中の幻影だ。現実世界では、戦争による荒廃でこんな綺麗な建物など存在しない。


 学校までの道のりも、ひび一つ無い住宅が誘導するように立ち並んでいる。植樹された木が道路沿いに生え、車両が走る場所も凹凸無く舗装されている。これが二百年前の街並み、男女が仲良く暮らしていた平和な頃の姿だと言う。


 二十世紀頃から女性が社会に進出し始めた。それが兆しだったのだ。二十一世紀には男女の平等が確約されたのだが、二十一世紀後半にはそれすらも女性は満足できなかった。


次第に女性は、男性こそが足を引っ張る存在、人類の進化に不要だと考えだし、二十二世紀には男女で分かれた戦争に突入した。事前に戦争の準備を完了していた女軍に虚をつかれた男軍は敗北を続け、今は東アジアの一部のみを生息地としているが、尚も押し込まれている。


 大きな理由は、女性が身に纏う機動装甲、その脅威の性能だろう。平均身長165センチの女性の体を分厚い鉄板で包み、2メートル超の大女に変える。


 元は障害を持つ人々のために開発された運動補助装置らしいのだが、今は攻防を完璧に兼ねた凶悪な兵器だ。


機関(ジェネレーター)で補助され、超重量を物ともせずに動き、そして各部には人を殺す事だけに主眼を置いた武器をいくつも内蔵している。重武装が無かったとしても、腕を振るだけでも人が死ぬ程の威力だ。


体を密閉して覆うため、ガスなども効かず、水中はもちろん真空でもしばらくは大丈夫らしい。背中に補助機関(ジェネレーター)を取り付けると、空も飛ぶ事も可能。まさに疑う余地が無い、人類史上最強の鎧だ。


 しかし、そんな女の暴虐を、男は袖を噛んで我慢していた訳じゃない。


 地中に数多くの電波妨害装置(ジャミングユニット)を埋め込み、誘導兵器の類を無力化した。これで、男の人口を激減させた大量破壊兵器の使用を阻止する事に成功。


 そして、機械兵に対抗するために白兵戦装備を開発。それが、斬ると撃つが可能な『刀銃(とうじゅう)』だ。プラズマ機関を内蔵し、集束プラズマを射出して遠くの敵を攻撃する事が出来る上、近距離ではプラズマで瞬時に刀身を熱して熱剣(ヒートソード)と化す。他にも足に装着する浮遊装置(ホバー)を開発し、機動性では女達の機動装甲以上だ。


 ただ、防御に関しては紙と言わざるを得なく、前世紀から殆ど変化してない防弾防刃ジャケット一枚のみだ。戦場に合わせて色はその場で変化させることが出来るが、そんなお洒落機能など気休め程度しかならない。


 つまり、攻撃力は同等で、機動性の男軍、防御力の女軍となる。だが、女軍の機械兵はある程度の機動性を持つ一方、男軍の防御は、紙もしくは空気。言わずもがな、俺達は不利だ。


 夢想世界で、俺のマンションから高校へは歩いて十五分。都合よく作りだした世界なら、住居は学校真横でも構わないだろうと思うかもしれないが、レクリエーションを兼ねてのこの距離だ。


 基本的に夢想世界とは、遊び、気晴らし、そのために存在する。戦争中だと言えばそれだけで理解出来るだろう。くつろげるのは夢の中だけ。女軍も優勢とは言えそれは同じだったようで、どちらも同様の夢想世界を作り上げて持っていた。


 それを繋げた(リンクさせた)のが、この世界だ。



「よぉー、法次。二限のバスケではこの間の借りを返すからな」


「正人と二人がかりならその可能性もあるかもな」


 正門で、反対側から歩いて来た裕也と合流して靴箱へ向かう。


 ちなみに、夢想世界の運動能力や容姿は外世界と同等に合わせてある。もちろんプログラムなので変える事は可能だろうが、顔見知り相手に自分を美化して作り変えた所で(むな)しいだけだ。


