第十八話 操受世界3
機械兵達は、俺達と10メートル程しか離れていないそばに、地面を砕きながら着地した。その先頭の、左肩をピンクに染めた機械兵が赤い目を俺に向ける。
「法次、困ってるみたいね?」
花音は、戦闘でぼろぼろになった俺の姿と、地面に転がる兵士、正面の強固な要塞から、全てを読み取ったようだった。
「ああ困っている。親父が駄々をこねて引き篭ってしまった。しかし、良いタイミングだな」
「正人ぉ~!」
花音の後ろにいた機械兵の一人が、叫びながら俺達に向かってきた。重い足音を響かせて俺の横を通り過ぎると、正人の前で急ブレーキをかけて止まった。正人はその黒い巨人を見上げる。
「その声……。もしかして、美樹?」
「正人! 良かった怪我してなくて!」
美樹は正人に抱きついたが、正人は宙吊りで足はぷらぷらしている。
ともかく、美樹も花音と同じく正常な精神状態のようだ。他、花音に付き従っている三人の機械兵も同様か。
「花音、お前以外の人間にも?」
「うん! まだ仲の良い友達だけだけど、夢想世界から少し早めに目覚めるようにしたの。そしたら美樹が…」
「だって、正人が夢想世界で私にお別れの挨拶なんてするのよっ! すぐに現実世界で花音に相談したら、思い当たる場所が一つあるって言うから、急いでここへ来たの!」
機械兵が肩を揺らしてぷんすか怒っている。俺と正人は目を合わせて笑ってしまう。
「とりあえず何があるか分からないから武器を一杯持ってきたの。でも、正解みたいね?」
花音はそう言うと、手に持っていた迫撃砲を要塞となった基地へ向けた。美樹を始め、花音の仲間達も同じように迫撃砲を構える。
「狙いは隔壁左、壊すよ! 撃てぇ!」
[ドォ――ン!」
花音達は左腕で抱えた迫撃砲を発射した。もちろん、彼女達は発射時の衝撃にも微動だにしない。
[ドッッゴォ――ン!]
迫撃砲から放たれる爆弾が次々と直撃し、コンクリート壁が崩れていく。
花音達は迫撃砲を撃ち切ると、それを地面に捨てて右腕で持っていた150センチはある馬鹿でかい対艦ライフルを基地へと向ける。
単発だが比較的短い間隔で発射される巨大な鉄鋼弾は、残ったコンクリートを建物から削り取っていく。あっと言う間にメインゲート隣に、メインゲートよりも大きな勝手口を作り上げた。
俺は進入場所を確認すると、刀銃を強く握る。
「助かったよ花音! あとは外からの攻撃で敵を引き付けておいてくれ! 刀銃兵! 前に出るぞ!」
俺が手を上げると、後ろから浮遊装置の唸り声が大きくなる。それを確認した俺は、指を前に曲げる。
「突撃!」
刀銃兵小隊は、俺を先頭に粉塵を上げて開けられた穴に突っ込む。
中の図面は頭に入っているし、一度歩いたので微調整も完璧だ。俺は通路を右に左に突っ走り、正人達もぴったり俺の後を付いてくる。
敵が待ち構えている可能性が一番高いのは次の大きな通路だ。他の三倍の広さがあり直線が長い。だがその分、斉射されてくるプラズマ砲をかわし易いので一気に間合いを詰めれば俺達に有利だとも言える。
[パラララララ……]
広い通路に出た瞬間、奥の影から半身を見せた敵が軽快な音を放つ武器を使った。俺は蛇行後退しながら通路の影に隠れる途中、コンクリートにめり込む小さな弾丸を見た。
「妙な武器を使う。ガトリング砲を小型にした銃器だ。金属の小さな弾を発射するが、殺傷力はありそうだ」
俺がコンテナの陰に隠れた隊員に報告すると、考えた表情だった正人がゆっくりと口を開く。
