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第一話 哀戦世界1

 ――(ほう)()、知ってる? カマキリってね、メスがオスを食べちゃうんだって


 ――雌の血肉となるのか



 超高高度を輸送機の群れがまっすぐに飛んでいた。その輸送機の格納庫では、壁際に直立不動で立つ大きな人影がいくつもある。


ある地点をさしかかった時、輸送機の格納庫でランプが黄色に点滅をした。格納庫に重い音が響き、2メートル超の者達が動き出す。


それらは、戦車のごとく厚い装甲を持つロボットのようだった。


重厚なプロテクターを纏った人型の者達は、四角い西洋甲冑のような頭部にある赤い目を光らせながら武器を手に取る。


壁際で後ろ向きに整列をした者達のすぐそばで、輸送機の側面が開いてせり上がって行く。程なくランプの光が青点灯に変わると、人型の者達はそこから見える紺碧の空へ身を投げた。


輸送機一機に付き二十体。空は、無数に降下を続ける黒い点で埋め尽くされた。



――いつか、私も法次を食べちゃうのかな?


――花音(かのん)になら食べられても良いかもしれないな



 地下空洞で複数の足音がこだましていた。

 

 恐らく地下鉄跡だと思われる迷宮を男達が走る。黒に統一されたジャケットやマスクは特殊部隊の兵士を思わせるが、手には身の丈に迫る大きな抜き身の刀を持っていた。


 男達が左手首にある小さなキーボードを触ると、すぐさま足元から粉塵が舞い上がり体を浮き上がらせる。滑るようにして地面を高速で移動し始めた男達の姿は、いつの間にか黒一色から全身灰色の都市迷彩色に変わっていた。



 ――法次、その時は……


 ――その時は?



 彼の目の前に、同じ戦闘服を着ている人間が複数地面に横たわっていた。


 ある者は体に無数の穴を開けられ、ある者は首が捻じれ、ある者はすでに肉塊となって原型を留めていない。


 無残な姿を晒す仲間を一瞥すると、彼は後ろにいる隊員に指先で合図を送った。背後にいた四人は散開し、崩れたビルなどの影に身を隠す。


 彼は、刀を肩にもたげさせながらそのまま一人歩いた。長身の男だったが、それにしても刀が長い、刃の部分だけでも120センチはある。


実に奇妙な刀だった。刀と言うよりは大きな包丁に近く、下部の刃幅は15センチ以上だろう。その下には50センチ程の極端に長い柄が付いているのだが、一番奇妙だったのが、その柄の上部に銃の引き(トリガー)そっくりの物がある事だ。武器には違い無さそうだが、果たして刀なのか銃なのか……?


 彼は、刀を振って切っ先を崩壊しているビルの二階部分に向けた。そして、引き(トリガー)に指をかける。


[バシュッ]


 刀身全体が輝きを放ち、青白いエネルギーの塊が射出された。


[ドォーン!]


 ビルの壁が煙を上げながら剥がれ落ち、そこから身の丈2メートル程の黒い鉄巨人が姿を現した。戦車をモチーフに作られたような重厚な鎧をまとったそれは、鋼鉄の戦士と呼ぶのも相応しいかもしれない。ただ、どういう訳か右肩だけが桃色(ピンク)に塗られていた。それを確認した彼の目に力がこもる。


『ショルダーハート』


 丸い肩部装甲(ショルダーアーマー)の形が桃色(ピンク)で逆さハートに見えるため、そう彼の部隊に呼ばれていた。だが、決して可愛い噂では無く、見たら死を覚悟しろ、そう言葉が付け足されている。


 次の瞬間に、彼に鉄巨人の左腕が向けられていた。その手の甲から直径1センチのガトリング砲が四門突き出ている。


[ガガガガガガガガ……]


 彼は、脅威の跳躍を見せて弾をかわす。そして横に避けながらも、刀型の銃で反撃を試みる。


[ドォーン!]


