第十六話 操受世界1
毎日、相変わらずの消耗戦だった。
遺伝子を自由に操り、食べ物に困らないのは昔の戦争と違うところかもしれない。エネルギーにも事かかないが、戦う人員の数はそうそう増やす事が出来ない。
人間を急速培養したとしても、戦闘には経験が必要となる。体は大人でも、子供に戦わせるようなものだ。意味が無い。
医療の進歩も助かる。死んでいなければ、殆どの場合治すことが出来る。俺達はゾンビさながらに蘇り、敵にぶち当たる。だが、もちろん女軍も同様の医療技術があり、俺達が有利になる理由とはならない。それに、体は治ったとしても、減った気力が回復するのには時間がかかる。-
遺伝子強化された俺は、疲労の回復力は常人以上だが、気力の回復に関しては凡人のようだ。戦闘中の集中力が減り、体がUnlockされる事も無くなって来た。昨日は危うく全滅の危機だったが、畑山の機転で何とか敵を撤退に追い込めた。
俺は、今日もぼんやりと壁を眺めながら中隊長の指令を自室で聞いていた。
徹底抗戦と言葉を繰り返す中隊長だが、当然それしか無いだろう。他に打つ手が無い。俺が中隊長だったとしても、まったく同じ言葉を繰り返すだけに……
「……っ!?」
俺は耳を疑った。中隊長の言葉に、以前聞いた言葉とまったく同じ物があった気がする。
今、お前が繰り返すと言ったばかりだって? 違う! 完璧に同じ言葉(、、、、、、、)だったのだ。
一文字一文字の音階にミリのずれも無く、音の間も完全に同一だ。ここに花音がいたなら俺と同じ事を言ったに違いない。遺伝子強化を受けた人間はこれを聞き分ける。記憶に残っていれば、ぴたりと照らし合わせる事が出来る。
人間ならば分かるだろう。『まったく同じ言葉』は、絶対に言えるはずがないんだ。
……合成映像。録画した物をつなぎ合せている。
そうとしか考えられない。手間を惜しんだのか、素材に限界が来ていたのか、それとも、聞き分ける人間など想像出来なかったのか。
俺は立ち上がり、中隊長室へ急いだ。
「何の用だ。神志那少尉」
中隊長はいつも通り、扉を開ける事無く外の液晶パネルで応対をする。それに対し、俺は一言二言定期連絡を告げて頭を下げた。液晶の中の中隊長は頷きながら言う。
「了解した。健闘を…」
[ザンッ]
「ん? まだ何か言ったか少尉」
「いえ、何でもありません」
中隊長の映像は消え、真っ黒いモニター画面に変わった。その隣では、斜めに切り裂かれて開け放たれている扉がある。もちろん、部屋の中には中隊長などいない。
「てっきり警報が鳴ると思ったが……?」
俺は厳罰を覚悟して刀銃で扉を破った。しかし、不思議と変化が無い。それが気になり、部屋に入るとまず壁のパネルを触ってみた。すると、警報は手動で切られていた。
「一体誰が? ……中隊長か?」
俺は彼のデスクに座り、キーボードに手を触れる。表示された画面を操作し、中隊長が基地から消えた日を探した。
データは、つい先ほどまでのアクセス記録が残っている。更に、見ている間に次々と更新されていく。まるで、今ここに中隊長がいるかのようだ。
裕也ならば簡単に偽装を見破り、中隊長が本当に残した最後の記録を取り上げただろう。だが、俺は奴ほど高度機械分野に長けていない。それでもしばらく画面と睨めっこをしていると、ぼんやりとアルゴリズムが見えてきた。
段々と絞り込んで行くと、中隊長が他の基地を頻繁に検索している日に辿りついた。どの基地を見たかの情報は無かったので、データベースにある全ての基地を表示させる。数はおよそ500。それを高速で次から次へと表示させてみる。
「……ここは!」
俺は、見覚えのある基地を見つけた。この座標、この敷地面積、それにこの内部構造……。これは確か、俺の育った中立コミュニティで見た物と同一だ。
花音は確か、「女軍の進行目標に入っていない、何も無い場所」と言っていた。しかし、男軍のデータベースには「放棄された基地」とある。この矛盾は何だ?
何も解けないまま、十数分経った。モニターを眺めながら前傾姿勢だったため、腰のストレッチをしようと手を当てた。その時、指がベルトポケットに触れる。
そうだ! チップ! コピーしてきたデータと、このデータを比べて何かヒントを得られないだろうか?