「それは……短機関銃と呼ばれた武器と特性が似ています。旧文明時代、体を晒して戦っていた時に使用されていたものです。対人兵器としては完成度が高く、一発でも当てれば相手の動きを鈍らせ、その後追い詰めてハチの巣にします」
「なるほど。機械兵相手にあの程度の火力は無意味だが、俺達には遺憾なく力を発揮しそうだな」
あの小回りの利く武器は、昔の兵士と同様に装甲を持ち合わせていない俺達には脅威だ。しかも数は圧倒的にあちらが多く、その後の敵との交戦を考えれば足に一発でも貰えば終わりだ。
相手は屋内戦用に武器を変えてきているが、俺達の刀銃は機械兵相手の代物で屋内戦を想定されていない。巨大な鉄巨人を切り裂く大型の剣であり、厚い装甲を吹き飛ばす大砲と、共に一撃必殺の武器である。狭い場所では圧倒的に不利だ。
突然、正人が刀銃を脇に構えて一発の青いプラズマを後方に発射した。弾ける光の中、姿を隠す敵が見えた。足止めされている間に前後から挟撃にあってしまった。俺の判断が遅い。
「……俺が突っ込むから、木部は援護。畑山と正人は後方の敵に圧力」
コンテナの陰から出ようとした俺の肩を、大きな手が覆って止めた。
「滅相も無いです隊長。あなたはここで死ぬべきでは無い。神志名法次は、兵を率いる指導者であり、必ず世界を変える寵児になります。一介の兵士として消え行くのは、私のように戦うことしか出来ない人間です」
「木部……」
木部はそばにあったコンテナの一つに両手を回す。そして、100キロはあるかと思われる鉄製のそれを持ち上げた。
「法次隊長は英雄! 彼が歩くのは時代の流れであり、こんな狭き道では無い!」
木部は吼えた。彼の大きな背中は輝き、その中にどこまでも続く回廊が見えた気がした。
[グワッシャッ]
銃弾の雨の中、コンテナを盾にして突き進んだ木部は、それを30メートル先の壁に叩き付けた。すぐに刀銃を抜き、木部は両手で握ったオレンジの刃を垂直に振る。
一刀両断。
鉄のコンテナごと敵を左右に分けた雄雄しき彼の姿を、俺は一生忘れないだろう。
[パラララララ…]
通路右から短機関銃を木部はその体に受けた。右肘が千切れ飛び、手首が下に落ちる。
「ふんっ!」
木部は左腕一本で水平に刀銃を振った。右の敵の胸から上が胴体と切り分けられる。
[パラララララ…]
無防備なその背中に、逆側の通路から弾が撃ちこまれた。しかし、まるでダメージが無いかのように木部は振り返り、投げた刀銃は敵を串刺した。
俺と畑山は木部の元まで走り、畑山は右の通路、俺は左の通路を制圧する。共に敵の姿は無かった。
木部は、その時になってようやく膝をつき、腰を地面につけると壁に背をもたれさせて休んだ。
「た…隊長……」
「どうした木部っ?!」
彼は痙攣する口で言葉を発する。まぶたは開けたままだが、血がにじむ彼の目には何も映っていなかっただろう。
「は…畑山……副隊長は……ま……ま……前に……出すぎる……癖があるので…………」
その後の言葉は聞けなかった。木部は、長い休暇を取ることとなった。
畑山は木部の肩を揺すり、彼の耳元で叫ぶ。
「木部っ! 短すぎるだろ! いつもの無駄に長い話はどうしたっ?! 木部っ!」
俺は刀銃を構え、通路の先を見る。
先を進まなければならない。木部が作った道を。
「畑山、三人で後ろの敵を牽制しつつ、前進する。ここから先は内部への道なので、敵は少ないはずだ」
しかし、畑山は刀銃を脇に構えて後ろを向いた。
「法次、後ろは俺と正人で止める。お前は先を急げ。また挟み撃ちはごめんだ」
「しかし! 後ろの敵はますます増えるぞ! 複数の短機関銃相手に二人では無理だ!」