 光の弾はビルの二階を再度吹っ飛ばした。しかし、黒い鉄巨人の姿はすでに消えている。


[ブンッ]


 鉄巨人は彼の右側からその大きな図体で飛んできて、激しい風切音と共に右の拳を振るった。しかし彼はそれを間一髪のところで仰け反ってかわし、持っていた刀を両手で振り上げる。


[ズバッ!]


 いつの間にか彼の持つ刀はオレンジ色に光を放っていた。そこから陽炎が立ち上り、高温に熱せられているのが見て取れた。


鉄巨人は後ろに急速後退して避けたが、胸部装甲と頭部に深い切り傷が入っていた。そこからも陽炎が立ち上り、彼の持つ高温の剣によっての傷跡だと分かる。

 

 彼は刀を握り直して上段に構えると、破損したマスクを引きちぎって捨てた。瞳に力が宿る精悍な顔が現れる。


 とたん、鉄巨人の切り裂かれた分厚い頭部装甲、その隙間から覗いていた目が見開かれた。


「ほ……法次……!?」


「……何?」


 彼は、不意に自分の名を呼ばれていぶかしげな表情を見せた。だが、すぐに彼の目も同じように見開かれ、鉄巨人に向かって言葉を放つ。


「その目……その声……。まさか……花音……か?」


 刀を持った彼と鉄巨人は、向かい合ったまま時を止めた。



 ――その時は、私を殺してね







 気が付けばマンションだ。俺の平穏な生活はここから始まり、ここで終わる。


 名前は神志那法次(こうしなほうじ)。本名だ。


 高校二年生であり、俺は二組。これは嘘だ。


 その嘘の世界が、今晩(、、)も始まる。




 教室では、全員黙りこくっている。


一クラス総勢15名の男子達、決して仲が悪い訳じゃない。ただ、全員憮然とした表情なのは疑いようが無いし、覆る事は無い。原因は、本日転校してくる15名の女子達だ。これにより、しばらく俺達のクラスは男女15名ずつの30人となり、半分が女子となる。

 

 それが……気に食わない訳だ。男子全員、一人の例外も無く。


 しかし、下っ端兵士の俺達には拒否する権限は無く、上の考えに従うしかない。


 不穏な空気の中、先生の合図と共にぞろぞろと女子達が扉から入って来た。空席だった教室の左半分の席に次々と座る女子の中に、知った顔を一人見つけて驚いた。とっさに顔を逸らせた俺の目の端に、相手も同じようにした姿を捉える。


 男子と女子は、誰一人として目を合わせる事無く一時間目の授業が始まる。『国語』と言う教科で、普段の生活でまったく使わない学問だ。意味が通じる程度で良いと誰もが思っているのだが、女子達はなぜか熱心に聞いている。


 授業が始まって二十分、俺の斜め前の男が机を強く叩いて立ち上がった。そして、女子達を指差しながら振り返ると、俺に向かって口を開く。


「なあ法次、こいつら殺していいか?」


 すると、女子側でも同じように机を叩いて立ち上がる女がいた。


「誰に向かって言ってんのよ! 生きる価値の無い男のくせに!」


 その言葉を合図に女子達が立ち上がった。もちろん男子も同時に立ち上がり、教室の右と左で睨み合う。困った様子の先生は、教卓の前に出てきて生徒達の中央でなだめようと試みる。


「ま……まあまあ。どうしてこのような場がもたれたかと言う事を考えてまして……。昼と夜の違いを明確にして……とりあえず夜は話し合いを……」


 水を差された感じになり、最初に立ち上がった気の強そうな女子が舌打ちしながら座る。すると、他の女子達も次々と着席を始め、つられた男子も皆座った。原因を作った俺の斜め前の席の笹柿裕也(ささかきゆうや)と言う奴も、変わった空気に渋々腰を下ろした。


 その時、俺は視線を感じて左側を向く。すると、女子達の中央に座っている女と目が合った。髪が長く目の大きな彼女はしばらく俺と視線を合わせていたが、急に睨み付けてくるとそっぽを向いた。