俺はメモリーチップを読み込ませ、持ち帰った基地地図を、この端末に入っていた地図に重ねてみた。
すると、中隊長の地図の基地説明には、余分なアルファベットがいたる所に少しずつ追加されている。それを俺は上から読み上げる。
「なんだ? a...b a t t a l i o n ...c o m m a n d a r ? ……大隊長(a battalion commandar)!」
つなぎ合わせると、『大隊長』と言う意味の単語になった。それが隠されていた『基地』の図面。『大隊長』、『基地』この二つのキーワードで俺は思い出す。以前に中隊長としていた話だ。「大隊長から指令は映像で下るが、直接意見をしようにも大隊長がどこの基地にいるのか分からなくて」と、中隊長は確か言って……
「映像っ?!」
そうだ……忘れていた。中隊長も、大隊長からの指令は映像で受けていると言っていた。まるで今の俺のようにだ。その後じゃないか! 中隊長の姿を直接見なくなったのは! あの大隊長がする事だからと、重要視していなかったせいで繋げられなかった。
中隊長は、この地図になぜか『大隊長』と言う言葉を埋め込んでいた。これは、大隊長がここにいると書き記していたのか? どうしてだ? 何のために?
「俺かっ?!」
まさか……もし中隊長の身に何かあった時、誰か後を継いでくれる者のためにか……? この暗号に気がついてくれた者へ……。なら、ならば警報が手動で切ってあったのも納得出来る! あれは中隊長自身が警報を切って部屋を出たんだ……。
遅い。とてつもなく遅かった。以前ここを訪ねた時に、中隊長の違和感に気が付くべきだった……。
……こうしてはいられない。中隊長は危険な任務に赴き、まだ帰ってきていない。
俺は急いで部屋を出た。
「あっ! 法次君どこへ行ってたんですか? 刀銃が無いから驚いて……」
武器庫で、訓練場から戻って来ていた正人達に会った。俺は無言で前を通り過ぎ、普通訓練中には着ない戦闘服を身につける。もちろん正人は目を丸くした。
「ちょっと法次君! もうすぐ夢想世界の時間ですよ! 停戦時間なのにどこへ?」
「心配するな。女軍の支配地域に行くんじゃない」
「そう言われてもっ! 法次君が夢想世界を休むと、ろくな事が無いじゃないですか! 前も……裕也君がその日から消えたし……」
正人は何か良いたげに俺を見ている。……こいつは俺と裕也と長い付き合いだった。薄々分かっているのかもしれない。
俺は、着替えるのを止めて正人の肩に手を置いた。
「正人……。これは下手したら反逆罪に問われるかもしれない。だが、俺は裕也の命を無駄にしないためにも……確認してこないといけないんだ」
「でもっ! それなら余計に、裕也君の遺志を継いで僕に手伝いをっ!」
俺は正人に向けて一つ笑顔を作ると、花音の臭いが残るジャケットを羽織って外へと一人で向かった。
俺は基地から北東へ向かった。停戦時間間近なので、地平線の向こうまで人影は無い。
だが、念のために戦闘服を対温度感知用に切り替える。冷気が俺の体を包むように噴き出し、体温を拡散させてくれる。ちょっと肌寒いのが難点だが、構わず俺は浮遊装置を唸らせて全速力で走った。
荒野と化している平地や山地を二時間ほど走ると、少し広めの平野に出た。
ここは確か旧文明時代に仙台と呼ばれていた土地のはずだ。座標が示す場所は、この平野のほぼ真ん中辺り。近づくと、その場所の北東と南西には小高い丘が見えたが、特に砲撃兵器などは確認出来なかった。
座標の場所に着くと、瓦礫ばかりの場所に表現しがたい施設が一つあった。
非常に短く切り取られた円柱状の建物で、外側に『BASEBALL STADIUM』と読める文字が書かれている。
元は何に使われていた施設なのか想像出来ないが、改築して拠点とするには丁度良い大きさだろう。ただ、地上型拠点など初期に作られた物で、現在主流の地下型拠点と違い建設期間は早いが、防衛力に難がある。廃棄された拠点と言うには無理が無い。
寒風が吹きすさぶ中、俺はゲートらしき物をくぐる。
中の通路は、地下型拠点の物よりは広く余裕がある。天井までは三メートル、幅は五メートル近くのコンクリート製だ。今の時代で無ければ、居住空間としては最適だな。地上防衛していた時代の遺物だ、逼迫感が薄い。
使われていなかった割には……空気がカビ臭くないのは気になるが、地下基地とは違うのでこんな物かもしれない。通路も砂や土は目立たず綺麗だ。メインゲートに破損が無かったのでこれも正常か。
人の気配はと言うと、まったく感じない。とりあえず、今いる場所から壁越しでも30メートルは人間がいないはずだ。もし、俺の探知圏内で息を潜める事が出来る奴がいるとすれば、それは花音くらいだ。かくれんぼをしている時の花音は手ごわかった。
通路を進むが、中隊長はもちろん親父達とも会わない。この基地を何かしらの理由で訪ねただけなんだろうか。
途中武器庫を通った。俺の基地と同じような武器格納ロッカーが並ぶ。
「……ん?」
開かない。鍵が掛かっているようだ。基地を放棄するのに、わざわざ空のロッカーに鍵を掛けていくものだろうか?