俺は木部の瞼を閉じさせてから作戦に移ろうとしたが、その腕を畑山が掴んできた。
「法次、俺は残る。木部には俺の戦う姿を見ていてもらう」
「畑山……」
畑山の援護射撃の間に、正人が俺達の所へ滑り込んできた。
「法次君! 確か遺伝子工学が専門ですよね!」
正人は畑山と共に後方にプラズマ砲を撃ちながら聞いてくる。
「ああ。それがどうか…」
「僕と美樹の子供を作り、その世話を頼めますかっ?! それをもってして、僕の退役慰労金とさせていただきます!」
「正人……」
躊躇する俺の背中を、二人の声が押す。
「行けぇ!」
「行ってくださいっ!」
俺の浮遊装置が唸る。先の角を曲がり、横壁を滑る。
……後悔はさせない。ほら、あれが平和な未来だ。
俺は大隊長執務室を過ぎ、その奥にある部屋を目指す。
人の気配が強くなった。そして、扉同士の間隔からすると他の部屋よりも大きな部屋が現れる。当てにはならないが、ここは確か古い地図上では作戦会議室だったはずだ。そこに俺は飛び込む。
扉の向こうの部屋は、学校で言うと音楽室の二倍くらいの広さだった。
そこらかしこにコンピューター端末が置いてあり、その全てが起動していくつものモニターが浮かんでいる。それを操作していただろう二十人の目が、異物である俺に向いていた。その中の一人が椅子から立ち上がり、俺に向かって歩いてくる。
「……驚いたな法次。また会いに来てくれたのか?」
「とぼけるのはいい加減にしろ。あんたが寄こした刺客は、見かけ通り大した事が無かった」
お前と同じなんだがな、と言いたげに親父は笑った。そして、俺の前で足を止める。
「さすがに強いな法次。どうやってここまで来た?」
この部屋にいる奴らは、誰も監視モニターをチェックしていないようだった。つまり、外の兵士に任せておけばすぐに終わるとでも考えていたのだろう。
「仲間に助けられた。俺だけなら無理だっただろうな」
「仲間? ……本当に来ていたのか。はったり(ブラフ)だと思っていたが」
「気の利く奴らでな」
親父の視線は俺の持つ刀銃に向けられた。俺はそれを握り、熱剣モードのオレンジに輝く刃にしてみせた。親父はそれを見て、眉間にしわを寄せて言う。
「壊れていなかったのか?」
「試してみるか?」
俺は切っ先を親父の顔に向けて突き出した。親父は熱に顔をしかめて後ろに下がる。
「法次……親になんて事を……」
「その親は、一体何をしている? 男軍に入り込み、大隊長の振りをして男を劣勢に追いやっている。そして、恐らく女軍にも入り込み、女に戦いをけしかける。男嫌いなのか?」
その時親父は、俺に感心した顔を見せた。確か俺が子供の頃に初めて肉体を[Unlock]した日以来の表情だ。だが、当時と同じく口から出たのは褒める言葉では無い。
「そうだな。……浄化だよ」
「浄化? 地球上から、男を消し去るつもりか?」
「違うな。男だけでなく、女もだ」
男の後に、女も殺す? どうやって? その時、俺の脳裏に沙織の姿が映った。
「刺激を強めて……か」
「そこまで突き止めていたか、さすが法次だな。それこそ神の遺伝子の力。我々は、世界を神の遺伝子を持つ者だけの世の中にしようと思ってな」
親父が腕組みをしながら右に歩き、また俺の顔を見て続ける。
「地球上に溢れる害虫を、効果的に駆除する方法が分かるか? 答えは簡単だ。害虫に害虫を食わせれば良いんだ。片方の害虫は、敵をどこまでも探して食い尽くすだろう」
「半分に減らした後、夢想システムに仕掛けた罠で女を一斉に消し去るのか」
