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第十三話 恋終世界2





「がぁぁぁぁおぉぉぉぉ!」


 突然、紫天使(パープルエンジェル)は空に向かって叫んだ。


 俺を仕留められないのをもどかしく思って、動物のようにストレスを感じたのだろうか。それとも、やはり体が悲鳴をあげ、その激痛に顔を歪めているのだろうか。


 だがその荒々しくも細い声は、俺以外の者を動揺させた。


「お…女だ……」


「女の子……の声ですね……」


 裕也と正人は、ようやく鋼鉄に包まれた二メートルの巨人がクラスの女の子達と同じ物だと理解したのかもしれない。


 機械兵は、恐らく鎧の内部で通信しているからだろうが、めったな事では声を出さない。その事が更に、裕也達の中で女子と機械兵が合致しにくい理由の一つになっていたと思う。


 だが……そうなんだよ裕也。機械兵の中には女子が入っていて、それはお前の良く知る子なんだよ。


 俺の耳は聞き分ける。裕也、お前は……あの学校では落ち着いた口調で話す沙織の声と、今の狂ったような雄たけびが同一人物の声とは分からないだろうが、二人の声は本質的に同じだ。紫天使(パープルエンジェル)は沙織なんだ……。


 しかし、女だと分かった所でまだ遠い。俺の目の前で、裕也と正人は紫天使(パープルエンジェル)に切りかかっていく。


「行くぞ! 正人!」


「了解です!」


 紫天使(パープルエンジェル)の赤い目が裕也と正人に向いた。もう、裕也か沙織のどちらかが命を落とすしかないのか……。俺には、空で笑う死神の姿が見えた。


 ……裕也は殺す訳にはいかない!


[バシュッ!]


 俺は、紫天使(パープルエンジェル)が次に動く場所を予測してプラズマ砲を撃った。奴はそれをも感知し、腰の装甲を蒸発させつつ体を反転して正人に向かって腕を振る。


[バキッ! グサッ!]


 正人は腕をへし折られて転がった。だが、後ろに回りこんだ裕也の刀銃は、紫天使(パープルエンジェル)の左肩を貫通していた。


 すぐに突き出た刃に手を当てた紫天使(パープルエンジェル)は、肩から刀銃を押し抜く。辺りに、熱剣(ヒートソード)による肉が焼け焦げた嫌な臭いが漂った。


「ナイスです……裕也君、これをっ!」


 正人は一人で立ち上がり、自分の刀銃を裕也に投げてよこす。そして、不自然に曲がった右腕を押さえながらビルの壁面に体を預けた。


 確かに、今の一刺しで俺達の戦力は奴を上回っただろう。だが……裕也……、お前が刺し貫いた相手は……お前の大切な……。そして、紫天使(パープルエンジェル)は体を焼かれたと言うのにまだ逃げる様子が無い。言いたく無いが……沙織はもう……狂っているかもしれない……。


 俺は辺りを見回し、ショルダーハートの姿を祈る気持ちで探した。だが、もちろん無い。おかしくなった沙織が、一人で敵を深追いしてしまったと……予想出来る。


「へ…へへっ! ざまあみろ! 熱剣(ヒートソード)は熱かろうなぁ!」


 裕也も少し戸惑っている。超高温で肉と骨を焼かれた苦しみは人間なら気絶するほどの激痛だ。それをくらっても怯みもしない機械兵に、裕也の頬を冷や汗が伝っていく。


 駄目だ、もう放っておけない。二人は、これ以上傷つけ合うのは許されない。


「ゆ…裕也……」


「なんだよ法次! まさか止めを俺によこせとか言うんじゃないだろうなぁ? いくら隊長でも、それは…」


紫天使(パープルエンジェル)は…………沙織だ」


「…………はぁ??」


 裕也は笑った。しかし、マスクの上からでもその頬の痙攣は見て取れた。


「本当だ」


「な…何言ってんだよ法次。学校で様子がおかしかったからってそれは……さぁ……」


 その時、沙織がまた吼えた。そして、肩に手を当てながら裕也に向かって言う。


「下衆な男が気安く肩に触れやがって!」


 学校での台詞とまったく同じ、声も、あのときのままだった。


 裕也の歯がカチカチと音を出す。


「さ…沙織……なのか?」


 裕也は刀銃を下ろした。その裕也に、沙織のガトリング砲が向けられる。


[ガガガガガガガ…]