刀銃で鍵を焼き切って開けて見たが、中には何も入っていない。
……だが、空ではなかった。
俺は刀銃をいつでも撃てるように小型出力装置の出力を上げた。
そう、ロッカーの中にはこの小型出力装置が稼動しているときに僅かに出す焦げ臭い香りがこもっていたのだ。要するに、最近稼動させた後の刀銃を入れた形跡が残っている。
しかし、何事も無く司令室へ辿りついた。
あの匂いは、ロッカーに染み付いていただけだったのだろうか? 考え難いが可能性は零では無いか……。
扉そばのパネルに手を触れて見たが、DNA認証ロックに反応は無かった。
まあ、一介の兵士が開けられるはずもないし、そもそも電源が入ってないのだろう。
ならどうするか? 俺は刀銃を両手で握ると、もう慣れた手つきでドアを斜めに切り裂いた。
下半分が無くなった扉をくぐると、一般的な司令室があった。正面には壁一杯のモニターが広がり、その手前には机と椅子が置いてある。だが、何か乾いた風景とでも言うか、色あせているとでも言うか、根拠は無いがしばらく使われていない予感がする。それに……おかしな臭いが……。戦場で時折嗅ぐ臭いを、希釈したような……?
[ビシッ]
目の端に動くものが映った瞬間、俺は刀銃を盾にしていた。次射が来る前にそれに向かって刀銃を投げる。
天井の隅から現れ、俺の刀銃によって壊されたのは小型のプラズマ銃だった。防犯用と思いたい所だが、出力は人を殺傷するレベル以上だ。プラズマを受け止めた俺の刀銃は、
当たり所が悪く制御装置を破損してしまった。
刀銃が壊れているのをこれから出会う敵に悟られるのはまずい。俺は合成粘土でとりあえず穴を塞いで隠そうと、ベルトバッグに手をやった。
「なっ……」
入ってすぐ右の壁に、白骨化した兵士が横たわっていた。そう言えば部屋に満ちているこの臭いは、死臭に近かったと今気がつく。
俺はしゃがんで彼を調べた。
頭蓋骨に左から右に貫通痕、これは先ほどのプラズマ銃に撃ち抜かれたのだろう。
この基地の兵士が、事故で死んだのか? 基地を急いで放棄するために遺体もそのままになった? だが、仲間の兵士を運ぶ暇も無かった割には、基地が綺麗過ぎる。敵が目前に迫っているので無ければ、死んでいても仲間は連れて行くはずだ。
頭部を動かすと、右の襟元に戦闘服の階級章を見つけた。第八番中隊、階級は少佐。
「ちゅ…中隊長!」
俺の上司、魚住充中隊長だ……。
なぜ大隊長を追った中隊長が死んでいる? 機密に触れたのか? いや、位置からすると、俺と同じくこの部屋に足を踏み入れた瞬間に撃たれたようだ。なら、この基地を訪ねる事が禁異だったと言うことか? 男軍に敵だと認識された中隊長のように、今や俺も狙われる存在なのか?
……それとも、第三の勢力がいる?
だが、俺はここでやられる訳にはいかない。女軍に殺される事は生物としての自然淘汰で構わないが、誰かの思惑に嵌り死ぬ事は無駄死にだ。
……それに、花音は俺が生きる事を望んでいる。
俺は部屋を出て、左右の廊下に視線を向ける。誰の姿も気配も無いが……
[Unlock]
俺は目をつぶり、精神を集中させた。高周波の耳鳴りに僅かな不純物が混じる。その場所を、頭の基地平面図に重ねる。
建物の……中心付近に……人がいる。複数だがそれほど多くない。はっきりと分かるのはそれだけだが、他にも……何か……? 基地のいたる所に何かの存在を……?