前田花音(まえだかのん)』、

 

 二度と会う事は無いと思っていたのに……。





 学校が終わり、自宅のマンションで制服のネクタイを緩めた俺は、ベッドの上で目を覚ます。暗い天井、そして狭い室内、いつもの自室だ。


枕元にある時計を手に取ってみると、針は午前(、、)四時を指している。学校が終わったのは午後(、、)三時半で、裕也達と商店街で浪費した時間は三十分程度か。なら、今は午前四時(、、、、)に決まっているはずなのに、ついつい時間を確認してしまう。



 立ち上がった俺は、首を二度三度回しながらズボンを穿く。そして、緑のタンクトップの上に同色のジャケットを羽織ると、扉を開けて通路へと出た。


「法次、おいーっす!」


 挨拶と共に、俺の肩に自分の肘を乗せてくるのは笹柿裕也だ。今晩の学校で一悶着を起こしかけたってのに、起きたら相変わらずのハイテンション。パーマをかけたロン毛も寝癖を交えて大爆発している。


「おはよう、法次君」


 当然、裕也と隣室の吉岡正人(よしおかまさと)もいる。相変わらず正人の奴は起きてからの短時間に髪をきちんと真ん中から分けており、几帳面な奴だと言いたい所なのだが……、たまに眼鏡をかけ忘れて壁に特攻をする癖がある。


 二人は隊員区画に住んでいるので、俺の部屋とは少し離れている。俺はまあ隊長区画と銘打たれた場所に部屋があるのだが、違いは机が置けるかどうかの僅かな物だ。


「裕也、お前学校では程ほどにしとけよ」


 俺の首に腕を回しながら歩いている裕也にそう言うと、奴は口を尖らして子供のように不満そうな顔をする。


「女なんかと仲良く出来るかってーの。あんなの無しに殺し合いで良いと思うけどな」


「僕も賛成ですね。だって、彼女達は問答無用で襲い掛かってくる野獣です。話し合いの余地がある生物では無いと考えます」


「お前ら、小隊長の俺の忠告をまるで無視だな」


 俺が呆れ顔を見せると、裕也は前を見据えながら眉間にしわを寄せた。


「しかしよ、俺らのクラスに編入してきた女達の中に、昨日の奴はいたのかねぇ?」


「ショルダーハートですか? 可能性は無くは無いですけど、他のクラス、他の学年かもしれませんし、違う学校かもしれませんよ」


 裕也と正人は、昨日出会った敵の話を二人で始めた。



 ショルダーハートと呼ばれる、女の話を……





 昨日、俺の小隊は、基地で最近噂になっていたある機械兵と遭遇した。評判に偽り無く、奴の力は今までに遭遇した機械兵とは一線を画す、段違いの物だった。俺達の寸前に奴と交戦した小隊は、奴一人の前に全滅をし、俺達も奴を五人がかりで取り逃がした。


 機械兵の機動装甲に性能差があるなんて聞いたことが無い。やはり、あの戦闘能力は中に入っている人間の力に寄るものだろう。……花音は、昔から運動が良く出来た。子供達の中では俺の遊び相手は花音しか務まらなかったほどだ。


 ショルダーハートの中身は花音だ。昨日、俺が直接確認したから間違いは無い。つまり、裕也の問いに俺が答えるなら、俺達のクラスに編入してきた女子の中にショルダーハートはいるし、誰なのかも分かる、と言う事になる。


 しかし……俺は言い出せない。小隊長として言うべき? いや、教えた所で戦局に変化は訪れないので必要ない。これを、言い訳にしておく。


 俺は、花音を男子からの憎しみの対象にしたくないのかもしれない。いや、それも詭弁か。本当のところは、俺と花音が話しをする際に支障になるからか? 昔のような関係に戻るなどありえないのに、万が一を考えてしまう自分が不思議だ。



 いつか花音が俺にしてくれた話。カマキリの(おす)は、何を考えながら(めす)に食われるのだろうか。





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