 俺は裕也を掴んで飛んだ。だが、腕に一発、鉄鋼段がめり込んだようで激痛が走る。


「くっ……!」


 空中で裕也を放してしまった。裕也は地面に倒れたが、すぐに膝立ちで体を起こした。そして、目の前に立った紫天使(パープルエンジェル)を見上げ、マスクをめくって顔を晒した。


「沙織……。肩を触ってごめんよ。ほら、手は沙織から握ってくれただろ? だから、なんとなく俺から肩を抱こうかなって思ってしまってさぁ……」


 悲しげな目をする裕也に向かって、紫天使(パープルエンジェル)は右腕の鉄剣を振り上げた。そして、容赦なくそれを頭の上から振り下ろす。


「裕也ぁぁ!」


[Unlock]


 俺は刀銃を持って飛んだ。だが、紫天使(パープルエンジェル)の左側にいる俺から、彼女の右腕は切り落とせない。


 俺の目に、裕也を真っ二つにしようとする鉄剣がスローモーションのように見えた。


[ザンッ!]


 刀銃を振り切った俺と、裕也の目が合った。その止まった時の中で、機械兵が倒れる大きな音が響く。


「さ……沙織……」


 裕也は、自分のそばに落ちた鉄兜を拾い上げた。すると、中からごろんと丸いものが転がって落ちる。


「さ…さお…さお…さお………」


 裕也は跪くと、沙織の頭部を腕で包み、顔をすり寄せて泣いた。


「沙織ぃぃぃぃぃ!!」



 夕日に照らされる俺達の影は、どこまでも伸びていった……。






 あれから、裕也は変わってしまった。


 学校では常に一人で誰も寄せ付けず、


 現実世界では俺や正人とも殆ど会話する事なく訓練に打ち込む。


 その変貌は、何かに取り憑かれたようだった。



 自然と俺達との溝も広がって行き、正人が修復を試みるが、しつこい正人の胸倉を掴んで裕也は声を荒げた。


 正人はそれでも笑っていたが、目は悲しげだった。



 戦いでも、裕也の刃は躊躇無かった。首を刎ね、心臓を貫く。死んだと思われる相手にさえ、二度三度と刀銃を振り下ろして必要以上に止めを刺す。元四番隊の畑山や木部さえ、顔を背けるほどだった。