それ以上は無駄だった。実体を掴めない存在は無視し、俺は刀銃を握ると用心して人の気配がする方向へ廊下を走った。
すると、俺でなくともはっきりと聞こえる足音が、通路の向こうから聞こえてきた。隠す様子も無い、まるで食堂へ行くかのような足取りだ。
「おおっ! 法次!」
「……親父?」
正面から姿を現したのは、三年前と姿が変わらない父親だった。俺は構えていた刀銃を下ろした。
「久しぶりだな! 死んだかと思ってたぞ?」
「どうしてだよ?」
「だってお前、何の連絡も寄こさなかったじゃないか!」
「連絡って言っても……無理だろう。それに、親父こそどうしてここにいるんだ?」
「それがお前、ここの基地に召集を受けたんだが、得体の知れない奴らに監禁されていたんだ!」
親父が言うには、今日になってそいつらは姿を消したため、基地内を自由に出歩いているらしい。やはり第三の勢力があったと言うことか……。しかし……なぜ今日なんだ? 俺が来た日と重なったのは偶然か?
「じゃあ、この基地には親父の他にも…」
「お前の顔を見たらみんな懐かしがるぞ! あのコミュニティにいた二十人全員がいる。もちろん、子供達は全員軍にとられてしまったがな! しかし、お前だけでも生き残ってくれて嬉しいぞ!」
俺のコミュニティは、例の山岳地帯にて約二十家族で住んでいた。子供は六人で、花音以外は男。同時期に作られたため子供達の年齢は同じで、親も全員父親だけの片親だった。
しかし、何か……親父の言葉に些細な違和感があるような……
「さあ来いよ! みんな待ってるぞ!」
「…………いや、またの機会にしておく。今は任務中なんだ」
俺が断ると、親父は俺の刀銃に顔を寄せてきた。
「そうか、仕事なら仕方が無い。お前も大人になったんだな。ところで……これが噂の刀銃か? 初めて見るな。ちょっと貸してくれないか?」
手を差し出してきたが、俺は首を横に振る。
「任務中だと言っているだろ。そんな事をしたら後で降格処分になってしまう」
「なんだ! ケチだなぁ! ……はっはっは!」
親父は高らかに笑っている。相変わらず明るい性格だ。
……だが、刀銃を手渡さなかったのは親父の言葉に疑問があるからだ。
『みんな待っている』とは何だ? 親父は俺と、ここでたまたま会ったはずだ。どうして皆は俺がここにいることを知っている? 歓迎する以外無いと言う意味で、言葉のあやだろうか?
それに、『刀銃を初めて見た?』だと? 刀銃の設計図は住んでいたコミュニティのデータバングにあった。それを親父は見なかったのか? これも、実物、を見た事が無かったと言う意味だったのか?
何か嫌な予感がする。だが、目の前にいるのは紛れも無く俺を育てた父親だ。俺に危害を加えようとしているはずは無いのだが……? 精神操作を受けている様子も感じないし……。
「悪いな親父。外に部下を待たせているんだ。この施設は通りがかりに気になっただけで、長居する気は無い」
「そうか……残念だな」
「親父達はしばらくこの基地にいるのか?」
「まあ……皆と相談してからだな。ここは安全そうだし、何より、地上ってのは気持ち良いしな!」
俺は時間があればまた来る、と言い残して父親に背を向けた。
もちろん、まだ調べ足りなかった。司令室の端末も覗いて無いし、この基地もくまなく歩いてみたかった。
だが、いまひとつ確信が持てない。
この基地は、誰が何のために使っていた? 親父を捕らえた奴らは誰だ? それに、この基地を取り巻く妙な気配も気になる。確信が無いまま壊れた刀銃を相棒に行くのは危険だ。心の準備が出来ていなければ、迷いの分反応が遅くなり命を落とすだろう。
親父の視線がどこまでも追ってくるような気がする中、基地を出た。見上げると、施設には不審な様子は無かった。旧時代の遺物、それしか感じない。
「よしっ!」
俺は浮遊装置を走らせる。自基地がある南ではなく、北東へ。