 教室前まで来ると、その入り口を塞ぐように女子二名が話し込んでいた。その視線の動かし方からすると俺と裕也の存在に気付いたようだが、道を開ける気は無いようだ。


「どけよ。鎧が無ければ非力な生物が」


 当然裕也は女子に噛みつく。すると、億劫な表情を浮かべながら女子二人は俺達を見たのだが、返答は俺達の背後から聞こえた。


「少し腕力が勝ってるだけで偉そうな顔をして。それなら、ゴリラに頭でも下げたらどう?」


「ああっ?」


 裕也は怒りを露わにして振り返った。俺は声の主が分かっているため、軽く振り返り後ろの人物に横顔だけを見せる。


そんな俺に花音は声色を上げておどけたように言った。


「あはっ! そっちのゴリラは完全に戦意喪失みたいね。怖いのかなぁ~?」


「なんだとっ! この法次って男はなぁ…」


「行くぞ。構うな」


 俺は裕也の襟元を掴み、教室の後ろ側の扉に向かう。まだ花音は絡んでくると思ったのだが、何も言葉が聞こえなかった。


「奴らは挑発して俺達を興奮させ、少しでも情報を引きだそうとしているんだ。余計な事を言うな」


「あっ……そうか。すまん法次……」


 頭を下げる裕也と教室に入ると、すでに登校してきていた正人が寄ってきた。


「傍若無人。編入二日目にして教室を我が物顔ですよ。敵さんは」


 言われて教室をぐるりと見回すと、黒板の前、窓際、教室の後ろと、女子達がいたるところで立ち話をしている。俺と同じようにそれを確認した裕也は、男子を包囲している女子達に腹を立てるのでは無く、呆れたように肩をすくめた。


「なんであいつ等、わざわざ立って話をしてんだ?」


「必要性については不明です」


 正人も首を横に振った。


 現実世界では、顔を合わせれば全力を尽くして相手の命を奪おうとする男と女だが、夢想世界では争う事を最小限度に控え、共同生活を送る試みには両陣営とも賛成している。


……が、恐らく本音は、諜報活動の一環、相手に攻め入る戦略や戦術をより効果的にしたいのだと俺は考える。具体的には相手の行動パターンを知れば、敵が本能的に身を隠す場所を読めるかもしれない。もちろん、それは敵も同じで諸刃の剣と言えるのだが。



 突然、裕也は俺の目の前で振りかぶると、そのまま学生鞄を前方に放り投げた。その放物線を追うと、裕也の席で座って話をしていた女子の後頭部に当たる。気の強そうな彼女は、頭部の映像を若干乱れさせながら振り返った。


「痛ぁ~い! 何するのよっ! えっと…」


 そこで女子は言葉に詰まり、隣に座っている子とごにょごにょ話をする。


 こちらも、正人が裕也に耳打ちをした。


「うるせぇ! 美樹とかいう名前の女っ! そこは俺の席だ。汚ねぇ尻を乗せてんじゃねぇ!」


「仮想世界に汚いも何もないでしょっ! 裕也とか変な名前の男は何言ってんのよ!」


「気分の問題だ! それに俺の名前は男じゃ普通だ!」


「そんなの知るもんか、バーカ!」


 あの女は「痛い」と言ったが、もちろん現実世界の体に影響は無い。生活をするには感覚と言うものが不可欠なので、痛みについても現実世界と同様程度に感じるようプログラムされている。


 席を返すそぶりを見せない美樹と言う女子に腹を立てたのか、裕也は自分の席へ荒い足音を立てて近づき、腕を美樹の胸倉に伸ばす。だが、その手首は美樹の隣の女子によって掴まれ、瞬きほどの間で捻り上げられた。


「いっ…いてててて……」


「気分の問題? 良く分かりましたわ。汚い手で体に触れられたくありませんし」


 裕也を完全に制している女は小さく笑った。微笑とでも言うのか、久しく見ない笑い方だ。


「今、裕也君の腕を掴んでいる女子が本宮沙織(もとみやさおり)です。その隣、最初に裕也君と揉めていたのが片山美樹(かたやまみき)です」


「研究熱心だな、正人」


「敵となる相手です。知っていて損はありませんよ」


 正人は俺に向かって眼鏡を上げてみせる。


 部隊では、裕也が俺の右側で戦闘補佐をし、正人が少し引いた左側で俺の戦術補佐をする。実に頼りになる奴らだ。


 美樹と言う女は、生まれつきなのか分からないが髪が茶色の珍しい奴だ。そして、沙織と言う方は、黒髪が腰まで届きそうなほど長い。どちらも、男世界にいる俺達にはなじみが無さすぎる。