 あまりにも目に余ったため、俺は隊長として、皆の指揮を削ぐ裕也を注意する事にした。


「裕也、相手は完全に逃走していた。それを後ろから刺し殺す必要があったのか?」


「甘いんだよ法次は! 逃がせばまた襲ってくる! 俺こそ聞きたい! どうしていつも相手の武器を狙う? そんな余裕があるなら、更に一人斬り殺せ!」


「しかし、相手はあの女子だぞ。それはお前も十分理解して…」


「はぁ?! 法次は沙織を殺したくせに何を言っている! それに、俺みたいな奴をこれ以上増やさないために、戦争を早く終わらせるんだ! 目の前の女を根こそぎ殺す!」


「裕也、それは違う。この戦争は何か裏があるかもしれないんだ。本来、男と女が憎しみ合う必要なんて…」


「法次! 俺は戦場でお前の親しい女と出会っても、関係なく殺す! 絶対だ!」


 そう言うと、裕也は俺の許可なしに背を向けて武器庫の出口へ向かう。途中、扉のそばに立っていた正人の前で足を止めた。


「正人、美樹も同じだ」


 視線を落とした正人に構わず、裕也はそのまま出て行った。



 静まり返っていた格納庫だったが、部屋の隅に立っていた畑山が口を開く。


「法次、聞いたか? 裕也は小隊移動の願いを出しているらしい」


「何? いや、知らなかった……」


「確かだ。他の小隊長へ話が行っているんだが、最近のあいつの様子をみんな知っているから、どの隊長もしり込みして決まらないんだと」


 黙る俺に、畑山が続ける。


「あいつは…裕也は、危ないぞ。壊れる寸前だ。休暇を取らすべきだな」


「分かった。すぐに心理療法士(カウンセラー)の予約をする。しかし、あいつが行くかどうか……」


「ん? 知らなかったのか? 俺の専門は心理療法士(カウンセラー)だ。すぐに医療仕官命令を発動しておく」


「えっ? 畑山が心理療法士(カウンセラー)? それは……意外だったな」


 医療仕官命令とは、小隊長命令や中隊長命令よりも優先される権限だ。守らなければ、強制的に拘束される可能性も出てくる。最悪そうなっても、裕也を無理やり自室に監禁してでも、以前のあいつを取り戻してくれれば良い。



 畑山はすぐに医療仕官命令を中隊長に送ったらしい。だが、中隊長から下った辞令は、予想外の物だった。



「法次君! 聞きましたかっ!」


 数日後、訓練場で他の部隊員と話をしていた正人は、俺のところへすっ飛んできた。


「ゆ…裕也君が、本日付で第四番隊の隊長に就任したらしいですよっ!」


「四番隊?」


 死を予感させる武闘派の四番隊。それは、中隊長権限で廃止された部隊だ。元四番隊の畑山と木部も顔を見合わせている。


「……中隊長に確認してくる」


 俺がそう言って訓練場を出ようと出入り口を見ると、裕也が何人か従えて今丁度入ってきていた。それに畑山も気がつき、裕也の後ろの奴らを確認して俺に言う。


「あいつらは……俺が四番隊隊長の時に隊員候補から外した奴らだ。実力はあるんだが、どうも荒っぽいと言うか、俺の命令を聞かなさそうだったんでね」


「侮れない奴らです」


 畑山の横で、木部も頷いた。


 裕也は、自分に従わなくとも女を殲滅する力を優先したのだろうか? それとも、今の裕也には強制的に従わす実力があるのだろうか?


 俺は、中隊長室に急いだ。




 扉の前に立ち、パネルの呼び出し部分を押したがしばらく返事が無かった。生体DNA認証で俺だと分かっているはずなのに……。


「どうかしたか? 神志那少尉」


 ようやく返事があったが、扉は開かず、パネルの液晶部分に中隊長の顔が映し出された。


「うちの元小隊員、笹柿裕也の事で話がありまして」


「第四番隊隊長に任命された。命令の撤回は無い」


「い…いや、あの……彼には医療仕官命令が出ていたはずですが?」


「それは問題が無いと確認された。命令の撤回は無い」


「そ……そんな……」


 医療仕官命令が破棄されたと言う事は、大隊長権限なのだろうか? そんな馬鹿な。一介の兵士に大隊長が動くはずが無い。どうなっている……。


「他に用が無ければ訓練に戻れ」


「ちょっと待って下さい! せめて扉を開けて……」


「必要が無い。私は多忙だ」


 瞬間、画面が消えた。それから何度パネルを押しても返事が無かった。


「どうなっている……?」


 そう言えば、しばらく中隊長とは顔を合わせていない。命令はいつも俺の自室で通信によって受けるだけだ。戦術会議でも、中隊長は以前のように議論をすることも無く、映像で決定事項を告げるだけ。


 一体、俺はどのくらい前から中隊長の姿を直接見ていないのだ。最後に会ったのは確か……



 

 訓練場に戻る途中、ふと横を見ると、裕也の自室の前だった。しかし、ネームプレートは無記名になっている。すでに隊長区画の個室に移った後のようだ。


 中に入ると、裕也の部屋がそのままあった。あいつは、あれも持たずに小隊長室へ行ってしまったのか。


「裕也……」


 ベッドの上には、裕也が愛用していた枕があった。大事だと、前の基地から持ってきた物だ……。




 奴は常に俺に付き従って敵と戦った。奴は学校でたまに競い合って来たりもした。奴はムードメーカーだった。明るかった。馬鹿ばかり言っていた。強かった。思いやりがあった。


 だが、それから以後、


 俺は笹柿裕也の笑顔を見ることは無かった。






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