「一種類の駆除薬を用意するだけで済むからな」
なるほど。さすが賢いやり方だ。
戦争が始まる前、夢想システムなどは娯楽として使われる程度だったと聞く。その夢想システムをどんなに普及させたとしても、人里離れた場所に住む人達まで行き渡らせるのは不可能だ。全ての人間を殺すには、まず全ての人間を探し出さなければいけない。
そこで女性に、男性排除の運動を起こさせる。そのいがみ合いの最中、娯楽としては完璧な夢想システムの使用率は上がる。ある一定の数を超えれば戦争が起き、女達は男を捜して世界中を駆け回るだろう。男を見つければ殺し、女なら接収する。当時の総人口70億人の半分に及ぶ女達を総動員すれば、地球なんて狭いものだ。
後は残った女達を、戦争を通じて普及率を100%にした夢想システムで駆除する。この方法だと時間はかかるかもしれないが、手間は待つ事だけだ。
非の打ち所が無い効率的なやり方には納得出来る。だが、その根本が歪んでいる。選ばれた人間など不要。人間は、不器用だからこそ深い。それを、裕也や正人、畑山や木部から……いや、女達からも俺は学んだ。
俺は、目の前の自称神の代行者に言う。
「俺達は遺伝子を整えただけであり、普通の人間とそう変わらない。むしろ、その自惚れこそ不完全な証であり、人間を淘汰するなら俺達も消えるべきだ」
その時、僅かな振動と共に遠くで爆発する音が聞こえた。機械兵達が施設を大規模に破壊したのだろうか。
集中力を切らしたのはほんの一瞬だった。その刹那に、親父の腕が腰の後ろに隠れた。俺も刀銃を振り上げる。
……早い!
[ガーン!]
手のひらサイズの小型の武器だった。そこから発射された弾丸が俺の肩を貫通した。
俺は壁に背をぶつけ、ずり下がる。肩に開いたのは小さな穴なのに、焼けるような激痛がして体に力が入らない。
親父は、俺の刀銃に焼かれた頬をさすりながら言う。
「これは旧文明の武器だ。昔の人間は、人を殺傷することに工夫を凝らしていたらしい」
親父の銃口が俺の頭に向けられる。
油断した。親父も遺伝子強化を受けた人間、俺と同等の動きが出来るのは分かっていたはずなのに。
「それじゃあな、法次。お前の仲間には、後で良い物をくれてやる」
「良い物?」
「この基地には古い情報と共に、戦争が始まった当初の武器も残っていてな。丁度それの処理に困っていたところだったんだよ」
親父の指が引き金にかかった。
子供が親に牙を剥き、親が子供の命を慈悲も無く奪う。この世界は、やはり違うのかもしれない。
「法次っ!」
聞き慣れた声がした。親父の瞳はそちらを向く。
「お…おじさん、久しぶり。法次から離れてくれたらちゃんとした挨拶するけどなぁ」
ようやく親父の表情が強張った。後ろにいる連中も軒並み後ずさりをする。
入り口から現れた鋼鉄の巨人は、その太い腕に取り付けられたガトリング砲を親父達に向けている。一秒間に百発の大型鉄鋼弾を発射するそれは、腕を横に振るだけで部屋が残骸と化すだろう。
親父は、視線を俺と鉄巨人の間で往復させてから言う。
「花音? 前田の娘か? お前も生きていたのか……」
「法次のおじさん、私が生きてちゃ変なの?」
聞き返されると、親父は舌打ちをした。
「裏切った前田と一緒に殺させたはずなのに……哲也の奴、適当な報告を……」
「哲也が?! 花音の親父を……殺した?!」
花音の父親は、女軍兵士に殺されたと花音は言っていた。しかしそれは、俺や花音と一緒に遊んでいた、あの哲也が行った仕業?
次回、最終話となります。