俺がそう思うのだから、裕也と正人は本当に奇異に感じているだろう。奴らは女を殆ど見た事が無いはずだからだ。俺は……花音を知っている事からも分かるように、事情があって特殊なコミュニティにいたため少し普通と違う。


「沙織、やめとけばぁ。ゴリラに言葉は通じないしね」


 花音だ。教室の前側から入って来た彼女は、言いながら自分の席に座った。裕也の腕を離した沙織と美樹も花音の席の傍へ集まり、再び俺達を見る。同時に他の女子達も一斉に俺達を睨み付けてきた。


 やはり花音の兵士階級は、他の女子より上に違いない。女軍独立小隊、隊長と言われるショルダーハート。このクラスの女子何人かもそこに属する、または近い位置にいる兵士達なのだろうか。俺と裕也、正人の間柄のように。


 だが、俺はショルダーハートが花音だと知るのでそう考えたが、裕也達は花音が隊長クラスだとは結びつけていないだろう。仲の良い女子達の中心的存在、その程度の認識かもしれない。


 なら俺達はどう見えているかと言うと、


「そこにいる隊長さん、兵士のしつけはきちんとしていただきませんとね」


 沙織が、先ほどのように微笑を浮かべながら俺にきちんと目線を合わせて言った。……どうやらこちらは丸分かりのようだ。裕也が何かと俺の意見を伺おうとするので、簡単な問題(クイズ)だったのかもしれない。


 沙織と言う髪の長い女はやや小柄で、武より智を感じさせる。女軍の参謀的位置取りで、敵隊長である俺の出方を伺っているのかもしれない。なら、俺が花音に対しての戸惑いを悟られてはいけないし、裕也達の士気を下げる発言も禁物だ。


「近いうちに鉄棺桶の中で息絶える者へ、遠慮がいるとは思えないな」


「おおっ! さすが法次! 暴言を小難しくまとめさせたら世界一! 最高!」


 裕也が腕を突き上げると、男子全員が立ち上がって女子を睨み付ける。昨日と同じく、教室が半分に割れて一触即発の様相だ。


「ちょ……ちょっと待ってください! 直接の戦闘は何も生み出しませんし、ここは夢想世界です。やるだけ無駄です」


 いつの間にか先生が教室に入って来ていた。担任であり、全ての教科を受け持つ教諭だが、現実世界には存在しない夢想世界のみで生きる作り物の男。従う必要性は少ないが、彼の言う通りここで戦闘を始めた所で時間の無駄だ。刀銃など装備品が無いので模擬訓練(シミュレーション)にもなりはしない。


 だが、俺を含めクラス全員の気分が晴れないのも事実だ。


 そう思っていた時、担任の口から面白い言葉が出た。


「どうです? 二時間目は体育ですし、ドッジボールなどで決着をつけたら?」


 思わぬ発想だった。なるほど。仮想世界のようなここでは、俺達は殴り合ったとしても決着はつかないが、スポーツならどうだ? ルールにのっとり試合が運び、一応の決着がつく。


更には、負かした相手に精神的ダメージも与えられ、その種類のダメージなら現実世界にも影響するかもしれない。


「……おもしろい」


 俺が裕也に同意を求めようと言うと、奴は少し不満顔だ。


「え~、ドッジボール? バスケは?」


「裕也君、ドッジボールの方が相手にボールをぶつけられて良いと思いますよ」


 正人がボールを投げる真似をすると、裕也の目も光り輝いた。


「おおっ! いいじゃんっ! たまたまかもしれないけど、仮想先生良い事言った!」


 裕也が上に向けて吠えると、男子達も同じように吠えた。


 咆哮が教室中で轟く中、俺が沙織を見ると、彼女は隣で座っている花音に意見を伺っているようだ。


「良いんじゃないの? ゴリラ共はほんと単純ね」


 花音がそう言った時、僅かに唇が緩んだ。それは、余裕の表れだったに違いない。





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